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to decide  作者: 村瀬誠
第八章:来るべき選択、世界の行く末
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第三話:終焉に立つ役者たち

ディサイド「…随分と早かったな、待っていたぞ、勇者よ。」


レイミス「魔王直々の出迎えとは歓迎されているな。…あの空間の歪みも、貴様が施したのだろう?」


あのあと王宮を抜け出した二人は魔界へ突入するべく結界へと向かった。

すると、その手前に奇妙な時空の歪みを発見した。

縦に伸びる楕円の形をしたそれは中心へ向かって渦巻いており、まるでそこを通れと言わんばかりに誘っていた。

レイミスは一瞬警戒したが、意を決してその歪んだ空間へ足を踏み入れた。

ミャークルもそれに続き、そして僅か数歩踏み出しただけで世界は一変した。

血で染まったような赤い空、汚染によって黒い砂埃が舞う大地。

地平線はどこまでも続いていたが、そこに悠然と立っていた人物が一人。

ディサイドである。

しかし穢祓いをすませていないのか、黒い刻印を体に示したままであった。


ディサイド「手間を省いておこうと思ってな。予め仕込んでおいた。」


レイミス「随分と用意周到じゃないか。私が再び乗り込んでくることも、想定済みだったと?」


ディサイド「…推測も含めての可能性ではあったが、こうして的中した。ただそれだけのことだ。」


その言葉を受け、レイミスは警戒レベルを上げる…やはり油断ならない敵であると。


ディサイド「それで、貴様は何をしにここへ来たのだ。…何を確かめに、ここへ来たのだ?」


レイミス「…全て見透かされているということか。」


ディサイド「経験則も踏まえての問いだ。更に言うならば、貴様が何を求めてここへ来たか…ある程度の見当は付いている。」


レイミス「ならば答えてみせよ!」


ディサイド「…良いのか?」


レイミス「…なんだと?」


ディサイド「貴様の求める回答が得られるとは限らんのだぞ。」


レイミス「それでも…私には知る必要がある。…私の正義のために。」


ディサイド「…良かろう。ならば示そう。…貴様が求める、貴様の正義の由縁をな。」


レイミス「…何?」


ディサイド「貴様はなぜ、己がそれほどまでに正義に固執するか疑問に思ったことはないか。」


レイミス「突然何を言い出すのかと思ったら…正義に理由などいらぬ。この世の悪を断罪するべく、正義はあるのだ。」


ディサイド「…ならば、その正義が貴様の嫌悪する悪と同様…定められたものだとしたら?」


レイミス「…どういうことだ。」


ディサイド「言葉通りの意味だ。…それはあるべくして貴様の胸の内に高鳴るものであり、悪もまた悪であるために悪で在り続ける…。」


ディサイド「全ての事柄は定められており、我々はただそれに従っているだけ。」


ディサイド「…いや、従う他選択する余地すらない。そうしなければ、そうして存在する理由すら失ってしまう…。」


レイミス「っ…私はっ、そんなことを聞きに来たんじゃない!!!」


ディサイド「…。」


レイミス「…やはり貴様は悪だ。断罪されるべき、にっくき悪だ!今までもそうやって言葉で人間を誑かし、操り、弄んできたのだろう…っ!」


レイミス「私は惑わされない…。貴様のような薄汚い悪になど…屈するものかっ!!!」


激高したレイミスが感情に身を任せ迫り来る。

手にした光剣アルティパール・ラスタリスを地面と平行に構え突撃する。

目に見えぬ程の早業…今回もまた先程と同様、ディサイドの体を貫く…はずだった。


レイミス「う…ぐっ!」


剣先はディサイドの胴を貫く手前でその二本の指に挟まれ静止していた。

いくら押し込もうとしても阻まれ、そして引き抜くことすらできない。

