剣と魔法の戦闘描写
視点:一人称
武器:魔法
相手:剣士
場所:街の郊外
トドメ:なし
「さて……一応聞いておきやすが、本当にこれでいいんすね?」
軽く肩慣らしをして、準備運動を済ませた剣士が私に向けて確認してくる。
「構わないわ。実際に見知らぬ魔法使いとバッタリ遭遇したって前提で、攻撃してきて。勿論、私のことは悪い魔法使いだと思ってね」
「姉貴をですか? はは、冗談でもそう思うのはキツいですぜ」
ふふ、まだまだ甘ちゃんね。嫌いじゃないけれど、男ならもっと逞しくした方が格好いいわよ。
まあ彼がそれくらい甘いのも仕方ないことかもしれない。何せ彼は実践形式の訓練など受けたことがない、どこにでもいるただの冒険者だ。ランクで言うと下から数えて2番目くらいの実績しかなく、狩ったことがある魔物もゴブリンやゼリー種など初心者でも受けられるものばかり。それもパーティでの経験だ。
それがひょんなことで私とも知り合いになったけど、初対面の時はちょっと口が緩くて危なそうだなとか思ったり。
「あら、それはどういう意味かしら?」
「どういう意味って、そのまんまっすよ。姉貴は凄く強くて、自分の憧れなんす。初めたての頃に手取り足取り教えてくれたこと、今でも身に染みて感じているし、思い出すことが多いんすから」
「うふふ、ありがとね。けどそれは私が教えたことが、冒険者として生きる上ではごく自然のことだからなのよ」
口で彼の言葉に返事をしつつ、空中に次々と魔法を生み出していく。こうしないと彼はいつまでも話を引き延ばして、戦おうとしないだろうから。
生み出した魔法は火属性の初級魔法『ファイアボール』で、当たった相手をその高温で燃やすことが出来る。魔法使いなら最初に覚える初級魔法らしく、魔力効率に優れ扱いやすい、チュートリアルみたいな魔法だ。
うふふふ、彼が目を見開いてファイアボールを見上げているわね。
「あ、姉貴……?」
「全く、さっきから訓練をするって言ってるんだから、ちゃんと構えなさいな。慕ってくれるのは嬉しいけど、一方的な思いやりならノーサンキューよ?」
あ、でも、もしこれが本当に実践だったら、時間稼ぎとして話術を駆使するのもありだと思うわ。でも今はあくまで実践と思い込んだ『戦闘訓練』だから、しちゃ駄目よ?
私の警告を聞いて諦めたか、彼も自身の所持している剣を持ち、こちらに向かって構えた。駆け出しの人用に軽くて丈夫な素材で作られた簡易合金製の剣で、その軽さゆえの使いやすさと駆け出し用とは思えない切れ味の良さから、中級冒険者がよく補助武器として携帯しているタイプでもある。
「さあ、しっかりついてきなさいねー?」
「は、はいっす!」
緊張しているのか、彼の声がいつもより上ずっている。体を動かせばその気になるかしら?
「ファイアボール!」
空中で待機させていたファイアボールを一つ、彼に向けて飛ばした。さあ、どう対処するかしら?
彼は眼前へと迫りつつある火球を前に握っていた剣を振るうと、火球の丁度真ん中に位置する点を狙って、そのまま二つに切ってしまう。初級魔法の弱点である、魔力の核を壊す攻撃だ。まさか一発で切ってしまうとは、これはちょっと前途有望な冒険者なのかもしれないと、意外な好評価を抱く。
では次は今のがマグレではないことを調べてみようかしら。
「気を抜かないで! 続けてファイアボール!」
再び空中に待機させていたファイアボールを一つずつ飛ばしてみる。すると彼はこれを冷静に一つずつ切っていった。時には立ち位置を移動してわざと火球に近づきながら切ったり、切るのが間に合わないと思われた火球には回避を優先して、次々と対処してみせたのだ。
流石の私も彼がここまで成長しているとは考えていなかったし、マグレじゃないこと以上に実力を見せてくれた彼の動きに目が離せなくなっていく。
「あらあら、訓練を始めるのにあんなに手間取らせてきたのに、いざやり出すとなかなか良い腕ね」
「す、すいませんっす姉貴! お褒めに預かれて嬉しいっす!」
もう、謝りたいのか感謝したいのかどっちかにしなさいよ。調子が狂うっちゃうわ。
「でも何だか段々と気分が乗ってきやした! 今ならもっと行けると思いやす!」
調子の良さそうな声で元気にそう宣言する彼。これは体を動かし始めて大分やる気も上がってきたってことかしら?
