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to decide  作者: 村瀬誠
第三章:秘められし真実
8/30

第一話:魔術師ウェロル

クロ「…ん、ここ…どこ?」


???「気が付いたか。」


クロが目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。

そして視界の端にローブを身に纏った長髪の男が一人佇んでいた。


クロ「…だれ?」


ウェロル「それは私の方が聞きたいのだがな。私はウェロル、君は?」


クロ「…クロ。」


ウェロル「クロか。…起きてからの反応を見るに、私に敵対する者ではなさそうだな。」


クロ「…たすけて、くれたの?」


クロはベッドのようなものに横たわっており、体には毛布と思わしきものがかかっていた。


ウェロル「助けたというよりは私自身のためだな。君のようなものがいると、魔物が寄ってくる。騒音は嫌いでね、仕方なく君をここに運んできた。」


状況から察するに、ここはこのウェロルと名乗る人物の住処のようだ。


クロ「…。」


ウェロル「なんだね、何か言いたそうだが。」


クロ「…あなたは、なにもの?」


ウェロル「そういったことは、まず君から名乗ってほしいものだがな。危険はないと判断したが、見ず知らずの者を私は自分のテリトリーに入れているのだぞ?」


クロ「…クロ。…ゆうしゃクレイスの、なかま。」


ウェロル「ほう、勇者か。とうとうこの地に現れたか。」


これまで出会ってきた魔族同様、ウェロルも勇者という単語を聞いてもさほど動じなかった。


ウェロル「それで、君は何故あのような場所に倒れていたのだ?」


クロ「…どこに、たおれていたの?」


ウェロル「その質問をするということは、自らの意思でここまでやってきた訳ではないということか。」


ウェロル「状況を説明すると、この山の中腹に倒れていたのだよ、君は。私が家で作業をしていると衝撃音が聞こえてね。何事かと思い外に出て確認したところ、倒れている君を発見した。」


ウェロル「そのまま放置しても良かったのだが、魔物に見つかると面倒なのでね、わざわざここまで運んできたのだよ。」


クロ「…そう。」


ウェロル「さて、これが私が持ちうる君の望む情報の全てだ。次は君の番だ、先程の発言から察するに他に仲間がいたのだろう。なぜ君一人だけがあのような場所に?」


クロ「…でぃばるばにとばされた。」


ウェロル「ディバルバ…。それはまた厄介な奴に出くわしたな。」


クロ「…しってるの?」


ウェロル「奴は、魔王に遣える結魔の中でも戦闘能力に長けている。特にあの魔剣ミスティア・アブソーバーは魔法使いの天敵といっても過言ではないからな。」


どこか見知った風に話すウェロル。

魔族も、魔物すらあまり寄り付かないこんな山の中で暮らしている彼でさえあのディバルバの情報を掴んでいるとなると、奴を危険視する声はどこにいても聴こえてくるのだろう。


