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第三十四話 嵐の中で


 

 翌日。

 曇天の空の下、一行はふらふらと歩いていた。というのもピノとサンゴが完全に二日酔いだったからだ。

 アスハは流石に飲み慣れているだけあり、次の日にはピンピンしていたが、ピノとサンゴがどん太の上でぐったりとしていた。


「うー、頭いたいの」

「あー、頭いたいんだし」


 シローは辛そうな二人を眺めながら、トゥーマイに声をかけた。


「なぜあいつらはあんな風にぐったりしている?」

『おそらく飲酒による後遺症と考えられる。半日程度で回復すると考えられる』

「ほう」


 飲酒には気を付けなければならない、という極めて人間らしい教訓をシローは得たのだった。


 さて、一行は山脈部分に差し掛かっていた。この山脈自体は大変険しいことで有名で、山頂付近には鬼が住むという伝説もあるらしい。だが一行の目的地は山脈を踏破することではない。

 ピノの話ではこの山を川沿いに進んでいくと大きな洞窟があり、その洞窟を越えると目的地『リリーナ』は目と鼻の先にある。

 シローはこの地形についてピノに詳しく尋ねたかったが、肝心のピノが顔を青くしているのだ。彼は周囲の観察に徹するしかなかったのだった。


 シローの眼前には尾根がずっと伸びていて、その道の先は遥か遠くの山頂へと続いているのが目に入ってきた。その山頂は鋭く二又に別れていて、一方はまるで帽子のような雲を被っているのが確認できる。その幻想的な風景にシローは思わず息を飲んだが、曇天の空が美しさを殺していることが少し残念だ、と彼は思った。


「……嵐が来そうね」

「あぁ」

「……嵐ってなになの?」 


 空を眺めながらアスハは言った。そしてグラナダもそれに頷いたが、サンゴは嵐については詳しくない。もちろんシローも名前こそは知っているが、それがどんなものか想像すらつかなかった。


「ひどい風と雨が吹き荒れることよ。場合によっては進むのを諦めないと、かもね」

「……ピノもその状態だしな。全く。アスハには酒ぐせを治せとあれほど言ってるんだがな」

「なはははは……。まーまー。おにいも今度一緒に飲もうよ」


 叱ったつもりのグラナダだったが、全く気に止めた様子のないアスハに呆れたようにため息をついた。

 そして彼が畳み掛けるようにアスハを諭そうと口を開いた瞬間だった。ピノが片手を上げて口元を押さえながら文字どおり吐き出すように言う。


「ううぅ。きょ、今日は頑張って洞窟まで行くだし……。なんだか嫌な予感がするだし」

「それだけげろげろしてたらそりゃあいい予感はしないでしょうに……」


 二日酔いのピノの背中をさすりながら、キャスリンは苦笑いを浮かべながら言った。

 だが空人族は他種族と比較して圧倒的に危険を察知する能力が高い。だからこそいくらピノがあんな状態だと言え彼女の勘をバカにしてはならない。それを知っているアスハとグラナダは少し気を引き閉めて、周囲に対する警戒を強めたのだった。



------------------



 数時間後。

 湿った空気が辺りに淀めいている中、シローは何かが自分の頭に落ちてきたのを感じた。

 飛んできた虫にでも当たったか? と思い、彼は自らの額に手を添えた。すると彼の予想を裏切って、彼の手には水滴が付着していた。


「……? 水が降ってきた……のか?」


 シローは不思議そうに空を見上げると、更に他の水滴が彼の頬に向かって落ちてきた。二度も水滴がシローを目がけて落ちてきたのだ。これはどう考えても偶然ではない。

 一瞬、敵の攻撃かと思ったが、さすがにこの状況でそれはないと判断。シローは少し高揚した声で前を歩くみんなに声をかける。


「あ、雨だ! ……よな?」


 シローの言葉を聞いて、これまでぐったりしていたサンゴがゆっくりと顔を上げた。するとそれを見越していたかのように、一滴の水滴がサンゴの額に落ちてきた。


「ひゃっ!」


 突然の水滴の襲来にサンゴは焦ったような声を出す。するとその声を首切りに、たくさんの水滴がシロー達に降り注ぎ始める。サンゴとシローは焦ったように手で頭を守っているが、当然他の皆は特に気にした様子もない。その『雨』に全く物怖じしない一向にシローは目を丸くしていた。


