第十四話 神樹 ハク
シローとサンゴは背中にPAS駆動用の機械を埋め込んでいるため、身体検査時にもう一悶着あったものの、無事に門の通過を許可され、エルフが生活している地域に足を踏み入れることができた。
彼らの回りには多数のエルフの兵士が付き、余計な動きをしないかどうか見張っている。
回りをジロジロと見渡すと他のエルフにいい顔はされないものの、その幻想的な風景に思わず視線を泳がしてしまうシローを責める事はできない。
「何をキョロキョロしてるのよ。落ち着きなさいったら」
「す、すまない」
が、当のエルフからすれば人間に見渡されるのは気持ちのいいものではないようで、アスハは諭すようにシローに注意した。
今一行はエルフの街並みを抜け、『守り木様』とやらのところへ案内されているらしい。そしてグラナダの反応の通り、あまり人間はエルフに歓迎される存在ではないらしく、シローとサンゴは敵意の含んだ視線を道行くエルフに送られていた。
そしてそんな視線を受けることが疑問でならないシローは、小さな声でキャスリンに声をかける。
「……なぜここまで人間は嫌われている?」
「その昔、人間とはエルフを見捨てて『聖域』に逃げた種族、という歴史があるからですよ」
「人間がエルフを見捨てた?」
「えぇ。元々人間とエルフは同じ種族でした。しかし、昔凶悪な魔物に襲われた時、逃げた者と戦った者とで別れたのです。その前者が人間となり、後者はエルフとして生き続けているのです」
「な、なんだそれは……」
「遥か昔の話ですがね。人間はエルフを捉えて奴隷化したり、無理やり働かせた歴史や戦争をしていた時代もあったんです」
「そうなのか……」
「えぇ。人間基準で言うと遥か昔ですが、エルフの寿命ではそれほど昔ってわけでもないんですよ」
キャスリンの説明では人間という種族は後天的に生まれたということになる。それはシローの常識からかけ離れていて、彼の頭ではすぐにそうですかと飲み込むことはできなかった。
「ですので人間は『臆病な裏切り者』と呼ばれ、エルフに蔑まれているのですよ」
と、少し悲しそうにキャスリンはそう締めくくった。が、その横を歩いていたアスハはチラリとこちらを向き、恥ずかしそうに頬をかきながら口を開く。
「あ、あたしはキャスのことそんな風に見てないけどねー?」
「えぇ。知っています。ありがとうアスハ」
「……ふん。人間なぞ皆同じだ。全ては臆病な裏切者。違いなどない」
グラナダは不服そうに鼻を鳴らすが、それ以上何かを言うつもりはないらしく、黙って前を向いた。
そしてそのまま一行は黙ったまま、町外れの方へと歩いていく。優しい森の香りが彼らを包み込み、意外と活気のある町の熱気を背中に受けながら彼らは進む。
しばらくすると人通りは減り始め、何やら木で彫られた像らしきものが並んでいる神秘的な場所が近づいてきた。
そしてその道の端で武装した兵士が殺気だった視線をシロー達に向けている。その兵士に対してグラナダとアスハは軽く会釈したと思うと、気にした様子もなく小道の先へと歩いていく。
シローとサンゴはその兵士が放つ殺気を受けながら、その横を通りすぎていく。
どう考えても歴戦の猛者の視線だが、そんな強者が警護するほど重要なものがこの小さな道の先にあるとはシローは夢にも思わなかった。
が、シローがこれまでに培ってきた常識は基本的にこの世界においては通用しない。その法則は今回も当てはまったようで、彼の予想を遥かに越える風景がその目に飛び込んできた。
それは例えて言うなら『神々の遊技場』だった。
幾多の精霊がその鱗粉を散らし、微かに差し込む優しい光を反射させて幻想的な空間を作り上げる。開けた土地の真ん中には巨大な木が佇んでいて、ぼんやりと輝いているようにも見えるそれはまるで精霊を見守るかのようにそよ風に揺れていた。
「な、なんだこの空間は……。なんだあの巨大な木は……」
「ここは『神樹の間』。あれはエルフの森の守り木様、御名を『ハク』」
「ま、守り木様……?」
シローやサンゴはその木の神々しさに目を反らすことかできずにいた。『神』という概念をあまり理解できない彼らをではあったが、その壮大な存在は彼らに『神』を感じさせた。
グラナダとアスハ、キャスリンは片膝をつき、拳を額に持ってくるポーズを取る。すると次の瞬間、不思議な声が聞こえてくる。
『ほっほっほ。珍しい客人じゃのう』
「っ!? なんだこの声は!?」
それは彼の頭の中に響くもので、その声質は年老いた老人のように聞こえた。もちろんシローは驚いて辺りを見渡すが、その音を発したらしき生物は彼の回りにはいなかった。
『わしは紹介の通り、この森に長く生きている老木『ハク』じゃ。よろしく頼むぞ。人間『らしき』者共よ』
「な、これはあの木から届いているのか!?」
「ちょ、あなた失礼よ!? 頭が高いってば!」
