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たとえここが敵しかいない世界だとしても  作者: 勇者王ああああ
クローン、大地に降り立つ
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第一話 着陸


 漆黒のパワードスーツ『トゥーマイ』にその身を包んだ、帝国軍のクローン兵士、A-4685は宇宙空間をくるくると舞っていた。


『警告。警告。ただちに姿勢制御を行う必要がある。A-4685。起きろ。卿の力が必要だ』

「……っつ。……は?」


 死を覚悟した彼の耳元に届いてきたのは聞き慣れた中性的な紛れもないトゥーマイの声だった。ずきずきと痛む頭痛を振り払うように頭を振り、混乱の中、彼は恐る恐る目を開けて周囲を見渡した。すると驚きの情景が彼の目に飛び込んでくる。


 それは巨大な惑星、だった。


 彼の目の前には紫色の大気に取り囲まれた巨大な星が荘厳と佇んでいた。それはどう見ても帝国がある地球ではないし、またどう見てもさっきまで彼が戦っていた月でもない。彼はいつの間にやら宇宙に投げ出され、そして紫に輝く星の前でゆっくりと回転していた。


「な、なんだこれは……? つ、月はどこに行った??」

『不明。それよりも早く姿勢制御を。このままでは、大気の断熱圧縮による熱被害が拡大する』 


 少し急かすようにトゥーマイはA-4685の問いに答える。確かにA-4685にもその星の重力は体で感じていたし、自らを包むパワードスーツが徐々に大気との接触により発熱しているのもなんとなくわかった。このままではトゥーマイの言う通り、いずれこの星の大気圏で燃え尽きてしまうだろう。


 そして彼は驚くべき速さで落ち着きを取り戻し、体を丸めた。


「……わかった。これより当機は大気圏に突入する。トゥーマイ、頼んだ」

『任務受任。背部ライフル、超振動ナイフ切り離し。シールドゲイン95%に切り替え。デブリを観測、回避ルート計算中……。完了』


 既に大気圏突入の影響を受け赤熱化していたライフルは切り離され、瞬く間にどこかへ飛んでゆく。続いてスーツの周りを薄く青い光りが包み込み、発熱による影響を緩和した。そしてA-4685は団子のように丸くなりながら、その惑星に向かって落下していく。


 そのままの姿勢で落下すること数十秒。クローンは変わりゆく景色をその目に焼き付けずにはいられなかった。


 薄い紫の膜に包まれた惑星。その雲海はまるで生きているようにゆっくりと動き、時々発生する紫電が彼の網膜を刺激する。


 その惑星を覆う紫色の雲のような物が近づいてくる。雲がある、ということは水があるということだろうか、とA-4685は漠然と思った。


 そして遂に目の当たりにしていた紫色の海雲を突き抜けた。丸めた体は回転運動が起きないようにトゥーマイが姿勢制御を行っている為、彼は周りの様子を十分に確認することができた。


 だが雲海を抜けた彼の目に飛び込んできたのは、彼が過去に見たことがない光景だった。


 大自然。それはそう表現するのが最も正しい景色だった。

 彼の真下には草原が広がり、少し目線を上げると鬱蒼とした森が何処までも続いている。その森の奥には天まで届きそうな高さの木が堂々とそびえ立っているのが見えた。


 また空からは眩しいばかりの太陽の光が届き、どこまでも美しい景色を作り出している。

 右手には巨大な火山が螺旋らせん状の蒸気を空へ向けて吐き出しており、時折噴き出す火炎は美しくその湯気を彩っている。


「な、なんだ……ここは……」


 A-4685はその様子に息を飲み、初めて感じる情景と、彼の中に生まれる『感動』という感情に戸惑いを隠しきれないでいた。


 彼は製造されてからずっと月の基地の中で暮らしていたのだ。帝国軍から受けた教育の中で、地球で育まれている自然についての『知識』は持っていたが、こんな風に実物を見たのは初めての経験だった。


