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たとえここが敵しかいない世界だとしても  作者: 勇者王ああああ
クローン、大地に降り立つ
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第八話 休憩



 そしてそのまま歩くこと30分。彼らは陽が完全に落ちる前に何やら遺跡のような場所にたどり着いた。それは殆ど朽ち果てた石の遺跡で、草や苔がその建造物にまとわりつきかなり昔に朽ちた物ではないかと推測された。


「取り敢えず夜が明けるまではここで待機しよう」


 と、言いながら彼は顔を赤くしながら運ばれていたキャスリンを下ろす。彼女はふらつく足で地面にゆっくり両足を着かせながら言った。


「あ、ありがとうございました。わ、私は火を起こしますね……。トゥーマイ、荷物を貸してください」


 顔を赤くしたままキャスリンはトゥーマイからおずおずと荷物を受け取った。そして彼女は大きく膨らんだリュックサックを漁ると、食料である干し肉とパン、そして革の水筒を取り出した。続いて少し開けた場所にある、倒れた遺跡の所にそそくさと移動し、その上を右手で払い始めた。


「……あいつは何をしているんだ?」

『不明』


 無論トゥーマイとシローは火を起こした所なんて見たことがない。と、いうよりも戦火以外の炎を見たことがないと言っても過言ではないのだ。

 そしてキャスリンは満足したようにため息を着くと、自らの右手に装備していた黄金の籠手を外し、それを整地した箇所の真ん中に置いた。続いてキャスリンは素肌が見える右手をその上にかざしたと思うと、次の瞬間炎がその籠手の回りから巻き起こった。


「ま、また『魔法』とか言う謎の技術か……」

『あの金属物質に突如とした発熱を確認。あれに発火現象の機構が内包していると推定』


 流石に三度目になると慣れたのか、シローとトゥーマイは身構えることなくその様子を見守っていた。そしてキャスリンは二人を見ると、こっちへおいでと言わんばかりに手招きをした。シローはトゥーマイと共に恐る恐る近付いていき、その火の前に立つ。


「ほら、座ってください。食事をしながらお話しましょう?」


 シローは促されるままにキャスリンの横に火の回りを囲うように座った。トゥーマイは座る気がないのか直立したまま、キャスリンへ言葉を返す。


『当機は座る必要がない』

「必要がないって……」


 キャスリンは困ったようにシローを見たが、彼は発火する籠手を不思議そうに眺めているだけで特に気にした様子もない。キャスリンは小さくため息をついて諦めたように口を開く。


「はぁ。わかりました。では日も暮れたことですし、食事にしましょうか」


 と、キャスリンは言うと、シローにパンと干し肉を差し出した。シローはそれを受け取るとまた不思議そうにそれを眺める。


「な、なんだこれは?」

「な、何って干し肉ですよ……?」

「ホシニク……?」


 困ったようにお互いはお互いを見つめている。シローにとっては錠剤のようなクローン用レーションが食料だ。従って干し肉は彼が過去に見たことのない食べ物だった。そして何かを悟ったようにキャスリンは申し訳なさそうな顔をした。


「……すいません。こんな物しかなくて。携行できる物ですとどうしても日持ちするものを選ばなくてはいけなくて、こんな貧相な物しか……」

「いや、そうではないが……。こ、これを食べるのか?」

「え? えぇ……」


 干し肉を上から下からと穴が開くように見つめるシロー。そして鼻を近付けたと思うとスンスンと鼻を鳴らした。


「ふ、不思議な香りがするぞ……?」

『警告。その食料は『贅沢品』に当たる可能性がある。A-4685は『贅沢品』摂取の手続きを申請していない。従って、卿はそれを食べることを許されない』

「贅沢品? これがか?」


 シローはトゥーマイに『贅沢品』と呼ばれた食べ物をマジマジと見て、困ったようにため息をついた。


 クローンは帝国の為に生まれ、帝国の為に死ぬべきである、というのは全てのクローンに生まれつき与えられた使命で、シローもといA-4685もそれは例外ではない。よってそのクローンの生存目標から逸れる行為は帝国に厳しく管理されているのだ。


 今回の『贅沢品』もその管理のうちの一つである。シローはそのクローン用レーション以外を許可なく食することを許されない。


 だがそんな事情を知るよしもないキャスリンは首を傾げたまま口を開く。


「贅沢品? どれがですか?」

『その卿が所持している肉の事だ』

「こ、これが贅沢品……??」


 流石にキャスリンからしてもこんな塩味しかしないような肉を贅沢品と呼ぶのには気が引けたが、それ以上にこれを贅沢品と呼んでいるシローとトゥーマイの生活を少し哀れに感じた。


