第十九話 アスハ救出作戦
「ふざけるな!! なぜ行ってはならんのだ!」
「落ち着け! まだ眷属の処理は完了していないじゃろう!」
「アスハを見殺しにしろというのか!」
「そうは言うとらん。だがまだ待てと言っとる」
シローとマスターが兵舎と呼ばれる木造の家屋につくと、何やらエルフが怒鳴り合っている声が聞こえてきた。それは完全にグラナダの太い声で、その大音量は周辺の木々すらも震わせていた。
そこはある種のエルフの避難所にもなっているようで、自宅が遠いエルフや足の悪い老人などがかくまわれているようだった。
そしてシローが兵舎の門をくぐると、長い白髭を蓄えた人物とグラナダが睨み合うように議論していているのが目に入ってきた。彼らは入ってきたシローに気付くこともなく、そのままの調子で大声を出す。
「いいかグラナダ。よく聞け。まだこの里にも眷属は残っとるかもしれん。そいつらが里を攻撃してきたらどうするつもりだ?」
「そんなもんは残存戦力で駆除は可能だろう!」
「だがお主がいないと被害がでるやもしれぬ。しかもその小娘の報告ではアスハの元に眷族は四体おるそうじゃないか。いくらお主でもその数は……」
「それはアスハでも同じことだ! 俺は見捨てられない! 勝手に行くぞ!」
「待て! 許さんぞ!」
グラナダは踵を返し、兵舎の出口へと向かっていく。その時ようやく入り口付近に突っ立っているシローに気が付いたのか、嫌そうに顔をしかめたが、特別何か言うことなく舌打ちをした。
そしてグラナダが兵舎から出ようと扉に手をかけた瞬間、先程まで口論していた年老いたエルフは静かに、怒ったように言う。
「いいかグラナダ。本質を見失うな。お主もアスハもエルフの地を守る兵士なのだ。私情に駆られての独断行動など断じて許さん。規律を乱すな」
「ぐっ……、だが……」
「アスハの救援には部隊を向かわせる。だがまずは街の安全確保が最優先任務だ」
シローはグラナダが上官に逆らっているという事実が理解できなかったが、半ば叱られるようにグラナダは諭され、足を止めた。だが頭では理解できていても、心は追い付いていないようで握った拳をわなわなと震わせている。
そしてやり場のない怒りをぶつけるようにグラナダは握った拳をドアへと叩き付けた。グラナダを叱りつけた白髪のエルフは気にした様子もなく何かを報告に来た伝令役と話し始める。
その慌ただしい様子を見てシローはある不安に苛まれていた。
『情報提供が遅れるのではないか』という疑念である。
やっと少しずつ慣れてきたとはいえ、この世界に来て彼はまだ数日である。ここはどこなのかという疑問は解決する兆しは見せないし、そもそも帝国に帰れるのかすらわからないのだ。一秒でも早く情報が欲しいのだが、シローがこの地で重要視されていないのは明らかである。この様な緊急事態ではさらにシローへの対応は後回しにされるのではないか、と彼は考えていた。
「あのー……」
その様子を見ていられなくなったのか、キャスリンは堪えきれないように口を開いた。その老人はチラリとキャスリンへと視線を投げ掛ける。
「シローに頼んで貰えませんか? この人は大きな力を持っています。アスハを助けることは十分に可能かと」
「……?」
とキャスリンは焦ったように言った。周囲のエルフの視線がシローへと注がれたが、彼らはすぐに鼻で笑うと彼らの仕事へと戻っていく。
「ほ、本当です! シローに頼んでください! 私からじゃダメなんです……」
「おい」
「悠長にしてる暇なんてないんですよ! 今この瞬間にもアスハの喉は切られてるかも知れないんですよ!?」
「……」
と、キャスリンは必死の表情で訴えるが、エルフの軍師はまるで聞こえていないかのように何やら横で話し込んでいた。
「……っ! グラナダさんからも何か言ってくださいよぉ! 私はアスハが死んじゃったらいやですよぉ……」
「……人間無勢が眷属に勝てるはずがない。実際に俺はそいつが眷属に襲われていたのを見ている」
「それでも! シローなら大丈夫なんです! 信じてください!」
当人であるシローを無視した話し合いだが、グラナダは困ったようにシローを見つめた。
グラナダは人間を見下してはいるが、キャスリンがアスハと仲が良いのは彼自身よく知っていることだった。だからこそこんな状況で彼女が嘘をつくわけがないこともよくわかっている。
しかし彼の常識では人間如きが眷属に勝つことなどできるはずもなく、その矛盾に彼は少し混乱していた。
彼も藁にもすがりたい気持ちだろう。普通に考えれば人間が眷属に敵うはずもないし、そもそも人間に頼るなんて彼のプライドが許さない。
だが、そんなちんけなプライドよりもアスハを助けたいという思いが勝ったのか、グラナダは迷ったように視線を泳がし、口を開いた。
「……おい、お前。アスハを本当に助けることはできるのか?」
「……わからないが、できるできないで言えば恐らく可能だ。だが実行するかは別問題だ」
シローは淡々と聞かれたことに答える。嘘をついているようにも見えないその様子に、グラナダは逡巡する。
「……ならなぜ実行しない? いや、これは愚問だな。……くそっ」
「……?」
グラナダは忌々しげに呟くように言った。
彼自身、シローに対して差別的な発言をしたことはわかっているのだ。今さら助けてくれと言うのは虫が良すぎることも。
だがあいにく、シローが行動を起こさない理由はグラナダが心配している点からは大きく離れているが。
グラナダは迷っていた。プライドと家族を天秤にかけ、自分が行けないもどかしさに拳をワナワナと震わせている。
