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たとえここが敵しかいない世界だとしても  作者: 勇者王ああああ
クローン、大地に降り立つ
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第七話 会敵


 少し丘になっている所から表れたのは、二つの頭を持つ怪物だった。体長はゆうにシローの三倍はあり、丸太のような太い腕と脚が落ち着きなく動かされている。全身どす黒い体毛に覆われていて、まるで悪魔のような恐ろしい二つの顔がシローとキャスリンを見比べている。


「な、なんだあの生物は……!」

『不明』


 そしてその双頭の悪魔は舌なめずりをしながら声を出した。


「人間がいるよ? どっちを食べる? どっちを食べる?」

「人間がいるね。どっちを食べよう。どっちを食べよう」


 犬と熊を足して二で割ったような顔を狂喜に染め、ドタドタと手足を落ち着きなく動かす。その奇怪な様子はあの生物を初めて見たシローでさえもなんとも言えない気持ち悪さを感じていた。


「グ、グランツデーモン……! そ、そんな……」


 だがその生物を知っているであろうキャスリンは絶望の表情を浮かべて後ずさった。そして、シローは品定めするかのように彼らを見つめている化け物から目を離すことなくキャスリンに尋ねる。


「知っているのか?」

「最悪の魔物ですよ……! な、なんで今日に限ってこんな……!」

「何か情報は? お前の敵対勢力なのか?」

「に、逃げましょう! かないっこありません!」


 ひきつった顔でシローの手を掴むキャスリン。だがシローはその手を無視して、こちらを眺める悪魔に声を上げる。


「こちらは帝国軍月防衛部隊所属のPAS、トゥーマイとその駆動者のA-4685だ! こちらに戦闘の意思はない!」


 その言葉はその怪物に届いているのか、それは二つの頭をそれぞれ別々に傾けた。


「何か言ってるよ? 何か言ってるよ?」

「何か言ってるね。何か言ってるね」

「食べよう? 食べよう?」

「食べよう。食べよう」


 不気味に高い声でそう言うと、一瞬その怪物は姿勢を落とした。それはまばたきをする程度の動きだったが、その太い脚の筋肉が硬直するのをシローは見逃さなかった。

 そして次の瞬間。まるで矢のようにその巨体が哀れな犠牲者に向かって飛び込んでくる。その魔物は数十メートルの距離はあったのにも関わらず、飛ぶように近付いて来たと思うと、突っ立っていたPASを右手で掴み上げた。


「シロー!!」

「……こちらに戦闘の意志はない! 攻撃を停止しろ」


 キャスリンは思わず声を張り上げたが、当のシローはされるがまま停戦の要求を行った。が、もちろんそんな要求は通るはずもなく、グランツデーモンはまるで好物を眺めるように四つの目から視線をシローへと送る。


「料理する? 料理する?」

「料理する。料理する」

「繰り返す! こちらに戦闘の意思は……」


 と、二つの顔が交互に言った瞬間、悪魔はシローを地面に叩きつけた。それは地面をえぐり、シローの頭部が地面にめり込む。


「あ……」

 絶望に歪むキャスリンは、シローへ向かってよろよろと右手を伸ばす。すると、その怪物はそれを嘲笑うかのように今度は逆方向に彼を叩き付ける。


「あははははは!! 料理だよ? 料理だよー?」

「いひひひひひ!! 料理だね。料理だねー」


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も彼を笑いながら地面に叩きつけた。

 キャスリンはシローが調理されるというその凄惨な様子を、ただただ呆然と眺めることしか出来なかった。足は震えて立っているのがやっとで、もう後退ることも出来ない。

 そして怪物はシローを『料理』することに満足したのか、凶悪な笑みを浮かべながら空いている方の手をキャスリンの方へと伸ばした。キャスリンはその大きな手を絶望のまま見つめ、次に自分に訪れる『料理』の恐怖に体を震わせていた。


 この世は弱肉強食。『死』は常に隣り合わせで。キャスリンは一瞬でもそれを忘れ、ノコノコと戦闘地域に戻ってきた自分を恨んだ。


 だが次の瞬間、キャスリンに向かって伸びていた左手は突然その動きを止めた。


 そう。この世界は『弱肉強食』だ。それは『人間』だろうが『魔物』だろうが同じことで。


「停戦要求に応じる気がないのなら、当機は貴様を敵と認識する。……交戦開始」

『任務受任』


 シローは生きていた。彼は足を振り払う要領で拘束からいとも簡単に抜け出していた。

 そして彼はその悪魔の左手を固く握り、キャスリンとの間に立った。


「あれれー? 何で生きてる? 何で生きてる?」

「およよー? 何故か生きてる。何故か生きてる」


 キャスリンに伸ばしていた左手をシローに捕まれた怪物は不思議そうに首を傾げた。だが次の瞬間、その怪物を掴んでいた黒い『人間』の拳が、驚異的な速度で腹部を守っていた筋肉の鎧に突き刺さる。