「じゃ、じゃあせっかくですから食べてみましょうよ! ここはあなた方の言う『帝国』ではないですし、そもそも何か食べないと死んじゃいますよ?」

「……確かにこのまま水も食料もないまま活動することはできないが……ト、トゥーマイ?」

『…………確かにキャスリン・アーデの言うことにも一理ある。だがそれは『贅沢品』に当たるのも事実だ。判断はA-4685、卿に一任する』

「ま、また俺か……」


 シローは手に持った干し肉を困ったように睨み付ける。無論彼としても『帝国』のルールは遵守したい。だがそもそも食べないと餓死してしまうのだ。それはPASの損失を意味し、そのまま帝国への損害に繋がってしまう。

 そしてどうでもいいことに迷う彼を見かねたのか、キャスリンは呆れたような声を上げる。


「いいですかシロー。『食する』というのは人間が与えられた自由の一つなのです。それは何者にも縛られる事ではありませんし、ましてやここは『アリス』です。貴方が思うようにしたらいいんですよ?」

「お、俺は人間ではない……。『アンドレア・シリーズ』の……」

「あーはいはい、くろーん、なんですね? でも私から見れば貴方は立派な人間なんです! ほら! 食べちゃいなさい!」

「お、俺が人間……?」

『否定する。卿は人間ではない』


 まるで好き嫌いで駄々をこねる子供に言うかのように、キャスリンは言った。その言葉を聞いて何かを感じたのか、シローはゴクリと唾を飲んだ。


「よし……。このままでは俺は餓死してしまう。それは『帝国』の利益を損なう行為だ。だから俺はここでこの食料を摂取する。……無論ここで食べたものはしっかりと申告し、後日帝国に奉仕することで、ここで俺が得た『贅沢』に関する恩恵を帝国に返納し……」

「もー! 御託はいいから早く食べなさい!」

「ご、御託ではない……!」


 どうでもいい言い訳をキャスリンに一蹴され、再び干し肉を睨み付けながら彼は黙りこんだ。そしてゆっくりと唾を飲み込んだと思うと、彼は意を決したように顔を上げた。

 恐る恐る彼は口を開けると、干し肉を少しだけ食わえ、そして口を動かして小さく咀嚼する。

 その様子を見守っていたキャスリンは少し目を輝かせながらシローを食い入るように見つめている。


「ど、どうですか……?」

「か、固い……」


 口にしたことのない肉の旨味が彼の口の中に広がっていたが、それ以上に噛みきれない、ということにシローは戸惑いを覚えていた。そして彼は諦めたように口から干し肉を出したと思うと今度は文句を口にした。


「噛みきれない。これは一体どうやって食べれば……」

「もー! 行儀が悪いですよ? 何度も力強く噛んでみなさいな。少しずつ柔らかくなってきますから」


 と、怒ったようにキャスリンが言うと、シローは困惑した表情のまま再び肉を口に入れ、黙々と噛み始めたのだった。

 その様子にキャスリンは少し嬉しそうな笑顔を見せ、さっきまでシローに感じていた恐怖心が薄れていくのを心の片隅で感じていたのだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 ある程度の食事も終え、心地よい満腹感がキャスリンとシローをなんとも言えない心地よさへと誘う。キャスリンは安心したのか眠そうにまぶたを擦りながら未だに干し肉をかじっているシローへ声をかける。


「気に入りましたねー。そんなに美味しいですか?」

「これはほいしいからはべているのではない。帝国へと帰還するはめに……」


 口に肉を詰め込みながら話すシローは、所々発音できていない。そんな彼の様子にクスリと微笑みながら、キャスリンは言葉を続ける。


「……ねぇシロー。貴方の住んでいた所ってどんな所なんですか?」


 キャスリンはその紫色の瞳を月夜に光らせながら、シローに尋ねた。シローはやっとのことで干し肉を呑みこみ、少しむせながらキャスリンに言葉を返す。


「帝国は人類発祥の地、『地球』に首都を置く、月、火星、金星を属星とした巨大な経済圏の事だ」

「いや、待ってください。ちょっと知らない単語が出てきすぎて困惑してます」

「……?? どれがわからない?」

「『帝国』と『月』以外の全てですよ!」

「……月はわかるのか?」

「え? えぇ……。あれでしょ?」


 と、キャスリンが指を指すのは夜空に輝く明るい星だ。それは太陽の光を反射して、『アリス』の夜を照らしていた。シローは月面基地から出たことがないため、地球から見た月の様子は文献に乗っていた写真でしか見た事がない。が、その記憶と見比べてみてもなんとなくその空に浮かぶ『月』は、これまで彼がいた所とは違う気がした。


