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その2、目撃証言

 ヴェーヌ・トロエリ子爵令嬢の目撃証言


 彼女が悪い人だと断じてる人が多いですけど、私は案外そうでもないんですよね。

 アネスさんの行動は貴族令嬢としてよしとされる行動ではなかったですし、彼女以外にも言葉を投げかける人は多かったと思います。

 それでもやはり一番声をかけていたのはテーベさんだったのではないでしょうか。


 何と言ってましたかね。「もっと背筋を伸ばして自信に溢れた歩き方を」とか、「ナイフの使い方がなっていませんよ」とか、そういう小言程度のことだったと思います。

 泥棒猫? 品の無い女? いやいや、テーベさんはさすがに人前でそんなことを言ってはいないと思いますよ。行動に移す人ではあったみたいですけど、結局彼女、自分の非を認めることは無かったじゃないですか。

 私はあの期間はテーベさんと同じお茶会や夜会に出てましたから、他の人よりそう言う言葉を聞く機会が多かったですし、間違いないとは思いますよ。


 一番酷い言葉を投げかけたのは何だったか、ですか?

 何でしょう。どちらかといとあの婚約破棄宣言のあった夜会が近づいていくとき、無視をしていた期間の方がアネスさんにダメージを与えていたんじゃないですかね。確かに小言は言ってましたけど、直接的な罵倒は一度も聞いたことがありませんよ。ええ、本当です。いっつもマナーのこととか姿勢のこととか、それをちょっと厳しく採点して伝えているっていう感じでした。まるで王妃教育をしているかのような感じでした。

 もしかしてテーベさんは、最初から身を引くつもりであんなに声をかけてたんですかね?


 ああ、そうでした。彼女は“悪女”ですもんね。さすがにそんなことをするわけないですよね。はい、冗談です。

 でも、婚約破棄を望んでいたとしたら、有り得ない話ではないですよね。ほら、男に夢中になっているっていう噂があったじゃないですか。火の無いところになんとやらってやつですよ。私はたぶんあれ本当だったんじゃないかなぁって。王子殿下がアネスさんに現を抜かしてるのが嫌になって、男の人に貢いでいたんじゃないですか? 確かその頃から約束に遅れるようになったはずですし。

 あの夜会の付近にはもうずっと遅れっぱなしだったじゃないですか。きっとその男の人と一緒に行為に及んでいたんじゃないですか。ええ、約束なんか破ってもいいって、乱れちゃったんですよ、きっと。

 で、王子から婚約破棄されて喜びのあまり倒れちゃって、目が覚めたら夜だったから彼の元に行ってみたら捨てられちゃって、自殺。どうでしょうか。意外と真実に近づいてるんじゃないですか?


 え、そもそもの順序が逆? テーベさんが遅れるようになって、その理由を問い正しても答えてくれないから不信感が募ってアネスさんに気持ちが行くようになったんですか? 王子殿下――ああ、いまは国王陛下か――がそういえば公言していたような気もしますね。

 そっかぁ。じゃあ何だったんでしょうね。夜に出歩いているっていうのも、寝不足っていうのも。

 先にテーベさんが浮気をした? いや、それは無いと思いますよ。最初に私言ったじゃないですか。私はそれほど彼女が悪い人だと思ってないって。理由なく不貞行為に手を出すほど、彼女は欲に塗れた人じゃないですよ。


 わかりませんね。やっぱり嫉妬なんですかね。

 ああでも、私に対する質問は何を言っていたかっていうことだけなんですよね。それだったら本当に、悪しざまには言っていません。彼女はずっと注意を繰り返していただけです。ええ、階段から突き落とした後もずっと。まあ、そこからはテーベさんから話しかけない限り無視することが多かったですけど。

 うーん、もうちょっと推理物の物語みたく颯爽と真実を突き当てたかったなぁ。なんて、それは私じゃなくて皆さんの仕事でしたね。



 ハリロス・メイルーン侯爵令息


 ああ。僕が見たとき、彼女は手に彼女のハンカチを持っていた。そう、ズタズタになったやつ。

 まさかと思ったね。青天の霹靂だった。彼女のことを想った誰かがアネス嬢に手を引かせようとやっているんだと思っていたんだが、まさか彼女自らが手を下しているだなんて思いもしなかったよ。