「え?」

「え?」


 するとまるで弾かれたように、その悪魔の巨体は吹き飛ばされ、二、三度ほど跳ね、敵が降りてきた丘の部分にめり込んで止まった。

 シローは突き出した拳をゆっくりと元に戻し、その怪物をまっすぐに睨み付ける。そして右足を半歩引き、開いた左手を少しだけ突き出すような姿勢をとった。


『シールドゲインを70%に設定。続いてPACシステム起動。第一戦闘態勢ファーストステップ準備完了』


 シローが着用しているトゥーマイが、うっすらと白い膜のようなもので包まれた。これこそが彼等が言っている『シールド』である。外力を防御するのは当然のこと、PASの超人的な機動時に発生する慣性力から駆動者シローの身を守る効果がある。


 PACシステムとは『超高速戦闘技術』の略称で、シローがずっと訓練されてきた、トゥーマイで戦闘を行う技術のことだ。


 『シールド』と『PACシステム』。この二つを使用することでPAS『トゥーマイ』とA-4685は戦闘兵士として比類なき強さを得るのだ。


 キャスリンは驚いていた。いや、驚くしかなかった。シローはあの『グランツデーモン』を殴り飛ばしたのだ。それは彼女の常識からはかけ離れていたし、何より一番信じがたいのはシローに『魔法』を使った形跡がないということだ。ということは彼は純粋な腕力であの化け物を吹き飛ばしたのだ。


 ……厳密にはシールド技術を応用して弾き飛ばした、のだが彼女にとってそれは知るよしもない事実だ。


 暫くすると土煙を上げている、敵が突っ込んだ丘からのそりとグランツデーモンと呼ばれた魔物が這い出してきた。殴られたお腹をさすりながら、その悪魔はお互いの顔を見合わせている。


「あれは人間? あれは人間?」

「人間にしては強い。人間にしては強い」


 その驚異的なタフさにシローは舌を巻いていた。いくら殺さないように手加減していたとはいえ、まさか生身の生物がPASの拳を受けて立ってくるなんて思いもしなかったのだ。


「ちっ……なんだあの生物は。PASで殴ったんだぞ!?」

『何かPASに類似した防御機構を持っていると推定』


 その悪魔は首を傾げながら突然シローを睨んだ。そして次の瞬間、それは跳ねた。


「……っ! お前は下がれ!」


 それを受けてシローはキャスリンにぶつけるように言うと、少し前に飛び出す。敵の拳はシローを粉砕するかのように迫ってくるが、彼はそれを最小限の動きで避け、勢いに乗る悪魔の足をかけた。そしてバランスを崩して前のめりになったグランツデーモンの背中に流れるように掌底しょうてい打ちを叩き込んだ。


 背中から押されるように地面に叩き込まれた悪魔は、地面を削りながら激しく転倒する。が、何事もなかったかのように立ち上がると少し怒ったようにシローを見つめている。


「痛いよ? 痛いよ?」

「痛いよ。痛いよ」

「……こちらに戦闘の意志はない。停戦を要求する」


 シローの話がその悪魔に通じている様子はない。ゆっくりこちらへ進んでくる。


「ちっ……」


 そして再び怪物はシローに飛び込んでくる。が、今の攻防を学習したのか彼と衝突する寸前にその動きを止め、全運動エネルギーを乗せた回り蹴りを繰り出してきた。

 丸太のような脚がシローを襲う。が、シローは微動だにすることなく少し姿勢を落とし、防御の為に肘をあげた。

 そして轟く爆音と、吹き荒れる豪風。


 シローは悪魔が繰り出した鋭い蹴りをまっすぐに受け止めていた。


 殺しきれなかったエネルギーがシローの近くの地面を抉ったが、シローの悪魔に比べるととてつもなく細い腕はその脚を完全に止めていた。

 そして蹴りを受け止めたままの姿勢で、その黒い『人間』は静かに言った。その声はまるで突き刺すように冷たく、そして絶対の自信に満ちた殺気があった。


『最終警告。これ以上の敵対行為は許容できない』「ただちに戦闘行為の停止を要求する」


 トゥーマイとシローは交互に言った。

 その尋常でない様子に何かを悟ったのか、今まで無邪気に攻撃してきていた魔物は突然恐れたように飛び退いた。


「繰り返す。これは最終警告だ」『これ以上戦闘を続けるなら、当機は卿を排除対称と認定する』


 そう言うと、胸元で青く光っていた三本の線が鈍い赤い光に変わった。

 警戒色を表している胸元の『赤』。これはPASが真に戦闘態勢に入ったことを意味している。


『シールドゲインを50%に設定。第二戦闘態勢セカンドステップ準備完了』


 その胸元の赤い光をシールドが散乱したのか、PAS全体が赤いオーラのようなものに囲まれているように見える。

 そして敵は戸惑ったようにシローを眺めていた。その悪魔にとって『人間』とは捕食対称でしかない。これまでに会ってきた人間は全てにおいて瞬殺だったし、たとえ抵抗をされたとしても何のダメージを負ったことすらなかったのだ。


