第三十一話 星空
「二度とごめんだ!」
「あはははは! 必死でしがみついて可愛かったよシロー?」
シローはアスハに下ろして貰いながら毒々しげに呟く。アスハは心から嬉しそうな笑みを浮かべているが、彼らの様子を見てグラナダが複雑そうな表情をしていた。
シロー達はその後上手く魔物から逃げ切り、辺りの地形も草原からゴツゴツした岩が増えてくるような地形に変わり始めた頃、一行は大きな岩場の影に腰を下ろしてせっせと夜営地を作っていた。
「もーあんなのこっちこそ二度とごめんだし。サンゴ……だっけ? あんたもうあんなこと二度とするなし」
「……うー。はいなの」
「ま、まーまー。私たちも教えていなかったのがいけないんですし……」
ピノ曰く、魔物の大部分は魔力の流れを感じ取れるそうで、サンゴがしたような大きな魔力の人工的な流れを作るとその瞬間敵に察知されてしまうそうだ。
ピノは常に自分の回りにそれを妨げる隠蔽魔法を張っているらしく、魔力による探知は妨げているのだが、それもサンゴに滅茶苦茶にされた結果あのような事態を招いてしまったのだ。
『……我々にはこの世界の情報が欠落している。自らを案内人と名乗るならば、行動可能範囲の限界を卿が示すべきだ』
「はぁ? 今誰が言ったんだし?」
『当機だ』
「……え?」
ピノはシローを指差すが、シローはもちろん首を振りトゥーマイを見た。
『当機である』
「え? は? 魔法生物? いやあああ!! ゴ、ゴーレムが喋ったんだしいいいい!」
『否定する。当機は『ごーれむ』ではない。汎用PAS『トゥーマイ』である』
「おば、おばけだしいいい!! ア、アスハ助けてぇ!」
トゥーマイが話していることがそんなに怖いのか、ピノはアスハの後ろに飛び付くように移動し、顔を青くしながらぶるぶると震えている。その様子を見てアスハはニヤリと怪しい笑みを浮かべたあと、さっとピノを抱き抱えた。
「な、何するんだし……?」
「ほーら! トゥーマイ! パス!」
「いやぁ!!! やめろぉぉ!!」
「あははははは!」
そしてアスハはおもむろにピノを抱えたままトゥーマイへ向かって走り出した。ピノは絶望の表情を浮かべながらアスハにしがみついているが、アスハは楽しそうに笑っている。
「アスハ。やめなさいって。嫌がってますよ?」
「大丈夫だってピノ! ほら! なにもしてこないし、お化けじゃないよ?」
『当機はお化けではない。当機は帝国軍が製造した兵器である』
「お化けじゃない……?」
ピノはおそるおそる顔を上げ、トゥーマイをじっと見つめる。トゥーマイの変わることのない表情は何も言わないままピノは見つめ返している。
が、ピノは自分の状況に気が付いたのか、少し咳払いをしたあとにゆっくりと自分の足で地面に立った。そしてまるで何事もなかったかのようにスタスタと小さな岩へと腰かける。
「わ、わかってたし? ゴーレムも喋ったりするわよね? 別に怖がってなんかないし」
「……」
明らかに無理をしているが、優しい空気がピノを中心に包み込み、誰も彼女に対して口を挟まなかった。只一人を除いては。
「……やはりお前はこどもではないのか?」
「ちちち、ちがうし!! わかってたし! 怖くないし!」
「しかしお前はトゥーマイをお化けと言っていた。お化け、とは実在しない幽霊のことを差しているのだろう? そして帝国ではこどもは幽霊を怖がるのだと学んだことがあるが……」
「だから怖がってなんかないし!!」
「……シロー。やめなさいってば、かわいそう」
アスハはシローの肩を叩き、シローが無意識にピノを苛めているのを止めた。が、シローからすれば何が可哀相なのかがわからない。
とことんピノと自称平行世界からの来訪者ら相性が悪かったのだった。
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日も暮れ、小さな焚き火を一行は取り囲んでいた。
今回は簡単な調理器具も持ち込んでいるため、簡易的な料理も可能だったらしく、ピノとキャスリンがその腕を振るっていた。
「ま、また贅沢品を摂取するのか……。果たして俺は帝国でこの恩を返納できるのか……?」
