お前の弔辞を読むのなら。
“お前の弔辞を読むのなら”。俺は考えたことがある。
お前の弔辞を読むのなら、どんな言葉が適切か。何から話せばいいのだろうか。俺には何が言えるのだろうか。
お前の弔辞を読むのなら、俺は最初に言うことがある。きちんとこれを言っておかなきゃ、何も言うことが出来やしない。
お前の弔辞を読むのなら、俺は、お前に、文句を言いたい。
俺は、お前のことなど知らない。
俺たちは、確かに友人だ。中学からずっと、友人として遊んできた。
だからって、何でお前の弔辞を読まなきゃならない。お前のことなど知るものか。
俺たちは、友人だ。中学のときも、高校のときも、お前が専門に行っても、就職を始めても、俺たちは遊んできた。
ただ、それだけだ。お前のことなど知りはしない。
お前が高校で、誰と遊んでいたのか知らない。俺たちは別の高校だった。
お前が専門学校で、どんな学びをしたのか知らない。俺たちは、別の道を歩んでいた。
お前は、何が好物だ。好きな食べ物があるのか。飯なら何でもいいのか。じゃあ、嫌いな食べ物はないのか。
お前の、家は何処にある。住所を知らない。確か一度遊びに行ったが、何処かへ引っ越したんだろう。
お前が、遺したものはあるのか。そもそも遺品になるような物を持ってるか。精々ゲームぐらいだろ。
俺は、お前のことを知らない。お前は何かあれば俺を呼ぶが、お前が思ってるよりも、俺はお前を何も知らない。
俺たちは、中学の頃。教室に行けず別室に登校していた。それが何でか、ぐらいは知ってる。
お前は否定されていた。いわゆるいじめ、と言うやつだ。俺は詳しく聞いちゃいないが、痛く苦しく辛いものだろう。
お前は、ふざけていた。なんでもないような顔をしていた。狭い、会議室のような部屋に、いつだって来ていた。
俺は、お前の痛みを知らない。どれだけの恐怖を味わったのかも、どうしてそんな顔が出来るのかも。
知らない。知らない。一つも知らない。同情なんぞしてやらない。だから全部笑い飛ばしてやる。
お前は、いつだって何かを悩んでいた。馬鹿だからだ。少し突けば、考えても仕方のないようなことを悩み始める。
大体が、自分のことではない。周りとどう接するか。周りのためにどうしていけばいいのか。
やたらと頑固な自分を持ってるくせに、わけのわからん真面目さを持っていた。
お前は、馬鹿だ。馬鹿なら馬鹿なりに、誰かを頼ればいいというのに、一人で抱えて悩もうとする。
お前は、馬鹿だ。整理出来れば答えが出せるのに、自分のことをずっと、馬鹿で無能と思っていた。
お前の弔辞を読むのなら。死因は事故か、自殺だと思っていた。
お前は馬鹿で風邪を引かない。だから病死じゃないだろうと思っていた。
当たったな。常識外れで予想外でも、こういうところは想定内だ。
お前の弔辞を読むのなら。俺は、考えたことがある。お前の弔辞を読むのなら、俺はお前に文句を言いたい。
何を、死んでやがる、馬鹿が。
お前の弔辞を読むのなら、これは絶対言うと決めてた。仕方無さなど微塵もないのだ。
事故なら気をつけていればいい。もっと普段から、少しは気をつけて歩いてれば。俯いて歩くからだ。
自殺、なら、お前をなじると決めていた。どうせ一人で思い悩んで、相談せずに決めたんだろう。馬鹿だ。
決めたなら、俺に一言、言えと言ったろ。お別れぐらいは済まさせろと。何なら少しはなにかしてやると。
お前の弔辞を読むのなら、それが出来ていないということだ。葬式でお別れなんて、俺はしなくていいはずだから。
だから。お前に別れを言う代わり、文句と不満をぶちまけてやる。お前は言い返せないから、今日は俺の言ったもん勝ちだ。
何、死んでやがる。ふざけんのも大概にしろよ。相談にも乗らせねえで、何やってんだ。話は聞くって言っただろうが。
馬鹿じゃねえのか。ああ馬鹿か。お前はずっと馬鹿だった。不器用で何も出来なくて、そのくせ無駄に悩みに悩んで。
お前は、少しの後押しがあれば、少しは上手く生きられた。だってお前には力があって、誰より人間らしいから。
馬鹿が。大馬鹿だ。お前は。
無駄に自分を否定しやがって。無駄に人生を悲観しやがって。無駄に周りを気遣いやがって。お前は、お前は。
お前は何もわかっちゃいない。お前の強さも面白さも美しさも何もかも。
お前は何もわかっちゃいない。お前が居なくなった世界で、俺がどれだけ寂しいか。
あぁ、寂しいさ。当たり前だろうが。親友と、急に連絡がつかなくなって、遊べなくなるんだ。
俺はお前にとってそんな程度だったかよ。“じゃあな”の一言すら言いたくないってか。ふざけんな。ふざけんなよ。なぁ。
お前が死んだって、悲しくない。どうせいつか人は死ぬ。出会いも別れも突然で、確かに仕方ないもんだ。でも。
ちゃんと別れが言えたって、寂しいもんは寂しいんだ。それが別れも言えなかったら、俺はどうすりゃいいっていうんだ。
なぁ。お前の弔辞を読むのなら、俺は言いたいことがある。俺らを遺して死んだお前に、一つ言いたいことがある。
お前が死んだって、何も変わらない。お前が死んだって、社会はそのまま回る。お前が死んだって、俺らは生活しなきゃならない。
お前が死んだって、月は綺麗だ。お前が死んだって、風は気持ちいもんだ。お前が死んだって。お前が死んだって。
お前が死んだって、俺らは幸せに生きてやる。
悲しくて仕方なくて忘れられなくて、ずっと落ち込んで何もできなくなることなんてない。
だから、お前が死んだなら。俺は、お前を一生、馬鹿野郎として語ってやるぞ。
幸せな人生を送って、ジジイになるのか知らねえけど、周りの奴らに、“若いとき死んだ俺の友人は、こんなにも馬鹿で阿呆だった”って。
いいのかよ。知らねえぞ。今すぐやめろと言わないんなら、俺はそうして生きてやる。
なぁ。
やっぱりお前は、死んだんだな。いつもなら、半笑いでやめろって、声を裏返らせて言って。俺はからかって笑うはずだ。
なら仕方ねえ。仕方ねえよ。お前が死んだんなら、仕方ねえから。
お前を、絶対、忘れてやるものか。嫌がらせとして、ずぅっと語って生きてやる。
いつかお前を見かけたときに、何言ってきても知らねえぞ。むしろ俺がお前を叩いて、何してたんだと聞きたいぐらいだ。
お前は本当大馬鹿で、仕方のねえやつだな。
仕方ねえから、気にせず、成仏でもなんでもしろ。俺も気にせず、お前の話をしてやろう。
あぁでも。墓参りは期待するな。
じゃあな。
20xx年 x月xx日。大馬鹿者の友人へ。
……俺はこんなの読みたくないから、ちゃんと連絡するように。
お前は馬鹿で阿呆なのだから、人に頼って生きりゃあいい。他人の事情は気にするな。
少なくとも、俺とあいつはお前の味方で、いつでも話を聞いてやる。