 だが、今目の前に対峙している『人間』らしきものは違った。命乞いーーシローにとっては停戦要求だがーーをしてくる点は他の人間と同じだが、今度は『排除する』と脅してきているのだ。その悪魔は人間の言葉に耳を傾ける気がないだけで、決して知能が低い訳ではない。だからこそ、そんな風に脅迫をしてくる『人間』に対して一抹の恐怖を抱いていた。


「一歩でもこちらに近付けば敵対行動と看做みなし、排除を開始する」

「一歩でも? 一歩でも?」

「どうする。どうする。」


 明らかに様子の変わった雰囲気のA-4685からの要求に対して、その悪魔はお互いの顔を見合わせた。そして選択した行動は。


「逃げよう? 逃げよう?」

「逃げよう。逃げよう」


 『逃走』だった。その魔物は彼から背を向けて一気に逃げ出したのだ。

 その悪魔からすれば、シローにこだわる理由がない。怪我をしてまで戦うに値しないとしたその判断は客観的に見るならば当然と言えた。が、その現場にいる人間からするとそれは考えられない現象に見えた。


「に、逃げた……? あのグランツデーモンが……? な、何で……?」

『現地生命体の撤退を確認。第二戦闘態勢セカンドステップ解除。通常ノーマルモードに移行』


 そうトゥーマイが言うと彼を囲んでいた赤いオーラは消え去り、先程の穏やかなものに変化した。

 そして彼はくるりと踵を返すと、後ろで腰を抜かしているキャスリンの元へと歩いていく。


「大丈夫か?」

「え? あ、え……。は、はい」


 だが今起こった一連の出来事を理解できていないのか、キャスリンはきょとんとした顔でシローを見つめている。


『先程の戦闘音に敵が集まってくるかも知れない。場所の移動を提案する』

「え? は、はい……そうですね」

「聞いた通りだ。場所を変えるぞ。歩けるか?」

「そ、それが、その。お恥ずかしい限りですが、腰が抜けちゃって立てなくて……」

「……わかった。トゥーマイ。PASを脱ぐぞ」

『任務受任』


 そう言うと、先程と同じようにトゥーマイの前面が青い光に沿って切り開かれていく。すると中から涼しい顔をしたシローが出てきた。

 キャスリンはその様子にまた驚きを隠せないでいた。彼は確かにグランツデーモンの『蹴り』をその腕に受けたのだ。だがシローは特にダメージを受けた様子もなく、手を差し出している。


「ほら、どうした?」

「いや、あの、その。大丈夫、なんですか……?」

「何がだ?」

「何がって……あれはグランツデーモンなんですよ!? そ、そんな悪魔を一方的に倒すなんて……。凄いなんてもんじゃないですよ!」

「す、凄いと言われてもな」


 そしてキャスリンは震えたようにシローの手を掴む。確かな暖かさをもったその手は、他の人間と何ら変わらないようにキャスリンは思えた。


「……どうした?」

「いえ、その。力が……」


 シローに片手を借りているキャスリンだったが、それでも脚が震えて立つことができずにいた。それは無理もない。今日もし彼女はこの得体の知れない二人組と出会っていなかったら二度は死んでいるのだから。


「……トゥーマイ。こいつは俺が運ぶ。お前はこいつが纏めていた荷物を持て」

『任務受任』


 見かねたシローは腰を落とすと、そのまま抱き上げる要領でキャスリンを持ち上げた。


「え? いや、ちょっ! だ、大丈夫ですよよよよ!!」

「いや、お前の脚に力が入っていないのは分かっている。早くここから離れなければならない以上、俺がお前を運ぶのを許してくれ」

「ゆ、許すとかそんなこと言えた義理じゃないんですが……。あ、ありがとうございます」


 軽々とキャスリンを持ち上げるシローに照れたように顔を伏せるキャスリン。陰りつつある太陽が彼女の頬を照らすが、それとは関係のない赤みがキャスリンの頬には浮かんでいた。




読んでくれてありがとうございます!

まだまだ続きます! 更新頑張るので是非今後とも読んでください!

毎日更新きついけど頑張ります! 長さは相変わらず適当です。長くなりすぎないよう気を付けます!

とにかく読了ありがとうございます!

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