アスハは焦ったように言うが、その忠告はシローの耳には届いていない。木が喋るだけでも違和感があるのに、さらにテレパシーのようなもので語りかけてくるのだから、シローは少し恐怖を感じていた。
『それで? 今日はどんな用があってここに来たのじゃ?』
「『供人』が『リリーナ』への護送中に魔物に襲われ、その護衛部隊は全滅。そして本人自らエルフを頼ってこの森にやって来た次第であります。守り木様のご助言をいたたければ……」
『ふむ……。またイスラか』
と、グラナダは顔を少しあげて口を開いた。アスハは口を横一文字に結びながら、厳しい表情でそれを聞いている。
『……それで? そちらの『人間』もどきはなんじゃ?』
「『人間』もどきと仰られますと?」
『そのおかしな格好をした二人の事じゃよ』
と、ハクが言った瞬間、グラナダやアスハを含めた回りのエルフ達がシローとサンゴに目をやった。実際に話したアスハはともかくとして、他のエルフ達もシローのことは気になっていたようで、彼らの返答を待っている。
そしてシローは未だに慣れない脳内に響く声に疲弊しながら、ゆっくりと口を開く。
「お、俺は帝国軍所属のPAS駆動用クローン、A-4685だ。ここへは情報を求めに来た。この惑星の情報開示を求む」
と、シローが言った瞬間、どよどよとした喧噪が回りのエルフ達に巻きおこる。そして激昂した様子のグラナダが筋肉を隆起させてシローの前に立ちふさがった。
「ふ、ふざけるな……! 守り木様の御前だぞ! そんな下らない冗談を言う場所では……」
「じょ、冗談ではない! 俺は帝国軍のクローンで……」
『ほっほっほ。そなたが嘘を言ってないことはわかっておるよ』
「なっ……!?」
「ほ、本当だ! 俺も、こいつも! 立場は違うがともにクローンで……」
と、シローはサンゴを指差しながら言った。サンゴは何も考えていなかったようで、突然指を指され驚いたようにシローを睨み付ける。
当然グラナダや他のエルフ達にクローンという単語の意味は通じなかったようだが、なぜか『守り木』だけはシローの言っていることは信じてくれた。
そして守り木はまるで何かを考えるように少し枝葉を揺らしたあと、優しく彼の脳内に語りかける。
『……異国の戦士よ。そなたがこの地の情報を欲していることはわかった。だがこちら大至急キャスリン・アーデの対策を考えなければならないのじゃ。すまないが少し待ってくれるかのぉ』
「……どのくらい待てばいい」
『長くても2日じゃのお』
シローは考え込むように視線を走らせた。一刻も早く情報が欲しいシローではあったが、そもそも彼自身が別の惑星の兵隊である点を考えると、話をしてくれるだけありがたいことは確かだ。そこでシローは目を上げ。その巨大な木を見据えて言った。
「……了解した。心遣い感謝する」
その守り木とシローの間で明確な上下関係があるわけではない。だがある意味では不遜とも取れるその態度は回りのエルフ達を苛立たせた。が、彼らは守り木の決定に口を挟む気はないらしく、黙ったままシローを睨み付けている。
『ではアスハ。彼らを客人として案内しなさい』
「なっ、え? あ、あたしですか!? あたしもキャスのために……」
『ほれ、いいからいいから』
「なっ……。わかりました。じゃああなた達、あたしに着いてきて」
不服そうに顔をしかめるアスハだったが、シローとサンゴに目配せをすると街に向かって歩き始めた。シローは何も言わずにそのあとに続くが、それに引き換えサンゴはその場を動こうとはしなかった。
「……何してるの? 着いてきなさいってば」
「……やなの」
「は?」
「あたしはキャスの召し使い。だからあたしはキャスのそばを離れることはできないの」
「……はぁ? いいから黙って着いて……」
サンゴはその場を動く気は全くないようで、キャスリンの後ろに引っ込んでしまった。
アスハは困ったように首を傾げ、サンゴの腕を掴もうと前に出るが、彼女はイヤイヤと首を振りキャスリンを盾にした。キャスリンはその様子を苦笑いしながら眺め、そして半ば諦めたように口を開く。
「守り木様。この子は傍に置いていてもよろしいでしょうか?」
「ふ、ふざけるな! 人間なぞ即刻守り木様の前から……」
『構わんよ……。好きにせい』
「なっ……!」
「ありがとうございます」
グラナダはワナワナと拳を震わせているが、それを聞いたアスハは面倒くさそうにため息をつき、シローの方へと振り返った。
「ですって。あなたはキャスの傍にいたい。なんて言わないでしょうね?」
「バカにするな。キャスリン・アーデとの契約は既に終了している。俺に彼女に付き従う理由はない」
「……あっそ。じゃ、着いてきて」
そしてシローとアスハは『神樹の間』をあとにし、エルフの街へと歩いていったのだった。
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読んでくれてありがとうございます。もう十四話ですか。早いものですね