ウェロル「そして、ディバルバに遭遇し、ここまで飛ばされてきたと?」


クロ「…たぶん。」


ウェロル「相変わらず常識外れの腕力だな。こんな誰も寄り付かない山まで吹き飛ばすとはな。」


クロ「…ここは、どこにあるの?」


ウェロル「魔王城から見て南東に位置する。ここからでは見えないが、山頂に行けば毒霧の森林も見えるぞ。」


クロ「…そんなに…。」


ウェロル「仲間の元へ帰りたいか。」


クロ「…ん。」


ウェロル「だが今は安静にしておけ。軽く看たが、恐らく背骨にヒビが入っている。背中から強く打ち付けたのだろうな、他にも打撲の跡が見られる。」


クロ「…うぇろるは、いしゃ?」


ウェロル「いや、魔術師を名乗る一介の研究者だ。」


クロ「…まじゅつ、し?」


ウェロル「魔力を用いた等価交換の儀式、といったところか。」


クロ「…まほうじゃ、ない?」


ウェロル「説明すると長くなるが、魔法は主に自らの魔力を用いて様々な事象を具現化させる。」


ウェロル「物質を燃焼させたり、空気に干渉し風を起こしたり、土を増幅させ盾にしたりとな。」


ウェロル「一方魔術は、魔力と、場合によってはその他に材料を用意し、それと引き換えにその事象を引き起こす。」


クロ「…?おなじじゃ、ない?」


ウェロル「言葉で説明してもやはりピンとこないか。どれ、軽く実演して見せよう。」


立ち上がったウェロルは手の平を上に向け自分の顔の位置まで上げると、炎の玉を作り出した。


ウェロル「ファイヤ・ボール。これが魔法だ。この玉は、私の加減次第でその大きさを変えることができる。」


作り出した炎の玉を、ウェロルは意図的に縮小させたり膨張させたりする。


ウェロル「そしてこの玉は、私が魔力の供給をやめない限り、この場に存在し続ける。一方魔術で作り出す炎の玉は…。」


一旦炎の玉を消し、何やら言葉を唱える。

それは魔法の詠唱とも違う、どこか型に嵌ったような言葉であった。


ウェロル「万物を燃やす赤き炎よ、我が手中に集いてその姿を示せ。」


すると、先程と同じように手の平に炎の玉が出現。


クロ「…詠唱?」


ウェロル「詠唱とは少し異なるな。これは呪文と言い、これを唱えることにより、一定の魔力を消費し事象を引き起こす。詠唱は魔法を行使する上での補助的な役割だが、呪文を用いた魔術の場合、これを唱えなければ決して魔術は発動できない。」


ウェロル「そしてこの炎の玉だが、消費した魔力が尽きない限りは消えることはない。ただし魔法とは違い己の意思でこれを制御することはできないため、これより巨大な炎の玉を作ろうとする場合、別の呪文を唱える必要がある。」


魔力が尽きたのか、ウェロルの手の平の炎の玉が音もなく消える。


ウェロル「魔術には、大きく分けて三つの種類ある。」


ウェロル「一つは、先程見せた呪文。特定の言葉の羅列を唱えることにより事象を具現化させる。」


ウェロル「二つ目は魔法陣。特定の陣を描くことにより魔力を用いて事象を具現化させる。この時、陣を描く物の材質や描かれた物の性質によって起こる事象が変化する。この時、合わせて呪文を唱える場合もある。」


ウェロル「最後は祭壇。魔力や供物として捧げるものを祭壇へ捧げることによって、事象を具現化させる。祭壇を用いる場合、合わせて呪文を唱えたり魔法陣を描くこともある。」


ウェロル「いずれも共通しているのは、起こりうる事象は全て固定されているということ。自らの意思によってその事象の大小をコントロールできる魔法とは使い勝手が違う。」


ウェロル「要は融通が利かないのだ。しかし魔術は、その特性故万人が扱うことができる。老若男女問わずその魔術を行使するためのプロセスを把握していれば、あとはそれに準えるだけだ。」


ウェロル「魔法は、扱う人物のコンディションに大きく作用される。万全の状態であればその力を十分に発揮できるが、疲弊したり魔力が枯渇したり集中力を欠けば、その精度は落ちる。その点、魔術は必要なものさえ揃えば、どんな事象でも具現化できる。」


ウェロル「唯一欠点を挙げるとするならば、魔法とは違い初期段階で魔力を一括で消費するため、連続して魔術を行使する場合魔力欠乏症になりやすいということか。」


本人の意思によってその事象をコントロールするのが魔法。

本人の意思に関わらず事象を引き起こすことができるのが魔術。

二つとも事象を具現化させるという点では同じだが、その性質は大きく異なる。


クロ「…。」


ウェロル「っと、すまないね。自身の興味のある分野なのでな、つい語ってしまった。」


クロ「…べんきょうに、なった。」


ウェロル「聞いていて退屈だったろう。」


クロ「…むずかしいかったけど、たいくつじゃなかった。」


ウェロル「そうか。…では、一息付いたところで新たな問題だ。」


クロ「…?」


ウェロル「これからどうするかだ。君が回復するまでこの家に置いておくのは構わないが、その間私は君の世話をしなくてはならない。だが、生憎と私は他人の世話というものをしたことがなくてね。どうすればいいのかさっぱり分からない。」


クロ「…ほっといて、くれれば。」


ウェロル「そうは言うが、君と私とでは根本的に生活スタイルが違うだろう。」


ウェロル「いや、この場合は習慣と言った方がいいか。君は食事というものをするのだろう?しかしここには君が口にできそうな食物は何もない。探しに行こうにもここは魔界だ、人間が口にできるものは恐らくないだろう。」


