第二十三話 仮説
そしてグラナダはシローとトゥーマイを連れ、アスハが横になっている病室でどっかりと腰を下ろした。
ベッドの上に寝かされたアスハは寝巻きのようなものに着替えていて、キャスリンと楽しそうに談笑していたが、シローが部屋に入ってきたのに気が付くと、嬉しそうな顔でゆっくりと体を起こした。
「あ、シロー」
「体を起こして大丈夫なのか?」
「へいき」
アスハの足下には医師らしき人物が彼女の足首に手を当てていた。その手はぼうっと光を放っていて、シローはその行為を訝しげに見つめる。
「何をしている?」
「何って……。治癒魔法をかけてもらってるのよ」
「な……。また魔法か……。トゥーマイ、何かわかるか?」
『足首の体温が上昇しているのは検知できる』
「それだけで人の体は治るのか?」
『否定する。患部を温める治療は、症状が慢性化した際に、血流を良くして治癒効果を期待する際に使用する治療法だ。本件は明かに急性領域で、慢性領域までは程遠い。即刻中止させるべきだ』
トゥーマイが目を点滅させながら話す。もちろんそれを聞いたアスハとグラナダは驚いたように目を見開くと、おずおずと口を開く。
「そ、その魔法生物は話すのか……?」
『その『魔法生物』とは当機のことを指しているのか? 当機は自立思考が可能なAIを実装している。行動の最終決定権はこのA-4685が持つが、同等の発言権は与えられている』
「……?」
アスハとグラナダは困ったように顔を見合せた。彼等が知る『魔法生物』とはいわゆる『ゴーレム』のことだ。大きな力を持つ変わりに単純な命令しか聞くことができず、ましてや会話などできようはずもない。
が、思い返して見ればただの人間が眷属を倒せるはずもないのだ。そんな人間が使役する『魔法生物』もまた普通でないのは少し考えればわかることだ。
彼等はその瞬間、シローをただの人間と同列に扱うのはやめようと心に誓ったのだった。
そしてグラナダは気を取り直したように口を開く。
「……それで? その『トゥーマイ』とやらと『シロー』とやらは俺たちに何を聞きたいんだ?」
『彼は正確には『シロー』ではなくA-4685で……』
「あー、はいはい。で? なんだ?」
グラナダトゥーマイをあしらいつつ、彼の言葉を待つ。
シローは不服そうに鼻を鳴らしたが、それを気に止めた様子のないトゥーマイがシローの代わりに言葉を紡いでいく。
『ここの惑星の座標を知りたい』
「……は?」
『ここの惑星の座標を知りたい』
「……座標?」
『帝国を原点とする宇宙座標の事だ。距離単位には光年を使用し、対数換算で答えて貰って構わない』
「…………は?」
トゥーマイからすれば普通の単語を羅列しただけではあったが、当然のことながらグラナダ、アスハ、キャスリンはその言葉を聞いて目を点にしていた。
『……どうした』
「いや、どうしたもこうしたも、お前の言ってる意味がわからないんだが……」
『何がわからない』
「いや、何がと言われても……」
『どれが不明なのかを明らかにしてもらわないと、当機としても返答のしようがない。明確な返答を求む』
「いや……、シロー……」
『シロー、とはキャスリン・フミデルーナがA-4685に付けた名前である。帝国の法律ではクローンに対して個別に命名することは違法とされており、当機やA-4685本人はその名前を認めていない』
「……」
アスハは困ったようにシローの顔を見ると、それまで横で立っていたシローがしぶしぶと言った様子で口を挟む。
「トゥーマイ。エルフ達とは俺が話す。お前は記録と考証に徹しろ」
『……任務受任』
シローはトゥーマイを下がらせると、彼は近くの椅子を引き寄せて座る。そしてアスハとグラナダへと視線を向けると、一言だけ発した。
「それでは改めてエルフ達に問う。……ここは、どこだ?」
シローからそれを聞かれると、再び困ったようにグラナダとアスハは顔を見合せた。
「……ここはバース大陸北西部に位置している森、正式名は『エルグランデ』よ。西には草原が広がってて、その遥か先にはブミス山脈がある」
「もっと広い意味で聞いている。何か近隣宇宙の情報はあるか?」
「…宇宙? 宇宙って、空の向こう側のこと?」
「あぁ」
「宇宙のことなんて知らないわ。竜族でもない限りは縁のない場所だもの」
と、アスハはそう答え、グラナダもその言葉に肯定するかのように頷いた。シローは少し落胆した様子を見せたが、気にせず言葉を紡いでいく。
「……竜族?」
「え、えぇ。その名の通り、竜の力を体に宿した種族のことよ。と言っても文献で知った名前だし、見たこともなければ、今も実在しているのかなんてわからないけど」
と、アスハはそう締めくくった。
やはり宇宙座標的な概念はこの星にはないようだ。この口振りから察するに、例え竜族とやらに話を聞けたとしても、自分たちが求めている情報は手に入らないだろう。
シローは何か考え込むように難しい表情をしたあと、再び口を開く。
ならばもう一つの手がかりを追うしかない。
「お前達が使っている言語は? この大陸全域で使われているのか?」
と、シローは腕を組みながら聞いた。
これは実際気になっていたことだ。ここが帝国に由縁のある場所でなければ、使っている言語が同じという不自然の理由を説明できない。
そしてグラナダとアスハはお互いの顔を見合わせて、首を傾げる。
「……この言葉がどこまで使われているのかは知らないが、これまで様々な種族との交易において、言葉が通じなかったことはない」
「……そうか」
グラナダの返答は自信のあるものだった。そしてシローは全く自分が望んだ回答が得られないことに心の中で落胆しながらも、浮かんでくる疑問を次々と口にしていく。
「ならばこの星の一年は何日間ある?」
