壊れた人形を貴方は愛せますか?
※サラッとお読みください
誤字脱字多かったらすみません!
私ティーゼと双子の妹シリルは見た目は瓜二つだが、性格は正反対だった。明るく活発なシリル、大人しく人見知りな私。
幼なじみの二つ歳上のナーシュ様。公爵家の跡取りで、三人でよく遊んだ。灰色の髪に青い瞳の綺麗なナーシュ様。今思えば、私たち何方かがナーシュ様の婚約者に選ばれる筈だった。
今日も、公爵家の庭で三人で遊ぶ。遊ぶといっても私はあまり運動が得意では無い方なので、木にもたれかかり独りで本を読んでいるだけだった。ナーシュ様とシリルは仲良さげに話をしてる。羨ましいと思っても私はうまく話の輪に入れない。
そんな時、『それ』は起こった。
時空の歪みと呼ばれる現象。この歪みの先には違う世界が広がっていて、吸い込まれればもう二度と戻れはしないと言われている。
ナーシュ様はシリルを抱き締め、引きずられない様踏ん張っている。それを見た瞬間、私の中の糸がプツンっと切れるのが分かった。
「ティーゼ、それ頂戴」
「ティーゼ、お姉さんなんだから」
「ティーゼもシリルの様だったらな」
「シリルは妹なんだからティーゼ、貴女がしっかりしないと」
家族の言葉が頭で木霊する。ああ、必要なのはシリルだけなのかもしれない。私は私なのに。
私は力を抜き、木から手を離して時空の歪みへと吸い込まれる。ナーシュ様とシリルは使用人によって時空の歪みから引き離されたから大丈夫だろう。だが、ナーシュ様は使用人の腕の中で暴れて、ナーシュ様しか呼ばない私の愛称を叫んでいた。
「ティディ!!ティディ!!離せ!!ティディがまだ残ってるんだ!!ティディ!!」
思わずナーシュ様に届かないであろう距離から手を伸ばす。ナーシュ様も私に向かって手を伸ばし悲痛な顔をしていた。だが、それも虚しく私は時空の歪みに呑みこまれていった。
ーーーーーーーーーー
気づくと血の海が広がる部屋に私は座っていた。
「おい、クソ餓鬼。何処から出てきた」
頭に黒い物体を突きつけられ黒髪の男に問い詰められる。この黒い物体は危険な物と判断し、私の意思とは関係なしに私の影が男の手から黒い物体を弾き飛ばす。
「おい、なんだ今の。知っているなら全部話せ」
黒髪の男に片手で首を絞められ、息が出来ない。これでは話も何も出来ないでは無いかと思った瞬間手を離され咳き込む。
「ゲホッ、ゴホッ!!」
「さあ、カラクリを全部話せ」
「わ、私は違う世界から来ました……さっきの影は魔法といって、私の闇魔法です……」
「違う世界?まあ、それは信じてやる。何もない空間からガキが出て来たんだからな。だが魔法ってのはなあ……にわかに信じられねえ。もう一度使えるか?」
「すみません……私は自分の闇魔法すら上手く扱え無いのです」
「ふーん、出来損ないってわけか」
その言葉に唇を噛む。シリルは光魔法を操るのが上手かった。でも、私は自分の意思では影を操れない。いつも好き勝手に発動するのだ。そんな私は周りから出来損ない、役立たずと馬鹿にされていたのを知っている。
「ガキ、行くとこが無いなら付いてこい。色々と使えそうだ」
「使える……?私は役立たずで……」
「やっても無いうちから決めつけるな。だが、まあ本当に役立たずだったら殺せば良いだけだしな」
「お兄さんは何者ですか……?」
「ああ?ただの殺し屋だ。名前も適当に呼べ」
私は殺し屋だといった男の人……クロの手を取る。何も分からない世界で、私が出来るのはそれだけだった。
それからの日々は地獄だった。ナイフを使った体術、闇魔法の特訓、拳銃の使い方、人殺し。初めて人を殺した時、私は吐いてしまった。だがクロは容赦なかった。上手く出来ないと容赦なく殴られる。クロ曰く手を抜いてたらしいが。そんな日々が十年と続いた。今となっては良い思い出だ。
「ねえ、おじさん。秘密を吐かないと大事な人が死んじゃうよ?」
私は立派な殺し屋になっていた。闇魔法の影でギリギリと子供の首を絞める。目の前のおじさんは大企業の社長さんだが、裏では悪どい事もしている人間だ。
「やめてくれ……!!息子には手を出さないでくれ!!取引の時間は明後日の二時だ!!だからもうやめてくれ!!」
「そう、有難う」
ニッコリと笑い、子供の首を捻じ切る。床にゴロンと首と胴体が離れた子供の死体が転がる。その横には母親だったものの死体がある。さあ、最後はこのおじさんだけだ。
