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to decide  作者: 村瀬誠
第八章:来るべき選択、世界の行く末
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第四話:定めのその先にあるもの

それからレイミスたちは魔王城を離れ去っていった。

世話になったからと、律儀にそれぞれ結魔たちに礼を言って回ってから帰っていったのは、らしいという他ない。

嵐のように訪れ、疾風の如く魔界を後した彼女たち。

そこにあったのは、ただの日常であった。

…非日常が訪れるための、どこにでもあるありきたりな日常。

終わるための日常が、終わりを告げた。


メルティナ「ディサイド様、先日よりご気分が優れないようですが…あの勇者と何かあったのですか?」


平常を装っているつもりであったが、誰よりも注意深くディサイドを観察しているメルティナにとっては、その心の不調を見抜くことなど造作もなかった。

とは言え今回はメルティナに限った話でもなく、さり気なく周りに気を使われていることには薄々勘付いていた。

…勘付いていながら、ディサイドはそれに甘んじていた。


ディサイド「いや…あの者はただ、己の役割を果たしたに過ぎん。…やはりこの世界があり続けることは、不可能のようだ。」


メルティナが香り安らぐ紅茶を淹れても、それに口を付ける気にはなれなかった。


メルティナ「…そう、ですか。」


ディサイド「だが、そのおかげで私も目が覚めた。…いつまでも怠惰であり続けるわけにはいかん。」


メルティナ「何処へ行くのですか?」


ディサイド「…世界を、終わらせに。」


書斎を後にしたディサイドは城を飛び出し、一直線に結界へと向かった。

視覚をほぼ遮断するほどの濃霧が遠くに見える。

そしてその手前に、剣を抜き仁王立ちで佇む人影が。


レイミス「…待っていたぞ。」


身に纏う装束は輝かしい白銀ともう一つ…燃え上がるような紅、左右にその色が分かれ交わっていた。


レイミス「さあ…始めようか。…終わらせるための戦争を。」


それ以上の言葉は不要だった。

次にレイミスは五つの魔少鉱石を全ての窪みにはめ込み、全開全速でディサイドへと迫る。

それを躱しきれず、頬に薄らと黒い線が入ったのは決してディサイドの油断からくるものではなかった。

むしろこうなることは初めから分かりきっていた。

分かりきってはいたが、それでもその攻撃を躱しきることができなかった。

それほどまでに、レイミスは強かった。


レイミス「出し惜しみをするつもりか?その程度で私に勝てるとでも思っているのか!」


ディサイドはすぐさま距離を取り闇の塊からエネルギーを吸収し始める。

限界を超えて、その身に宿す…黒いタトゥーが浮き彫りになり圧倒的なプレッシャーと存在感を放つ。


ディサイド「すまなかったな。見くびっていたわけではないが、我が想定する以上の力であった。」


レイミスは現在、二つの魔装装束を身にまとっている。

魔少鉱石を五つ全てを注ぎ込んでのフルパワーは、通常ならば制御しきれるものではない。

しかしそれらを、二つの魔装装束を用いることにより強制的に制御下においたのである。

当然体に負担がないわけではない、長期戦には不利だがそれでも圧倒的アドバンテージを得ることが出来る。

そしてそれを見たディサイドもまた、己の限界を超える。


ディサイド「故に、我もそれに全身全霊を持って答えよう。」


再び、闇の塊は全てディサイドの肉体へと吸収された。

だが、今回はそれだけでは終わらなかった。

見る見る内に辺りの黒く煤けた地面が、黒ずんだその大気が…土の色を取り戻し、空の色を取り戻し…本来あるべき姿へと変わっていく。

次第にその範囲は広がって行き、空に浮かぶ黒雲さえも浄化され白の色へと変化していく。


レイミス「っ…これは…。」


まるでディサイドを中心に世界が塗り変わっていくように、穢れを放つものから全ての穢れが消えていく。

と同時に、ディサイドの肉体にも変化が訪れる。