クロ「…それなら。」


クロはポケットをまさぐり魔鉱石の入った袋を取り出す。


クロ「…ごはんは、ある。」


ウェロル「そこに食料が入っているのか?」


クロ「…ん、アキナが、ねんのためにって。」


道中、食料の管理をしているアキナが、万が一のことを考え全員に一ヶ月分の食料を予め分配していたのだ。


ウェロル「非常時の備えは重要だ。機転の利く仲間がいて助かったな。」


ウェロル「だが、それでも問題はある。」


クロ「…?」


ウェロル「私は調理というものをしたことがない。」


ウェロル「人間は食材を加工しそれを食すことによって栄養を得るのだろう?知識として知ってはいるが、生憎とそれを実践できる環境ではないしな。」


クロ「…じゃあ、おしえる。」


ウェロル「ふむ、私にもできるのだろうか。」


クロ「…にたり、やいたりできれば、だいたいだいじょうぶ。」


ウェロル「なるほど、そのくらいなら出来そうだな。」


…。


それから数時間後。

日が落ちてきたということもあり、クロの指導の元、ウェロルは今宵初めて包丁というものを握った。


ウェロル「これで、完成か…?」


クロ「…ん、かんせい。」


ウェロルの目の前には火にかけた大釜が。

中には一口サイズにカットされた野菜や肉が、アキナ特製調味料と共に煮込まれていた。


ウェロル「それにしても興味深い…人間は調理をする際、このような道具を用いるのか。」


食材をカットした包丁やまな板に興味津々な様子のウェロル。


クロ「…めずらしい?」


ウェロル「ああ、大釜などは魔術を検証する際などに使用したりするが…やはり多少使い勝手は違うな。」


ウェロル「さて、体を起こそうか。そのままでは食えんだろう。」


ウェロルの手を借りて起き上がるクロ。

そして、煮込まれたスープを器に移し盆に乗せ渡す。


クロ「…うぇろるは、たべないの?」


ウェロル「ん?私は魔族だからな、栄養を摂取する必要はない。」


クロ「…でも、おいしそうだよ?」


ウェロル「君はお人好しだな。そこまで切羽詰った状況ではないとはいえ、君は今仲間と連絡が取れず自分の居場所すら把握できていないだろう。仲間と合流できるまで、食材は節約した方がいいのではないか?」


クロ「…せっかく、うぇろるがつくってくれたから。」


クロ「…たべてみて、ほしい。」


ウェロル「…。」


ウェロル「ふむ、人間が口にするものがどういうものなのか、確かめてみる程度ならいいだろう。」


クロ「…ん、たべて。」


クロの厚意に甘え、ウェロルは自分用に器にスープを少量盛り椅子に座った。


ウェロル「では、いただこうか。」


クロ「…いただきます。」


…。


ウェロル「いやはや、なんとも不思議な感触であったな。」


クロ「…おいしかった?」


ウェロル「味、というものは感じることができたが、それが美味であったかどうかと問われると…。分からぬな、だが体が拒絶するということはなかった。」


クロ「…なら、よかった。」


ウェロル「というよりも私としては君の意見の方が気になるな。これまでに何度も食事というものしてきたのであろう?その君の意見を私は聞きたい。」


クロ「…ふつう?」


ウェロル「可もなく不可もなくといったところか…。」


クロ「…はじめてであれなら、じょうでき。」


ウェロル「ここは素直に喜んでおくとしよう。」


ウェロル「…。一瞬、魔術の研究に飽きたら料理の研究でも始めようかとも思ったが、魔界では無理だな。食材が入手できない。」


未知に関する関心が高いようで料理に興味を示すウェロルだったが、それが望める環境でないことを思い出し嘆く。


クロ「…まじゅつのけんきゅうって、なにをするの?」


ウェロル「既にある術式を発動させたり、新たに発見した術式の事象を確認したりとかだな。」


ウェロル「術式の確認が済んだら、今度はその術式を少し違う形で行い差異を確かめたりと…そういった感じだな。」


クロ「…ちがうかたち?」


ウェロル「例えば呪文のある単語を別の単語に置き換えたり、魔法陣に線を一本描き加えたり、祭壇に捧げる供物の一つを別のものに置き換えたりといった感じだ。」


ウェロル「魔術というものは、その術式から大きく外れるものでなければ、それを正確に準える必要はないのだ。なにか別のもので代用したりといった応用が利く。」


ウェロル「ただし余りにも元の術式から外れた魔術を行使すると、代償を伴う。」


クロ「…だいしょう?」


ウェロル「代償は魔術を行った者の肉体の損害さ。軽いもので言えばかすり傷などで済むが、最悪の場合命を落とすことも十分あり得る。その境界線を見極めるために、日々研究しているのだ。」