「一年……? 350日前後だけど」
「前後……? 365日ではないのか?」
「そんなの年の状況によって変わるに決まってるじゃない」
さも当然であるかのようにアスハは言った。彼女は一般常識ですらないようなレベルの質問に逆に困惑しているが、当のシローは複雑な表情で何かを考え込んでいる。
「……ならば月は? 満ち欠けはどうなっている?」
「月は常に形を変えるわ。満月だったり半月だったり新月だったり。その周期は約30日よ。ちなみに一ヶ月は月の周期で決められてるからね」
「なら今日の年月日は?」
「えーっと、竜歴805年5月7日よ」
「……」
帝国で定められている年月日ならば今は宇宙歴456年。『アリス』では人が宇宙に移住した日を記念に制定された宇宙歴とは異なる年号が使用されており、当然それはシローが今だかつて耳にしたことのないものだった。
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「……なるほどな」
エルフ二人に対してシローはあらかた質問を終えると、満足したようにため息をついた。
「何か分かりましたか?」
キャスリンの横で黙って話を聞いていたキャスリンがシローに向かって話しかける。が、シローは肯定も否定もせずぼんやりとキャスリンを見つめた。
「いや……。この惑星の地理的情報は手に入ったが、肝心の帝国との関係性がわからないままだ」
「そうですか……」
「トゥーマイ、お前はどうだ?」
彼の最優先任務は『帝国への帰還』だ。その任務を達成するために今は情報取集に徹しているのだが、全くと言っていいほど帰還する目途は立っていなかった。このエルフの地で聞き込みをしてみた結果も芳しい物ではない。彼は縋るような顔でトゥーマイを見た。
トゥーマイは静かに佇んでいる。が、シローの依頼を受けて中性的な声を出す。
『提言。これは現状の情報から導き出した、我らが置かれた状況の推測である』
「あぁ。話せ」
と、珍しくトゥーマイが前置きをしながらその目を点滅させる。
『この惑星『アリス』は、言語的、気候的、生物的特徴は地球と一致する点が多い。特に月の公転周期や、この惑星の公転周期が地球と非常に類似している点については偶然とは考えづらく、また知的生物が『宇宙公用語』を使用していることも合わせて、『アリス(ここ)』は地球である可能性が非常に高い』
「……あぁ」
確かに偶然にしては出来すぎている。と、シローは思った。
自然に考えるならば、彼が教えられてきた「地球」は真っ赤な嘘で、本当は「アリス」だった。と考えるのが自然かも知れない。
だがトゥーマイはその考えに至ることは絶対にない。何故ならばトゥーマイにとって帝国が存在しない、というのはこの世に魔法があること以上に受け入れられないことだからだ。
そしてトゥーマイは言葉を続ける。
『しかし、絶対不変の事実として地球は『帝国』が支配しているという事柄が挙げられる。だが打って変わってこの惑星は『帝国』が存在している気配はない。従って当機はこの惑星が地球ではないと断定した』
「……」
『そこでこの惑星が地球と類似している要因について、ここは『平行世界』であるのではないかという懸念が挙げられる』
「……? どういうことだ?」
『恐らく、連合軍が放った兵器は次元を歪ませ、その存在を別次元へと転送させる兵器だと推定される。それに巻き込まれた我々は、次元軸が異なる同地点に移送されたため、あのように宇宙空間に投げ出されたものだと推測できる』
トゥーマイの話はシローでさえも理解できるか難しい内容だった。そばで話を聞いていた『アリス』の住人達は困ったように顔を見合せた。
「ば、バカなことを言うな。平行世界などあり得ない」
『……その言葉に当機も同意する』
「ならっ……」
『だがこの世界には既存の物理法則を凌駕する、魔法、という技術が存在している』
「……」
『現在帝国が取り扱っている物理法則では魔法を説明できない。つまりそれは、この世界が我々が元いた世界線と異なることの証左に他ならない』
シローは受け入れ難そうに、トゥーマイの言葉を聞いていた。そしてアスハが困惑したように口を挟む。
「つまり、あなた達は異世界からきた来訪者ってこと?」
『……異世界という表現は厳密ではない。我々は『平行世界』からの来訪者である』
「……平行世界」
「理論上ではその存在が確認されているが、この推測が正しいとすると実測したのは我々が始めてである」
平行世界。つまりはパラレルワールドである。
アリスの世界と地球の世界は繋がっていない。遥か昔でその運命が分岐した、言わば似ているようで似ていない、全く別の世界。
だがシローが気にしているのは、ここが平行世界であるか否かではない。彼は絶望感を含んだ声でトゥーマイに問いかける。
「……もしその仮定が正しいとしたら……どうやって俺たちは元の世界に帰ることができるんだ?」
『不明』
「……」
失望がシローをぐるぐると襲っている。
もしトゥーマイの言葉が全て正しいとするならば、彼の帝国への帰還は現実的ではなくなる。彼自身、次元を転位する技術どころか知識すら持ち合わせていないし、遥かに文明レベルの劣るこの世界でその情報が手には入るとは夢にも思えなかった。
「えっと……シロー?」
「……なんだ」
「だ、大丈夫ですか?」
見かねたキャスリンがおずおずといった様子で彼に話しかける。シローはそれに対して疲れたように返答する。
「あぁ……。大丈夫だ。……俺も少し考えたい。……から席を外す」
顔面蒼白でどう見ても大丈夫ではなさそうな彼だったが、そのまま席を立ちふらふらと部屋から出ていったのだった。
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