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たとえここが敵しかいない世界だとしても  作者: 勇者王ああああ
クローン、エルフと交流する
23/45

幕間2


 それはいつもと同じ朝だった。

 エルフの森は大樹が取り囲む森の中に作られているため、日光は木漏れ日程度しか差し込まない。

 アスハは朝日と共に起き、訓練場に向かい眠気と戦いながらいつものように上官の朝礼を聞いていた。


「ふぁーあ。ねむ」

「こらアスハ。しゃきっとしろ」

「おにいはいっつも真面目だよねぇ」

「当たりまえだ。俺たちがこの森の平穏を守ってるんだ。お前もいい加減一兵士としての自覚を持て」

「あーはいはい、そういうのは上官だけで十分だっての」


 大体上官が話している内容も今グラナダが話している内容と同じなのだ。アスハはうんざりしたように手をヒラヒラと振った。


 この後は全体訓練に続いて部隊別訓練だ。

 もちろん森を守っている精霊達から敵の侵入の知らせが来た時はその限りではない。この間のオークのような、森の要所に配置されている駐屯兵では対処できない強さの魔物が到来した時はアスハ達の出番だ。


 が、そうそう頻繁にそんな敵襲が来るわけではない。

 アスハは訓練怠いなぁ、今日はなんのお酒飲もうかなぁ、とぼんやりと考えながら、今日の訓練を消化していた。


「やぁっ! とう! あらよっと!」

「ぐっ! くっそ!」


 アスハは同期の兵士と組み手を行なっていた。流れるような銀髪が特長的な彼は、幾度となく拳をアスハに振るうがことごとく弾き落とされている。そして今アスハの裏拳が彼の鼻の頭を打つ。


「あだっ!」

「はーいあんたの負けー」

「く、くそっ! もう一度!」

「魔物だ! 第一戦闘部隊は集結せよ!」


 もう一度彼が構え直した瞬間、その号令がアスハ達がいる訓練場全体に響く。指令を聞いた彼は悔しそうに強打した鼻の頭を抑えていたが、残念そうに掌を振った。


「ほら、行け」

「にゃはは、じゃーね」


 悔しいが兵士の本分はエルフの森全体を守ることだ。アスハは即座に訓練場を後にし、集合場所へと向かった。


 戦闘準備を終えたアスハが集合場所に着いた頃には、第一部隊は既に集合していて、いつでも出立できる用意は整っていた。先頭にはグラナダが腕を組んで待ち構えており、アスハの到着を確認すると全体に響き渡るような号令をかける。


「場所は北タユルダ周辺、標的はゴブリンの群れだ! 繁殖期を過ぎ去り膨大した群れが新たな狩場を求めて移動中との報告だ。今は駐屯兵が先手で偵察を行なっている。詳細は移動中に説明する! 行くぞ!」

「オウッ!」


 と、兵士達が一声上げると一行はグラナダを先頭に一気に移動を開始する。


 ゴブリンの群れか。面倒くさいな。とアスハは一向に続きながら思った。


 ゴブリンとは子供くらいの大きさの小さな魔物の事だ。曲がりなりにも知性を持ち、粗末な装備で武装している事が多い。しかも今回の敵は繁殖期を終えた群れだとの報告だ。ゴブリンは驚異の繁殖力を持ち、増えすぎたゴブリン達は元いた群れを追い出されて新たな棲家を探すのだ。もしエルフ達の縄張りの近くに住み着かれでもしたらたまったもんじゃない。


 殲滅は当然だし、一体でも逃すとさらに大きな被害が発生する可能性もある。



「何か変だ。嫌な予感がする」

「……? 何が?」


 グラナダは足を緩める事なく心配そうに言った。


「これまでゴブリンの群れが俺たちのテリトリーまで近づいてくる事なんてあったか?」

「逸れゴブリンなら何度もあったでしょー」

「それはそうだが。今回は群れという報告だ。アイツらは確かに知能は低いが、あからさまにエルフが守っている場所に近づいてくるか? 命をみすみす捨てに来るほど愚かではないだろう」

「うーん」


 確かにグラナダの言うことも最もだ、とアスハは思った。

 群れから逸れたゴブリンがエルフのテリトリーに迷い込んでくる事はややある現象だ。そしてそれは大体が守備隊によって片付けられ、わざわざアスハ達が出てくる程の事件ではない。


 しかし今回は群れが接近していると言う。グラナダが警戒する気持ちも分からないものではない。が、アスハは楽観的言った。


「まーでも所詮はゴブリンでしょ? いくら数が集まろうが別にてっきとーに蹴散らしたら万事オッケーよ!」

「そうだと良いんだがな」

「おにいは心配性なんだって! 全部この最強無敵のアスハちゃんがぶっ倒してあげるから期待しときなさいっての!」

「ふっ。そうだな。期待しているぞ」


 アスハは腕を巻くってグラナダに力コブを見せつけてニコリと笑顔を見せた。


 グラナダはそのアスハの様子に少し安心したのか彼も釣られたように笑顔を浮かべる。







ーーーーーーーーーーーーーーーー








「な、なんだこの数は……」


 だが楽観的だったアスハの予想を覆すように目の前にはとてつもない数のゴブリンがひしめいていた。木造の砦を取り囲むかのようにゴブリンが密集していて、まるで砦を押しつぶさんが如く迫ってきていた。


