第二十六話 突然の依頼
今後の方針がまだ立っていないシローだったが、アスハとグラナダの修行の下、着々と魔法の訓練を行っていた。早くも彼は周囲に漂う魔力を手繰り寄せることに成功し、簡単な肉体強化の魔法を使えるようになっていた。
それは完全にグラナダによる影響で、グラナダはシローに対する態度を180度改め、親身になって彼に魔法を教えていた。
その魔法の上達速度はエルフから見ても著しいものだったが、彼以上に尋常じゃない成長速度で魔法が上達している『人間』がいた。
「シロー、下手くそなの」
「な、何をする邪魔をするな!」
サンゴだった。彼女は主にアスハとキャスリンに魔法を教えてもらっていたが、過去に大魔法使いと呼ばれた人を遥かに凌駕する勢いで魔法を習得していた。
今、彼女は周囲に漂う魔力を根こそぎ自分の所へと集めているが、その吸引力が凄まじいせいでシローが集めた魔力を引き剥がしていた。
その魔力干渉は十分に熟達した魔法使いは考慮しなければならない現象だったが、まだ魔法を習い初めて三日と経っていないサンゴは既にそれを引き起こしていたのだ。
「いや、末恐ろしいわこの子。ま、まぁこの最強アスハちゃんに比べれば? 雑魚だけど?」
「いやいやこれは無理でしょうよアスハ。ちょっと尋常じゃないですよこの子」
「……うれしい。あたし、これでキャスを守るの」
「お、おいやめろ!!!」
褒められたサンゴは嬉しくなってさらに周囲の魔力をかき集めた。その結果シローが頑張って留めていた魔力を根こそぎ奪っていくのだった。
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『今後の行動指針を問う。A-4685』
シローが部屋に戻ると、そこで片膝をついて待機していたトゥーマイが彼に声をかけた。シローはその横に置いてある椅子に腰掛け、トゥーマイを見る。
「この森で最も知識があり、なおかつこの森を統括している生物に話を聞き、その情報を元に行動指針を決めるつもりだ。お前は何か案はあるか?」
『……当機の仮定が正しいかを確認する必要がある。その為、更なる情報の収集に努めるべきだ』
「ならここに待機で問題はないな。俺は謁見が叶うまでは魔法についての情報を集めようと思っている」
『当機はどうする?』
「お前は兵器だ。森内部に駐留を許可されているだけでもありがたいと思わなければならない。そこから動くな」
『任務受任』
「ならもう行くぞ。おれは今日学んだことを反復しておきたい」
シローが初めに神樹と交わした約束の日は既に過ぎ去っていて、更に待機させられていたが、今日はついに神樹との謁見が叶う予定となっていた。
彼自身、これからの身の振りようについては色々考えてはいたが、優秀とはいえ彼はクローンなのだ。なるべく誰かの指示を無意識に求めていた。
そして彼はいつのまにか居着いているアスハがいた病室で、今日習った魔法の反復練習を行っていた。
というのもシローの成果がエルフの森に大々的に報道され、彼は一躍時の人となっていたからだ。
元来忌み嫌われていた人間が眷属を四体始末したという事実はエルフ達に良くも悪くも衝撃を与えたようで、彼が街を歩くとエルフの注意を引くのだ。ただでさえ彼の容姿はエルフの森では非常に目立つ。魔法を学ぶためにアスハ達がいる兵舎へと逐一出掛けていては、その度に野次馬に囲まれてしまっていた。
そこで彼は兵舎の中で半ば匿われるように、アスハがいた狭い病室に住居を移しているのだった。
今となってはアスハとグラナダがシローとアスハに魔法を教えに来ていた。
「お。欠かさぬ鍛練とは流石だな。シロー」
「……グラナダ」
そしてシローが広場の片隅で魔力を集める練習をしていると、外から帰ってきたグラナダが彼に対して声をかけた。
グラナダはその太い声で笑いながら、シローの背中を叩く。
「な、何をする! やめろ!」
「がははは。その程度で魔力を散らされているようではまだまだだな」
「……邪魔をするな」
