きっかけ
それから五分ほど歩いたあと、ヨガサは急に立ち止まって、俺を見た。
「ここです」
コラプス・シェルタのことを言っているのだと、少し遅れて気づいた。
どこかの会社が独自の技術で製造した避難所で、俺もそれ以上の詳しいことは知らなかった。
ただ、外部から内部に影響を与えるのは非常に困難で、最後の大戦を経てもなおその機能を維持している恐ろしいシロモノだ。
「この建物の中か」
「はい」
建物の中にシェルタがあるなんて珍しいな、と思った。
「ここ、公民館だったんです」
俺は一瞬罠であるかを疑った。待ち伏せなんかされたらひとたまりもない。だけど、これ以上彼女に追求しても意味がないと感じたので、やめておいた。
俺は彼女を疑っていない。
理由はわからない。
昔の恋人に似ているわけでもない。
ただ、マイペースで、俺から働きかけてもどうしようもないところが、昔つけていたアナログの腕時計に似ていた。
つまり、俺はこいつのいうことを聞かないと、あとあと大変になるって寸法だ。
「入ろう」
「はい」
公民館の中は思ったよりも綺麗だ。ここの人たちの努力が感じられる出来だ。
ヨガサはぼけっと突っ立っている。
「何してる。早く行こう」
俺は振り返った。
「あの、それが……」
彼女が指をさした。
ランプがある。もっとも、電源はオフになっているようだが。
「空気が供給されてないんです…」
俺はシェルタに飛びついた。
ハッチに、水密ハンドルらしきものはない。
俺はハッチを乱暴に叩いた。
「おい、大丈夫か!」
声が聞こえない。
「ヨガサ、どこかに非常用のコンソールがないか?」
俺は振り返って叫んだ。
「えぇっと、この公民館のどこかにあるはずなんですけど……」
彼女はすこし怖気付いたようだった。あまり、大きな声を出すのは良くないと、俺はすこし反省した。
「探しに行こう」
俺はすこしはやめの歩調で歩き出す。
ともかく、このシェルタの蓋を開けなければならない。
人の命がかかっている。
さっきまで銃のトリガを引いていた指で今度はドアを開けようとしている。
人の命を奪った手が、人の命を救おうとしている。
贖罪のためだろうか。
俺は、許されたいのだろうか。
誰に?
なんのために?
許されて何になる?
心の平穏は、感情増幅装置で得られる。
人を殺すとで得られる許しもある。
だから、人を殺すことを、俺はなんとも感じない。
だから、機械化された感情は、人格を拒む。
では、なぜ?
なぜ、俺は彼らを助ける?
理由もなしに、
人を助けることに、
一体なんの意味がある?
わからなかった。
ただ、俺の最後の良心というやつかもしれない、と思った。
だが、そんな問答もコンソールの前に来たら霧散してしまった。
まるでコーヒーに砂糖をひとさじ入れた時みたいな、
黒で見えなくなった。
俺は顔もおぼろげになって来た、隊長の気持ちが少しわかったような気がした。
すこしだけ。
ひとさじぶんだけ。