第十一話 連合軍のクローン
彼女は早く死にたがっていた。
連合軍のクローン、FGT35-87は元々考える事が得意な個体ではなかった。その代わりに卓越した運動センスを持ち、PASの適用試験では他の同一個体とは一線を画した成績を残していた。
それは『第三戦闘形態』を使用しても、圧倒的身体バランスで反動を受けずに済んでいたほどで、その結果、帝国軍PASとの戦闘では無敗の記録を叩きだし、破壊した敵PASの数は10機を越えていた。
だが、いくら優秀だと言っても所詮はクローンにすぎない。
彼女は試験的に新型戦闘用PAS『ルーシー』のテストパイロットに選ばれた。
本来ならばそれは、クローンにとっては栄誉な事のはずだった。だが、彼女はその『栄誉』をあまり理解できていなかった。あるのはただただ何も考えず、漠然と連合軍のために戦うことだけ。
それこそが彼女の生まれてきた意味で、それ以上でも以下でもなかったし、連合軍のために死ねるならそれで構わないと心の底から思っていたから。
そして今。ついにその時が訪れようとしていた。
帝国軍との度重なる戦闘の先に、得たいの知れない星への無告知の投入。
そしてその先でも襲いかかってくる魔物相手に無補給で戦闘行為を続けていた彼女は、もはや帝国軍のPASを撃破する余力は残ってなかった。
だが、戦闘の上で敵に破れることは構わない。連合軍のために死ぬ。それが彼女にとっては最も大切なことで、それ以外はどうでもよかったのだ。
だからこそ、それを阻む『人間』がFGT35-87の前で彼女を庇っていることに混乱を隠せないでいたのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
「何? あたしを殺さないの?」
そして戦闘体勢を解除したトゥーマイを見て、連合軍のクローンは混乱したように言う。
帝国軍は無慈悲に連合を殺す、と教えられてきた彼女はその様子にますます困惑した。
「聞きたいことがある。連合の狗」
「聞きたいこと?」
敵と会話をする。そんな事実に違和感を覚えながら、クローンとクローンはその視線を交錯させる。
シローの脳内には様々な事が渦巻いていた。他の帝国軍はどうなったのか、月の基地はどうなったのか。だが、彼は意を決したように一番大切なことを聞くために息を吸う。
「……ここは、どこだ」
焦っていることを悟られないように彼は落ち着いた風に言った。だが、まるで何を言っているのかわからないとでも言うように、クローンの女はその首を傾げた。
「……ここ? そんなのあたしは知らないの」
「なっ……? あの白い光は連合の攻撃のはずだ! 貴様らが俺をこんな意味のわからない惑星に飛ばして……」
「だから知らないの。あたしが受けた命令は、『帝国軍を全て破壊しろ』だけなの」
「……ちっ」
全く期待外れの返答に苛立った様子を隠せないシロー。
だがそれはシローにもうすうす分かっていた事だった。クローンが特攻作戦を遂行するなんてよくある話だ。彼女が何も知らないのも無理はないと思っていた。
『やはり有益な情報は持っていないと推測。即座に抹殺することを推奨』
「ま、待ってください! 人殺しなんて……」
焦ったように言うキャスリンだが、当の連合のクローンはそれを意に介した様子もなく、疲れたように首を振った。
「もう、殺してくれていいの。あたしは貴方の言う通り『連合の狗』。連合から指令が届かなくなった今、何をしたらいいのかわからないし、あたしに生きている意味もないの」
「貴様に言われなくてもそうするつもりだ」
「シ、シロー! 待って……!」
「そこの『人間』のあなた。なぜあたしを庇おうとするのかわからないけど、そんなことはしなくていいの。あなたとあたしでは価値が違いすぎる。あなたがそんなことをする意義なんてどこにも……」
「なんてこと言うんですかっ!! 『人間』の価値なんて皆同じです! あなたも、私も、シローも、皆同じなんですよ……! だから殺してなんて……殺してなんて……」
「あたしは連合の狗。連合のクローン。あたしは『死ぬために生まれてきた』の。だから、殺されてもいいの」
淡々と告げる連合軍クローンだったが、まるで駄々をこねる子供のように、キャスリンは首を何度も振った。
「そんなの認めません! そんなの許されません! 死ぬために生まれてくる人間なんていないのです! そんなの、そんなのは……」
私だけで十分なんですよ。
と、キャスリンは本当に小さく呟くように言った。それはトゥーマイのマイクでも捉えられないような小さな声で。それは彼女の心境を心から表す言葉だった。
そして、今にも泣き出しそうな彼女は夢中で言葉を紡ぐ。
「だったら、だったら、あなたは生きる意味があれば、そんな悲しいことは言わないんですね……?」
「……?」
シローから目を離すことなく、何か決心をしたかのようにキャスリンは言った。
そして自分を『人間』と定義するキャスリンに戸惑いを覚えながらも、シローは今度こそ連合軍クローンの息の根を止めようと拳を硬く握りしめる。
「……俺も、こいつも、人間ではない。そして俺は帝国軍で、こいつは連合軍だ。だから殺す」
そのシローの言葉は、まるでキャスリンに対して言い訳をしているかのように聞こえた。だが、そんな言葉はキャスリンの耳には届かない。彼女はシローを無視したと思うと、突然そのクローンの女の方に振り返り、力強くその肩を掴んだ。
そして大きく息を吸い、まっすぐクローンを見つめたまま口を開く。
「貴女。私の召し使いなりなさい」
一瞬の沈黙が三人を包み込む。
そして、始めに口を開いたのは他でもないシローだった。
「……は?」