クロ「…すごいね、うぇろるは。」


ウェロル「好きでやっていることだからな、別段なにかの役に立っているというわけでもない。この世に具現化できる事象の大半は、魔法を使えば実現可能だ。わざわざ型に嵌った融通の利かない魔術を使う必要などないからな。」


ウェロル「それに、魔術はその性質上即時性に欠ける。予め術式を頭に入れておき、必要なものを揃えておかなければならない。どうしても発動までにタイムラグが生じる。」


ウェロル「魔法はその点小回りが利くからな、実用性で言えば魔法の方が圧倒的に高い。」


クロ「…それでもうぇろるは、まじゅつがすき?」


ウェロル「興味がないものをわざわざ研究しようなどとは思わないさ。さて…。」


ウェロル「慣れないことをしたせいか疲労が溜まってきているな、今日は早めに就寝するか。」


クロ「…ベッド…。」


ウェロル「ん?ああ、君はそのままそこを使ってくれて構わないよ。私は向こうのソファで十分だ。」


クロ「…でも。」


ウェロル「よく研究をしている最中に寝てしまって、朝目覚めてみると床に転がっていて木目の跡が頬についていることなどざらにある。それに比べればマシであろう。」


ウェロル「それに、寝相…?といったものがあるらしいではないか。もし君がなにかの拍子に床に転がり落ちてもみろ、傷が悪化し治りが遅くなるぞ。」


ウェロル「大人しくそのベッドを使え、怪我人が遠慮をするな。」


クロ「…ん、ありがと。」


ウェロル「では、灯りを消すぞ。」


クロ「…おやすみなさい。」


満身創痍の中クロは、ウェロルに拾われその身を彼の家に置くこととなった。

辺境の地に住まう自称魔術研究者のウェロル。

不思議な青年との出会いが、後のクロの運命を大きく変える。

そしてこの時クロはあることを考えていた。

表には出さないが、ディバルバとの戦闘において役に立てなかったという後悔が、クロに決断させる。

ディバルバを打ち倒す力を、手に入れたいと…。


…。


それから十日が経ち、クロはようやく自力で起き上がることができるまでに回復した。


ウェロル「うむ、人間にしては驚異的なスピードで回復したな。」


クロ「…もう、だいじょうぶ。」


ウェロル「そうか、仲間を探しに行くか?」


クロは首を横に振る。


ウェロル「ん?あれほど心配していたではないか。」


クロ「…そう、だけど…。」


ウェロル「ふむ、なにか気がかりなことでもあるのか?」


クロ「…いまのままじゃ、でぃばるばにかてない。」


ウェロル「話を聞く限りでは、クレイスという勇者が残っていたのであろう?その者が倒した、とは考えられないか?」


クロ「…でも、ぼくがたおせなかったのは、じじつ。」


ウェロル「…つまりは、この先ディバルバ以上の強敵が現れないとも限らない。魔王に挑む以上、今以上の力を身に付けなければならない。…といったところか?」


クロ「…ん、あたり。」


ウェロル「だが、今から特訓を始めたとしても、成果が出るのは当分先だろう。やっても無駄ということはないだろうが、微々たる差であろう。」


ウェロル「それに、この十日間はほぼ寝たきりだったのだ。以前より筋力も落ちているだろう、それを以前の状態まで戻すのにも時間はかかる。」


ウェロル「唯一の光明といえば魔法の強化くらいだが、君の戦闘スタイルとでは相性が悪い。」


ウェロル「…となればどうする、他に方法など…。」


言葉の続きを遮るように、クロはウェロルを指差す。


クロ「…まじゅつが、ある。」


ウェロル「…私から教わろうというのか、魔術を。」


クロ「…ん、おしえてほしい。」


ウェロル「悪いことは言わん、やめておいた方がいい。ディバルバを倒せるレベルの魔術ともなれば、かなりの魔力が必要となる。」


ウェロル「まあ君レベルでも問題はないとは思うが、それでもやめておけ。」


クロ「…どうして?」


ウェロル「…高レベルの魔術となると、必要な魔力や材料の他に『代償』が伴うからだ。」


クロ「…だいしょう…。」


ウェロル「魔術の行使に失敗するとペナルティとして代償を求められるが、それと似たようなものだ。」