完全に主導権は奪われてしまった…その圧倒的な力の前に、正義は初めて屈した。


ディサイド「…なぜ言い切れる。」


レイミス「っ…何を…っ!」


ディサイド「己の感じるその正義が、己が作り出したものだと何故言い切れる。」


レイミス「その他の可能性などあり得るはずがない…!…そのようなこと、あるはずがない!」


ディサイド「そうであろうな…貴様は『そういう存在』として定義付けられたに過ぎぬのだからな。」


レイミス「何だその言い草は…まるで私のこの意思が、他の誰かに植えつけられたようではないか!」


ディサイド「…それは間違っていると、貴様は言うのか?」


レイミス「当たり前だ!私は…私のこの心の奥底から湧き上がるこの思いに偽りなどない!これが誰かの手によって操られたものなどでは断じてない!」


ディサイド「…貴様がそう思うこと自体も、何者かによって定められていたとしてもか?」


レイミス「有り得ん…有り得ん有り得ん有り得ん有り得ん有り得ん、有り得ーーーんっっっ!!!」


ディサイド「ではなぜ貴様は激高している。」


レイミス「…っ。」


ディサイド「我の言葉に真実はないと確信しているならば、なぜ貴様はこの剣を振るう。我の戯言になど、耳を貸す必要もあるまい。」


レイミス「…黙れ。」


ディサイド「心のどこかで、我の言葉を否定できずにいるのではないか?それが間違いであるという可能性があると、疑っているのではないか?」


レイミス「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ…黙れーーっ!!!」


レイミス「貴様にっ…貴様のような悪に、私の何が分かるというのだ!」


レイミス「私の、私の正義に…偽りなどない、あってはならないっ!!!!」


雄叫びをあげ、懐から魔少鉱石を五つ取り出し全ての窪みへとはめ込む。

ディサイドはそれを止めることができず、直後刀身より溢れ出る光によって拘束が解かれる。

高温の熱で焦がされたように指から煙が上がる。

そして刃は振り下ろされる…圧倒的なその力で、己の正義を貫くために。

だが…。


ミャークル「もうやめてくださいっ!!!!」


レイミス「っ…!」


ディサイド「…。」


切るか切られるか、生きるか死ぬかの二択しか与えられぬ戦場に、その人物は割って入った。

ディサイドに背を向け、レイミスを正面に見据え…そして、その頬に一撃を入れる。

目一杯の力で、己の手の平にも同じく…激痛が走るほどに。

感じる怒りは呆気となり霧散する。

はめ込まれた魔少鉱石は制御されることなく弾け飛び周囲に飛び散る。

その様子を、ディサイドはただ黙って眺めていた。


ミャークル「…もう、おやめください。お嬢様が傷つく必要などないのです。」


レイミス「…。」


ミャークル「…お嬢様。お嬢様のその正義は、確かに悪を打ち砕くためにあるのかもしれません。…ですが。」


ミャークル「あの者を打ち砕くことは…できません。それが例えお嬢様であってもなくても…それは変わりません。」


レイミス「何を…言って…?」


ミャークル「お嬢様はあの者に…決して勝てません。お嬢様の正義では、あの者の正義を…断罪できません。」


レイミス「せい…ぎ?」


ミャークル「私たちは、あの者の正義を知りません。ですからまずは、それを確かめましょう。」


ミャークル「そしてそれを知る手段は、争いだけではない…そう、ですよね?」


振り返り真っ直ぐな瞳でディサイドを見つめる。

普段のオドオドした雰囲気からは想像もできないほどに、その姿は美しかった。


ディサイド「…当然だ。しかしこうなるように仕向けたのは我だ、そのことについては謝罪しよう。」


ミャークル「いえ、こちらこそ。お嬢様がご迷惑をおかけしました。」


ディサイド「侘びの意味も兼ねて、城へ案内しよう。…そこで話す。」


運命が変わったことに淡い期待を抱きつつあるディサイド。