『否定する。あれは月ではない。当機が捉えたカメラでは、クレーターの位置が記録と大きく異なっている』


 と、トゥーマイは淡々と言った。


「……うーん? アレとは違う『月』から来たってことですか?」

「あぁ。そうだ」

「へぇ……」


 どう信じたらいいのかわからないキャスリンはわかったような、わからないような返事をした。シローは闇夜に輝く月を眺めながら、ボソリと小さく呟いた。


「月、はこんな風に見えるんだな……」


 ここがどこなのか。それはこの星に流れ着いてから彼らの頭の中にずっと渦巻いている問題だった。月が上空に見える、シローが呼吸ができる、宇宙標準語が使える、この三つの情報から推察するに、彼らがいる場所は『地球』以外には考えられないのだが、地球にはこれまで出会ったような生物はいないはずだし、何より大気圏突入時に確認した紫色の大気は彼らが知る地球にはない。


 そんな物憂げな瞳で月を眺めているシローをキャスリンは黙って見つめている。そしてキャスリンは何かを思い付いたように手を叩いた。


「あ! そうでした!」

「?」


 そう言うとキャスリンは腰を上げ、自分の首もとについている青い留め具を外した。そして次の瞬間ローブを脱いだと思うと、それをシローに手渡してきた。


「何のつもりだ……?」

「これあげます! 貴方の格好じゃエルフに怪しまれちゃうから……」


 シローは何の気なしにそれ受け取ったが、それ以上にそのローブの下から表れたキャスリンの格好に目を奪われていた。


 赤いラインが入った白い靴に、同じく赤い線が何本か入ったハイカットの白いタイツが太ももまで続いている。そして僅かに覗くその素肌を隠すように焦げ茶色のスカートを履いていた。


 胴体は脚のラインと同系統の、白に赤い線が入ったようなジャケットの上から、白い胴当てがキャスリンの体に密着している。そしてその胴当てに乗るかのように、小さくない胸がその二つの存在感を示していた。


 そして、シローが目を奪われていたのは他でもないその強調された胸だった。だがそれは性欲の類いから来るものではない。その証拠にシローは怯えたように口を開いた。


「お、お前……なんだその胸筋は……? 何をどうトレーニングしたらそんな風に盛り上がった……?」


 キャスリンはシローに言われた意味がわかっていない。唖然とした顔で答える。


「……は?」

「さ、触ってもいいか? いや、是非とも触らせてくれ!」

「え? いや、ちょっと……は?」


 そう言うが早いか、ほぼ無意識下のうちにシローはキャスリンの胸に手を添えていた。その瞬間、状況を理解していないキャスリンの顔がみるみる赤く染まった。


「なっ!?!?」

「な……!? なぜこんなに柔軟性があるんだ……? まるで溜め込んだ脂質のような……?」

「な、何するんですか!!!」

「ぐはっ! き、貴様いきなり何をする!?」


 キャスリンは突然のシローの行動に思い切りのよいビンタを炸裂させた。そして突然殴られたシローは混乱したようにキャスリンを見つめているが、その様子を見守っていたトゥーマイは静かに声を発した。


『警告。A-4685の行為はセクシャルハラスメントに該当する』

「何!? 俺がいけないのか!?」

『肯定する。女性の体をみだりに触る行為は法律で禁止されている。軍規以前の問題である』

「じょ、女性……? お、女!? お前女だったのか……?」

「は、はぁ!? 貴方は私のことを男だと思ってたんですか!?」


 シローは殴られて赤くなった頬を押さえながら、戸惑ったような声を出した。


「そ、そうか……。女か……。は、初めて見た……」

「えぇ!?」


 とんでもない事実を口にするシローだが、彼が女を見たことがないというのは仕方のない事だ。彼はそもそも女以前に、このように『人間』と会話をすることすら珍しいのだ。


 クローンは他のクローンと共に生活させられるため、基本的に目につく顔は全て同じであるし、『原種様にんげん』と接触する機会なんてほとんどない。そのため、彼らが個体差を出すことができるのは『肉体美』のみなのだ。クローン、A-4685にとって筋骨粒々の肉体は彼なりのステータスなのだ。


「と、取り敢えず貴方はそのローブを着てください! 寝るときにもそれなりの防寒具になるはずですし!」

「あ、あぁ。わかった……」


 先ほどキャスリンの胸を触った感触が忘れられないのか、彼は自らの左手を見つめ、それを何回も開閉させている。そしてそのシローの様子を見て、キャスリンは頬を赤く染めながら怒ったようにそっぽを向いた。


「あ、貴方には常識を学んで貰います! 明日からこの世界の事を教えますから、覚悟してくださいね! ではっ! お休みなさい!」

「あ、あぁ……」


 そしてそのままプンスカ怒ったまま、キャスリンは鞄から寝袋を取り出して、それにくるまってしまったのだった。

 シローはキャスリンが何故怒っているのか首を傾げたまま貰ったローブを羽織り、そのまま横になったのだった。



読んでくれてありがとうございます!

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