ウェロル「違いを挙げるとするならば、支払う代償が定まっていることと、代償を支払うタイミングだな。」


ウェロル「通常の魔術であれば、失敗した際魔術自体は事象を具現化させる。それが意図せぬものだとしてもな。そして、事象が具現化した直後に代償を求められる。」


ウェロル「対して高レベルの魔術は、代償も含めて、事前に全ての工程を完了させない限り魔術は発動しない。しかも失敗すれば、また支払った代償とは別の代償を求められる。」


ウェロル「つまりは、自身の代償が、魔術に必須ということだ。更に言えば、高レベルの魔術ともなれば支払う代償はそれなりのものとなる。中には、自らの命を捧げる魔術も存在するらしい。」


ウェロル「だから…。」


クロ「…かんけい、ない。」


ウェロル「…。」


その危険性を解き、考えを改めさせようとするウェロルだったが、クロの意思は固かった。


クロ「…まおうをたおすためなら、なんだってする。」


ウェロル「…決意は固い、そういうことか。」


コクりとクロが頷く。


クロ「…レイは、ぼくをたすけてくれた。」


クロ「…かぞくだって、いってくれた。」


クロ「…だから、こんどはぼくのばん。」


クロ「…レイは、まおうをたおすことがいちばんのもくてきだから。」


クロ「…それを、てつだいたい。」


ウェロル「…。」


見上げるその赤い瞳の奥にある強い意志をウェロルは感じ取る。


ウェロル「…ふぅ。どうやら譲る気はないらしいな。」


クロ「…ん。」


ウェロル「分かった、魔術を教えよう。だが術式だけを教えるつもりはないぞ。魔術もある程度の知識は必要だ、物事の理解が深ければ、それだけ多くのことに対処できる。」


ウェロル「という訳で魔術の基礎から学んでもらうことになるが、いいな?」


クロ「…わかった。」


ウェロル「よし、では時間が惜しい…早速始めるとしよう。」


そして三日間の間、ウェロルによる魔術講座が開始された。


ウェロル「いいか、魔術は魔法とは違い事象をイメージする必要はない。術式を準える中に魔力の注入という工程があるに過ぎない。だから魔力を正確に注ぎ込む必要がある。多すぎれば暴発し、少なすぎれば発動しない。」


クロ「…ん。」


魔法との相違点などを細かく指導され、それを学んでいく。


ウェロル「呪文の場合、魔力を注ぎ込むのは手の平だ。事象をイメージする必要はないと先日言ったが、魔力を注入する際は正確に、的確な量の魔力を注入することを意識しておかなければならない。」


ウェロル「そして魔法陣の場合は魔法陣に、祭壇の場合は祭壇に、それぞれ魔力を注入するイメージだ。」


クロ「…ん。」


魔術について学んでいく中で、クロはどんどんその知識を吸収していった。

魔法は感覚に頼った部分が大きいが、魔術はまるで式を組み立て解を導き出すような緻密さが求められる。

魔術はその一つ一つの術式を理解しなければならず、またその術式の数も膨大。

何かが一つでも決定的に間違えればその全てが無駄になる、それが魔術である。


…。


そして三日後。


ウェロル「よし、これで魔術を扱う上での知識は一通り教えた。後は、君がどんな魔術を欲しているかだな。」


クロ「…まおうを、たおせるまじゅつ。」


ウェロル「それは分かっているが漠然としすぎだ…。もう少し具体的に挙げてもらわなければ。」


クロ「…どんなまじゅつが、ある?」


ウェロル「そうだな。…術式に関して、私がまとめたものがある。それを見てもらった方が早いかもしれないな。」


そう言ってウェロルは奥の部屋と行き、手に紙の束を持ち戻ってきた。


ウェロル「製本はせずに紐でまとめてあるだけだが、まあ目を通すだけなら問題ないだろう。」


持ってきた紙の束をテーブルの上に置く。

それはいくつかの種類別に分けられているようだ。


ウェロル「一つの束につき大体十から二十の術式が書いてある。細かい補足なども書いてあるため無駄に長いが、それぞれ最初のページに呪文や必要なもの、その効果が書かれている。ここにあるのはほんの一部だ、この中になければまた奥の部屋から持ってこよう。」