果たしてそれは叶う希望なのか、それとも途方もない絶望なのか…。

世界の行方は、揺らいだ。

終わりゆく世界の定めは…壊れ始めた。


…。


ディサイド『招待すると言っておいてなんだが、ここで少し待っていてくれるか。すぐに準備させる。』


そう言い残し一人城の中へ消えていったディサイドを待ちつつ城を見上げる二人。


ミャークル「す、すごいですね…。どこまで伸びているんでしょう…?」


黒雲を貫きどこまでも伸びゆく城を見て感想を述べるミャークル。


レイミス「さあな。…しかし場違いもここまで来ると笑えてくるな。」


門番を担当している魔族やボルデッドには事情を説明したが、その他の魔族からはやはり奇異の目で見られていた。


ミャークル「ま、魔王もそうでしたが、魔族も交戦的ではないのですね。…意外でした。」


レイミス「そこらにいる魔物でさえ、敵意や殺意を全く向けてこない…。取り囲まれて一斉に襲われることも覚悟していたが、どうやらその心配はなさそうだ。」


ミャークル「わ、分かりませんよ。こうして油断させておいて、隙を見せたところをグサリっ!…なんてこともあり得るかもしれません。」


???「お望みとあらばそのようにもてなしますが…生憎とそのようなことはディサイド様より仰せつかっておりませんのでご安心を。」


レイミス「…あんたは?」


メルティナ「申し遅れました。わたくしは結魔が一人、メルティナと申します。以後お見知りおきを。」


ミャークル「け、けつ…ま…とは?」


メルティナ「ディサイド様に絶対の忠誠を誓う選ばれしものたちのことを呼称する言葉です。さ、こちらへどうぞ。」


…。


メルティナに連れられてやってきたのは、普段使われている客室ではなくディサイドの書斎であった。

二人が案内されて少ししたあと、穢祓いを済ませたであろうディサイドが戻ってきた。


メルティナ「ディサイド様、ご要望通りお二人をお連れしました。」


ディサイド「すまないな。」


メルティナ「いえ。…では紅茶の準備をいたします。」


カチャカチャと、食器の鳴る音が静かに響き始める。


ミャークル「あ、給仕でしたら私が…!」


メルティナ「お気遣いなく。これはわたくしの仕事ですので。」


ミャークル「で、でも…。」


ディサイド「メルティナに任せておけば良い。…我は反対したのだが、結局は押し切られてしまってな。」


ミャークル「はぁ…。」


レイミス「良いではないか、腰を落ち着けよミャークル。魔界のおもてなしとやらを堪能しようではないか。」


メルティナ「ご期待に添えられるかは、分かりませんが。」


ディサイド「…さて、そろそろ本題へ入ろう。茶はその合間にでも楽しんでくれ。」


ディサイド「ではまずは…何から話したものか。全てを説明するとなると相当な時間を要するな。…なにかそちらから質問はあるか?」


ミャークル「え、えっと…僭越ながら、よろしいでしょうか…?」


恐る恐る手を挙げるミャークル。

レイミスは軽く頷きそれを促す。


ミャークル「で、では。…か、確認なんですが、魔王さんの目的は人間界の征服…ではないのですよね?」


ディサイド「ディサイドで構わん。…そうだな、できることなら人間も含めて全てのものを救いたいと願っている。」


レイミス「ならばなぜ、魔物や魔族は人間に牙を向く…。長たる者の管理が些か不十分なのではないか?」


ディサイド「…それについては、我々の生い立ちから語る必要がある。少々時間を要するが…それでも聞くか?」


レイミス「…分かった、聞こう。」


メルティナの淹れた紅茶で喉を潤しながら、二人は魔のものがどのようにしてこの世に生まれたのか…ディサイドの口から語られるその歴史を聞かされた。

魔のものは人間の負の感情の集まりであること、それによって世界は二分され勇者と魔王の対立が始まったこと…そしてその因果関係を断ち切ろうとディサイドがありとあらゆる手を尽くしたこと。

