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たとえここが敵しかいない世界だとしても  作者: 勇者王ああああ
クローン、エルフと交流する
24/45

幕間3


 ゴブリンはあの知性的なオークに釣られて集まっていた集団だったらしく、オークが討ち取られると組織化された動きはせず、一部は逃げ、一部は自暴自棄になり簡単に迎撃されていった。

 砦を完全に取り戻すのはそこまで時間がかからなかったが、グラナダを放置しているアスハは気が気ではない。

 

 そして次第に敵の勢いは弱って来たのを判断すると、アスハは青い顔で息を吐いているグラナダに駆け寄った。


「おにい! 大丈夫!?」


 大勢が決した事を確信したアスハは持ち場を離れて慌ててグラナダに駆け寄る。だが彼は浅い呼吸を繰り返しながら痛そうに脇腹を抑えていて、褐色の健康的な肌からはすっかり血の気が引いていた。


 グラナダは重症だった。肋骨は折れ、そのうち数本が内臓に突き刺さっている状態でもはや一刻の猶予も許されなかった。

 

「おにい大丈夫!?」

「……がはっ」

「だ、誰か! 治癒魔法を使える人!」


 グラナダが咳き込んだ拍子に彼の口から血が一緒になって吐き出されるのが見えた。アスハは慌てて医者を探すが、既に治癒魔法が使えるものは他の人の治療に当たっていて、どう見てもグラナダを治癒できそうな人は一人もいなかった。


「ねぇ! おにいがひどい怪我なの! 助けて!」

「今はこっちが先だ!」


 アスハが声をかけた魔法使いはおびただしい血を流した兵士に懸命に治癒をかけていて、確かにどう見てもグラナダよりも重症そうに見えた。

 他の治療術師も状況としては同じで、どの人も一刻を争う容体の人ばかりだった。アスハは泣きそうになりながら助けを求めるが、その人達を見殺しにしてグラナダを助けるようになど言えるはずもない。


 どうしたらいいかわからない彼女はとりあえずグラナダの元に向かい、彼の手を握った。


「おにいちょっと待ってね。今治癒魔法士探してるから……」

「がふっ、ごほっ、はぁはぁ……」


 グラナダの呼吸はどんどん浅くなり、口から吐く血の量も少しずつ増えている。どう見てもこのままじゃまずい事になりそうだとアスハは背筋が凍るような予感がした。


「ま、待ってて、無理やりにでも治癒魔法士をつれてくる……!」

「……やめろ!」

「なんで!?」

「倒れているのは若い兵士だろうが。……そいつらを見捨てることはこの俺が許さねぇ……。ごほっ」

「で、でもおにいもこのままじゃ……。い、いやだよ、あたしのせいで」

「お前のせいじゃねぇよ……」


 グラナダはアスハの目を見て言った。だがアスハは首を横に振った。


「ち、違うの、あたしがおにいの言う事を聞かずに突っ込んだから……」

「ごほっ、ごほっ、はぁはぁ」

「……っ! 大丈夫!?」

「ぐっ……」


 グラナダの容体は一秒毎に悪化していく。アスハは兵士だ。治癒魔法の心得こそは持たないものの、このままではグラナダが死ぬことは薄々感じていた。


「やだやだやだやだ! おにいがいなくなるなんてやだぁ」

「……兵士が泣くんじゃねぇよ」

「お願いっ! 誰かぁ! おにいを助けて! たった一人の家族なの!」


 アスハは大きな声で助けを求めるがそれを拾いあげられる人はいない。

 そもそもまだゴブリンの掃討が終わったわけではないのだ。まだ油断できないし、そもそもアスハは戦闘員なのだからグラナダを介抱するのはそもそも間違っている。


 現実は非常で、既に安全な位置にいて、見た目上そこまで重症に見えないグラナダに人員を割く余裕はどこにもなかった。


「うっうっうううう。やだよぉ」

「……」


 アスハはグラナダの手を握りながら涙を流している。

 グラナダはその手を握り返すことすらできない。もう、死はすぐそこまで迫っていた。





 だがたまたまそこに居合わせた人間がいた。

 それは治癒魔法の技術を学ぶために砦に来ていた一人の生贄。それはグラナダが嫌う人間。

 お世話になっている人の悲痛な声を聞いて、安全な室内から居てもたってもいられず、飛び出してきたお人好しな人間だ。



「だ、誰か助けて! お願い! おにいを……! 誰か!」

「……私で良ければお手伝いしますよ?」

「っ!? キャスリン!? どうしてここに!?」

「治癒魔法の実習です」


 キャスリンは治癒魔法の実践的な練習のため、たまたまこの砦に来ていたのだ。本当は軽傷を負った兵士の治療が目的だったが、不運にもオークが率いるゴブリンの襲来に遭ってしまい、砦の奥で隠れていたのだ。