 どうしたかって。そりゃあ詰め寄って問い詰めたさ。婚約者を持っている女性に対する行動としてはどうかとは思ったけど、さすがにあの状況だ。冷静な判断ができなかったとしても多めに見てほしい。

 彼女、なんて言ったと思う? ああ、僕は「今までのは全部君だったのか?」って問うたんだよ。

 テーベ嬢はこう言ったんだ。

「この状況が一番の証拠だとは思いませんか?」ってね。

 諦めて白状したのかと思ったんだけど、改めて考えてみると上手く他の可能性も残しているよね。でも、僕は彼女の手の中でズタズタにされた瞬間を見てしまったし、そこを突いてやったらただ目を伏せて「そう」って言うだけだったよ。何か悪いことした気分だったね。


 大変だったのはそこから先だよ。

 僕がそれを王子に報告したら、なぜか情報源が僕だってばれてさ、テーベ嬢がそんなことするはずないってみんなして僕を叩くんだよ。どっちが正しいかはっきりしたいまとなったら彼女の化けの皮の一枚目を剥がしたのは僕ってことになるんじゃないのかな。

 様子が変だったかどうか? そりゃあ変だったよ。なんか覚悟決めたような顔してさ。

 実際、あの階段のことが起こったのもあのすぐ後だし、正体がばれたならやれること全部やってやろうって思ったんじゃないのかな。


 でもやっぱり女の人って怖いよね。僕の婚約者はあんな風にはならないとは信じてるけど、僕も他の人に現をぬかす勇気はないね。あそこまで重いと王子も大変だったろうなぁ。あ、でも先に約束破ったりしたのはテーベさんの方なんだっけ。あれ? よく順序が分からないぞ。でも、嫉妬してやったっていうのは事実のはずだし、隠し事をしてたって、何だったんだろうね。

 考えられるのは、やっぱり男かなぁ。僕の婚約者は内気だからないとは思うけど、テーベさんみたいな社交界の花だと街に繰り出していろんな男の人と関係持ったりしてるのかね。そこで得られる情報も侮れないらしいし、もしかしたら利用しようとして近付いた男に本気になっちゃったのかもね。


 あの化粧しても隠しきれてないひっどい隈も夜通し盛ってたからできたんじゃないの? 隠す気ないのか、はたまた隠せていると思ってたのか分からないけど、あれはもう疑われても仕方ないよね。

 彼女が“悪女”だったか? うーん、結果的にいえばそうなんじゃないの。

 街の男と本気になって、でも王子のことも手放したくない。だから王子から婚約破棄されてショックを受けて気を失ったんだろう。ほんでもって街の男の方にも捨てられちゃったから、自殺したんじゃないかな。

 だってそれ以外残されてないでしょ、彼女。

 悪評が広まりきったうちの国に彼女の貰い手なんてヤバい趣味持ったおじさんたちぐらいしかいないんじゃないのかね。そんなことになるぐらいだったら死を選ぶっていう彼女の選択、僕はそこまで不自然だとは思わないよ。



 ゼノボルレア・トマンソム公爵令嬢


 ああ、やっとわたくしの番なのですね。待ちくたびれましたわ。

 あのときのことですわね。突然後ろから大きな音がしたのです。ええ、本当にびっくりしましたわ。

 もともとテーベさまがアネスさんを捕まえて最後尾を歩いていましたから、なにか聞かれたくない話でもするのではないかと思って気を利かして私たちは離れて歩いていましたの。ええ、会話の内容は何も。

 でも、これも私より前に話を聞いた面々と同じ内容しか話していないでしょう? 私が何かを話す必要がおありになって?


