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たとえここが敵しかいない世界だとしても  作者: 勇者王ああああ
クローン、エルフと交流する
22/45

幕間 アスハ・ユリハ


「おにいちゃん! お母さんはどこ? お父さんはどこ?」

「……」

「黙ってないで何とか言ってよ! お父さんは言ったもん! あたしに良い子で待てって! だからあたしいい子にしてたよ?」


 それはアスハが幼き日の記憶。


 その日、月明かりがアスハとグラナダが暮らす家を優しく照らしていた。その家はエルフ達の中でも大きな屋敷で、いつもはアスハとグラナダと両親の暖かい笑い声が響いていた明るい家だった。


 だが今は違う。

 屋敷全体は軽くホコリを被り、幼いアスハの泣き声が大きな屋敷にこだましている。


 グラナダはうな垂れたまま何も言わない。ただ玄関で座り込んで動けないでいた。

 彼は泥に汚れた、傷だらけの鎧を着ていて、疲れたように呆然とアスハを見つめている。


 グラナダは消え入るような声で呟いた。


「……父上と母上は死んだ」

「う、嘘だよ」

「嘘じゃない。供人を連れ帰る際、魔物に襲われた俺たちを逃すために、勇敢に、戦ったんだ」

「そんな……」


 それは幼いアスハには余りに突然すぎる別れだった。

 

 両親が死んだ。その余りに残酷な事実にアスハは現実を受け入れられない。泣き声にすらならない声が彼女の喉から搾り出される。


「そんなのうそ!! お父さんもお母さんも元気いっぱいだったもん!」

「嘘じゃねぇ! こんな……。こんなウソついてたまるか……」


 そしてグラナダは自分の懐に手を伸ばすと、そこから血に濡れた髪飾りを取り出し、アスハの方へと差し出した。

 アスハはそれをじっと見つめると、すぐにそれが母親がいつも身につけていた髪飾りである事に気付いた。


 彼女は震える手でその髪飾りを受け取ると、その瞬間、両親の『死』が急に現実的な重しとなってアスハの小さな両肩にのしかかって来るのを感じた。


「いやだよぉ……。いやだよ、おかあさん、おとおさああああん!! うわあああああああん!」


 アスハは泣いた。

 まるで絶望が彼女を覆い尽くすかのように。


 それはキャスリンがエルフの森に連れてこられた日の事だった。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「あ、アスハ……ご、ご機嫌よう」

「ふん。話しかけないでっていつも言ってるじゃない」


 10年後。

 キャスリンは供人として日々教育を受ける中でスクスクと成長していた。

 基本的に長寿なエルフは人間と比較して相対的に子供が少ない。だからアスハと年齢が近い子供はキャスリンだし、キャスリンにとっても同年代の子はアスハしかいなかった。


 だがキャスリンのためにアスハの両親は死んだ。

 その事実を知っているからこそ、アスハはきつくキャスリンに当たっていた。勿論キャスリンに罪は無いことは十分に承知しているし、境遇を考えるとアスハよりキャスリンの方がずっと辛いのだ。


 だがそれは頭では分かっていても、アスハにはどうすしてもキャスリンを受け入れる事ができなかった。


「さて、それでは席に着きなさい。今日は歴史の勉強をしますよ」

「よろしくお願いします!」

「……」


 アスハはキャスリンと同じ教育を受けていた。

 吸血鬼は己が吸血する供人には知性を求める。だからこそキャスリンはエルフ流の英才教育を受けているのだ。キャスリンは自らの供物としての質を高めるために、真面目に授業を受け、必死に勉強していた。


「はい。では昨日のお話を覚えていますか?」

「はい先生! 昨日はエリッツ・ローユウが散りじりになっていたエルフの部族達を纏めたお話をしていただきました」

「よろしいキャスリン。アスハは他にはありますか?」

「……知らない」

  

 老齢のおばあさんがメガネの位置を直しながらアスハに問う。

 だがアスハは面白くなさそうにそっぽを向いた。


 何で自分が人間と、しかもよりにもよって親を奪った人間と一緒に勉強しなくちゃならないのかてんで理解できなかった。


「……では課題はやってきましたか?」

「はい!」

「……やってない」


 キャスリンはノートを広げながら、エルフの偉人の名前をキチンと言われた回数を書いてきていた。が、それに対し、アスハはノートを出すそぶりさえしない。


 先生は呆れたようにため息をついた。


「アスハ。いい加減にしなさい」

「何がよ」

「なぜ言われたことをやってこないのですか?」

「何であたしがその人間と同じ内容の勉強をさせられなきゃならないの?」

「……またその話ですか」

「またって何!? あなたにあたしの何がわかるのよ! コイツをここに運んでくるためにあたしの両親は死んだのよ!?」


 アスハは席を立ち、憤ったように言う。

 キャスリンは申し訳なさそうに俯いているが特に何か言うこともなくただ黙っていた。

 が、そんなワガママが老獪なエルフに通じるわけが無い。


「それとあなたが言われた勉強をやってこない事に関係はありません」

「ぐ……。あ、あるもん!」

「ありません! 後で居残りでやって行きなさい!」

「えええええ!」

 