シローは軽くグラナダを一睨みすると、もう一度精神を集中させて魔力を集め始める。だがそんなシローを見て満足そうに彼は頷くと、彼の側にどっかりと腰を下ろした。
「……何の用だ? 今日の魔法の指導は終わったのではないのか?」
「……あー、少し、な」
「……?」
シローはその体の回りに白いオーラを纏いながら不思議そうにグラナダを見た。そしてそんな視線を向けられたグラナダは少し照れ臭そうに鼻の頭を掻いたと思うと、遠慮がちに口を開く。
「……で? お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「……? 何の話だ?」
「これから先だよ。お前は行く宛がないんだろう?」
「……情報を集め、なるべく早くに決定し、出発するつもりだ。お前たちには迷惑をかけて申し訳ないが……」
「いやいやそう言うことを言ってるんじゃねぇ」
退去の催促かと思い、申し訳なさそうに謝罪をしようとしたシローだが、グラナダは大きく首を振りそれを否定した。
そして彼はシローを真っ直ぐに見つめ、真剣な表情で話始めた。
「……お前、行く宛がないならエルフの森で傭兵をやらないか?」
「……は?」
その言葉に思わずシローは集中が切れ、彼の回りに漂っていた白いオーラは消え去った。だがシローのそんな様子を気にした風を見せずにグラナダは言葉を続ける。
「俺はお前に感謝している。アスハを救ってくれたこともそうだし、お前があの眷属を倒してくれていなかったらかなりの被害が出ていただろう。お前のお陰でエルフの森全体が救われたと言っても過言ではない」
「……」
「だからこそ俺は、感謝と尊敬の念を込めて、お前をこの森に留まって欲しいと思っている。人間を雇うなんてエルフの爺どもは黙っちゃいないだろうが、そこは俺が何とかする。お前はそこらの人間とは違うってことを俺が証明する」
「……」
「だから、この森に留まっちゃくれないか? ……認めたくないが、アスハも喜ぶだろうしな」
最後の一言は少し照れ臭そうにしながらグラナダはそう言った。シローは彼が言った内容を驚いたように受けとめ、そして困ったように口を開く。
「お、俺は帝国の兵士だ。他の地に雇用されることなどできない……」
「だがもうその『帝国』とやらには戻れねぇんだろう?」
「まだ決まったわけでは……」
「……まぁ、何にせよ返事が今すぐ欲しいって訳じゃねぇ。そういう選択肢をお前に与えたかっただけだ。よく考えて決めてくれ」
そこまで言うと、彼は照れ臭そうにしながら背を向け、去っていく。それはグラナダなりの照れ隠しなのだろうが、シローは動揺を隠せていなかった。
それは傭兵として雇いたいという要望に基づくものではない。彼はグラナダに再び感謝の意を伝えられたことに驚いているのだ。
彼からすれば、『眷属を倒す』という行為はグラナダと結んだ契約に過ぎない。そしてその契約の対価は十分に貰っているのだ。さらにシローに感謝の意を示し、彼を雇用したいなどと言われるなんて、彼からすれば戸惑い意外の何者でもなかった。
そしてそんな風に少し放心状態になっているシローだったが、彼を見つけて後ろから近付いてくる人物がいた。
「シロー! 変な顔してどしたんのー?」
アスハだった。彼女は砕けた言葉を使いながら、彼の背中を笑いながらバシバシと叩く。
「やめろっ! 何をする!」
「ついにお呼びがかかったよー。神樹様が会ってくださるって」
兄にも妹にも同じことをされ、シローは苛立ったようにそう言い放ったが、アスハは気にした様子もなく言葉を続ける。
「なに? 本当か?」
「うん。上からシローを呼んでこいって、命令。さ、行くよー」
「あ、あぁ」
アスハはそこまで言うと、踵を返して歩き始めた。
先程のグラナダの言葉の整理が未だについていない彼だったが、一旦その事は忘れ、気を取り直してアスハの後へと続いていく。
聞きたいことはたくさんある。彼は流行る気持ちを押さえることで精一杯になっていた。
読んでくれてありがとうございます!
お腹が痛い、、、




