空白
厚いシェルタの扉が開かれた。
それを見つめながら、俺は隊長ならどうするだろう、と考えていた。
いつも大切なことは思い出せない。
扉みたいに、必要な時に開くとは限らない。
完全に開ききったので、その縁から暗いシェルタを覗き込んだ。
一瞬遅れてシェルタ内に明かりが灯る。
「ヨガサ」
「どうしたんですか?」
「誰もいない」
「そんな……」
「もぬけの殻だ」
彼女は項垂れている。
「もう他のところへ行ったか、そもそも、ここに来てないかだ」
俺はシェルタの扉をくぐり、中に入った。
もし、比較的新しい人の痕跡があるなら、と思った。
しゃがんで床を指で軽く擦った。
積もった埃。
「誰もこなかったみたいだ」
俺は振り返った。
「どうしてです? ここが指定の避難所ですよ」
「他に帰る場所があるからだ。みんな、終わりの時にはそこにいたがる。自分の終わりを、自分の知っている場所で終わらせる権利くらい、みんな持ってるからな」
「そうですか。最後くらいは、自分の知ってる人といたいですけど」
ヨガサは首を傾げた。
「一緒さ。人も、場所も」
俺は立ち上がった。ここにいるべきだった住民を見つけなければならない。
「ここいらの人が集まりやすい場所って?」
「ないと思いますよ。四方八方が瓦礫の山ですからね」
「とりあえず、サタケに聞いてみるよ。もしかしたら、知ってるかもな」
「付いていきます」
俺は言った。
彼女に付いてこられるのは、迷惑なのだ。
まず、危険だ。そして、俺は、彼女が苦手だ。嫌いなわけではない。
「ヨガサは、戻ったほうがいい」
「どうして?」
「どうしてもだ」
むすっとした顔をして、彼女は俺から目をそらした。
どうも扱えない。
どうも落ち着かない。
彼女といると。
「わかった、降参だ」
俺は言った。
「なにが、わかったんです」
「ヨガサの気持ちだ」
「わかるんですか? ほんとに?」
「つまり、君の気持ちを勝手に解釈させてもらったってことだ」
「そうですか」
「サタケのところに行く」
「はい」
彼女は俺の隣に並んだ。
俺はため息をついた。
「どうしたんですか? ため息なんかついて」
彼女の方を見ると、ニヤリと悪戯そうに口を歪めていた。
「気にするな」
俺は頭を抱えた。
痛む頭に、装置が反応する。
俺は死ぬまでこいつと付き合わなければならない。
望んで受け入れたわけではない。
外に出ると、朝日が顔を見せていた。
目の奥に刺さるようなこの感覚には、いつまでも慣れない。