 むぅ、わかりましたわ。あなたたちの事実確認に補足があれば答えさせていただきます。

 そうですわね。音がして皆ですぐに駆け寄りましたわ。そしたら階段の上を見上げるアネスさんと私たちを見下ろすテーベ様がいらっしゃいましたわ。あの悪戯っぽい笑顔は堪りませんでしたわね。普段見ないああいったお顔も……、ああいえ、こっちの話ですわ。

 魔女のような笑みだったと、他の子たちはあの笑顔をそう捉えたのですの? なるほど、面白い見方ですわね。私から見ればいつもの張り付けた笑みではなく、彼女らしいと呼べる顔が見れてとても喜ばしい瞬間だったのですけれど。


 手すりに寄り掛かっていた、それも事実ですわね。ええ、こんなふうに体の左側を預けるような形で。そうそう、あ、でも少し左足を半歩後ろに下げていたと思いますわ。

 え、他の方はそこまでは見ていらっしゃらなかったと? さてはあの状況に混乱してテーベさまがどんな姿勢でどんな顔をしていらっしゃるかを見そびれましたのね。ええ、間違いないですわ。テーベさまファンをまだやめていない私が言うんですもの。まず間違いないですわ。


 え、ファンなのになぜ彼女の味方をしなかったのかって。さすがにファンと言えど、あの場で王子殿下の前に飛び込む勇気はありませんわ。実際テーベさまがアネスさんに対していろいろと行動を起こしてしまっていたのは事実なのですし、私が何か行動を起こしたところで未来が変わっていたとは思いませんもの。

 ええ、本当に残念ですわ。あのお顔がもう二度と見られないと思うと毎日の勉強意欲も食欲も減衰してきますの。だからいつもは考えないようにしているのですけど、こういう場ですし仕方がないですわね。


 ああ、そういえば一瞬で隠されてしまいましたけれど、魔法の痕跡を感じましたの。他の子が気付いていなかったのはあの場で魔力の感知ができるレベルまで達しているのが私とテーベさまぐらいしかいらっしゃらなかったからでしょうね。

 きっとテーベさまは必要に駆られて突き落としてしまったのでですわ。おそらく魔法の痕跡があるのは落下の衝撃を少しでも減らすためで、何かそこには他の思惑があると考えて良いんじゃないですの?


 あと左腕に怪我をしていらっしゃるご様子でしたわ。治療の魔法を使いたかったのですが、生憎心得がないもので。全員アネスさんの様子ばかりに目が行って、テーベさまのご様子に盲目になっていたのではなくて? テーベさまのご遺体に傷はありませんでしたの?

 ああ、やっぱり。きっとあのときに受けた傷ですわね。ですが、あそこに他に人の気配はありませんでしたわ。自作自演ではないかって、そこまでする必要はないと思いますけれど。確かに他の人のことを庇っていると思わせれば少しは罪も軽くなるのかもしれないですけれど、あの時点でそんなことをするメリットがありませんわ。逆にあのことが原因で皆さんの疑いが確信に変わってしまったんですもの。聡明なテーベさまがそれを予期できずにそんな行動に移るとは思いませんわ。


 随分肩入れするって、言ったではありませんか。私は彼女のファンなのです。あの生き様に憧れていたのです。テーベさまの思考など私には想像も及びませんが、きっと何か理由があったのではないでしょうか。

 市井の男に執心だったという噂についてですの? ありえない、と断言させていただきますわ。

 なぜかって、どうして逆にそんな途方もない噂を信用していますの? それこそ意味が分かりませんわ。彼女は終始王子殿下にご執心のご様子でしたし、誰かに利用されたり騙されたりするほど素直ではないはずですわ。ああ、もちろんそういった警戒心に溢れたとげとげしい態度も素敵だったのですけれども。いえ、これもこちらの話です。


 ともかく、テーベさまは絶対に悪女ではなくてよ。酷い隈が出来ていたのも、何か寝不足になるほどやらなければならないことがあったに違いありませんわ。きっとアネスさま関連のことですのね。だって彼女が来てからでしょう? テーベさまの様子がおかしくなり始めたのって。それ以前は約束を破ることもなく、あんなおいたわしい隈もなかったのですから。

 そう考えると、もしかすると最期を迎えた場所、精霊の祠に何か手掛かりがあるのかもしれないですわね。アネスさんが精霊を怒らせるような真似をしてしまい、それを鎮めるために精霊にお祈りをしていた、なんていうのはどうでしょう。


 え、ちょっといきなり何ですの? 話にならないって、可能性の話をしているだけですのよ? 離して下さいまし!

