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旅館

 しばらくすると、旅館が見えてきた。

 思ったよりも古風な出で立ちだ。

 古風にすぎる。

 こんな何世代も前の引き戸なんて、久しぶりに見た。

 センサがみえない。

 どうやら、手動式のようだ。

 これは初めてだ。

 俺は先ほどまで吸っていた煙草を適当にもみ消して投げ捨てた。

 こうやって全体を見ても、やはり他と不釣り合いな見た目だ。

 俺は深いため息とともに、歩き出した。

 戸を引くと、ぼんやりとした明るさが俺を出迎えた。

「いらっしゃい」

 だいぶ若い声だった。

 声の主は、カウンタの奥にいるようだ。

 しばらく、待っている。

 廊下は広く、玄関も大きい。

 光の加減のせいか、周囲のコントラストがやけに強い。

「お待たせ。おひとりさま?」

 若い女だった。

 二十歳くらいだろうか。

 和服を着ていた。

 これも珍しい。

 何世紀も前に失われたものだと思っていた。

 便利だけを追い求めて、行き着くところまで行き着いたと、そう思っていたのに。

「見たとおりだろ」

「そうですか」

 彼女はにこりと笑ってからまた奥へ引っ込んでいった。

 俺はなんだか落ち着かない気持ちだった。

 俺だけが浮かんでいるような、一枚薄い壁を隔てているような、そんな気分だった。

 良い気分ではない。

 カウンタに人が戻ってきた。

「こちらです。案内しますよ」

 手振りで廊下を歩くよう指示される。

 これも古風なやつだ。

 廊下の明かりは蛍光灯だった。

 コラプス・シェルタの初開発よりもずっと前にはスタンダードだったやつだ。

 俺は彼女の後ろをゆっくりとついていく。

 子供の頃の夏の日を思い出すような気持ちだった。

 まだ純粋で、

 なにも知らずに、

 なにも考えずに遊んでいた、

 そんな気分。

 真っ白なキャンバスに、好きなように絵を描いていた。

 今ではとてもそんなことはできない。

 やるには、いろいろなことを経験し過ぎてしまった。

 視界が歪む。

 胸が苦しくなる。

 よくあることだ。

 立ち止まって、深呼吸すればすぐ治る。

 こんな時は、いつもそうしてきた。

 感情増幅装置(フリーケンシィ・デバイス)の誤作動。

 本来は戦闘状況で生存本能と殺意の増幅のために使われるものだが……。

 俺はうなじについている面倒なトゲに触れた。

 この体は、不便だ。

「どうかしました?」

 彼女はいつの間にか振り返っていた。

「なんでもない。ただ……」

「ただ?」

 彼女は小首を傾げる。

 お客用の営業スマイル付きだ。

 反応に困っているのだろう。

「世の中、いろんなことがあるなって、そう思っただけだ」

「そうですか」

 彼女は笑った。

 若いな、と思った。

 きっと、戦後の生まれだ。

 こんな笑えない状況で、これが普通と思えるなんて。

 少し悲しい気分になった。

 これは、俺たちの罪だった。

「ここですよ」

 彼女は言った。

 よく接客に慣れているのだと思った。

「助かる」

 彼女の手からキィカードを受け取る。

 もう驚かなかった。









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