 だがそんな反抗期の子供に屈するような先生では無い。

 老婆は有無を言わせぬ圧力でアスハを睨みつける。生意気な年頃と言ってもアスハは所詮ただの小娘だ。圧倒的人生の経験者が放つオーラの前にはただただ頷くしかなかったのだった。



 そして本日の講義が終了するとアスハとキャスリンはここで一旦お別れだ。

 アスハは森の兵士となるための訓練に行くし、キャスリンは供人として魔法の修練を行うのだ。


 だが本日はアスハは居残りで勉強をさせられているため、そのままその部屋に残留となった。怒った鬼教師は時に兵士よりも手強く、一応アスハの上官が迎えに来たものの、完膚なきまでに叩き出されていた。


「何であたしがこんな事を……。そもそも供人と一緒じゃなけりゃあたしだって……ぶつぶつ」


 何やらぶつくさと文句を言いながらアスハは必死で書き取りを進めていく。

 が、日頃サボりがちだった課題を一斉に片付けてくるように言われていたので、とてつも無い量の単調作業がアスハには待ちうけていた。


 それはとてもでは無いが少し居残りをした程度では終わらせられる量ではなく、夕方から始めた居残り勉強だがすっかりと日も落ちて月が上る時間に差し掛かっていた。


「あーもう! こんなの終わるわけないじゃない!」


 アスハは投げ出すようにペンを投げた。もともとアスハは勉強や座学が得意ではない。むしろここまでアスハにしてはよく持った方だったと言えよう。


 そして明日はが全てを投げ出して帰ろうかと思っていた時、ふと部屋の入り口から何やら物音がするのを聞こえた。

 何の気なしに音の方を見たアスハだが、そこには見知った顔がこちらを覗き込んできていた。


 金色の髪に紫色の瞳。それはまだまだあどけなさが残るキャスリンだった。


「何の用よ」

「あ、いや、えっと、どうですか?」

「は? 何が?」

「結構量多いですよね」

「そうね。それがどうかした?」

「あ、いや、えっと、その」

「何よ」

「ア、アスハがよければお手伝いしましょうか……?」


 それはアスハにとって願ってもない提案だった。

 正直この作業が苦痛過ぎてほとほと嫌気が刺していたのだ。


 だがその提案に簡単に飛びつくわけにはいかない。何せ相手は人間で供人なのだ。ある種両親の敵でもあるキャスリンにそんな簡単に頭を下げるわけにはいかない。


「えっと、お邪魔なら、帰りますので……」

「いや! 待ちなさい! いや、待って! えっと、その……じゃあ、手伝って、くれる?」

「は、はい!」


 が、キャスリンが帰る素振りを見せた瞬間、アスハのちっぽけなプライドは砂城の如く崩れ去った。

 そして嬉しそうに近づいてきたキャスリンがアスハの隣に腰掛ける。



 部屋の外では老婆が口元で優しい笑みを浮かべていた。











ーーーーーーーーーーーーーーーーー








「アスハ! そいつを森に入れるな!」

「はいよー! せーのぉ!」


 更に数年後、アスハは森を守る兵士として立派に成長していた。


 今精霊が警告を発した箇所に駆け寄り、危険な魔物の駆除に当たっている。今アスハ達は複数の兵士と共に巨大なオークと対峙していた。


 その体躯は人の3倍程の大きさを持ち、緑がかかった体表をしていて、頭部には特長的な大きな二本のツノが生えている。そして右手には巨大な棍棒を持ち、近づこうとするエルフをそれで弾き飛ばそうと振り回していた。


「油断するなアスハ!」

「だいじょーぶだっておにい! こんな敵一瞬だっての!」


 アスハは一息で地面を蹴ったと思うと、オークの真下に入り込んだ。そして槍を突き上げながら、オークの眉間に突きを放つ。


「グアアアアア!」

「よっと!」

 

 アスハの槍は少し狙いが逸れたのかオークの右目を潰すに留まった、が、それで十分致命傷だ。敵はそのままバランスを崩したように倒れ込み、他に取り囲んでいた他の兵士によって止めを刺される。