ならばちょっと難易度も上げていっても構わないわね。
「そう? じゃあちょっと難しめのやつを放つから、上手く対処してみせてね」
私も彼にそう言って、ファイアボールを一気に動かした。同じ初級魔法を三つ絡めて制御する『トリニティ』と呼ぶ系統のテクニックである。簡単な魔法を連射したように連続で動かしただけとも言えるが、これを捌けるようになるにはそのやり方を体に長いこと教え込ませる必要がある。
事実彼がそうだった。トリニティによって三連星のように飛び込んできたファイアボールは、まさに一つのチームだ。今までファイアボールを切るのも造作がない様子だった彼が、明らかに動きの違うチームワークを見せる魔法に後手に回り、何発か掠めている。それもたかがファイアボールを相手に、だ。
「あ、姉貴ィ! なんすかこれ!? これ本当にただのファイアボールっすか!!?」
「そうよー。見ての通り種も仕掛けもございません、ただのファイアボールですよーーびっくりした?」
「進行形で今してますっす!!」
うふふふ、反応が面白くてついからかっていたくなっちゃうけど、どこまでその調子でいられるかしら?
私はトリニティを使って他のファイアボール達も三体一組のチームにする。チーム名を付けるとするなら、「トライデント」、「トライアングル」、「ビッグスリー」ってとこかしら。うーん自分のセンスに自信を持つべきか、悩みどころである。
さて彼の方はどんな様子かしら……と、結構粘ってるみたいね。攻撃よりも回避に重点を移したか。でもそれだといつかスタミナ切れするのがオチね。
「ほらほらどうしたの冒険者くん。避けてばっかじゃファイアボールは消えないわよ?」
「そ、そうは言いますが姉貴。この数のファイアボールが徒党を組んだみたいに襲ってくるんですよ? 下手に攻撃に回れば蜂の巣にされるのが目に見えるってもんです」
あら、そこまで考えて動いていたのね。そこまで思っているほど考えてはいないんだけど……これならヒントくらいあげてもいいかしら。今までの感じならきっと、その程度で考えるのをやめたりしないと思うし。
「じゃあそのまま避け続けていれば勝てるのかしら?」
「ぐっ、それは……」
「よーく考えてみなさい。全てのファイアボールを効率よく捌けるもっと良い方法が、あなたには出来る筈よ」
「もっと良い方法……?」
そうよ、考えてみなさい。答えはあなたの目の前にいるんだから、ドツボに嵌らなければ自ずと気付けるはずよ。
私のアドバイスを聞いて凡そ1分後、彼は今まで避けていたファイアボールを無視して、私へ向かって距離を詰めようと走り出した。それを見て私も思わず彼の成長に笑みをこぼす。
「うおおおおおお姉貴いいいいいい!!」
彼は次々と襲いかかるファイアボールを気にも留めずに、私の方へと疾走する。そうよ、トリニティによって連携を組んだ魔法を相手にする時、どうすればいいか。それは魔法を発動している魔法使いに接近すること。魔法使いが近くにいる中でトリニティを使うのは魔法使い自身にも危険が及ぶし、何より眼前に迫る剣士に対処する必要が生まれる。実践では魔法使いの護衛を担う剣士を突破してきた軽装の斥候が、その脅威を生み出すわけだけど、条件が揃えば剣士にだって満たせる。
……合格よ。だけど、もうちょっと実力を見せてもらおうかしら。あなたならきっとこれもどうにか出来るかもしれない。
私は予め準備していた炎の中級魔法「ファイアウォール」を発動する。幅数十メートル、厚さ1メートルにも及ぶ炎の壁で、重ねて発動すれば範囲攻撃にも転用できる優秀な魔法。これを越えたければ文字通り大火傷覚悟で突っ切るか、火耐性の保護魔法や防具に身を包んで突撃したりするしか剣士には手はない。
さあ、どうするかしら?