…そしてついに、その因果は立ちきれなかったこと。

気付けば二人は聞き入り、紅茶を運ぶ手はいつしか止まっていた。


ディサイド「…と、かなり省いた部分もあるが、これで全てだ。端的に話すつもりであったが…まぁ良いだろう。」


話し終え、ようやく紅茶に口を付ける。

メルティナが頃合いを見て淹れ直していたので、湯気の立つ温かい紅茶の香りが漂う。

そうして一息つきカップをソーサーに置くまで、二人は口を開かなかった…いや、開けなかった。


ディサイド「ここまでで疑問点等はあるか?可能な範囲で答えよう。」


レイミス「…衝撃的だった。今の話が真実ならば、この世界はまるで…。」


ディサイド「奴隷そのもの…だな。物語を作り出すための。」


ディサイド「もちろん、今語ったそれらは事実だ。…貴様らがそれらを受け入れるかどうかは、各々に任せるが。」


ミャークル「…信じられません。信じられないのですが…。」


ディサイド「貴様らにはまだ、世界の正しい働きかけが効いているようだ。…この話を否定したいという感情が湧き上がるのが、その証拠だ。」


レイミス「と言うか…思い出した。…もしかしてあなたは、メルティナ・バランマー?」


メルティナ「はい。正確にはメルティナという名だけで、バランマーは人間界での偽名です。」


ミャークル「え、メルティナ・バランマーって確かあの、先代の勇者と共に魔王を打ち倒した際に掛けられた呪いによって殺された…あの?」


メルティナ「その様子ですと、どうやら記述は正しく改変されているようですね。」


レイミス「…信じたくはないが、信じるしかなさそうだな。」


ディサイド「いや、受け入れられないままに受け止めてしまうことは避けるべきだ。」


ディサイド「今はまだ、事の大きさに混乱するだけであろう。我の言葉が真実であるか否か、貴様ら自身の目で確かめ見極める必要がある…貴様らがそれを望むのならな。」


レイミス「なにか手段でもあるのか?」


ディサイド「簡単なことだ。この魔界に心ゆくまで滞在すればよいのだ。先程話した突拍子もない真相は、到底信じられないかもしれない。」


ディサイド「しかし少なくとも、この魔界を正しく知れば、我の信念に偽りはないと証明できる。」


レイミス「…何者も犠牲にならない、平和な世界を…か?」


ディサイド「ああ。」


ディサイド「(そしてなによりも、これは希望だ。それが輝きを放つか絶望に浸るかはまだ分からぬが…それでも。)」


ディサイド「(この定めの揺らぎに…賭けるしかない。)」


…。


ミャークル「…お嬢様、よろしかったのですか?」


レイミス「今更、そのようなこと聞くのか?これは他でもない、私たち自身が決めたことだ。」


あのあとレイミスたちは魔界へ滞在する旨を手紙へとしたため、一度人間界へ戻り王宮の者にそれを手渡すとまた疾風のように戻ってきた。

その手紙に目を通したトレイクル現国王は激怒したがそれ以上のことをすることもできず、歯痒い思いの中娘たちの無事を祈った。

客室は、二人たっての希望で一部屋のみとなりベッドやその他の家具がもう一人分担ぎ込まれた。


レイミス『無理を言ってすまないな。』


ディサイド『警戒は最もだ。他に何か要望があれば、可能な範囲で応じよう。』


そうして今は魔界の、人間居住区画へと足を運んでいた。


レイミス「お…あれがそうか?」


目の前に背の高い柵が見えてくる。

そしてアーチがかけられた出入り口らしきものの近くで佇む人影が。

その人物は、レイミスたちを発見するなり猛スピードで駆け寄ってきた。


ファウス「ディサイド様から話は聞いてるよ!わっちはファウス、主にここの管理をしてるんだーっ。よろしくね!」


ミャークル「は、はいっ…よ、よろしく…です。」


レイミス「よろしく頼む。」


ハイテンションの勢い素のままに、案内が始まった。


レイミス「…驚いたな。話には聞いていたが、本当に魔界に人間が住んでいるとは。」


ファウス「ディサイド様が頑張ってこの地域一帯を整備してくれてるからねー。森も川もあるし動物もいるよ。少しだけど自給自足もしてるし!ここに住んでみるのも、案外快適かもよ?」