「私の名前はキャスリン・アーデ。今はとある事情で聖域から離れていますが、そこではそれなりの地位に着いています。ですので貴女が私に仕えるのなら、私は貴女に報いる準備があります」
「……?」
「おい、お前、何を言って……?」
「お前ではありません。シロー、貴方は『人間』の名前も呼べないのですか?」
「なっ……? す、すまない、キャスリン・アーデ」
キツい視線でシローを睨むキャスリンだが、その行為は彼女にとって賭けの一つだった。シローが逆上してキャスリンを攻撃する可能性もあるのだ。彼女にとって一番安全なのはシローに従うことたが、キャスリンの心がそれを許さなかった。
「なに? どういうこと? よくわからないよ? あたしを殺さないの?」
「えぇ。貴女は私の召し使いになるのです。ならば貴女はその『連合』とやらではなくなる以上、シローとの敵対関係は解除されます」
「そいつは危険だ」
「召し使い? なにそれ? あたしはどうしたらいいの?」
突然の展開に困ったようにキャスリンを見つめるFGT35-87とA-4685。二人のクローンはたった一人の人間にいいように扱われていた。
「貴女、お名前は?」
「……あたし? あたしは検体番号FGT35-87……」
「また番号ですか……。酷い文化です」
「おい! 聞いているのか! そいつは連合軍の……」
「わかりました。ではまず私からの報酬として、貴女に地位と名前を与えます」
「……名前?」
「えぇ。貴女はこれからサンゴと名乗りなさい。キャスリン・アーデの召使、人間、『サンゴ』です」
「サンゴ……? 人間? あたしは連合軍のクローン、FGT35-87……」
「違います。貴女はその『連合軍』とやらの所属ではありません。貴女はこれから私の召し使い、『サンゴ』です」
「サンゴ……。サンゴ……」
その様子は名前を与えられた時のシローに様子は似ていた。戸惑いながらも自分の口の中で何度もその名前を繰り返す。唯一自分に与えられた、自分だけの物。
ただ何となく嬉しそうにしている、という点においてはFGT35-87、いや、サンゴとシローの異なる点だろう。
「わかりましたか?」
「……あまりよくわからないけど、わかったの。あたしは『サンゴ』、キャスリンの召し使い……。サンゴはこれからキャスリンの狗になるの」
「なっ……! お前はそれでいいのか!?」
「はい。これで決まりですね。もうあなたとシローは敵対関係ではありません。よってシローに攻撃される謂れはなくなりました」
状況がよくわかっていないのか、サンゴは目をパチパチと開閉させ、不思議そうな表情でキャスリンを見つめている。
そしてシローは再び焦ったように口を開く。
「き、詭弁だ! そいつはクローンで連合軍で……」
「シロー。では貴方達の属する『帝国軍』とやらは民間人の少女を虐殺するのですか……? とんだ下劣極まりない組織ですね」
「そ、そういうわけでは……。 ト、トゥーマイ!」
「トゥーマイではありません! 自分で考えなさい!」
「し、しかし俺では判断が……」
「貴方が考えられないのなら、私の言葉に従いなさい。いいですか? サンゴはもう貴方の敵ではありません」
「な……。う……。わ、わかった。そいつは俺の敵ではない」
「……はいっ!」
半ば強制的に話を締め括ると、キャスリンは満足したようにため息をついた。そして優しそうな笑顔をシローへと向ける。
「よかった。シロー。貴方にも人間らしい所があるじゃないですか」
「お、俺が人間……?」
キャスリンは立ち上がってシローへと近付き、人指し指を彼の胸に優しく突き立てた。もちろんそれはシールドに阻まれて接触してはいないのだが、それを気にした様子もなく彼女は嬉しそうな笑顔を漏らす。
だが、キャスリンの説得は、今まで黙っていた帝国軍のAIまで丸め込めた訳ではなかった。
そして彼、あるいは彼女、は冷たく澄んだような声で、シローに声をかける。
『A-4685、何をしている。早急に連合軍クローンを抹殺せよ』
「……なっ、トゥ、トゥーマイ、あなた……!」
『その連合軍のクローンがどんな職業に就いていようが、我々には何の関係もない。ただちに殺すべきだ』
「……?」
トッーマイが話すときは明らかにシローとは声が違うので分かりやすいが、外から見れば同一人物が声を変えて話しているようにしか見えない。
その様子に連合軍のクローン、サンゴは何だか可笑しいな、とまるで他人事のように考えていた。
「ま、待ちなさい! ここは『アリス』であってあなたたちのいた所ではありません!」
『場所は関係しない。我らには連合軍の兵士は排除しなければならない責務がある』
「そんな責務はありません! すでにこの子は連合軍の兵士とやらではありませんし、この『世界』では人殺しはご法度です」
『否定する。卿の理論は間違っている。当械は敵対勢力の即時抹殺を推奨する。A-4685、行動を』
「やめなさいシロー! もうこの子を攻撃する必要はありませんっ!」
「お、俺はどうすれば……」
シローは困っていた。
もちろん帝国主義に従うのならば、連合軍のクローンは速やかに殺すべきだ。だがここがどこか明らかになってない以上、迂闊に行動して外交摩擦を起こしてしまうようなことは避けたい。
彼はマニュアルにない状況で、義務と責務に板挟みにされ、おどおどとしたまま、困ったようにその場に硬直してしまっていた。
『A-4685、何を迷っている。卿に選択の余地はない』
「シロー。やめてください。この子は私の召し使いです。殺す権利はあなたにはありません」
そしてシローが出した結論は……。
読んでくれてありがとうございます