クロ「…ん、ありがと。」


ウェロル「束はとりあえず五つほど持ってきた、何かあれば質問するといい。私は向こうで実験の続きをしている。」


クロ「…わかった。」


そこにまとめられている魔術は、全て呪文に関するものだった。

魔術の基礎を教えられている時、戦闘にどう魔術を組み込むか、という話になった時ウェロルは。


ウェロル『知識として魔法陣や祭壇を用いた魔術についても教えているが、実戦で使うとしたら呪文一択だろうな。のんびり魔法陣を描いたり祭壇を用意する時間など、よほど限定された条件下でもない限り作り出すのは不可能だろう。』


ウェロル『呪文ならば、魔法の詠唱と性質は似ているからな。唱えた時点で即発動するという点で言えば、魔法よりも優れていると言えよう。ただし、以前にも言ったとは思うが連続して魔術を行使すると魔力欠乏症に陥るからな、その点は注意が必要だ。』


といったことがあり、呪文を使うことが採用されたのだった。

クロは一番上の束を手に取り、順に目を通していく。


…。


ウェロル「(…さて、そろそろ夕飯の支度をしなければな。)」


ウェロル「クロ、食材を出してくれないか。夕食を作る…。」


クロ「…。」


ウェロル「まだ読んでいたのか?…というか、まだ二冊目じゃないか。まさか全てのページに目を通しているのか?それでは時間がかかるぞ。」


クロ「…ちゃんとよまないと、いけないから。」


ウェロル「ふむ、妙なこだわりがあるようだな。まあ理解できなくはないが。」


ウェロル「とりあえす夕食にするぞ、食材を出してくれ。」


クロ「…もうすっかり、りょうりはうぇろるのたんとう。」


ウェロル「段々と上達していくのが思いの外心地よくてな。それにクロがいなくなれば調理はできなくなるからな、今の内にできることはしておきたいと思ってな。」


クロ「…ん、きょうもおねがいします。」


ウェロル「任せておけ。」


そしてウェロルお手製の夕食を食べ終わった後。


ウェロル「私は就寝するが君はどうする?」


クロ「…もうちょっと、これよんでる。」


ウェロル「私が言うのもなんだが、ほどほどにしておけよ。なんだかんだ言って、それなりの日数をここで過ごしているのだ。そろそろ仲間を探しに出た方がいいのではないか?」