 そして彼女はアスハを横に退けると、グラナダの胸元に手を当てた。


「キャスリン助けられるの!?」

「……こんな重症は見たことありませんがね。このままじゃまずいですね。肋骨が折れて肺に刺さってます。恐らくそのせいで呼吸があまりできていません」

「あ、あたしに何かできる?」

「……ここを切り開いてください」

「は?」


 キャスリンが指を刺したのはグラナダの胸の上だった。とんでもない事を突然口走ったキャスリンにアスハは疑惑の目を向ける。


「いいですか。まずグラナダは肋骨が折れた事により肺に穴が空いている状態です。この状態では体内に空気が漏れるため、肺の穴を塞ぎながら空気を排出する必要があります」

「うん」

「ですがこのまま上から治癒魔法を当てても効果は薄いどころか、折れた骨が内臓を傷つけながら再生していきます」

「……」

「ですのでこの胸を切り開いて、直接骨を持ち上げながら、肺を治癒魔法で結合します。そしてそのまま胸元も治療します」

「き、切り開いてって……」

「この骨折の仕方なら肺以外には影響をないと思いますが、もし他に影響がある臓器があるなら一緒に治療します」

「……」

「早くっ! 一秒毎にグラナダさんの体力は減っていきます!」

 

 アスハはキャスリンが信じきれなかった。

 もしかしたらこの人間は鬱憤を晴らすために嘘をついているのかも知れない。グラナダが人間に対して差別的な偏見を持っていることも知っている。キャスリンが憎まれているのも知っている。

 だからこそそんな疑念がアスハの胸に浮かんだのだった。


「っ……!」

「早く!」

「〜〜っ!! わかった! あたしはアンタを信じる!」


 そしてアスハはキャスリンの指示のもと、グラナダの胸に向かってナイフを突き立てた。






ーーーーーーーーーーーーー






「はぁっ、はぁっ……。これで、大丈夫です」

「……ほ、ほんと?」

「肺と骨折といくつかの内臓損傷は治療しました。ただ衛生環境は最悪だったので、術後熱がかなり出ると思います。数ヶ月は絶対安静です」

「う、うん! うん! キャスリン、キャスリン! ありがとうぅぅ。うええええええん!」


 手を血で真っ赤に濡らし、キャスリンは自らの額の汗を拭った。

 アスハは何がなにやらわからないようにまるで子供のように泣いていた。それはいつも勝気な彼女からは想像もできないような姿だった。


 グラナダは先程とは異なり落ち着いた呼吸をしており、静かに眠っていた。

 本来ならばもう少し清潔な場所で手術を行わないと、感染症を同時発症してしまう。だが感染症による体力低下は無理やり治癒魔法で押さえつけることができるため、外傷を治療することが最も大切なのだ。


「ホントに、ホントにありがとう……。そしてごめんなさい、あたしあなたを少し疑った……」

「えぇ!? な、なにを疑ったのですか!?」

「キャスリンはおにいにひどい事いつも言われてるし、この気に復讐するんじゃないかって……」

「いぃ!? し、しませんよそんな事!」

「ごめんなざいいいいい」

「な、泣かないでくださいアスハ! も、もういいですから!」


 アスハは自分の醜さを心の底から恥じていた。そしてキャスリンの懐の深さに触れて、とんでもない恩を感じていた。

 そしてキャスリンは血を拭うとアスハの涙を拭って優しい笑顔を見せる。


「確かに私、グラナダさんには嫌われてますけど、この人には感謝してるんですよ」

「……感謝?」

「はい。グラナダさんとその両親は私のことを命をかけてここまで連れてきてくれたんです。私は供人で死ぬために生まれてきた人間です。だからこそ、私の命を助けてくれた人にはその恩を返したいと思っています」

「……ぐすっ、ぐす」

「なので、アスハもそんなに謝らないでくださいな。私だってあなた方のお役に立てて嬉しいのですから」


 夜も更け、穏やかな月明かりがアスハとキャスリンを照らす。

 辺りはゴブリンの掃討も終わり、やっと落ち着きを取り戻してきた頃だった。そしてアスハはそのキャスリンの優しさを噛みしめながら、口を開いた。


「……あたし、あたし、キャスリンが困ってたら絶対に助ける。この命に変えてもキャスリンを助けることを誓う」

「そ、そんなことしなくてもいいですよ」

「いや、もう決めた。あたしはこの恩を絶対忘れない」

「うーん。困りましたね」

 

 キャスリンは困ったように首を傾げた。

 そして何かを考えるように一瞬虚空を眺めた後、ぽんと手を叩く。


「そうだ! なら一つお願いしてもいいですか?」

「なに?」

「私のことはこれからキャスと呼んでくださいな?」


 キャスリンは悪戯っぽい笑みを浮かべてアスハにそう言ったのだった。





ーーーーーーーーーーーーーー




 アスハの目の前には眷属がニタニタと張り付いたような笑みを浮かべながら恍惚な表情で恐怖に歪む彼女を見つめていた。


 アスハは懸命にもがきながら、眷属の拘束から逃れようと言うことを聞かない体を振っている。


「あたしはもっと、生きたかった。だから許して。死にたくないよぉ……。キャスを、今度こそ、今度こそ助けなくちゃ……」


 アスハは無意識に命乞いをしていた。そんなものは何の意味もないと知りながら、溢れでるその言葉を止めることはできなかった。



 そして眷属は大きく口を開けた。アスハの命を刈り取るために。


 この世はアスハの誓いなど誰も気にしてはくれない。今にも無情な殺意がアスハを喰い殺さんと迫ってきていた。



 が、その牙はアスハの喉に届くことはなかった。


 どこからともなく表れた『黒い魔人』がその眷属の腕を掴んでいた。










読んでくれてありがとうございます。アスハの過去編終わりです。キャスリンいい子ですね。自分だったらエルフを恨んでいる自信がありますよ

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