その伸びたタトゥーは更に侵食を進めディサイドの全身は黒へと包み込まれる。

赤く光るその眼光がその異様さを増していく。

そして、変化はそれだけには留まらなかった。

肉体の各部位が肥大化していき、徐々に獣のそれとなっていく。

全身は黒い体毛で覆われていき、開かれた口からは剥き出しになった牙が顔を見せ、細められた眼光はより鋭くなる。

手足の爪は鉤爪のような鋭利な凶器となり、ついにはローブが肉体を抑えきれずに裂けていく。

そして背中からは皮膚を押しのけ折りたたまれた翼が広げられ数度はためかせる。

骨格もそれらしいものへと変わり四つん這いになったその姿は、ドラゴンにも似た酷く醜いなにかだった。

漏れ出す欲望がそうさせるのか、邪気が体から発せられ黒くオーラのようにまとわり付く。

意図せず口からは獣の唸り声が響めき、その醜悪さに拍車をかける。

これが生物と呼べるのだろうか…体現する限りの全ての欲望を内包したディサイドを見て、流石のレイミスも冷や汗を垂らす。


レイミス「化物…なんて生易しいものではないな、これは。…これが、断罪するべき人間の悪か。」


しかし笑う。

目の前に立ちはだかるそれは人間の欲の塊そのもの…不謹慎ながらも、そのようなものを自らの手で断罪できるかもしれない…そう思うと不思議と笑みがこぼれる。

そして獣と化したディサイドは、一度大きく吠えると前足を地面に叩きつける。

おおよそその巨体からは想像できないほどに素早く、鋭くそれは放たれた。

叩きつけられた地面の前方が凄まじい速度で砕けていく。

目に見えぬ衝撃波が一瞬にして迫る中…レイミスはあえて、これを斬った。

しかしその衝撃が衰えることなく、レイミスは無防備のままピンポン玉のように吹き飛ばされる。

あまりの衝撃に一瞬意識が飛びかけるがすぐに体勢を立て直し、圧縮した空気の壁を蹴り逆に距離を詰める。

そしてその勢いのままに光剣アルティパール・ラスタリスをディサイドの体へ突き立てる。

密集する体毛に阻まれ切っ先しか肉を傷つけることはできなかったが、レイミスはそのままエネルギーを注ぎ込み爆発させる。

光が溢れ抉れる背筋…しかし体液がぶくぶくと膨れ上がり弾けると、欠損した肉体は修復されていた。

痛みを感じていないのか、それとも麻痺しているだけなのか…全く動じる様子のないディサイドは背後に回ったレイミスに振り向き翼をはためかせる。

すると羽ばたく事にいくつもの疾風の刃が射出される。

穢れをまとったそれらは黒刃となりレイミスに襲いかかる。

広範囲に繰り出されるそれを躱しきれないと判断したレイミスは光剣を駆使しそれらを捌いていく。

そして防御に徹するしかなくなったレイミスに、更なる追撃が。

忙しなく翼をはためかせながら、ディサイドは人間を丸呑みに出来そうなほどに大きく口を開くと、そこにエネルギーを集中させそれを放つ。

極太の光線がレイミスの目前に迫り、全身でそれを受け止めるしかない…はずだった。

闇の光線の中心に放たれた光の光線がそのままディサイドの脳天を貫く。

周囲に光線が拡散したためレイミスは難を逃れることができた。

流石に堪えたのかディサイドが悲鳴を上げる…酷い不協和音が周囲に響き渡り周囲の空気を震わせる。

上顎から頭の天辺が吹き飛ばされたが、泡状に膨れ上がった体液によってまたそれは修復された。


レイミス「まったく、これじゃあ手応えがあるんだかないんだか…分かったもんじゃないな。」


レイミス「…さぁ、次はこちらの番だ。回復が追いつく前に全て切り刻んでやる。」


不敵な笑みを浮かべレイミスは飛びかかる。

すれ違いざまに一閃…その体を支える左手首を切り落とす。

着地と同時に切り替えし、そのまま左足、右足を切断していく。

そうして一周するように最後は右手首を切断…一瞬にしてディサイドは体勢を崩され地面に伏す。


レイミス「さあ、これで仕上げだっ!」


一歩大きく踏み込みディサイドの真上へと飛び上がったレイミスは、体を猛スペードで回転させながらその肉体を輪切りにしていく。

刀身が肉を切り刻む度に黒い鮮血が周囲を汚していき、そして体の端から端まで切り刻んだレイミスは地面に降り立つ。