「お前たち、平気なのか?」

「何が?」

「こんな水が上から降ってくるんだぞ!? なぜそんなに平然としていられる!」

「はぁ!? 雨くらいでいちいち騒いでられないわよ。ていうかシロー。あなたローブ着てるじゃん。一番雨に強い装備してるのアンタなんだからそれくらい我慢しなさいよー」


 そう。シローはキャスリンに貰った青いフード付のローブをその身に纏っているのだ。当然フードを被れば雨は防げるのだが、雨自体が初めてな彼はそれに気が付いていない。


「……? どういう意味だ?」

「あはは。シロー、フードを被るんですよ?」

「……?」


 言われるがままにフードを被ると、シローは感動したように目を見開いた。


「な……! す、すごい! 雨がフードを伝っている! 濡れない!」

「えぇ……?」


 自らの目の前を水が流れ落ちていくことが余程不思議なのか、彼はその水の流れを手で掴んだり、フードの角度を変えたりして楽しんでいる。それはまるで、初めて雨具を身に着けた小さな子供のようだ、とキャスリンは思った。

 だがひとしきり水の道をいじる事に満足したのか、シローは自らそのフードをとってしまった。当然彼の金髪の頭は雨に晒される。


「あれ? フード脱いじゃったんですか?」

「あぁ。自分の肌で雨を感じてみたい」


 彼は両手を広げ、まるで雨を受け止めるかのような姿勢をとった。キャスリンとアスハはシローのその一連の行動を微笑みを浮かべながら眺めていたのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 だがシローも水で遊んではいられなくなるほど雨風は強くなっていく。それは完全に嵐のそれで、シローは激しく吹き付ける風と雨に恐怖を感じていた。

 一向は川沿いを歩いている。だが当然この嵐ではいつ氾濫を起こしてもおかしくないほどに増水していて、ドが付くほどの素人であるシローでも、この川の近くを歩くことは危険なのではないかと思っていた。


「おい! そうまでして早くに移動しなければならないのはなぜだ! いったん雨が止むまで落ち着いた方がいいんじゃないのか!?」

「わかんないし! でもここにいたら危ないし! だから移動するんだし!」

「意味がわからない! 移動する方がよほど危険だ!」


 流石のピノ水を盛大に浴びても回復したのか、声を荒げて先頭を進んでいる。

 だがピノは、頭はすっきりしてきたのにも関わらず、先程からずっと体の底から感じる悪寒を止められないでいた。始めは彼女はこの悪寒はキャスリンの言う通り二日酔いから来るものだと思っていた。その勘違いがピノの判断を鈍らせていた。その証拠に今ではよりはっきりとした寒さを体全体で捕らえているからだ。


「トゥーマイ! 何か危険信号はあるか!?」

『不明。暴風による影響で当機のセンサーの精度が著しく低下している』


 トゥーマイはそもそも月での運用を前提に制作されたマシーンだ。このような暴風雨が吹き荒れるような状況ではそのパフォーマンスはかなり低下していまうのも無理もないことだった。


 いつも能天気だったピノがここまで浮かない表情をしていると、流石のシローも焦ったような気持ちになってくる。だが現状彼には打つ手がない。フードを深く被り、何事も起こらないことを祈るしかなかった。


「あとどれくらいで洞窟に着く?」

「もう少しだし! そこに入ってしまえば取り敢えずは……」


 暴風に負けないようにピノは叫んだ。


 だが次の瞬間、辺りの音が消えた。

 それは突然にして起こり、シローは突然耳でも詰まったかと思った程の不自然な静寂だった。


 依然として暴風は吹き荒れている。だがシロー達周辺は嘘のように静寂に包まれていた。


「……は? なんだこれは?」

『付近の消音を確認。唐突に周囲の環境が高性能な消音素材に変異した可能性がある』

「……そんな、まさか……」


 シローは混乱したように声を発すると、まるで響くように声が反芻される。この現象に首を傾げるシローだったが、ピノは顔を青くしていた。


「走るだし! 早く!」


 そして言うが早いかピノはドン太を焦るように走らせた。彼女の表情は通常のそれからはかけ離れている。さらに一行を思いやる余裕すらないようで、脇目も振らずに駆け出していく。