 だからこそ彼は自分の置かれた状況を忘れ、素直に感動していた。そんな感動はクローンとして軍に従事していた時は得る事はなかったものだった。


『大気圏突入成功。着陸態勢に入る』

「あ、あぁ……」


 そしてトゥーマイの合図とともに、A-4685は体を大きく開き、さらに降下していく。体は空気抵抗を受けて大きく反ったような姿勢になる。


 どんどん地面が近づいてくる。真下に広がるのは青々しい草原。そして地上まであと100mという所で、PASは静かな音と共に推進材を噴出し、その速度を落としていく。


 宇宙歴456年。4月6日。今、帝国軍のクローン兵士が得体のしれない紫の星に、今ゆっくりと着陸した。


 初めて踏みしめる、『土』の感触に彼は驚いていた。コンクリートや岩石に比べ、水分を含んでいる土は足裏を包み込んでくるような優しさがある気がした。


「こ、これが『土』か……。なんというか暖かいというか」

『空気中成分分析完了。窒素76.8%。酸素20、0%。その他成分3、2%。極めて地球に類似した成分構成である。A-4685はPAS非着用時でも生存可能』


 と、何度も足踏みを繰り返して土と草の感触を驚いている彼に全く気にした様子もなく、トゥーマイは淡々と告げる。そしてクローンは不思議そうに自らの足の裏を確認しながら口を開く。


「そんな惑星が存在するのか……? どこだこの星は……。お前のデータベースに該当は?」

『検索中……。星座データと照らし合わせても、太陽系に該当惑星なし』

「……『太陽系』に該当なし、か。どう見てもあれは『太陽』だがな」


 彼の頭上に赤々と輝く『太陽』らしき恒星を見上げながら、小さなため息をつく。


 月で見ていた太陽よりも光の散乱現象が激しいな、と彼は思った。


 帝国は太陽系の開拓は完了している。そのデータベースにないということは、この惑星は太陽系とは別の銀河系に位置しているということだ。そこから導き出される結論は。


「別の銀河に飛ばされた……ってことか?」

『現在持つ我々の観測データからはそう結論付けるしかない』

「……了解」


 その結論が現実的ではないことはA-4685の浅い知識でもわかっていた。連合軍の兵器により、たまたま太陽系の外に飛ばされ、更にたまたま地球に似た環境の星に辿り着いた。なんて偶然はそれこそ万に一つも確率はないだろう。


 が、現状それはそう理解する以外どうのしようもない。彼らには根本的に情報が足りていないのだ。


『これからの行動指針を問う、A-4685』


 トゥーマイにそう聞かれたが、彼は姿勢を落として足元の草を引きちぎっていた。そしてその芝のような植物をマジマジと見つめ、観察する。


『おい。聞いているのかA-4685』

「あ、あぁ、すまない。そうだな……」


 トゥーマイに責め立てられた彼は慌てて草を手放し、考え込むように顎に手を当てる。


 トゥーマイとA-4685には明確な階級制度がない。トゥーマイは人口知能で、A-4685はクローンであるため、基本的にどちらの意見も絶対ということはないが、お互いが意見を出し合い、考えるように教育プログラムされている。


「……とりあえず情報を集めよう。帝国に戻るにせよ、この星の位置を知らないと方針も立てられない」

『了解。では周囲の状況を読み取り開始』


 トゥーマイは言うが早いか、自身に備え付けられている種々のセンサーで機体回りの情報を集め始めた。そしてA-4685の目の前に立体図形として上から見た俯瞰ふかん図や、各種化学的なデータが次々とデータとして浮かび上がってくる。


 彼はそれらを流し読んでいくが、これと言って現在位置を特定できるような情報は上がってこない。


 そもそも彼が着ているPAS『トゥーマイ』は偵察用のPASではない。月面都市に配備された汎用の量産品だ。その一機のフルスペックを用いて観測したとしても、できることはたかが知れている。