レイミス「…随分と、呆気なかったな。」


息を切らしながらたった今仕留めた獲物を見る。

ただの肉塊と化したそれは動き出す気配すらなく、逆に不信感を煽る。


レイミス「(これで、終わりなのか?)」


己の勝利を確信しかけた時、それは不意に起こった。


レイミス「なっ…!」


バラバラになったその肉塊が次々と気体化していき宙を舞い始める。

そしてそれは意志を持ったかようにレイミスの周りを取り囲んでいく。


レイミス「(いかん、これを吸っては…っ。)」


瞬時にその危険性を理解し口元を手で覆う。

しかし灰のようにまとわり付くそれは次第にレイミスの体全体を包み込んでいく。

穢れの侵食をその身で感じたレイミスは必死にこびり付いたその灰を振り解こうともがくが、逆に質量を持ったその灰が巨大な触手のように肉体を絡め取る。

体を締め上げられ苦痛の表情を露にするレイミス。

そしてその目の前に人の形であった頃のディサイドの輪郭が薄らと浮かび上がる。


ディサイド「貴様では、我を完全に消すことなどできん。…大人しく降伏せよ。」


レイミス「はっ、随分と温い事を言うじゃないか。」


ディサイド「…なぜ貴様は、そうまでして己の正義を貫こうとする。」


レイミス「ふんっ、それは愚問だな。…それが正しいことだからだ。」


ディサイド「何…?」


レイミス「皆が平和にあり続けるためには悪を断罪する必要がある。正義とは、そのためにあるのだ。」


ディサイド「…では、貴様がこの戦いを望む理由もそれか。」


レイミス「ああ、当然ではないか。」


レイミス「ディサイド、貴様の話を聞いて私も素直に共感した。それがもし実現できるのなら、私は喜んでこの身を捧げよう…。」


レイミス「しかし貴様の語るそれは、夢物語に過ぎない。そのような理想をいつまでも追い続けても、それは決して叶わぬ。」


ディサイド「…。」


レイミス「だから私は貴様を殺す。貴様を殺して、人間界に平和をもたらす。…それが、私の現実だ。」


ディサイド「それもまた、夢物語だとしてもか?」


レイミス「は、それこそ個人の自由だろ。夢を見て足を掬われるか、現実という箱庭に自らを押し込めるか…私は前者を選ぶ。」


ディサイド「それは矛盾しているのではないのか?我の理想を否定し、己の理想を肯定するなど…。どちらも同じ理想であろう。」


レイミス「いいや、違うな。…貴様の方が題それた理想だ。それに私は、私の理想が叶えばそれで良いのだ。」


レイミス「魔物や魔族のことなど知ったことか!私が求めるのは『人間』の世界の平和だけだっ。」


その瞳には一点の曇りもなく、ただ純粋にそれを望んでいた。


ディサイド「…ならば我も我の理想を追い求めるまでだ。このまま穢れに侵され死に絶えるがいい。」


レイミス「ふっ…このようなもので私を捉えたつもりか?むしろ私にとってこれは好機だ。」


ディサイド「何?」


またもや不敵に笑うと、レイミスは全身に力を加え『それ』を解き放つ準備を始める。


ディサイド「何をするつもりかは知らんが、抵抗は無駄だ。貴様はこのまま闇に飲まれ朽ちるのだ。」


レイミス「…ディサイドよ、最後に一つ言っておくぞ。」


ディサイド「…何だ。」


レイミス「貴様は貴様で在り続けろ。…私もまた、私で在り続ける。」


ディサイド「…言われずとも。」


レイミス「ふっ、ならば安心だな。…心残りがないといえば嘘になるが、それでも…これが私の貫ける正義だ。」


すっと閉じられた瞼が見開かれ、レイミスの体は光を放ち始める。

その正義と共に、その光は灰と化したディサイドを浄化していく。

拘束は解かれ、体にこびり付いた灰も一瞬にして剥がれ落ちる。

その眩い光はまるで大地に降り立つ太陽の如く周囲を照らし一際輝く。

辺りに充満していたディサイドの粒子はその光に飲み込まれていく。

世界が白く、染まっていく。

全てのエネルギーを解き放ったレイミスは地面へと倒れこむ。

満身創痍…己の全てを出し切り悪の頂点に立つ魔王を駆逐せんとその身を張った。