「……和義!!ああああ!!この化け物があああ!!!!……ゴフッ」
余りにも煩かったので、影で顔を覆って潰してあげる。これで私が愛する静寂が戻ってくる。部屋は血の海、まるで私がこの世界に来た時の様だ。
「ガキ、お前血塗れになるのが好きなのか?またこんなに血の海にしやがって。趣味わるいぞ」
「初めてクロと会った時も血の海だったよ?」
「何でこんなに歪んで育ったんだ?」
「育てたのはクロだからクロも歪んでるんじゃ無い?」
クロは私の名前を聞かない。ただ、ガキと私を呼ぶ。私自身も、もう自分の名前があやふやだ。だが昔誰かが私を「ティディ」と叫ぶ記憶がある。必要ない記憶だというのに消えてくれないのだ。
そんな時、ザワリと嫌な予感がしてクロの側による。ああ、あの時と同じ感覚だ。目の前の空間が歪んでいき、私達を吸い込もうとする。
「おい!!何だこれ、これもまた魔法か!?」
「……さあ?時空の歪みってやつ。私がこの世界に引きずり込まれた原因」
さて、どうしようかと悩んでいるとクロが私の首根っこを掴んで持ち上げる。
「お前はお前の場所に帰れ」
「やだ、私の場所はクロの隣」
「甘ったれんな。逢いたい奴がいるんだろ?『ナーシュ様』だったか?お前寝言酷いぞ」
「……あー、そんな人が居たような居ないような?」
もう顔も思い出せない、遠い幼なじみ。私も大概未練たらしい。そんなやり取りをしているうちに時空の歪みはどんどん大きくなっていく。転がっている死体を呑み込む。すると、クロが私を歪みの中にぶん投げる。
「まあ、元気でやれや」
「……クロ!!」
その言葉を最後に私はどこか見覚えのある部屋に立っていた。引きずり込まれた死体から溢れる血の中、青い瞳を大きく見開き、驚愕している灰色の髪をした美麗な男は誰だろう?面倒くさいから殺してしまおうか?
私はくるくると自分の黒髪を弄りながら考える。
「……ティディ!!やっと、成功した!!……ティディ?怪我をしてるのか!?この死体はいったい……」
「お前はだあれ?それ以上近づいたら体と頭がおさらばするよ?」
素早く影を尖らせ男の首に突きつける。近づいて来ようとした男は私の言葉にまた驚愕する。
「ティディ……私だ、ナーシュ・クロニクスだ!!」
「ああ、クロが言ってた『ナーシュ様』かあ。ごめんね?部屋汚しちゃって」
「ティディ?君は本当にティディなのか……?この死体は……君が……?」
「さあ?もう自分の名前すら思い出せなくて。そのゴミは私がやったから、今から掃除するね?」
私は影で数体の狼を作り、転がるゴミを食べさせる。グチャグチャと音を立てながら影の狼が貪り喰らう。
『ナーシュ様』は口元を手で押さえ、吐き気をもようしているようだ。私は笑いながら血塗れの黒いワンピースでカーテシーをする。
「お久しぶりです?『ナーシュ様』。貴方が言うなら私は『ティディ』なんでしょうねえ」
「君は一体どんな……ティディ……あの時私が真っ先に君の元へ行っていれば……」
泣きそうな青い瞳が潤んでいて綺麗だなあと、私は呑気に笑っていた。濁りきった私の黒い目を抉り出し交換したいくらいだ。
「ティディ、君の家にティディを異界から取り戻せたと使いを出そう。それ迄汚れを落としてくつろいでくれ」
「んーー、なんでかなあ?家には帰りたく無い気がする。だから此処にしばらく置いて?『ナーシュ様』」
これはお願いという名前の脅しでもあるのだ。ゆらゆらと私の周りで影が揺れる。
「分かった、だが使いは出させてくれ。シリルやベナート伯爵夫妻も君を心配していたのだから」
「うそつき」
思わず口に出してしまった。何故こんな言葉が出てきたのだろう。昔の事など、とっくに忘れてるはずなのに。嫌な記憶が薄っすらと思い出されていく。認められたい、愛されたいという下らない承認欲求を抱えていた幼少期。
「ナーシュ様の婚約者はシリル?」
「いや……私の婚約者はティディ、君だ」
「はあ?何でまた時空の歪みに呑み込まれて死んだような人間を婚約者にしたの」
「……ずっと、初めて会った時から君が好きだったからだ」
「私の薄い記憶じゃ、シリルと仲が良かった気が……?まあ、いっかあ。思う存分利用させてもらうね」
ケラケラと壊れた人形の様にナーシュ様に笑いかける。私はこんな人間だったのだろうか?ナーシュ様が知っている『ティディ』はどんな人間だったのだろうか。
でも、関係ないか
今の私が真実なのだから。
お読みくださりありがとうございます!