 もしかして今までの話も全て虚言だと思っているんですの? ふざけないで下さいまし!

 は? アネスさんが聖女に選ばれた。だから何だと言うんですの? 精霊と聖女の選定の関係はないとテーベさまが発表していたではありませんか。まさかそれまで嘘だったと言い張る気ですの?


 ちょっと、痛いですわ! 髪を引っ張らないで下さいませ。ちゃんとこの足で帰らせてもらいますわ。

 話にならないのはそっちの方ですの。せっかく泣く子を宥めて来て差し上げたと言うのに、正直に話してみれば全て虚言だと? そんな偏った物の見方しかできないようでは一生真実には辿り着きませんわ!

 侮辱って、先にそちらがしてきたことでしょう? 私の言葉を妄言だと唾棄し、自分たちに都合の悪いことがあれば叩き出して罪を被せる。国の常套手段ですものね。いいですわよ、別に私は。拘束されようと処刑台に乗せられようと、この言葉を曲げるつもりはありませんの。


 誰が何と言おうと私は、って、ちょっと! やめろ! やめろって言ってんだよ! 聞こえない!?

 その眼、私が“悪女”だとでも言いたげな目ですわね。あなたのほうは悪女に騙されて洗脳された哀れな人を見る目ですわね。本当に馬鹿な人たちですわ。聖女が何ですの? 王子が何ですの? そんなに外聞が気になるなら真実なんて調べなければいいとわからないんですの?


 そもそもの話、もっと王子殿下がテーベさまに歩み寄って信頼関係があったのならば、初めに約束に遅れた時点で異変の原因を取り除くこともできたのではないですの? アネスさんの物を壊していたときにもっと対話の時間を取って事実確認を怠らなかったのなら、彼女の無実は早々に判明したはずですわ。

 階段から突き飛ばしてしまったとき、魔法訓練のとき、学校で無視されたとアネスさんが王子殿下に訴えられたとき、いくらでも機会はあったはずですわ! それなのにあなたたちがしたのは何ですの!? 疑って糾弾しただけではないですか。もっと彼女に歩み寄っていれば、結果は変わっていたとは思わないんですの?


 ええ、その目。もう何を言っても無意味だとは分かっていますわ。私の言葉もきっと届いていないのでしょうね。

 あの方はとても臆病で、警戒心が強い方でした。だから自分の中で全部完結させてしまったのですわね。問われなかったから答えなかった。ただそれだけのことなのでしょう。私も、王子殿下も、テーベさまのご友人たちでさえ、彼女の心を開くには事足りなかった。彼女自らに言葉を送ってもらえるような信頼を得ることはできなかった。

 力不足ですわね。私も、いえ、この世界も。


 過ぎてしまったことは戻りませんの。戻しては行けませんの。それは自然の摂理に反することになりますわ。

 だからもう、このようなことはやめた方がいいですわよ。いえ、やめろ。あの王子と聖女の外聞を補強したいだけ、それに事実を無視したこんな調査なんざ、やらねぇ方が良いに決まってる。都合の悪い言葉を戯言だと断じる奴らがなにをしたところで、いつか綻びが出るだけに決まってんだろ。


 離せって言ってんだろうが! 馬鹿どもが、ちっ、この国は終わりだな。あの我が儘王子とおつむの足りない聖女の国なんざ、居られるかってんだ。ああ? 爵位を捨ててこの国を出るんだから態度なんて関係ないだろうが。

 一人じゃ何もできない? それはそっくりそのまま帰してやるよ。私は幼い頃から虐げられてきたんでね、全部自分一人でできるし、失うものなんて何もないんだよ。じゃあな、時間の無駄過ぎて反吐が出る。

 テーベさまが自殺した理由? そんなの分かりきっていますでしょう。この世界が、私たちがあの方を見捨ててしまったから、彼女もこの世界を見捨てただけ。そんなことも考えなければわかりませんの? 本当に愚図どもの集まりなのですね、ここは。

誤字脱字があれば教えて下さると嬉しいです

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