放出された光が雪のように降り注ぎその空間を煌びやかに演出する。

そして…そこに立つ人物を呼ぶ。


レイミス「…何をしているのだ。目の前の敵はもはや立ち上がることもできぬのだぞ。…これほどの好機を逃してどうする。」


息荒く足を引きずるディサイドは、元の人の形をして…そこにいた。


レイミス「やはり、私ではお前を完全に消し去ることはできなかったようだな。」


ディサイド「なぜだ…なぜ貴様はそうまでして、私を…。」


レイミス「ふっ、なるほどな。普段の一人称は『私』というわけか。…道理で、型に嵌っていると思ったのは私の思い違いではなかったか。」


レイミス「…お前のおかげで、私はこの世界の真の姿を知ることができた。」


レイミス「それは私にとってとても受け入れ難いもので…到底信じられるものではなかった。」


レイミス「だがなディサイド、私はお前の世界を見た。」


レイミス「皆が争うことなく平和に暮らすあの世界を、私は知ってしまった。」


レイミス「あんなものを見せられてしまっては、私は望まずにいられない。」


レイミス「『この世界を守りたい』…と。」


レイミス「そして恐らく、それが叶えられるのはお前だけなのだろう。…だからお前に託す。」


レイミス「貴様の創造する世界が平和であるように…私は願うだけだ。」


ディサイド「…それを決断させるために、貴様は。」


レイミス「おっと、勘違いしてもらっては困るな。私からすれば、どう転んでも良かったのだ。」


レイミス「私が勝てば、私の望み通りの世界が手に入る。…人間の驚異たる魔のものがいなくなれば、人間界に平和が訪れる。」


レイミス「そして私が負ければ、貴様は新たに世界を創造する他なくなる。…そしてきっとその世界は、貴様が望むそれとなるだろう。」


レイミス「それは私の新たに感じた望みでもある。だから、どちらの道を歩むこととなっても、私の思惑は果たされる。」


レイミス「どうだ、存外私も…強欲な人間であろう?」


ディサイド「…ああ、どうしようないほどに愚かしいな、人間は。」


レイミス「だろう?…ならば切り捨てよ。欲に溺れ自らを無防備に敵に晒す愚かな人間を…。」


レイミス「それは貴様が貴様であり続けるために必要なことだ。ここで私を見逃せば、私はまた貴様を首を貰いに来るぞ。」


レイミス「何度でも何度でも…この命が尽きぬ限り、貴様を殺し続ける。」


ディサイド「それはなんとも恐ろしいな。」


近付いたディサイドは横たわるレイミスを見下ろす。

儚く消えてしまいそうなその肉体は生きることを求め動き続ける。


レイミス「ならば殺せ。それは貴様にしかできない。…貴様が、この世界の定めを…断ち切るのだ。」


未だその瞳の内に光る闘士は燃え続け、眼前の敵を捉える。

ディサイドは、それに敬意を払うようにして足元に転がる光剣を手にする。

既にエネルギーを使い果たしたそれにディサイドは魔力を送り込むと、光剣は黒い魔力によってその姿を変える。

漆黒の刀身がむき出しになり、闇の剣となったそれをレイミスの心臓の真上に構える。


ディサイド「貴様は、良き勇者であった。…その勇姿は、永久のものとなろう。」


自らの死を目前にして、レイミスは笑みを浮かべたまま瞳を閉じる。


ディサイド「さらばだ勇者よ。…我の理想の礎となれ。…はぁっっっ!!!!!」


振り下ろされるその剣は、鼓動を未だ鳴り響かせる心臓を容赦なく貫く。


レイミス「かはっ…!」


その衝撃に目を見開き言葉にならないただの息を吐き出したレイミス…溢れる鮮血が装束を赤く染めていく。

確かに絶命したことを見届け、ディサイドはその場に跪きレイミスの瞳に手を添える。

舞い散る光はレイミスの死を飾るように、いつまでもその輝きを放っていた。


…。


ディサイド「…メルティナ?なぜここに。」


土を踏む音が聞こえ振り向くと、そこにはメルティナがいた。


メルティナ「…世界を、どうするおつもりですか。」


なんの前置きもなく切り出される質問。


ディサイド「破壊し、作り変える。…私が神となってな。」