「またそれですか。いいから早く食べなさいな。冷めちゃいますよ?」
「あ、あぁ」
シローはクローンのため、軍から支給されるレーション以外を口にすることは許されていない。従って彼が『アリス』で食べる食料は全て贅沢品に当たるのだが、彼はそれを全て記録し、帝国に帰還した暁には真面目にも報告しようと考えているのだ。
食べないと死んでしまうが、食べる事は禁止されている。そんなジレンマに悩まされながらも、彼は料理を恐る恐る口へと運ぶ。そして次の瞬間彼の表情は驚愕のそれへと変貌した。
「う、うまい……! なんだこれは……! このとろけるような味のついた液体に、噛んだ瞬間に口の中で溶けていく具……。これぞまさしく贅沢品だ!」
シローが食べているのはただのシチューのような料理なのだが、彼にとってはそれは新感覚の食べ物で、存分に舌つづみを打っている。
もちろん大した料理でもないのにここまで感動されたならば、作った方も悪い気はしない。キャスリンとピノは満足そうに微笑んだあと、ピノはしたり顔でシローに話しかける。
「そーかそーかそんなにおいしいんだし?」
「美味しいなんてもんじゃない……。これは絶品だ」
「うん。こんなの初めて食べたの」
「へっへへー。まぁピノの手にかかればこんなもんだしー」
「なんだと!? これをお前が作ったのか!?」
「え? う、うん。正確にはそのキャスリンって人間と一緒にだけど……」
「バカな……。ただのこどもがこんなものを作れるのか……?」
「もーー!! まだ言ってるの!? ピノはこどもじゃないし!!」
ピノは怒ったように吠えながら、シローの肩を叩く。
そしてその様子を見たアスハは嬉しそうに笑いながらキャスリンの横へと腰を下ろした。
「シローってほんとに面白いわね」
「えぇ。初めて見たときは怖くて震えましたけど、今はもう何も思わないです」
「あたしはその怖いってのがなかったからなー」
「一角獣の突進を片手で止めるんですよ? 私はもう終わりだと思いましたよ」
「あはは……。まぁそれは怖いわね」
例えキャスリンの言葉だとしても、流石に一角獣の突進を片手で止める人間なんてこの世に存在しないとアスハは思っていた。が、今ならその言葉を信じられる。なぜならアスハ自身もシローが、ーー厳密にはPASを着用したシローだがーー、眷属を片手で弾き飛ばしているのを目の当たりにしたのだから。
そんな二人の視線を知ってか知らずか、シローは未だにピノとケンカしていた。今はその輪にサンゴも加わり、誰が一番こどもかというどうでもいい議論に花を咲かせていた。
「……あの二人仲良いわね」
「……羨ましいですか? 最近いつもシローを目で追ってますもんね?」
「は? べ、別に羨ましくなんかないから! 目でも追ってないから! てっきとーなこと言わないでくれる??」
「あらー? いつも自信満々なアスハちゃんはどこに言ったんですかー?」
「こ、ここにいるし!! あたしは天下無敵の最強可愛いアスハちゃんですけどー!」
「うふふふふ。かわいーですねぇアスハちゃん」
「もーっ!!」
アスハは照れたように顔を赤くしながら、キャスリンを小さく睨む。
そしてまるでその話題から逃れたいかのようにアスハは背伸びをする要領で大きく夜空を見上げた。すると彼女の目には爛々と輝く星空が飛び込んでくる。それはエルフの森から見上げていたそれとはまた違う様相を醸し出していて、いつもより輝いて見えるそれにアスハは思わず息を飲んだ。
「きれー」
「……そうですね」
「エルフの森で見るよりきれいな気がする」
「そんですか? 確かに景色は違いますけど、私はエルフの森で見上げる星空も好きでしたよ」
キャスリンとアスハはその瞳に星を写しながら空を見上げている。
人生で初めて出るエルフの森の外での夜は、アスハにとって特別なものだった。
そして彼女はいつまでもこの時が続けばいいのに、と思ったがそれを口に出すことはしなかったのだった。
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