第十三話 エルフの森2
「あなたのおなまえはー?」
「お、俺はA-4685だ」
「おー? じゃあ、しろーだね!」
「なぜそうなる」
サンゴの上に座ったまま、精霊と呼ばれたその小さな生物は首を傾げた。そしてその二人と一匹の様子をアスハは困惑したように眺めている。
それもそのはずだ。精霊が人間の前に姿を表すなんて、少なくともアスハの経験では一度もないし、聞いたこともないからだ。
精霊とは純朴な心を持ったものの前にしか姿を現すことはない。当のアスハだって子供のころは何度か精霊が現れていたが、成長する毎にその頻度は下がっていた。
「精霊よ。それは人間ですよ?」
「そーだよー! しろーとさんごはにんげん! いっしょにあそぶの!」
「俺は人間ではない。帝国軍のクローンだ」
「こんにちはー!」
「……なっ! やめろ!」
額をぺしぺしと叩いている精霊とは異なる別の精霊が突然シローの前に現れたと思うと、シローの頭の上にちょこんと座った。そして彼の金色の髪の毛を掴み楽しそうに遊び始めた。
「に、二匹目……? 嘘でしょう??」
「あそぼー! みんなであそぼー! あはははは!」
「いえーい! あそぼー!」
「なっ……」
シローの上に乗っていた精霊が一声かけたと思うと、今度は複数の精霊が彼の前に現れた。そして集まった精霊はシローのローブを引っ張って森の奥へと連れて行こうとし始めた。
「そ、その人間を森の中へ入れるのですか??」
「あははは! シローモテモテですね!」
あっという間に精霊に囲まれ、拉致されそうになっているシローを見てキャスリンは可笑しそうに笑った。
それに引き換えアスハは困ったようにため息をついた。精霊とは森の守り神にも等しい存在だ。そんな彼らが人間二人を入れようとしていることを彼女には止めることはできない。
「はぁ、もー、しょーがないわねー。じゃあどうぞ皆さん入っていいわよ」
「いいんですかっ!?」
「いいもなにも精霊が連れて行こうとしてるのを止めることはできないわ。……悔しいけど」
「あはは……」
「何で人間の所にあんなに集まるのよ……。私だってあそこまで集まられたことなんてないのに……」
「やめろっ! 髪を掴むなっ!」
「ただし、その得体の知れない魔法生物はダメよ。ここで待っていなさい」
アスハはトゥーマイを指差しながら悔しそうに言った。そしてそう言われたトゥーマイは意外にも大人しく膝をつき、服従の意を示した。
『了解した。当機はここで待機している。A-4685の任務成功を期待する』
その意外な様子にアスハは驚いたように目を丸くした。ここまで性能のいい魔法生物がいるなど聞いたことがない。主人でない人の話を聞き、理解し、そして人語を話すなんて。
ますますシロー達に怪しそうな視線を送るが、等の本人達は聖霊に遊ばれている。
PASは兵器である。そのことからトゥーマイが拠点に入ることができないのは往々にしてあることだった。それはシローも承知の上で、特に何か言うこともなく精霊たちの相手に四苦八苦している。
そして悔しそうにシローとサンゴを睨み付けながら、アスハは武器を下ろす。そしてふんっと鼻を鳴らしながら、着いてこいと言わんばかりに目配せをしたあと森の奥へと歩きだし始めた。
ーーーーーーーー
それはシローやサンゴにとって不思議な光景が描き出されていた。
幻想的に舞う精霊もさることながら、森の中は不思議な空気でいっぱいだった。青々とした草木が生い茂っているのにも関わらず、その道は決して歩きにくいということはない。点在する光る木の実のようなそれは、薄暗くなりつつある森の中をぼんやりと照らし、シロー達の灯火となっている。
「で、私は言ってやったわけよ! 相手が悪かったわね、あなたの負けよって」
「あはははは! アスハは相変わらずですねぇ」
アスハは歩きながら楽しそうにキャスリンと会話している。中身は他種族とのいざこざをどう解決したか、についてだったが、周囲の景色に目を奪われているシローはその会話が頭に入ってくることはない。
「な、なんだあれは……!!」
「うん……? 何よただのエリマキドラゴンじゃないの」
シローの視線の先には、人の体と同じくらいの背丈を持つ竜が水辺のそばで寝ているのが目に飛び込んできた。首もとに巻いたスカーフのような物が印象的な竜だが、そもそも竜を目にしたことも聞いたこともない彼にとっては畏怖の対象でしかない。
「い、一体何なんだこの惑星は……」
「私はおもしろいと思うの。ぜーんぶ見たことないの」
シローの独白に対して、同じく精霊にまとわりつかれているサンゴは視線を泳がせながら言った。それはクローンとして屈託のない意見ではあったが、シローは到底擁護できないと首を振った。
「俺はお前と異なり帝国に従事する心を失っていない。俺にとってここはピクニックではない」
「ふーん。よくわからないけど、大変だね帝国軍は」
シローの返答に興味を失ったかのように、サンゴは視線を周囲に走らせる。
