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第三十七話 行軍




「手を貸して。いくよっ、せーの!」


 彼らは今、洞窟内の岩肌を登っていた。

 ピノの宣言通り、その洞窟の進みにくさは尋常ではなかった。人一人通るのがやっとのほどで、急に道幅が狭くなったり、今のようににかなりの高低差があったりして、シロー達の進行を阻んでいる。


 シローはともかく、アスハとキャスリンの体には疲労が溜まっていた。

 嵐の中での無理な行軍に始まり、『黒羊』からの命懸けの逃避行。そして極めつけには生き埋めにされかけた上にこの洞窟を無補給で歩かされているのだ。 

 更に言うならキャスリンはみんなのためにずっと魔法を使い続け、明かりを確保している。


 なるべく迷惑をかけまいと気丈に頑張っていたが、どう控えめに見てもキャスリンは限界だった。


「はぁ、はぁ……。あ、ありがとう、ございます」

「……大丈夫か?」

「え、えぇ。何とか」


 息を切らしながらキャスリンは洞窟の壁にもたれ掛かった。

 ヒンヤリとしたその壁はキャスリンに一瞬の休息をもたらしてくれる。


「……一度休息を挟みましょう。このままの行軍は危険よ。キャスリンも明かりを消して。一旦休みなさいな」


 心配そうにアスハはキャスリンに休憩を促したが、キャスリンは静かに首を振った。どのみち水もないのだ。休んだところで仕方がないのは明らかである。息を整えるだけならゆっくりと歩けば何とかなるのだから。

 そしてそんな会話を片隅で捉えながら、シローは不思議そうに口を開く。


「それにしても広い空洞だ。この穴は一体どうやってできたんだ? まさか人工のものではないだろう?」

「……知らない」


 シローは不思議そうに洞窟内の壁や、上から氷柱つららのように延びてきている鍾乳石を眺めながら呟くように言った。だがアスハはふるふると首を横に振った。


「この白い尖ったものはなんだ? こんなもの帝国で見たことがない」

「それは氷柱石つららいしですよ、シロー」


 洞窟内に上から垂れ下がっている白いとがった石を触っている。彼の手には水滴が付着し、ひんやりとした温度が彼の手のひらを通して伝わっていく。


「少し湿っている。……この色から推察するに石灰岩か? なぜこんな風に垂れ下がっている?」


 シローからすればこの洞窟も好奇心の対称なのだ。

 まるで少年のように目を輝かせて彼は鍾乳石を触り、あらゆる角度からその石を観察していた。


「さぁ……。詳しいことはわかりませんが……」

「水……? 水だな」


 そして彼は鍾乳石に付着している水滴の臭いをかぎ、そしてペロリと舐めとるとそう呟くように言った。

 そして気を取り直してキャスリンとアスハへと向き直った。


「何の因果があるかは不明だが、水が伝っている。大きな氷柱石を探せば水が溜まっている場所もあるかも知れない。注意して水を探そう」

「……わかったわ」


 そもそも鍾乳石とは地面を伝ってきた雨水が石灰岩を溶かし、洞窟内で再結晶することで形成されるものだ。すなわちそれは地下水の流れがあるということなのだから、鍾乳石の近くに水があるというシローの推測はあながち間違ったものではない。

 そして移動を再開した一行だったが、意外とすぐに水の流れは見つかった。というよりは水の流れにぶつかってしまった。

 道は少し坂道になっていて、上からはチロチロと水がまるで小さな川のように流れ落ちて来ている。その川はシロー達の横の小さな穴へと続いていて、さらに地下へと流れていっていた。

 そして水を見つけたアスハは嬉々としてその小さな川の横に座り込み、両手で水を掬う。 


「み、水だ! 一回休憩するわよ! アスハちゃんは疲れました!」

「そうだな。俺はこの先の偵察に行く。お前達は休んでいろ」

「えぇ!? そんなことしなくていいですよ! シローも休んでください!」


 アスハはキャスリンが限界なのはわかっていた。だが彼女は率先して休みたがるような子ではない。だからこそ自ら座り込み、休憩しようと言っているのにも関わらず、驚くほど空気の読めないシローは平然と進もうとしている。


「そーよー。何ならあたし達よりシローの方が休憩が必要でしょーに」

「いや、俺なら大丈夫だ。これまで来た道はともかく、この先は安全かどうかわからない。だからこそお前達が休んでいる間に偵察に行く」

「だからこそ一人で行かないでください」

「なぜだ?」

「……なぜだ、って」


 実際、ここまで来る間もシローが先頭を歩いていた。先程の岩場も彼が率先して登り、常に危険がないかを見張っている。


「そもそも明かりがないとどうしようもないでしょう?」

「大丈夫だ。俺は宇宙に近い空間での訓練もしている。小さな明かりがあれば周囲の観察は可能だ」

「だからって……」

「キャスリンが放つ明かりが全く届かない所までは行く気はない。お前達は休んでおけ」


 シローは『人間』に対する自己犠牲の精神の塊である。

 このような行為は彼はクローンとして当然の行為だと思っているし、もし危険に晒されるなら自分だけで良いと考えているのだ。それはトゥーマイがあろうがなかろうが関係ない。彼にとって『人間』は無意識下の内で奉仕対象なのだ。