レイミス「流石に遠慮しておこう。ここにある輪を、乱したくはないからな…。」


見慣れぬ人物が街中を通り過ぎるのを不思議そうに見つめる子供達。

どう声をかけたものかと距離を測っている大人達。

決して受け入れられていないわけではないが、その輪の中に溶け込める自信は無かった。

そうしてしばらく街を見て回り日が沈みゆく頃、ファウスたっての希望である場所へと連れられる。


ミャークル「こ、ここは…?」


ファウス「人間界で言うところの墓地だよ。…住める範囲は決まってるから、こうしてみんな一つの石碑の下に眠ってるんだ。」


丸く囲われ色とりどりの花の咲くその中心に聳えるのは、無骨な薄灰色の巨大な岩。

裏面に回るとそこには、小さく細かい文字で人の名前がいくつも刻まれていた。


ファウス「確かここら辺にあったと思うんだけど…ああ、あったあった。」


指をなぞっていくき、目的のその人物名に辿り着く。


ファウス「ここだよ、先代の勇者と共に戦った勇敢なる戦士の名前が一人。」


レイミスたちも顔を近付け、その名前を目にする。

…レット・クラウディ。

それは、かつて勇者クレイスと共に魔王を倒した英雄。

彼の作り出した光剣アルティパール・ラスタリスは二千年の時を経て尚朽ちることなく、その輝きを放っている。


ミャークル「…間違いありません。王宮に代々伝わるその光剣を作り出した人物とまったくの同名です。」


レイミス「この剣を作り出したのは、この魔界で生まれ育った者だったのか…。」


ファウス「他にも探せばいると思うよ?ちょっと見づらいけど、その上の方には魔法拳銃の使い手クリーキット、そこから左に逸れて下の方に行くとトッツァリー拳法の使い手アクード、そんでもってこの足元には森の大賢者と呼ばれたノームスの名前もあるよ!」


指し示されたその一つ一つを確かめていく…そこに刻まれていることは信じがたいが、目に映るそれは真実を物語っていた。


レイミス「…どうだ、ミャークル。」


ミャークル「はい、いずれも過去の文献にある名前と一致します。…本当に、ここに眠っているんですね。」


ファウス「みんな強くて優しいいい子だったよ。アスケイドはやんちゃだったけど人の痛みをきちんと感じられる子だったし、ランテルはいつも子供たちにせがまれて本を読み聞かせてあげてたっけ。」