シローはそんな淡白なサンゴの様子に苛立ちを覚えながら、無視してアスハ達の後に続いていく。
「アスハ! 何だそいつらは!!」
そして次の瞬間、シロー達一行の目の前に突然大きな岩の塊のようなものが落ちてきた。それは着地と同時に風を巻き起こし、精霊達を吹き飛ばしていく。
「あ、おにい。おっすー」
「おっすー、 じゃない! 何で人間をこんなところに……」
おにいと呼ばれたその岩の塊のようなエルフはキャスリンを見ると言葉を失ったように立ちすくんだ。
褐色の肌に筋肉質な体型。シローのふたまわりは大きな体はアスハとは対照的な力強さがある。白い髪は短く刈り揃えられていて、鋭く尖った耳がこれでもかと自己主張している。そのエルフからの持つ鋭い眼光は猛者のそれに匹敵する光を放っていた。
「あ、グラナダさん。お久しぶりです」
「供人が何故こんなところに……? お前は『リリーナ』に向かっているはずじゃ……」
「もー、その話はあとで守り木様の所でするってー。今いいところ何だから引っ込んどいてよおにい」
「……ちっ。まぁいい。それでこっちの臭いやつらは何だ」
「キャスの付き人だってさ。入れる気はなかったけど、精霊が引っ張るもんだから」
「何!? 人間に精霊が近付くはずが……」
グラナダと呼ばれた筋骨粒々のエルフは訝しげな視線をシローとサンゴに向け、視線を周囲に走らせる。が、今しがた精霊は吹き飛ばされてしまったため、その視線の先には驚いたようなクローン二人しか写っていない。
「精霊なぞおらんぞ」
「今おにいが吹き飛ばしたんだって」
まるで汚物を見るような目を彼らに向けながら、グラナダは吐き捨てるように言った。が、それ以上は何も言うことはなく、踵を返して歩き始めた。
ーーーーーーーーーー
そしてしばらく行くと、エルフが生活している集落らしき場所がシロー達の目に入ってきた。
「な、なんだこれは……??」
「うわー、すごいの」
その建築様式はシローがこれまで暮らしていた場所とは天地ほどの差があった。ある家は巨木の幹をくり貫いたその中に作られており、木の中からぼんやりとした灯りの光が漏れだしている。またある家はまるで巨大なキノコを模したような家で、それが本物のキノコなのかそれとも建造物なのかシローの目ではわからなかった。
巨大な木が生い茂り、太陽の光はあまり入ってこないが、活気のよい雰囲気が町全体を覆っていた。
そして街の入り口らしき木で組まれた荘厳な門の前で一行は立ち止まり、アスハは門番に声をかける。
「おっすー。キャスが帰ってくる緊急事態だから、守り木様への謁見のために連れてきたわ。入場許可を頂戴な」
「な、ア、アスハさんそれは人間ですか!? 人間を入れるなんてなに考えてるんですか!?」
「うっさいわねー。私じゃなくて精霊が招き入れたのよ。早く入れてよー」
長身長髪のエルフの若そうな兵士は困惑したような声を出したと思うと、まるで信じられないものを見るかのようにシロー達へと視線を走らせる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「はいはーい」
そしてそう言うと彼は街の内部へと走って行った。
その様子を気だるそうに眺めながら、アスハはキャス達の方へと振り向いた。
「キャスは勝手がわかってるからいいだろうけど、あなた達付き人の二人! ここは神聖なエルフの街、汚れの多い人間無勢は立ち入ることを許されない地よ。その事を頭に入れて勝手な行動は包んでね」
と、アスハは顔をしかめながら少し窮屈そうに言った。横にいる筋肉エルフのグラナダはしたり顔で頷き、補足するかのように口を開く。
「なんなら貴様らはいつ八裂きにされてもおかしくないと思え」
しかしその脅しに近い言動はシローを萎縮させるどころか反って疑問の根を張らせた。
「……なぜだ? 俺達はエルフ達に被害を与えたとは思えない。なぜ殺されなければならない?」
「貴様は歴史も知らないのかこの穢れた人間め! お前達は故郷を捨て、聖域に引き込んだ臆病者であることも忘れたのか……!」
怒ったように牙を向き、シローに対して怒鳴り散らすグラナダ。しかしその怒りをシローに向けるのは多少理不尽だが、そんなことを彼は知るよしもなかった。
「重ねて言うが俺はこの世界の人間ではない。俺は帝国軍の軍用クローンで……」
「シロー、我慢しなさい」
反論しようとするシローに対してキャスリンは優しく彼の唇に指を当てる。シローは少し驚いたようにしたが、キャスリンの言うことに大人しく従い、黙り込んだ。
そしてしばらくすると先程の若い門番は疲れたような表情をしながら一行の前に戻ってきた。そして彼らに門を通るように促す。
「アスハさん、グラナダさんは通ってください。その人間達は身体検査をしてから入場許可を出します」
ーーーーーーー
遅くなってごめんなさい。読んでくれてありがとうございます




