チャールダシュ その二
するりと物陰に滑り込んだ。
まず間違いなく、敵は複数だ。
俺は手に持っている拳銃を睨みつけた。
耳をすませた。
奴らの足音。
硬い足音だ。すぐにわかった。
近づいてくる。
大丈夫。
タイミングも完璧に取れる。
止まった。
足音は三つ分。おそらく、ほかに隠れているやつもいるだろう。
なにも考えなくていい。
コンバットナイフの位置を確認した。
装置が無理に俺の気分を昂らせる。
通りに飛び出す。
一人が横腹を見せている。
完璧。
三発。
二発は外れた。
一発が首筋に当たる。
こちらが一歩上手。
敵の銃弾が、俺を追跡する。
威嚇に一発、マガジンは残り9。
目の前の路地に突っ込む。
視界の端に寄せてくる敵が見える。
装置の勝手が良くない。
悪寒。
顔を上げる。
敵影なし。
ではどこに?
通路の先にも影はない。
「待ちなさい、並科瑞禍」
名前を呼ばれた。シヒラだ。
だが、止まったら撃たれる。
「ヨガサがどうなってもいいの?」
思考が止まる。
「なんだと?」
俺は振り返った。敵が二人。
見てわかるほどの初心者だ。
その後ろに、シヒラがいる。機械化軽装胸甲騎兵に連れられたヨガサもだ。
銃を突きつけられていた。
「人質か、まるで悪党だな」
「ええ、そう思うわ。みんなそう」
シヒラが嘲るように言った。
俺は指をトリガーガードに引っ掛けながら、両手を上げる。
「物分かりが良くて助かるわ、そこのガキと違ってね」
彼女はヨガサを一瞥して、俺に向き直る。「残念ね、ここで愛の逃避行はおしまい」
「随分と都合が良いな、いろいろと」
彼女はなにかを言いかけたが、押し黙る。
代わりに、手を挙げた。
後ろで大きな音がした。
不味い!
そう思った時には、背中に何かを突き立てられていた。
振り向く。
男。
強化外骨格の男。
あぁ、そうか。
そういうことか。
三文芝居だ。
お節介だ。
隊長は、
言ったのだ。
なにを?
思い出せない。
気持ちの良くない眠気が襲ってくる。
抗えないような、
深く沈むような、
求められていない類の眠り。
「まさか彼女まで使わせるなんて」
女が言った。濡鴉の、腰まであるような髪で、その物言いからは想像できない、幼い顔立ちをしている。
目の前には、外骨格に身を包んだ、筋骨隆々の男。
「まぁまぁ、あいつの機転で一つ、良い身体が手に入ったんだから」
男は、地面に倒れこんでピクリとも動かない彼に目をやる。
「これ、使えるのよね?」
女は、彼にひと蹴りいれてから、言った。
「ディアクティブにすれば良い」
男は、彼の持っていた銃を、値踏みをするように弄り回している。
「そう。やっておいて。あとはポッドに入れて導入すれば良いわ。こいつ、どうせ国軍でしょう?」
「だろうな。装置のインストール跡がある」
男は、しばらく彼の衣服をまさぐっていたが、お目当ての煙草とライターが見つかったようで、よいしょ、なんて言いながら立ち上がった。
「ちょっと、ちぎらないでよ? 私たちに必要なモノだわ、それは」
「わぁってるよ」
男は慣れた手つきで、煙草をくわえ、ヤスリをこすった。
火がつかない。
何回やっても火のつく気配がしないので、男はライターを投げ捨て、汚らしい唾とともに煙草を吐き捨てた。
「チッ、この貧乏野郎」
「良いから、運ぶわよ」
女が言うと、男はなにやら悪態をつきながら彼を担ぐ。
路地裏から彼女らが消えるまで数分はあったが、彼女はその間ずっと、口許を歪めていた。