 一部砦が破られている箇所もあり、そこからゴブリンが侵入しているのか中で戦闘音も聞こえてくる。


「だ、第一戦闘部隊! まずは砦の中へ入れ! 中の敵を一掃する!」


 グラナダの鶴の一声で部隊は飛び込むように一気に砦へと雪崩れ込む。

 砦の中は阿鼻叫喚の状況だった。至る所でエルフは殺されていて、上部に位置する魔法使いを守るために戦士達が文字通り命を削って敵の到来を阻止していた。


 今は砦の上部に備えつけられた高台から魔法使いが魔法を打ち下ろしているお陰でギリギリ均衡が保てている状況だった。そこが崩落すると恐らく外で攻めあぐねているゴブリン達が一気に雪崩れ込むだろう。


 そしてグラナダ達が砦に乗り込んでくる事に気づいたのか、彼らは大きな歓声を上げる。



「た、助かった! 援軍か!」

「状況を知らせろ! なんだこの数は!」

「見ての通りだ! あ、アイツら囮を使って俺たちに数を誤認させやがったんだ! このゴブリン達は他の奴らと違う! 気を付けろ!」

「なんだと!?」


 駐屯地の隊長は敵ゴブリンを斬り伏せながら叫ぶように言った。

 グラナダはなんだか嫌な予感が背中を走り抜けるのを感じた。だがその原因を探っている時間はない。彼は手当たり次第に目につく敵を攻撃し始めた。


「よっ! ほっ! たぁ!」

「うらあああああ!」


 アスハもグラナダに続き、目につく敵を次々となぎ倒していく。

 彼らと一緒に行動していた舞台の仲間たちも次々と集合し、砦の中の制圧に加担する。


 そしてそこからは早かった。


 もともと駐屯兵と戦闘部隊ではその兵士の練度が違う。駐屯兵は主にエルフテリトリーの境界付近の偵察が主な任務だ。それに対して戦闘部隊は脅威の排除をその任務としている。

 少し押され気味だった駐屯兵達も戦闘部隊の圧倒的な兵力に後押しされて士気を上げ、瞬く間にゴブリンを排除していく。



「うおおおおお!」

「やああ!」


 アスハは敵の返り血で血塗れになりながらまた一匹のゴブリンを貫いた。

 彼女の近くではグラナダがその図太い腕を敵に叩きつける。


「はぁ! はぁ! アスハ! 大丈夫か!」

「あったりまえよ! お兄の方こそバテてないでしょうでね!?」


 少し肩で息をしながら、アスハとグラナダが余裕の笑みを浮かべる。

 

「ある程度敵を減らしたら外へ打って出るぞ!

「おおおおお!」


 形勢は明かに変わっていた。魔法砲撃部隊が防ぎきれずに侵入を許した数より圧倒的にグラナダ達が排除する量の方が多い。砦の中を取り戻すのはもう時間の問題に思えた。


 だが次の瞬間、何か大きな音がしたと思うと、突然空から大きな物体が落ちてきた。

 それは砦のど真ん中に着地したと思うと、ゆっくりとその図体を起こす。


 突然アスハとグラナダ達の目の前に立ち塞がったのは大きな鎧を着たオークだった。体躯は先日駆除したそれと酷似していて、緑色の肌に鋭い視線、大きな棍棒を持っているところまでは同じだった。が、明らかにそのオークが放つ視線は、先日のオークとは別格だった。


 強烈な殺意を含んだ視線に、頬に走る大きな傷は潜った死線の数が窺える。


 そしてそのオークは大きく吠える。



「オォオオオオオオオ!」

「くっ! なんだアイツは!」

「まーたオーク? あんなのアタシの攻撃で一捻りよ!」

「待てアスハ! 油断するな!」


 だがアスハはグラナダの静止を聞かずに飛び出した。

 二回程地面を蹴り、エルフとは思えない速度で敵に肉薄する。そして剣槍を敵の眉間目掛けて勢いのまま突き出した。



「やああああああ!」

「グオオオ!」


 が、敵はそれを右手の棍棒で防ぐ。

 そしてバランスを崩したアスハに向けて固く握りしめた拳を突き出した。


「ぐっ!」

「アスハ!」


 アスハは辛うじて防御姿勢を取ったが、ぞの程度ではオークの攻撃が防ぎ切れる訳がない。アスハはまともにその拳を受けてしまい、まるで弾かれるように吹き飛ばされた。


「きゃあああっ!」


 アスハは地面を数度跳ねた後、砦の壁に激突して止まった。

 霞む視線の中、即座にアスハは顔を上げる。止まる事は死を意味するのだ。

 