 それはまるで獲物に狙われた草食動物のような逃げっぷりで、置いていかれた人達も焦ったように彼女を追いかける。


 シローは一瞬考えたあと、鋭く声を出した。


「PASを装着する。来い! トゥーマイ!」

『任務受任』


 次の瞬間、トゥーマイはシローに吸い付くように飛び込んできたと思うと、そのままシローと合体を果す。既にアスハはキャスリン、グラナダはサンゴを抱えてピノの後に続いており、シローがしんがりを務める形となった。


「トゥーマイ。第一戦闘体勢をとれ」

『了解。シールドゲインを70%に設定。第一戦闘体勢ファーストステップ準備完了』


 トゥーマイは白いオーラのようなものに包み込まれた。

 敵が見えたわけではない。その判断はシローの完全な勘によるものとも言えよう。

 そして唐突に、まるで初めからそこにいたかのように、不思議な生物が彼らの前に立ちふさがった。

 そしてその生物は小さく息を吸ったかと思うと、全世界に届きそうなほど大きな声で鳴いた。


「めぇえええええ……」


 先頭を走っていたピノは思わず足を止め、その生物、いや、その『魔族』を絶望の表情で見上げた。


「う、嘘でしょ……? な、なんでわざわざピノ達の所まで……」

「……な、なんだこいつは?」


 シローの目の前に写っているそれは例えるならば『木の集合体』だった。幾多もの枯れ木が折り重なり、気味の悪い人型を形作っている。その大木に匹敵する巨体の頭部にはまるで宝石のように輝く二つの目がシロー達を舐めるように見つめていた。


「『黒羊』だし。全員動かないで! 刺激したらダメだし……」


 先程まで風のように走っていたピノだが、今度はそれが嘘のように黙りこくっている。


 『黒羊』。以前聞いたことのある名前だな、とシローは思った。確かグランツデーモンに並ぶ、この地方の三大危険種の一つだったはずだ。

 『黒羊』は何も言わずにシロー達を見つめている。果たして怒っているのかいないのかさえその瞳からは読み取れない。


「お願いします。助けてください見逃してください……」


 ピノは怯えたようにぶつぶつと独り言を発している。だがそんな感情からは無縁なシローとトゥーマイは、相手の分析を始めていた。


「なんだこの生物は……。植物か?」

『肯定する。根がないタイプの食肉性植物と推測される。その証拠に奴の体表面に生物の骨が付着していることが確認できる』

「……となると危険だな。知性はあると思うか?」

『全くの不明』

「意思の疎通を試みるべきか?」


 何をどう考えても意思の疎通などできるはずもないが、シローやトゥーマイにはそれがわからない。彼らはこの『黒羊』すら情報提供者にしようとしているのだ。


『試みるべきである。敵と決めつけるのは早急だ』

「そう、だな」


 しばらく待っても襲ってこない。その事実はピノ達に一縷の希望を胸に抱かせていた。だが別の種類の希望を胸に抱いたシローは愚かにもその生物に情報提供を求めようとしていた。

 が、彼が声を出そうとしたその瞬間、キャスリンがシローの口を後ろからふさいだ。もちろんシールドに阻まれて触れることはできていないのだが、シローにバカな行為を思い止まらせるには十分だった。


「なにをする」

「それはこちらの台詞です! 一体何をしようとしてたんですか……!」


 極力声を抑えてキャスリンは話しているが、シローは通常のトーンで話続ける。彼女は困ったように再び口を塞ぎにかかったが、その様子を見て焦ったのは他でもないピノだった。


「な、何してるんだし! 静かにしないと……」




 だが次の瞬間、シローの横には『黒羊』の顔があった。



「めぇえええええ?」

「は?」


 『黒羊』はその口から何物をも溶かす毒を彼に対して吹き掛けた。もちろん近くにいたキャスリンもそれに巻き込まれ、毒の雨が彼らを取り囲む。




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