「さあ冒険者くん、このファイアウォールをどうやって超えてみせ——」
「好きだあああああああああ!!」
「——————へ?」
一瞬、彼が何を言ったか分からなかった。ひょっとして炎のせいで聞き取り間違えたのかとも思った。だがそんなことより、私が動揺した影響によってファイアウォールが大きく揺らぎ、彼の突破を許す隙間を作り出していた。いけないと思ったが、もう間に合わない。
「うおおおおお!!」
その隙間を彼は見逃さない。一気に炎の壁の中を突っ切ると、そのまま勢いに任せて私を押し倒してしまう。こうなっては、魔法使いが剣士に勝つことは到底無理だ。
「俺の、勝ちっすね!!」
してやったりといった顔で笑う彼。汗を一杯かきファイアボールによる火傷を負いながら、無理に爽やかな表情を作ろうとしているから、大分おかしな顔になっているのだが。
「うふふ、やられたわ…………見ないうちに随分成長したのね」
「そうっすよ。言ったじゃないっすか、俺は姉貴に憧れているって。だから頑張ってるんす」
「だからって、いきなり好きだなんて叫ぶ人、普通いないって……あはははは」
あのシーンを思い出して、そのあまりのシュールさに笑いがこみ上げてくる。あそこまで彼は普通に賢く立ち回っていたというのに、急にそんな、好きとかいいながら突っ込む様子見せられたら、絶対戸惑うに決まってるじゃない。
彼も勝ちを確認して、速やかに私の上からどくとはははと笑い返した。
「いやあ、成功して良かったっすよ。あれ言って動揺してくれるかは正直賭けだったすから」
「全く、もうあんなことしないで頂戴ね? 今でもドキドキしてるんだから」
「分かってるっすよ。今日は俺の対魔法訓練をしてくてれて、ありがとうございまっす!」
剣を鞘に収めてから、深々とお辞儀をする彼。私も立ち上がって服についた土を払う。
「どういたしまして。何だか全然悪い魔法使いっぽく振る舞えていなかった気がするわね」
「だから言ったじゃないすか。姉貴にそんな肩書き似合わないって」
「……言ったかしら?」
「そりゃ勿論……あれ、言ったっけ?」
全くもう。口からふふふと笑いが出てきた。
「それじゃあ治癒魔法で火傷を治すからじっとしてなさい。それと聞いておきたいんだけど、今あなたってどこかパーティに入ってたかしら?」
彼に与えてしまった火傷を治癒魔法で治療しながら、そんなことを聞いてみる。
「俺っすか? いえ、丁度この間俺以外の皆が隣町の方に移ったので、フリーっすね」
「あら、一緒に行かなかったの?」
「お荷物になると思ったんす。自分パーティの中だと一番弱くて、経験も足りなかったすからね」
「そう……なら、私とパーティを組んでみない?」
すると彼は不思議なものを見るかのように目を丸くした。
勧誘されたくらいで大袈裟ね。
「え? いいんすか俺なんかで?」
「あなた自分で気付いていないようだから教えてあげるけど、自己評価よりも結構頭良いし出来る方なのよ? トリニティ・ファイアだっていきなりなのにかなり対応良かったし」
「そ、そうなんすか……実感ないっす」
彼は頭をポリポリとかき照れくさそうに返事をする。
「だから俺なんかなんて言わないでね。私はあなたのこと評価してるんだから」
「……ははっ、感謝極まるっす」
変な言い方ね、と私は思わず笑みを浮かべる。
「で、どうかしら?」
「そうっすね。俺なんかで……いえ俺で良いなら、是非入れて欲しいっす!」
「ふふふ、なら決まりね」
彼の体の治癒が完了し、もういいわよと彼の肩を叩いた。
「さ、思い立ったが吉日よ。早速パーティ登録をしにギルドへ行きましょう。明日からは私と一緒に色んな依頼を経験してもらうから」
「了解っす。全身全霊で姉貴を支えてもらいます!!」
こうして、魔法使いの私と剣士の彼はパーティを組むことになった。二人はこの先様々な困難にぶつかりつつ仲間を増やし、共に色んな経験と絆を深めていくことになるが、それはまた別のお話で語られることである。
戦闘描写と銘打っておきながら、後半は完全にキャラの絡み描写練習という戦闘描写詐欺。