剣と魔物の戦闘描写
視点:一人称
武器:剣
相手:大型モンスター(狼を想定)
場所:草原(腰あたりまである雑草)
トドメ:道具(毒)
気配が変わったのを感じ取り、慌てて自分は後ろに飛び退く。直後、自分がいた場所に黒い影が飛び掛かってきて、背筋がヒヤリとした。あと少し遅れていたら、この命はもうなかったかもしれない。
剣を抜いて戦闘体勢を取り、黒い影の正体であった狼の様子をじっと窺う。向こうも初手を避けられて警戒しているのか、こちらを睨みつつもすぐに距離を詰めてかかろうとはしない。とりあえず今すぐ死ぬという事態は回避出来たようだ。
魔物へガンを飛ばしつつ、頭を必死に回転させて戦うか逃げるかの選択を考える。
見た感じ、目の前の魔物は4メートルは超える。それでいて、あれだけの体躯を持ちながら残像が見えるほどに俊敏な動きを可能としている筋肉をその黒い体毛の下に抱えているのは間違いない。掠めただけでも人間の皮膚を傷つけ、直撃すれば防具ごと内臓を叩き壊せる力があるかもしれない。
逃げるか……? でも出来るのか……?
今までの人生で一番、1秒を長く感じられる。
勝てる見込みなど到底ない、逃げるべきだ。
無理だ。自分の足では10メートルも稼げない。
戦うしか生き残る道はないと悟り、死が全身を震え上がらせる。幸いなことに、目の前にいる魔物を除いてこの近くに気配は感じない。仕留めることは考えなくていい、手傷を負わせて自分の足に追いつけないようにすれば……。
「グルルルァァ!!」
そこで狼の魔物が低い唸り声を上げ、自分へ向けて疾走を始める。考えすぎた。
「くそっ!!」
魔物はこちらへと一気に距離を詰めると、人を呑み込めそうなその大きな口を開き、初手と同じ風に飛び掛かってきた。
やつの狙いは……自分の頭か!
自分は屈みながら横へと魔物の攻撃を避け、同時に斬りかかろうと剣を魔物に向かって振りかぶる。
剣は魔物の体毛を切りながら肉へと達し、腕に入る抵抗がグッと強まった。
「グルァァ!?」
「くっ、さすがに浅いか!」
魔物の爪が届くことを警戒して、その距離からすぐ抜け出す。そして背中を見せないように距離をとり、剣を構え直す。その間幸運にも追撃をうけなかったが、傷を負わされたことに気が動転したのか、魔物は慎重な様子でこちらの動きを探ろうとしている。
剣撃が当たったのは奴の前脚だった。赤色の血が魔物に与えた傷から出て、重力に従い流れ落ちている。これで生き残ればヤツに一撃食らわせてやったと帰ってから自慢出来るかもしれない。
脅威が未だ去っていないにも拘らず、自分はそんなことを考えていた。こんな状況に陥っては、何か未来のことを楽観視していないと今にも戦意を失うかもしれない。自分は脆い人間だ。内心では怪我を負った魔物が勝手に去ってくれることを期待したのだろう。
だが忘れてはならない。目の前の魔物は4メートルもある化け物だ。少し血が流れたくらいで死ぬような、まして一撃食らわせた程度で動きが鈍るような存在などでは決してない。
「グルルル………グルルァァ!!」
再び魔物はこちらに向けて一気に距離を詰めてくる。次の狙いはなんだ、また頭か?
自分は魔物が口を開ける瞬間を今か今かと待つ。あの魔物は確かに大きいし、その身体から繰り出す力も相当強い。だがヤツの口は大きすぎる余り、口を開いた瞬間目の前に死角が生まれてしまう欠点がある。そこを狙って再び傷を与えられれば、割に合わないといつか逃げ出すだろう。
「さあ、来い!」
ギリギリまで、魔物の突進を避けられる限界までその場で引き寄せる。しかし、魔物が口を開けることはなく、魔物はこちらを目で捉えたまま突進を続けていた。
くそっ、今度は体当たりかよ!
何をしようとしているか気付き、自分は回避行動に移る。だが魔物はその赤い目でこちらを追ってきており、その視線が外れる様子などない。次の瞬間、魔物は自分の回避行動に合わせて突撃の向きを変えてきた。恐らくこちらを仕留める気だ。
このままだと、突撃をもろに食らって動けなくなる。そうなれば、後はもう想像にかたくない未来だ。
「グルルルァァ!!!」
こちらがギリギリで避けきれる距離より迫った瞬間、魔物はその大きな口を開いた。そうか、奴は最初の反撃で見切っていたのか。こちらが反撃しつつ攻撃を躱せるラインを。
こうなった以上、こちらも手を選んでいる余裕はない。例えそれが危険極まる行為だとしても、だ。
「喰らえっ!!!」
元々は今回の依頼の目標を仕留めるために持っていた毒を濃く染み込ませた水のポーション。それを魔物の口に投げ込む。
突然の異物感に気付いた魔物が、口からそれを吐き出そうとする。だがそんなことなどさせない。自分は毒の入ったポーションに剣を突き立て、奴がそれを飲み込まざるを得ない状況を生み出し、代償としてその突進を受けて吹き飛ばされた。
「ぐはぁぁぁ!!」
空と地上が三度四度と入れ替わるような光景を目にした後、自分は地面へと落ちた。体が思うように動かない。今の突撃で骨を何本かやったかもしれないな。
「グルルルァァ!! グルルルル、ガアァァ、ガアア!!」
視界の端で、毒を飲み込んだ魔物の苦しそうに暴れる姿が見える。さぞ効くことだろう、飲んだやつの胃を壊して死に至らせるための毒だ。あれを飲み込んでしまった時点で、魔物側に未来など残されていない。知能はそこそこあったようだが、されど狼だ。固体ならともかく、己だけで液体の毒を吐き出すことなど難しいはず。直に胃からくる痛みに身動きすらまともにとれなくなり、死を待つだけの存在へと果てる。
「悪いな……明日を生きる権利は俺がもらう。お前もよく頑張ったよ」
今にも悲鳴をあげそうな体で自分は立ち上がると、みるみるうちに弱っていく狼の魔物に、最後のさよならを告げる。
生憎だが魔物の死を見届ける余裕などこの状況で持ち合わせていない。だけどその恐ろしい強さは自分が忘れそうになっていた生きていられる喜びを思い出させてくれた。そのことに感謝して。
街へと戻った自分は依頼の失敗を報告した後、この時負った怪我を理由に冒険者を引退した。