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その1、一般的な事実

 将来、王妃になることを約束された女性がいた。

 テーベ=ティヴァイン。無愛想で(よわい)17の少女である。この世の自然に愛されたかのような新緑の瞳を持ち、目が覚めるほどの漆黒の髪を見れば一目で彼女と断ぜる程度にはその姿は知られている。

 落ちついた才女としても有名であり、不器用ながらも周りに笑顔を振りまく姿は健気でとても微笑ましく、彼女ならばやんちゃで我がままと評判の王子をも導けると内外から期待をされていた。


 そんなティヴァイン伯爵令嬢テーベの評判が一転したのは、留学生として隣国の侯爵令嬢、アネス・トローレルがやってきた頃合いからであろう。

 いままで一度も破ることの無かった友人たちとの約束の時間に遅れ、王子との公務の時間にも遅刻をし始めたのである。理由を問い正されても応えようとせず、ただだんまりを続けるばかり。そんな様子の彼女に寂しさを覚え、テーベとは正反対の性格をしているアネスに惹かれてしまうのも仕方のないことだったのかもしれない。


 アネスはテーベとは違い、天真爛漫という言葉が似合う人であった。貴族令嬢とは思えない言動をすることも多く、厨房に自ら入ってお菓子を作ったり、ぐいぐいと王子に近付いてその内心を当てて見せたり、普通の令嬢とは一味も二味も違う女性だった。


 そこからである。テーベによるアネスへのいじめが始まったのは。

 元からアネスのことを泥棒猫だの品の無い女だのと貶す声はあった。テーベが直接口にすることはなかったが、ある伯爵令息の問いかけには「下心しかない癖に」と毒を吐いたこともあったそうだ。

 いじめの内容としては、会う度にその言動について小言を言って泣かせたり、アネスの大切にしていた本や小物を壊したり、典型的なものが多かった。頭の回る彼女らしく、物を壊していた犯人はなかなか発見されていなかったのだが、彼女がいままさにアネスの私物を壊したという瞬間に目撃されてしまい、それが公のこととなった。


 その事実が広まっても、まだそれに猜疑の念を抱く物は多かった。テーベはそのときはまだ周りの者からの信用を集めていたのである。以前の彼女を知っている者からしてみれば、いくら嫉妬に駆られたとはいえそういった行動に移るとは思えなかったのである。


 だが、大勢を決するような事件を彼女は引き起こしてしまう。

 アネスを階段の踊り場から突き飛ばして落としたのである。目撃者がいないのならばアネスが一人声を上げたところで何も起こらなかっただろう。しかし、お茶会のすぐ後だったこともあり、その階段を使う者は多く、十数人の見ているところでそれをやってしまった。


 証言によれば、お茶会が終わったすぐ後にテーベはアネスを呼び止め、帰宅しようとする令嬢たちの列の最後尾に二人で歩いていたと言う。そして大きな音がして振り返れば、アネスが階段の下に倒れていたそうだ。幸い捻挫程度で済んだので命に別状はなかったが、結構な高さから落とされていて、骨折がなかったのが奇跡だと言われる状態だったらしい。

 そこにいた令嬢はテーベが階段の手すりに寄りかかりながら落ちたアネスを見て笑みを浮かべている姿を目撃したらしく、いつものような穏やかな笑みではなく、魔女のような笑い方だったと話していたそうだ。


 そこからテーベはアネスに対してどんどん態度を悪化させていき、その最たる例を上げるとするならば令嬢令息の集まる魔力訓練では実技の段階で暴発したという建前で攻撃魔法をアネスに向かってぶつけようとしたことだろう。制御訓練を以前からしていた彼女が失敗などするはずもなく、故意であることは明らかだったのだが、テーベは珍しく取り乱して素直に謝罪を述べた。悔しそうな表情をしていたという話を聞く限り、傷の一つも付けられなかったことが気に入らなかったのだろうという解釈が行われた。


 また、その頃から約束の時間に大幅に遅れたり、そのまますっぽかすということも増え、屋敷にも夜に出て行ったきり朝まで戻らないということが多くなった。男のところへ行って夢中になっているのではないかという噂が上がった途端、酷い隈も相まってその噂は助長され、彼女の家族でさえもどこに向かっているのか知らないと言ったことで平民の男と逢瀬しているのではないかと話は発展していった。

 自分の評価がどんどん落ちていることに苛立っているのか、行く先々の廊下でアネスだけでなく多くの人に体をぶつけたり、話しかけられた言葉を無視したりと以前とは別人のような横暴な態度が増えていく。

 そこまでテーベのことを擁護をしていた彼女の友人たちも、自分たちの言葉すらも聞き入れようとしない彼女に愛想を尽かし、離れて行った。


 その時点で彼女の周りには味方と呼べるような人間はもう既にいなくなっていた。

 そしてとある夜会の日、彼女は断罪されることとなる。

「君との婚約を破棄させてもらう」

 高らかに告げた王子の隣には不安そうな目で王子を見るアネスがいた。それに向かい合うのは鮮烈な紅の輝きを放つドレスを身に纏ったテーベ。

 王子は彼女が癇癪を起こすと踏んでいたのだろう。そこかしこに騎士を控えさせていたが、それは無駄に終わった。あっさりとテーベはそれを了承してしまったのである。


 会場が呆気に取られている間に、テーベはふらりと倒れた。気丈に振る舞ってはいたものの、精神的なショックは大きいのだろうと判断され、沙汰は追って連絡が行く事となり、そのまま家に送られた。彼女を運んだ騎士の話によると、その体はひどく軽かったそうだ。

 その翌日、テーベは行方不明になった。しかし、すぐに精霊の祠で発見された。婚約を破棄されたことを思い出し、冷静になって考えてしまうと耐えきれなくなって自殺したのだろう。

 こうして傲慢で我が儘な元王妃候補の少女は舞台から退場し、アネス・トローレルがその後釜へと選ばれた。“悪女”を退けた二人の物語はいまでも語られ、王妃を目指す令嬢たちの心に悪いことはしてはいけないと教訓を残している。


 ちなみに彼女の死後、彼女のものと思われる手記が見つかったらしいが、その内容は公開されることは無かった。きっとそれはアネスに対する罵倒や醜い嫉妬が書き綴られているのみで、衆目にさらすことなどできなかったのだろう。



 国立女学校 王国史の課題レポート〈“悪女”テーベ=ティヴァインについて〉

 ミューゼ・ドレットレーン

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