クロ「…しんぱいはかけたくない、でも…。」


ウェロル「…すまない、落ち込ませるつもりはなかったんだ。」


クロ「…わかる、の?」


ウェロル「ん?些細な違いだが、君は案外分かりやすいからな。」


クロ「…なら、わかるでしょ。」


ウェロル「そうだな、君は負けず嫌いだからな。」


クロ「…ん、やられっぱなしは、きにくわない。」


ウェロル「まあ後は呪文の選定だけだから、それほど時間はかからないか。あまり根を詰めるなよ。」


クロ「…ここだけよんだらねる。」


…。


そして翌日、丸一日をかけ、呪文をいつくかピックアップした。


クロ「…これ。」


ウェロル「ほう、無難なものを選んできたな。…一つを除いては。」


クロが選んだ魔術は全部で五つ。

一つ目は目くらまし、対象の眼球を光らせることにより視界を塞ぐもの。

二つ目はテレポーテーション、視界の範囲内にある自分を中心とした半径五メートル以内の物体と自分の位置を入れ替えるもの。

三つ目は魔力吸収魔術、対象となる者の足元を魔力が空の魔鉱石で固め、瞬時に魔力を吸い取る。この時、限界まで魔力を吸い込んだ魔鉱石は自動的に破裂する。

四つ目はカウンター、自身に薄い魔力の膜を張ることによってその膜に触れた魔法や攻撃魔術のベクトルを変えることが出来る。

そして問題の五つ目だが、その魔術に関してウェロルは難色を示す。


ウェロル「悪いが、これの使用は許可できない。」


クロ「…どうして?」


ウェロル「この魔術に関する詳細には目を通したのだろう?ならば分かるはずだ。」


クロ「…。」


ウェロル「何が何でも魔王を倒したい、君のその気持ちは尊重しよう…しかし。」


ウェロル「これだけは私も譲れないな。これを使えば、君は最悪死に至る。」


クロ「…べつに、いい。」


ウェロル「…仲間が悲しむぞ。」


クロ「…それでも、まおうをたおせないよりは、いい。」


ウェロル「短い間ではあったが、私も君と寝食を共にしたのだ。多少の情はある、これは私からの忠告だ。」


クロ「…でも。」


ウェロル「…。」


クロ「…もう、じゅもんはおぼえたから。」


親指を立て、ドヤ顔のクロ。


ウェロル「…。…はぁ。」


ため息をつき、頭を押さえるウェロル。


ウェロル「そうだったな、君はそういう奴だ。…こうと決めたら譲らない、とんだ頑固者だ。」


ウェロル「まあ、覚えてしまったのなら仕方がない。記録には目を通しているだろうから、効果と代償については把握しているのだろう?」


クロ「…もちろん。」


ウェロル「ならば理解しているとは思うが、私からも敢えて言わせてもらおう。」


ウェロル「その魔術は、かなり限定された条件下でない限り生き残るのは難しいだろう。」


ウェロル「これは保険と考え、他四つの魔術で戦闘は対応するんだ。」


クロ「…ん、これはおくのて。」


ウェロル「クロに渡す前に、私も目を通しておくべきだったな…。あまりに大きな代償を伴う魔術は別でまとめてあるのだが、迂闊だった。」


ウェロル「まあいい、過ぎてしまったことは。では、魔術に関する補足は必要ないな。全て紙に書き留めてあるからな。」


クロ「…ばっちりよんだ。」


クロ「…だから。」


ウェロル「分かっている。もう行くのだろう?」


クロは頷く。


ウェロル「仲間も君を探しているだろう。早く行ってやれ。」


クロ「…ん。」


クロはポケットから魔鉱石を取り出すと、ウェロルに差し出した。


ウェロル「これは、食料の入った魔鉱石ではないか。なぜ今取り出す?」


クロ「…いっぱい、おせわになったから。」


クロ「…これ、あげる。」


ウェロル「しかし、これは貴重な食料だろう。仲間と合流するまでに必要になるはずだ。」


ウェロル「第一私は食事を必要としない。君の厚意で私も食してはいたが、君がいなくなってもなんら問題はない。」


クロ「…それでも。」


グイグイと魔鉱石を押し付ける。


ウェロル「…はぁ、どうせ君のことだ、私が受け取るまで譲らないつもりだろう。ならば…。」


ウェロルは魔鉱石を受け取り、中から真っ赤な果実を五つ取り出した。


ウェロル「これだけ受け取っておこう。私が今まで口にした中でこれが一番『おいしい』と感じた。」


ウェロル「それではダメか?」


クロ「…。」


考え込むクロ。

そして。


クロ「…ん、わかった。」


それが落としどころと納得し、残りの食材が入った魔鉱石をポケットにしまう。


クロ「…だいじに、たべてね。」


ウェロル「もちろんだ、君の貴重な食料を無駄にするつもりはないよ。」


クロ「…じゃあ、もういくね。」


ウェロル「ああ、気を付けて行けよ。ここは魔界だ、警戒するに越したことはない。」


クロ「…ありがとね、うぇろる。」


ウェロル「何、君がいる日々は良い刺激になった。私も感謝している。」


互いに手を取り、二人は握手を交わす。

家の外に出た二人の目に、赤く染まる空が映る。


クロ「…また、まおうをたおしたらくる。」


ウェロル「わざわざ報告に来る必要はないぞ。さほど魔王に興味もないしな。」


クロ「…それでも。」


ウェロル「…分かった、待っているな。」


クロ「…じゃあ。」


クロは、以前と何ら変わりない身のこなしで山を駆け下りていく。

姿が見えなくなるのに、そう時間はかからなかった。


ウェロル「…クロ、か。実に興味深い少年であったな。」


クロが走り去った後を見つめ、そう呟く。


ウェロル「さて…これで、私に出来ることは全てか…。そろそろ戻らねばな。」


そう呟きウェロルが振り返ると、そこには何もなかった。

クロと過ごしたあの家も。

研究に費やした記録の一切も。

あの、クロから受け取ったりんごも。

そして、ウェロル自身さえも。

そこには何も、誰もいなかった。

何も、残ってはいなかった…。

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