 だがアスハが顔を上げた瞬間、敵のオークは棍棒を高く掲げて地面を蹴っていた。

 あのままあの巨大な武器が振り下ろされたらいくらなんでも死ぬ。それは考えるまでもなく本能的にアスハはそう感じた。


 逃げないと。痛がっている暇なんてない。


 だがアスハが足に力を入れた瞬間、足元がゴブリンの血で滑るのを感じた。


「なっ……!」

「ウガアアアアア!」

 

 そしてそのまま明確な殺意を持ってその棍棒はアスハに向かって振り下ろされた。

  



 が、その殺意の塊がアスハに届く事はなかった。

 アスハが顔を上げると、大きな棍棒を受け止める背中があった。それはグラナダだった。

 彼は背筋を膨れ上げながら、その筋肉のみで巨大な棍棒を受け止めていた。


「う、ぐぐぐぐぐ」

「おにい!」

「平気か……? アスハ?」

「あたしは平気だけど……」

「飛べ!」 


 グラナダは頭部から血を流しながらそう言った。

 アスハは即座に横に転がっていた剣槍を拾い上げ、横に飛ぶ。


 アスハを仕留め損なった事に気が付いたのか、オークは怒ったような唸り声を上げた。


「第一戦闘部隊! 対オーク陣を組め! コイツは今までとは違う!」

「うん!」

「駐屯兵はゴブリンをこれ以上砦に」


 グラナダの号令に合わせて部隊の皆が散開し、魔物を中心に取り囲むような隊形を取る。

 これは対オーク用の包囲網だ。敵は図体が大きく、目以外で特筆するの感覚器官をもたない。だからこそ包囲網を作りあげて死角を常に攻撃できる状態にするのが良いとされている。


 だがこのオークはその戦法を理解しているかのように、死角を取らせまいと一方向に急に突進し始めた。狙いは当然負傷しているアスハだ。


「くっ!」


 アスハは向かってくる敵をいなすために姿勢を低く落とした。

 先程のダメージで体全体が痛む。だけどそんなことを気にしている余裕なんてない。

  

 ここで引いたら殺される。

 それはアスハの経験からくる本能的な勘だった。だからこそ彼女は前へと進む。


 そして左に一度のフェイントを入れ、オークの右に抜けざま剣槍をお見舞いする。アスハの槍がオークの肌を切り裂くが、そんなものは大したダメージにもならない。


 辛うじて突進自体はかわすことができた。が、その瞬間アスハの視界がガクンと歪む。


「あっぐっ……!」

「ぐぎゃあああ!」


 それは死にかかっていたゴブリンの攻撃だった。死ぬ間際に放った短い棍棒での攻撃はアスハの側頭部を捉えた。

 本来ならその程度の攻撃は意にも介さないが、今の弱ったアスハには十分すぎる攻撃だった。アスハは前後が不覚になり、その場でよろけてしまう。


 そんな好機をこのオークが逃すはずがない。

 敵は大声を上げながら棍棒を横薙ぎに振るった。


「アスハアアアアア!」


 だがまたしてもその攻撃は間に割り込んできたグラナダによって防がれる。が、グラナダはその拍子に肋骨が数本折れる音が聞こえた。

 鈍い痛みが自分の内臓に走るが、気にしている余裕はない。


「ぐっ……! 今だ! お前らやれっ!」


 そしてグラナダはその棍棒を両手で抱え込んだまま大きな声を出した。

 するとその合図を皮切りに、周囲で取り囲んでいたエルフの兵士達がオークに切り込んでいく。魔物は思わず自分の武器で応戦しようとするが、その先端はグラナダが力強く抱え込んでいて動かせなかった。


「ぎゃあああああ!」 


 一人のエルフがオークの腱に刃を突き立てた。続いて肩、足、腕。高度に組織化された戦闘集団が的確に敵の急所を抉って行く。

 その攻撃は多勢に無勢で、かつ武器も奪われたオークにはどうしようもなかった。


 初めこそは腕を振り回して応戦していたオークだったが、次第にその動きは弱り、そして最後は動かなくなっていく。


「トドメを刺すまで油断すんじゃねぇ!」

「はああ!!」


 そして剣槍を構えたアスハがオークの喉にその槍を深々と突き刺した。

 魔法による助力がされたその凶悪な突きはオークの喉を容易く掻っ切った。


 敵は絶望的な色を瞳に浮かべながら地面に膝をつき、そして倒れた。

 その首からはおびただしい量の血が流れ、アスハの攻撃が致命傷になった事を物語っている。


「た、倒した……」

「う、ぐ……が、はっ」

「おにい!」


 だがオークが倒れるのとほぼ同時にグラナダも抱えていた棍棒を落としてその場に倒れ込んだ。 

 アスハは思わず駆け寄るが、グラナダは怒ったように声を絞り出す。


「アスハ……! 俺の心配はいい! 先に敵を片付けろ」

「で、でもっ!」

「いいからっ!」


 グラナダにそう言われるとアスハとして彼を助けに行くわけにはいかない。彼女は剣槍をもう一度握りしめて、残党を掃討するために再び駆け出して行った。






読んでくれてありがとうございます。

この話を後から挿入してるんですが、更新通知はいくんですかね?

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