「……これといって目ぼしい情報はないな」

『警告! 音響センサーに反応あり。4時の方向から12体の八足歩行生物がこちらに接近中』


 その瞬間、先程から表示されていた鳥瞰ふかん図に正体不明アンノウンを表す黄色の点が複数表示された。その点は確実にこちらに向かって進行しており、このままここにいたら鉢合わせになるのは誰の目にも明らかだった。


 彼は緊張した面持ちで口を開く。


「現地生命体……か。軍規マニュアルにそれについての記載はあるか?」

『該当なし。どうする』


 彼らはもちろん帝国の命令でしか動いたことはない。『自分たちで考える』ことはできるが、それは作戦や任務の範囲内での事のみだ。そのためこのような彼らが従うべき軍規マニュアルから大きく逸脱したような事態では彼らが起こす行動はただ一つ。


「……わからない」

『……では撤退を推奨する。私達は兵器である。我々はここに存在しているだけで現地生命体に戦闘行為と認識されかねない』

「撤退するってどこにだ?」

『……不明』

「不明って……。そ、そうだ! なら現地生命体に情報提供を求めるのはどうだ? 敵対の意思がないことを示して、話し合いの場を求めよう」

『同意しかねる。現地生命体が話し合えるだけの知性を持ち合わせいるか不明であるし、そもそも言語が通じない可能性が極めて高い』

「ならどうするんだ!?」

『……不明。A-4685の提案を求める』

「俺だってトゥーマイの提案を要求する!」


 行動停止フリーズ、である。マニュアルにしか従ってこなかったクローンと、マニュアルしか知らないAIは不測の事態に極めて弱い。

 そして、あーでもい、こーでもないと不毛な言い争いを続けている間に、当の『現地生命体』は彼ら一体と一着の前に姿を現したのだった。


「な、なんだあいつらは……? ト、トゥーマイ?」

『不明。当機のデータベースにあのような生命体は登録されていない』


 微動だにしない彼らの前に姿を現したのは、一言で表現したなら『クモの怪人』だった。

 黒い甲殻に覆われた体に二本の脚と腕が6本生えていて、そして顔についている輝くような赤い複眼はまるで品定めするかのように、彼らを見定めていた。またその生物は驚くことに二本の足で立ち、獲物を見つめていた、

 そしてその化け物達はPASを取り囲むように円形に散らばった。


「く、『蜘蛛』じゃないか?」

『否定。『蜘蛛』とは足が8本ある節足動物で、頭と胴体の明確な区別がない。それに対しあの生物の足は二本であり、なおかつ頭と胴体も明確に分かれている。従って『蜘蛛』とは分類されない』

「そ、そうなのか……?」

『そうだ』


 彼らがそうやってどうでもいい分類に苦戦している間に、分類上『蜘蛛』ではないらしいその生命体は瞬く間にA-4685を取り囲み、続いてほぼ全員同時に姿勢を低くした。


 そして、次の瞬間その生物の口から粘性の高い糸が彼に向かって噴き出される。地球上の蜘蛛とは比べものにならない密度と質量で押し寄せてくるその白い塊は、ずっと微動だにせず突っ立っている黒い人型のスーツを容易に包み込んでいく。


「ト、トゥーマイ! 何か吹き付けられたぞ! どうしたらいいんだ!」

『成分分析……。完了。問題ない。この程度の強度の糸なら、1~2%の出力で簡単に引きちぎることが可能』

「そういう問題じゃないだろう……」


 そうこうしているうちに、彼らは恐ろしい手際で白い糸で全身を巻かれていく。実際はトゥーマイの持つシールドに阻まれてPASそのものには糸は全く付着していないのだが、糸同士が強固に絡まりあい、常人には身動きすら取れない状態にまでされてしまった。ただし、まだ彼らはこの星に降り立ってから、一歩たりとも身動きはしていないが。


 そしてそこには、まるで白い繭のような物が出来上がっていた。この『蜘蛛』もどき達はこれからA-4685とトゥーマイを巣に持ち帰り、その体液と肉をすするつもりだろう。