かつてここで過ごした…かつての英雄たちが紡いだ、かつてここにあった物語。

その存在は確かなものとして、その石碑に刻まれてた。


ファウス「それで…どうする?もっとここを調べていく?」


レイミス「…いや、これで十分だ。今日はありがとう、助かった。」


ファウス「なんのなんのこれしきのこと!街案内は仕事の内だよっ。また来たくなったらいつでも言ってね!案内するから!」


レイミス「ああ、その時はまた頼む。」


一頻りの調査を終え三人は墓地を後にする。

去り際にファウスは一度振り返り、誰にも気付かれないよう小さく呟く。


ファウス「…またね、みんな。」


その瞳は悲しみに染まり、懐かしみに染まり、慈しみに染まっていた。

かつてを共に過ごした仲間として、かつての物語をその胸に秘め石碑に背を向ける。

チクリと感じるその胸の痛みに、気付かないふりをして。

笑顔でみんなとあり続ける。

それがファウスの…望み求めるものだから。


…。


レイミスとミャークルが魔界に住み始めて二週間が経った。

初めは町並みやそこに住む人々を主に観察していたが、一通り見回ると今度はディサイドや他の結魔がどのような仕事をしているのかを見学させて欲しいと頼み込んできた。

メルティナは渋い顔を見せたが、ディサイドがこれを承諾…お手伝い程度ではあるが仕事の補佐を買って出て間近でそれぞれの役割を経験していった。


ディサイド「随分と精力的に働いてくれるのだな。」


レイミス「ん、ディサイドか。…これは?」


手渡されたそそれは甘い匂いを仄かに感じさせる白く丸い果物だった。


ディサイド「カリーゴと呼ばれるこの魔界でしか取れない貴重な果実だ。確かクリンカの変種であったかな。」


クリンカとは赤い薄皮をまとった黄色い果実で、人間界にごく普通に存在する果物である。

カリーゴはそのクリンカが成長する過程で変種していったものであり、皮も身も真っ白な高級品としてごく一部に出回っている。


レイミス「いいのか?そのような物を私などに…。」


ディサイド「遠慮するな。元は我の分だ。」


レイミス「…流石、魔界を支配しているだけのことはある…ということか。」


そういうことなら遠慮なく…と皮ごとそのまま一口。


ディサイド「受け取るつもりはないのだが、どうしてもと頼み込まれてな。…厚意を無碍にするわけにもいかず、受け取っているだけだ。」


レイミス「…そうか。と言うかうまいな、これは。」


どうしてここまでの甘みが出るのか、歯型がついたカリーゴを不思議そうに眺めるレイミス。


レイミス「うーむ、これほどのものであったか…。正直に言って見くびっていた。これは何か、私も礼をしなければ。」


ディサイド「…我が断ると知っていての発言か?」


レイミス「ふっ…だが、厚意は無碍にできないのだろう?」


ディサイド「まぁ、好きにするが良い。」


それほど大きくなこともあってレイミスはあっという間に完食した。


レイミス「…ふぅ。まったく、これから貴様に話があったというのに、腹が満たされてしまったら機嫌が良くなってしまう。」


ディサイド「警備の仕事を任されていて暇だと思い差し入れに来たのだがな。なにか機嫌が良くなって不都合なことがあるのか?」


レイミス「ああ、多いにあるな。」


ディサイド「ほう…どういった内容の話なのか興味はある。今の恩は忘れてもらって構わないぞ。」


レイミス「…では、私がこの二週間を通して感じたことを、素直に言葉にするとしよう。」


二人の間には、確かに穏やかな日常があった。

争いのない、特別なことは何もない…ただの日常。

それはレイミスの一言によって、終わりを告げる。


レイミス「…私に、何を期待しているのだ?ディサイドよ。」


優しい微笑みは一転して消え、冷たく突き刺す眼差しがディサイドを見据える。


ディサイド「何を…言って。」


レイミス「とぼけるなっ。…私はお前に対する怒りが収まらない。」


それは最早、殺意に似た何かであった。


レイミス「ここ二週間、お前も含め私とミャークルを監視していたことは知っていた。…私がどういった人物であるか、見極めようとしたのだろう?」


ディサイド「…それは否定せん。」


レイミス「だがお前は、それ以上のものを見ていただろう?…私の中に眠る、ありもしない可能性を!」


ディサイド「…っ。」


レイミス「貴様は言ったな!この世界を創造した者が、この世界の外にいると!そしてもう世界の崩壊は免れないと!」


レイミス「ならばなぜ立ち向かわないっ。世界を新たに作り出すことが、貴様には許されているのだろう!なぜ貴様はその道を選択しない…っ。」


ディサイド「…。」


レイミス「私に、期待していたからだろう!本来であれば貴様を…闇の塊を全て消し去り、この世から負の感情を浄化しようとしていた私が…三度交えた時踏みとどまり、貴様に止めを刺さなかった。」


レイミス「運命は変わると…その変わった運命を、私に託したのだろう?」


レイミス「盲目的になっているのは貴様の方ではないか!なぜ貴様自身が立ち向かわない、ありもしない希望を私に見出して…貴様はそれに縋るのか!?」


ディサイド「っ…。」


突き付けられた…痛感させられた。

甘んじていたのは、他の誰でない…自分自身だと。

世界を終演へと導くために選ばれた存在が、その役目に疑問を抱いた。

そこに希望の光があると…託すに相応しい未来が訪れたと、そう思っていた。

しかしそれはただの幻想であった…いや、それよりも遥かに醜いただの欲望。

責任を負うことを恐れ、選択することを恐れ…ただ立ち止まっていただけ。

そのツケが、今になって回ってきた…それだけのことなのである。


レイミス「…私には眩しく輝いて見えた。この魔界で暮らす者たちは皆、生きることだけを目的として生きている。」


レイミス「そうなるよう、貴様が努力したのではないか?そうあり続けるよう、貴様は夢を追い求めていたのではないのか!」


胸倉を掴み顔を引き寄せる。


レイミス「ふんっ、随分と情けない面だな。図星を突かれてバツが悪くなったか?」


レイミス「それでも貴様は、この世界を統べる王か!この世界に生きる者を導くのではないのか!」


顔を伏せ項垂れるディサイド。


レイミス「…沈黙か。それが、貴様の答えなのだな。」


掴まれていた手が離れふらつくディサイド…王とは思えないほどに、その覇気は失われていた。


レイミス「ならば私の答えを貴様にくれてやる。…今まで世話になったな。」


静かに怒気を孕んだままその場を後にする。

最後まで責務を全うできなかったことには後ろ髪を引かれるが…これは決別だ。

決定的に別れると…そう決めたから。


レイミス「(あまり私を舐めてくれるなよ、魔王よ。)」


レイミス「(例え今感じるこの感情が、湧き上がるべくして湧き上がったものだとしても…。)」


レイミス「(…それでも、私がそう感じていることに、変わりはないのだから。)」

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