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第三十二話 砂漠のオアシスにて


 数日後。彼らは草原を抜け、荒野地帯を歩いていた。見渡す限りの赤土に、枯れているのか枯れていないのかわからない元気のない植物が点在しているのが彼の目に入ってくる。


 ピノは『案内人』を自称するだけあり、的確に魔物との遭遇を避けていた。この歩きにくい荒野を道筋として選んだのも、ただ単に魔物が少ないという理由があったからだ。

 更に言えばこれまでの旅路では一度足りともPASの力は借りておらず、そもそも初めの一回以外はほとんど魔物と遭遇していない。


 その間、シローは様々なことを学習していた。

 彼はもともと好奇心旺盛な優秀なクローンで、なおかつ戦わなくてもよいとなると、彼は精力のほとんどを知識の吸収に当てていて、この異世界の出合いは彼を急速に変えていた。


「これはなんだ?」

「それはシクラの木だし。見た目は枯れかかってるように見えるけど、内部にかなり水を蓄えてるからちゃんと処理をすれば飲めるし」

「ほう……」


 シローはピノのサバイバル知識の量に驚いていた。旅の初めこそこどもと侮っていたのだがその『外』における知識に関しては本物だった。彼女の脳内には辺りの植生だけではなく、魔物の生態まで完璧に入っているようで、シローの問いかけに対して全てにおいて返答している。


「なぜこの辺りは魔物が少ない?」

「フルー荒野はまず水がないことと、地域における絶対的な魔力量が少ないんだし。だからこそ魔力の強い魔物は棲息できたいんだし」

「ならば人間はこの地にいるのか?」

「……たぶん。でもろくな人はいないと思う」

「……ろくな人、とは?」

「聖域を追われた人間、とか?」


 ピノはドン太の上で手綱を握りながら、少し首を傾げながら答える。シローはその解答に満足したように頷いて、トゥーマイをみる。


「聞いたかトゥーマイ」

『あぁ。人間は治安維持をする制度が整っていると推測される。科学技術こそは発達していないが、エルフ達が貨幣制度を採用していたことも合わせて、地球で言う中世程度の文明は持っていることが期待される』 


 流石にピノも数日間一緒に旅をすればトゥーマイに慣れたようで、並んで歩いていてももう何も言わなくなっている。


 ちなみに他の女子達はサンゴに魔法を教えることで手一杯になっていた。この辺りは魔物も少ないため、ピノから魔法使用の許しが出ている。そのためこれまで中断していた魔法の修行を再開したのだ。

 といってもサンゴの基礎魔力量は既にアスハやキャスリンを大きく越えている。これからはどのようにその魔力を使うか、が焦点となっていた。


「サンゴ。魔力というのは集めて尖らせて敵に突き刺すだけで攻撃ができるわ。あんたなら小手先の技術じゃなくって、そのものの魔力量で魔法を使えるのよ! それってすっごいことだから、その技術を会得しなさいな!」

「サンゴ。やはり人のためになる魔法を覚えることが先決です。戦いのための魔法も大切ですが、それ以上に人と人との繋がりを大切にする魔法を習得することで、あなた自身の成長にも繋がるのです」


 熱心な二人の師に指導され、サンゴは困ったような視線を浮かべている。シローはその会話を耳の端で捉えながら、自分なら攻撃魔法を選ぶな、と漠然と考えつつ彼は彼の修行に没頭していた。


「いいか? 集めた魔力を体全体に押し込むイメージだ。まずは腕だけでいい」


 こちらはグラナダが彼の師となり、グラナダは肉体強化の魔法をシローへと教え込んでいた。


 というのもシローはトゥーマイの真の戦闘形態である『第三戦闘形態サードステップ』を使いこなせていないからだ。PASのシールドエネルギーを防御と攻撃を三対七に分けるその戦闘形態は、駆動する際の慣性制御に大きな技術が必要となり、シローにはその形態で発生する慣性力を制御することができないのだ。


 それはシローが悪いというよりも、PASの性能の問題で、サンゴのような一握りのエースしかその形態を使いこなせていないのだ。


 だからこそ彼は肉体強化の魔法で自らの慣性力に対する抵抗力を高めることで、PASの真の力を引き出そうと考えていた。


「そうだ。それを維持しろ」

「くっ……」


 彼の腕の回りには高濃度の魔力が集まり、彼の皮膚の上にいくつも層をなして腕にまとわりついていた。が、次の瞬間突然ピノが大きく手を叩き、その音に驚いたシローは思わず魔力を手放してしまった。