 が、キャスリンもアスハもシローのそのような行動を良しとは思わない。その行動の深意が『善意』ならば甘んじて受け入れようと思うが、シローの場合は『義務』なのだ。キャスリンは敏感にそれを感じ取っていた。


「……嫌です。行かないでください」

「否定する意味がわからない」

「『貴方』が危険だからです」

「俺なら大丈夫だ。護衛対称であるお前たちに危険が及ばない方が重要だ」

「そういう問題ではないです」

「……?」


 キャスリンの思わぬ拒否にシローは困惑していた。

 シローの提案は、確かにシローに対して危険が及ぶ可能性はあるが、キャスリンにとって害がある提案ではない。根本的にクローンの価値は低いと信じているシローだからこそ、彼女がここまで拒否する意味がわからなかった。


「休むなら全員一緒にです。あなたが進むと言うのなら私も進みます」

「……シロー。いいからキャスの言う通りにしときなさいな。この子はこうなると頑として自分を曲げないわよ?」

「……わかった」


 理解できないシローではあったが、こう言われてはどうしようもない。彼はアスハの言葉にしぶしぶ頷き、水の近くにゆっくりと腰を下ろした。

 キャスリンは嬉しそうに笑顔をこぼすと、籠手を外しながら座る。が、流石に疲れたのか体を壁に預けながら大きなため息をついている。


「流石に『外』は甘くないですねー。まさか『リリーナ』へ移動するのにここまで苦労するとは思いませんでしたよ」

「……思えばキャスって、ここまで来るまでにグランツデーモンと黒羊に襲われた訳よね」

「まぁ、そうですね。ついでに言うとブラックスパイダーと一角獣とイスラ様の眷族にも襲われていますね」

「……不死身なの?」

「あはは……」


 キャスリンが今挙げた魔物、魔族はどれも人間が対峙して生き残れるほど生易しい生物ではない。それにここまで襲われたことの不運を嘆くべきなのか、それとも無事に生き残れた幸運を喜ぶべきなのか。

 シローはその話を片耳で聞きながら、チロチロと流れ落ちる水を手ですくいあげ、そして口をつけた。彼の渇いた喉を潤すそれは、よく冷えていて彼が今まで飲んできたどの水より美味しいと感じるものだった。


「……汚染されている様子はない。飲んでも大丈夫だろう」

「……ありがとうございます」


 シローは毒味の報告をすると、キャスリン達に場所を譲った。彼女達は一言シローに礼を言うと、各々水を口に含んだ。


「ぬぁー。よく冷えてるわねー! 生き返るわ……」

「わー、ほんとです。こんな澄んだ水があるなんて幸運です」


 そもそも地下水は『地面』という天然のろ過装置を通過しているので基本的には濁っていない。さらにこの洞窟が鍾乳洞であることから水があるのは当然といえば当然なのだが、その事実を知る由もないキャスリンは自らの幸運に感謝していた。




ーーーーーーーーーーーーー



「その明かりはいつまで使えるんだ?」


 その水が流れる道を登ること数刻。

 滑りやすいこと以外は特に苦労のない道が続いていた。だが既に移動を初めて合計でかなりの時間が経過している。

 疲れた様子を見せるキャスリンだったが、未だに彼女が輝かせている明かりは消える素振りを見せていなかった。


「うーん。ここら一体の魔力濃度が尋常じゃないくらい濃いんですよね。ここならまだまだ燃やせていそうな感じはします」

「……魔力が濃い、か」


 人が暮らす『聖域』のような魔力が全くない土地もあるのだ。その逆のような場所があっても不思議ではないが、魔法初心者のシローはそこまで実感はできていなかったようだ。


「普通は魔力濃度が濃い場所は強力な魔物や魔族が集まるから危険なんです」

「……ここは大丈夫なのか?」

「この狭さですからねぇ。大丈夫だとは思いますが……」


 なんとも不安な言いようだが、実際のところ彼等にはどうしようもない。今はシローだけではなくアスハですら丸腰なのだ。彼らには魔物と出会わないよう祈ることしかできなかった。


 そしてしばらく無言のまま進むと一行だったが、唐突に水が流れている箇所が終わり、大きな壁が彼等の目の前に表れた。回りを見渡してみても他に道はない。どこかで道を間違えたか? と少し焦るシローだったが、アスハは上の方を見ながら小さなため息をついた。


「あれじゃない? あの上の」

「……また昇るんですか」


 そこはちょうど小さな崖になっていたようで、上の方に奥へと続く道があった。シローは気を取り直して崖に向かって手を伸ばすが、そんなシローの肩をアスハが掴んだ。


「なんだ?」

「いや、魔法を使ってみたらどう?」


 そのアスハは少し得意気な笑顔が浮かんでいた。






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