そうすることが…そうすることでしかこの世界は変えられない。


メルティナ「…そのお考えを、撤回してはいただけないでしょうか。」


ディサイド「つまり、このままこの世界が崩壊するのをただ眺めていろと?」


メルティナ「はい。」


ディサイド「それはできん。私には、新たに世界を創造する権利がある。この方法以外に、私の理想を手にすることは不可能だ。」


メルティナ「ですが…神となって、監視者となったあなたは…。」


ディサイド「その世界で生きることは許されるものではないだろうな。神が直接関与してしまっては、世界の在り方そのものが変わってしまう。」


メルティナ「なぜ、そうまでして…己の身を犠牲にしてまで、彼らを助けようとするのですか!!!今までに十分なほどっ、ディサイド様は彼らに尽くしてきました!」


メルティナ「なぜディサイド様だけが報われないのですか!なぜディサイド様だけが苦しまなければならないのですか!…なぜ、なぜ、…なぜ…っ。」


ディサイド「…そうあることが、私の望みだからな。そこに、私という存在は存在せずとも構わない。」


メルティナ「わたくしは嫌です!…ディサイド様が居ない世界など…そんな、わたくしの生きる意味すらもない世界など、わたくしはいりません!」


メルティナ「わたくしはただ、ディサイド様がお側にいれば他に何も求めません…っ。…どうかわたくしを、見捨てないでください。」


止めどなく溢れる涙は、その悲痛さをより強調しそれが真の願いであることを語っていた。


ディサイド「それでも私は…世界を選ぶ。お前の願うものより、私自身の選択を選ぶ。」


そう言葉を発したときディサイドは感じた。

…ああ、結局は私も、どうしようもないほどに愚かしく醜い存在であると。

己の欲望を満たさんがために己の大切なものまで切り捨てる…それは、人間と何ら変わり無いではないか。

自らもまた、そんな欲に溺れた愚かな存在であると…何故かこの時、正しく理解した。


メルティナ「…もう、止められないのですね。」


ディサイド「ああ。」


メルティナ「もう…無駄なのですね。ここでわたくしが何を言ったところで、ディサイド様の選択は変わらないのですね。」


ディサイド「…ああ。」


メルティナ「そう、ですか…。」


爆発した感情は驚くほど急速に冷めていった。

メルティナもまた、この時理解したのだろう。

ディサイドがディサイドであることに…正しく気付くことができたのだろう。

そうして、気付いてしまったから…それはもう止められない。

それを見届けるしか…選択肢は残されていない。

だから最後に、己の想いを伝える。


ディサイド「…!」


塞がれた唇に感じる感触は愛おしく、切なく…そしてどうしようもないほどに甘美あった。


メルティナ「こうしてディサイド様に触れることが出来るだけで、わたくしは満足にございます。…ですから。」


求めるものは、決して手に入らない。

そして手に入らないからこそ求め続ける。


メルティナ「最後に一度だけ…ディサイド様の愛を、わたくしに与えてください…っ。」


もうそこに、言葉はいらなかった。

再び口付けを交わす二人はどこまでもお互いを求め続け確かめ合う。

今、そこにいるのが己の愛しい愛する者であることを…。


…。


抱きしめたその感触に名残を覚えながら、ディサイドは『to decide』の世界を離れ彼の元へと足を運ぶ。


???「やぁ、世界にお別れは済ませたかい?…って、こんな事を聞くのは野暮だね。」


それはからかっているように聞こえるが、それはもう道を選択されたことを物語っていた。

故に返す言葉もまた…同様に本心である。


ディサイド「あの世界には未練を残してきた。…それを我がものとする。」


???「へぇ、いい面構えになったじゃん。ここに慌てふためいて乗り込んできた時とは大違いだ。」


品定めをするようなその瞳は、世界を創造させる神たる器を持つか…それを見極めているようだった。


???「ま、元から君に全てを託したわけだし…俺の役目もここで終わりかな。」