 そしてその蜘蛛たちが糸を引き、獲物を連れ帰ろうとした矢先、何か声が繭から届いてくるのが聞こえた。


「こちらに戦闘の意思はない! こちらは帝国軍月面防衛部隊第5大隊所属の『アンドレイ・クローン』A-4685とそのPAS『トゥーマイ』だ! 情報提供を望みたい!」


 ありえない。とその蜘蛛もどき達は思った。もちろんそのまゆから発せられた言葉の意味は解らないが、命乞いや断末魔の類ではないことは明らかだった。

 そして彼らは甲高い声を発したかと思うと、急に糸を引っ張り、中にいる獲物を締め上げ始めた。


『糸の接触圧力が上昇。やはり卿の言葉は理解されていない様子だ』

「し、仕方ないだろう! こんな事態、俺が教えられてきたマニュアルにはなかった!」


 通常の生物なら圧死は当然。外形を残すか残さないかわからない程度まで、その締め上げは強められた。が、そもそもPASはシールドに守られていて、糸は付着していないのだ。従ってそれは無意味な締め上げなのだが、蜘蛛たちはそれに気づいていない。


「ト、トゥーマイ。もう一度繰り返そう、外部に音声をつなげ」

『無駄だと思うが……了解』


 ひょっとすると早口過ぎたのかもしれない、と低い可能性に一縷の望みをかけ、A-4685は再びゆっくりと息を吸った。


「繰り返す! こちらに戦闘の意思はない! こちらは帝国軍、月面防衛部隊、第5大隊所属の『アンドレイ・クローン』A-4685と、そのPAS『トゥーマイ』だ! 情報提供を望みたい!」


 先程よりもゆっくりと、聞き取りやすいように彼は言った。が、外からその音声を聞いている者は彼が意図している事を全く読み取る事は出来なかった。そればかりか、トゥーマイ達を取り囲む敵にはある感情が渦巻き始めていた。


 それは、恐怖だ。


「もう一度言う! こちらに……」


 そして三度目の正直とばかりに彼はまた声を上げたが、その瞬間彼を取り囲んでいた蜘蛛達は驚くべき速さで逃げて行った。その場に残されたのは白いまゆに包まれた宇宙人。その逃げるという行為は生物としての勘で、力量差を鑑みると至極当然の行為なのだが、クローンとAIには間違って伝わったようだ。


「あれは……撤退? なぜ?」

『原因は不明。もしかすると撤退の命令を司令部より受けたのかも知れない』

「し、司令部? 蜘蛛にはそんな指令系統が存在するのか!?」

『蜘蛛ではない。ゆえに我々の常識が通用しない可能性を考慮しなければならない』


 彼らに『命が危ないから逃げる』という発想はない。従って、本能のままに逃げるという選択肢をとった彼らが理解できないのだ。


「と、とりあえず移動しよう」


 そしてガチガチに固められた蜘蛛の糸から抜け出すため、A-4685は初めて足を踏み出した。複雑に絡み合って強固な檻のような強度を構成していた糸だが、PASの移動には全く歯が立たず、ブチブチと音を立てて引きちぎられていく。


 そして20m程歩くと、名残惜しげに引っ付いていた糸も遂には地面に落ちた。そしてその舞い落ちていく糸に不思議そうに手を伸ばしながら、A-4685は口を開く。


「それにしてもなぜさっきの奴らは俺達を捕らえようとしたのだろうか」


 常識的に考えて彼らの行動は『狩り』以外の何物でもないのだが、その概念をあまり理解していないA-4685にとっては、それは謎の行動のように感じてしまう。そして残念な戦闘用AI『トゥーマイ』もまた、同様に『狩り』の概念を理解できないでいた。


『……不明。連合軍の手の者であるとも推測できるが、情報不足により断定できない』

「……そう、だな」


 そうやって小さなため息をついた後、彼らは情報収集の為に当てもなく歩き始めたのだった。


読んでいただきありがとうございます!


1話の最適な長さが分からず戸惑いながら更新しています。

もしもっと長い方がいいとか短い方がいいとかあれば言ってくだされば対応致しますのでよろしくお願いします!

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