「何をする!」

「あっははー! だっさいんだしー! この程度の音で驚いてたら戦闘中に使えるのかなー?」

「ぐっ……。それはそうだが……」


 腹を抱えてケタケタと笑うピノを憎々しげに睨み付けてから、シローはもう一度魔力を練り始めた。


 彼らの旅は順調に進んでいた。








ーーーーーーーーーーーー





 その夜。彼らは赤土の土地の上に突如として現れたオアシスに驚きながらも各々腰を下ろしていた。


「だーっ! 疲れたぁ」

「ふーっ。今日はここまでだし。ピノは魔物避けしてくるから、あんた達はテント貼っといてだし」


 ピノはそう言い残すと、ドン太と共にオアシスを周回し始める。

 この旅も早いもので一週間が経過しようとしていた。流石のシローもテントの設営もこなれたもので、慣れた手つきでてきぱきと寝床を組み立てて行く。

 その横でキャスリンは自らの籠手を外し、火を炊く準備をしている。籠手が燃える、という現象に当初こそは戸惑いを隠せなかったシローだったが、流石にそれすらも慣れてしまったのかキャスリンのその不思議な行為を傍目で眺めているだけになってしまった。


 そして暫くすると各々が野営の準備を終わらせて、たき火の回りに集まってきた。 

 そしてキャスリンが火の横に腰を下ろしながら口を開く。


「『リリーナ』までこんなにかかるんですね。人間達に護送されているときは四、五日で着くって言われてましたのに」

「直線で行けばもっと早くに着くし」

「……なぜまっすぐに向かわないのですか?」

「じゃあ出会う魔物全て撃退してくれる?」


 ピノが火をぼーっと眺めながら言うと、キャスリンは納得したように頷いた。結局は急がば回れ、いちいち魔物の相手をすると命がいくつあっても足りない。それこそなにも考えずに外を出歩けるのはシローのようなとんでもない力を持っている人種だけなのだから。


「……ねぇピノ」

「……? 何だし?」


 すると突然アスハが申し訳なさそうに、呟くように言った。彼女は言葉を口にするか悩んでいるかのように、視線を左右に泳がすように揺らしていたが、何かを決心するように顔をあげた。


「……お酒が呑みたいんだけど」

「……は?」


 彼女は穏やかに燃えるたき火をちらりと見て、本当に小さな声で絞り出すように言った。


「お酒がね。飲みたいのよ」

「え? ダメだし」

「なんでよぉー! ここは魔物も少ないんでしょ? なーらいいでしょーが!」


 取り付く島もなくピノは冷静に言い放った。が、アスハは顔に涙を浮かべながら立ちあがり、何かを訴えるように話始めた。


「いい? 聞いてほしいのピノ」

「なんだし?」

「今、あたしたちは魔物の住む領域にいるのよ? だから常に警戒し、常に全力を出せる状態でいないといけないよね?」

「うん」

「ならばやっぱり英気を養うことは大切ってことでしょ? だから少しだけお酒を飲ませて?」

「ダメだし」

「いいでしょーー!」 

「そもそもピノはお酒なんて持ってないし……」


 悔しそうに地団駄を踏むアスハだったが、ピノがお酒を所持していないと聞いて、ニヤリと微笑んだと思うと、てくてくとドン太が持つ荷物へと駆け出していく。

 そして何やら取り出してきたと思うと、両手には人数分のコップと大きな酒を持ってニコニコ顔で歩いてきた。


「……はぁ?」

「じゃじゃーん! アスハちゃんは用意もいいのでしたー!」

「いつの間に!? ピノが確認したときはなかったのに……」

「そこはあたしの本領発揮ってことよ! 制動魔法でちょちょいのちょいってね!」


 ピノはアスハを呆れたように眺め、グラナダもやれやれと顔を片手で覆っている。そしてアスハはいそいそとコップを皆に配り始め、待ちきれんような笑顔を浮かべている。


「ちょっ! ピノは許可してないんだし!」

「まーまーまーまー。一杯だけだって! ほら! キャスも!」

「わ、私もですか?」


 アスハは半ば押し付けるように酒を注いでいく。

 グラナダは小さくため息をついてから、ピノへと口を開いた。


「はぁ。ピノ。申し訳ないが許してやってくれ。俺は一滴も飲まずに見張りをしているから」

「うー。まぁ、危険な魔物も少ないから別にいいっちゃいいんだけど、気持ちの問題が……」

「さささささ! ピノもどーぞ!」


 まるで有無を言わさぬ口調でアスハはピノへもお酒を注ぎ、サンゴにもそれを押し付け、そして自分のコップになみなみと液体を注いでいく。


 夜空が綺麗な星空の下で、小さな宴会が始まろうとしていた。







ーーーーーーーーーーーー







 


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