ディサイド「…。」


???「ちゃんと世界が終わる前に来てくれたし。…んじゃあこっち来いよ。」


腰掛けていた机から降りディサイドに背を向け歩き出す。

そのあとを追うようにしてディサイドもまた足を踏み出す。


???「ん、これこれ。世界を作るのはいいけど、その前にやっておかなきゃいけないことがあるんだよねぇ…。」


彼の目の前には拳ほどの大きさの玉があった。


ディサイド「…これは?」


???「もう分かりきってるでしょ?これが、さっきまでお前さんのいた世界だよ。」


白い雲のようなものが浮かび、その間から見えるのは肥沃な大地や豊かな自然…ミニチュアのようなそれが世界だった。


???「新しく枠を作ってやってもいいんだけど…そうするとお前さんの『理想』は叶わないだろ?だからこれをぶっ壊して、そこに新しい世界を作ってもらう。」


ディサイド「それを…私の手で行なえと?」


???「そりゃそうでしょ。ま、難しく考えないでそのまま手で掴んで壊してくれりゃいいから。」


???「乾いた泥団子を握り潰すみたいにぐしゃっ…とな。」


今更、後戻りなどできない。

覚悟はしてきた、未練を抱え己の欲を満たさんがために…。

しかし、いざその世界を間近にした時…感じるのはやはり恐怖であった。

己の自己中心的すぎる理由で、一旦とは言え今そこに生きる者を全て死へと誘わなければならない。


???「君にとっちゃあトラウマもんのことかもしれないけど…それでもやってもらうからね。」


???「他の誰でもない、君自身がやるんだ。」


ディサイド「…。」


意を決し、世界へ手を伸ばすディサイド。

聞こえる心臓の音が煩わしいほどに鳴り響く。

次第に呼吸も荒れ、極度の緊張により手が震える。

それが己の役目だと分かっていても、それが己の選んだ道だとしても…背負った重みは確かな重量を持ち自身を押しつぶそうとする。

それは命の重みであり、生きる者の運命を左右するとはこういうことなのだと理解する。


ディサイド「…このようなことを、今までに重ねてきたのか?」


???「ん?…まぁね。いつまでも終わった世界に固執してらんないし…まぁ終わりかけとは言えまだ存命している世界を強制的に終わらせるのはこれが初めてかな?」


???「そうだねぇ…。一つアドバイスするとしたら、なにか自分に取って大切なものを想像しながら壊すといいよ。」


???「俺の場合は読者の喜ぶ顔だね。俺の書いた作品を読んで一喜一憂する姿を想像すると、不思議とやる気が出るんだ。」


???「『こんなところで終わらせない。次はもっといい作品を作ろう。』…てね。」


ディサイド「大切な…もの。」


そう言葉にすると、自然とそのイメージが沸いてきた。

自分の手の甲に重なるもう一つの手…優しく添えられたその感触は間違いなく、メルティナのものだった。

たかがイメージだが確かに効果はあったようで、ディサイドの手の震えは自然と消えていった。

微笑むメルティナが側に寄り添っているような…そんな感覚を覚えながら、ディサイドはその開かれた手を閉じていく。

そうして押しつぶされていく世界は砂のようにその形を失っていく。

ゆっくり…ゆっくりと、その感触を刻みながら世界を閉じていく。

そして完全に閉じられたその手を開き見つめる。

そこには一つの命もなく、一つの物体すら存在せず…ただ己の手の平が正しくそこにあることを認識できた。

こうして、『to decide』の世界は終わりを告げた。

一切の欠片も残さず、綺麗さっぱりと無へ帰った。

勇者と魔王の因果はその世界の在り方ごと消滅し、これで争いは集結した。

ディサイドの手によって、その終わりを迎えた。

打ち切りエンドのような、どうしようもないほどに救いはなく、どこまでも失敗作だった。

この世界が存在していた意味とは一体何だったのか…。

世界が終わってしまった今、それを示すものは何も、どこにもない。

そんな世界の終わりが、そこにはあった。

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