「いっちょう上がりってね!」


 アスハは器用に着地した後、魔法で引き寄せた剣槍を後ろを振り返る事なく掴んだ。


「アスハ! お前は油断するなといつも言ってるだろうが! なんであそこまでオークに接近した!」

「うっさいなー。倒したからいーじゃんよー」

「良くない! おいっ! 待てどこに行くんだ!」

「あれ倒したし今日は非番でしょー」

 


 アスハにとってこんな敵は朝飯前だった。

 


 そしてアスハ達戦闘部隊が狩りを行ったあとは、後片付けの部隊が集結し魔物を解体し、それを素材にしたりあるいは食料にしたり、あるいはそのまま外部に売っ払ったりする。

 アスハ達の仕事は敵を仕留めるまでだ。彼女は武器の手入れもそこそこに街へと駆け出していった。


 ぞの背中をやれやれと見送るのは兄のグラナダだった。



 そして街に戻ってきたアスハはまずはキャスリンがいる屋敷に顔を出していた。

 別にキャスリンに会いにきたというわけではない。たまたまアスハが着替える場所とキャスリンがいる場所が同じなだけだ。


「あ、アスハお帰りなさい。魔物はどうでしたか?」

「ただいまキャスリン。いつも通りよん。今日はでっかいオークをやっつけて終わりかな」

「……そうですか。お疲れ様です」

「まぁ最強のあたしにかかれば余裕かなー?」

「あはは、そうですか」

「あんたはこれからどうすんの? 予定空いてるなら買い物でも行く?」

「いえ、私はこれから回復魔法のお稽古があるので……」

「あっそ。頑張ってねー」


 あの課題の一件以来、アスハはキャスリンに対して一方的に嫌うような事は無くなっていた。

 あくまで一人の友人として接していて、キャスリンもそれは肌で感じていた。が、親友と呼べるほど距離が近いわけではない、絶妙な距離感が二人の間にはあった。


 アスハは魔物を倒すと一時的に非番になる。だからこそオークのような弱い魔物を倒した後はすぐに街に戻ってひとりの若い街娘として遊ぶのだ。

 と言っても、アスハが向かう先は決まって一つなのだが。


 『居酒屋ハテナ』。そここそがアスハの第二の故郷であり、第二の家だった。

 そこでは中性的なマスターがいて、寂しがりやな明日はの親代わりの存在になっていた。


「あら。アスハいらっしゃい。きょうは早いのね」

「うん! 今日はオーク倒したからね。もう非番なの。さー今日は張り切ってのむわよぉー!」

「どーせ大して呑めないんだからほどほどにしときなさいな」


 と言いながら並々のジョッキに酒を注いで持ってくるマスター。アスハはこの仕事終わりに飲む酒が非常に好きだった。

 彼女は並々と注がれたその液体を幸せそうに見つめた後、グビッと一気に流し込んだ。



 しばらく後。




「うぃー! 酒が足りないわよマスター! カールが寂しそうにしてる!」

「がはははは! アホアスハめ! お前のジョッキも空っぽじゃねーか」

「あーしはこれからのーむっての!」

「もうそれくらいにしておきなさい……」


 アスハは飲み友達のカールと常に飲んだくれているのが日常だ。もちろんアスハだって女の子らしく買い物に興じたり、友達と遊びに行く事だってある。だがこうやって昼過ぎから飲む酒が彼女はこの上なく好きだった。


「あーたしはまだまだ飲む、ってほろひれほろ」

「あっ! だからそれくらいにしておきなさいって言ったのに……」


 そしてアスハはあっという間に酔い潰れてその場で突っ伏して眠裏初めてしまった。

 今回の記録は約1時間15分。下戸の彼女に取ったら良くもった方だろうか。


 マスターはまたかと呆れたようにため息をつき、スヤスヤと眠るアスハを抱え上げた。なんとこの店には酔い潰れた彼女を寝かす専用のベッドがあるのだ。それは一週間に一度のペースで酔い潰れるアスハへのマスターとしての配慮だった。

 が、まだ時間的には夕方に差し掛かったくらいだ。マスターはこれからが忙しくなってくる。


 マスターはチラリと幸せそうに眠るアスハを見ると、呆れたように笑みを漏らした。


 アスハは幸せだった。毎日笑って、職場でも兵士として尊敬されて、戦果もしっかりと上げている。


 両親が亡くなった事を決して忘れたわけではないがそれでもしっかり前を向けていた。


 だがその日は突然やってきた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 



 


 


 

 


読んでくれてありがとうございます。アスハの過去編になります

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