だがやがて何かを決心したかのように彼はシローを見た。
そして絞り出すように言葉を紡ぎ出していく。
「……こんなことを言うのは虫がいいのはわかっている。だが可能だというのならば頼みたい。アスハを、アスハを助けてはくれないか」
「……」
彼は真っ直ぐにシローを見つめながら言った。
そんな真摯な態度にキャスリンは心を打たれ、期待したようにシローを見たが、彼は難しい顔をして何かを考え込んでいた。
「……二つ。条件がある」
「なんだ……?」
そしてシローは指を二つ立てながらゆっくりと言った。
「一つは、俺に対する情報提供を最優先すること。これ以上は待ちたくない。エルフ・アスハを救出した際の成否に関わらず、俺が帰還したその瞬間から情報を提供することを約束しろ」
「……」
「二つ目は、魔法について教えてくれ」
「……魔法?」
「あぁ。基礎的なもので構わない。俺に実践は不可能でも知識だけは欲しい」
と、淡々とシローは告げた。
が、その提案を受けたグラナダは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「情報とは具体的になんだ?」
「この世界についての地政学的な情報だ。エルフの軍事機密等は要求するつもりはない。あくまで一般的な情報だ」
「……答えるのは誰でもいいのか?」
「情報が正しいのならば誰でもいい」
そこまでシローが言うと、グラナダは迷ったように腕を組んだ。
彼の中では様々な思いが渦巻いていた。これまで憎しみを抱いていた人間に頼るという屈辱。自分自身がアスハを助けに向かうことができないというもどかしさ。
全ての負の感情を抑え込み、だがそれでもアスハを、唯一の肉親を失いたくなくて。そして彼は、小さく、ゆっくりと、だが力強く頷いた。
「……いいだろう。ならばこの俺が責任もってお前に情報を渡す。だから、だから頼む。アスハを助けに行ってくれ……!」
グラナダは頭を下げた。それはこれまでの彼を知るものにとっては考えられないことで。だが、シローは彼の要請を受けて小さく頷いた。
「任務受任。これよりA-4685はエルフ・アスハの救出任務を開始する」
と、シローはいつものように言った。
キャスリンは半泣きになっている瞳を隠そうともせず、その表情を笑顔に輝かせた。
シローは自らの首もとに備え付けたデバイスに手を添え、ゆっくりと口を開く。
「トゥーマイ。こちらA-4685だ。情報提供のための任務を受任した。待機モードを解除し、直ちにこちらへ向かえ」
『こちらトゥーマイ。任務受任。直ちに向かう』
そこまで言うと彼は顔を上げ、ツカツカと地図が広げてあるテーブルへと近付いていく。そこで何やら話し込んでいたエルフの隊長は怪訝な瞳をこちらへと向けた。
「……なんだ」
「地図を拝見したい。アスハ・ユリハが襲われていたという『見晴台』とはどこだ」
彼はなにも言わずに地図上のある一点を指し示した。そしてぶっきらぼうに言い放つ。
「……お前とグラナダが交わした約束は軍として認証したわけではない」
「承知している。別に軍部を介すほどの情報を提供してもらう気はない。俺が知りたいのはあくまで一般論だ」
「……ふん。ならいいわい。おい、イマンダ地区の様子は……」
そこまで言うと彼はシローに興味をなくしたように別の話を始める。そしてシローは地図をゆっくりと眺め、現在地から目標地点までの距離を目算している。
そして次の瞬間、突然何かが落下してきたような豪音が兵舎の外から響き渡った。
「な、なんだ貴様は! う、うわあああ!」
「止まれ! 何者だお前は!」
そして焦ったような衛兵たちの声が響き渡ったと思うと、その声は次第に大きくなっていく。そして次の瞬間小さな音を立てて扉が開き、外から見知った黒い『人間』らしきものがゆっくりと部屋に入ってきた。
部屋の中にいた兵士は全員突然のことに驚いたが、シローは両手でそれを制しながら言った。
「トゥーマイ、来い」
『任務受任』
シローは地図から顔を上げるとトゥーマイにそう言った。するとトゥーマイはまるで吸い付くようにシローの元に飛び込み、そして前面を切り開いてシローを覆い尽くす。
その様子は既に何度か見たキャスリンにとってもいびつなもので、ましてや初めて見るエルフの者達にとってはシローが補食されたようにしか見えなかった。
全員突然のこと過ぎて何もできていなかったが、いち早く状況を理解したグラナダは筋肉を固め、魔力を込めた拳を最大速度でその黒い魔神に対して繰り出した。
が、シローはその襲いかかる拳を右手のみで受けとめ、冷静に言い放つ。
「何をする。こちらに敵対の意思はない。これより任務を開始する」
「なっ……、お前、それは……!?」
『当機はPAS『トゥーマイ』である』
「……!?」
グラナダからすれば同一人物が違う声音で話しているのだ。その奇妙な情景に彼はただただ驚くしかなかった。
「どけ。道を開けろ。こちらに敵対の意思はない」
「し、しかし……」
シローは進路を塞ぎ、武器をこちらへと向けてくる衛兵に一言そう言うと、彼はゆっくりと歩き出す。制動魔法とは違う、何やら得たいの知れない白いオーラがシローの回りに漂っていて、それは見るものを不安な気持ちにさせる。
が、シローは特に敵対的な行動をとることなくゆっくりと扉へと歩いていく。そしてドアノブを回し、そのまま無言で兵舎の外へと歩き出していったのだった。
読んでくれてありがとうございます!
合体系ヒーローを書きたかったので、いい感じに表現できてるといいですね。
あと個人的な感想ですがアスハちゃんわりと好きです。酒に弱いところとか笑




