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to decide  作者: 村瀬誠
第八章:来るべき選択、世界の行く末
27/30

第二話:壊れた世界の壊れた定め

ディサイド「…そうか。」


しかし意外にもそれをあっさりと受け入れるディサイド。

それは、一種の諦めであった。

それだけの期間の間に勇者が現れないはずがない。

歴代最強の勇者クレイスが名乗りを上げたのも先代より千年程しか時を跨いでいない。

魔王不在の勇者がどう動いたのか気になるところではあるが、おおよその検討は付いていた。

…敗北。

恐らくこれ以上の劣勢を挽回できないと察したメルティナが自分の身ごとどこかに避難したのだろう。

見慣れたその天井はメルティナが考慮した結果、似たような内装を手がけたのだろうと。

そこまでの想像を一瞬の内に働かせたが、その予想はまたもや裏切られる。


メルティナ「そしてその間、勇者は一人たりとも現れることはありませんでした。」


ディサイド「…なんだと?」


では、今目にしている見慣れたこの自室は、そのまま以前の自室と変わらないということ。

起き上がり、触れたそのベッドの感触は確かに覚えがあった。


メルティナ「正直に申し上げまして、ディサイド様の回復にこれほどの日数を要するとは思わずこうしてお目覚めになられてほっとしております。」


ディサイド「迷惑をかけたな。…その他の状況は。」


メルティナ「はい。と、申しましても特筆するほど変わったことはございません。…全くもって、世界の在り方が変わることはありませんでした。」


ディサイド「それは勇者の件…だけではなさそうだな。」


メルティナ「はい。…元々、この魔界に関してはわたくしたちが先導して環境を作り上げているので例外として…人間界に全く変わりがないのです。」


メルティナ「文化、思想、政治、民衆…全くの違いがないとは言いませんが、これほど文明が発展していないのは異常と言っていいでしょう。」


その報告を受け考え込むディサイド。

疑問を浮かべるのは当然であろう、あの時彼らは確実にこの世界に傷跡を残した。

そしてその影響で世界の収束が加速度的に始まるとも言っていた。

だが現状その兆しすらもなく日常が続いているという。

それは何を意味するのか、一旦はそのことについて思考を割いたがすぐにそれを片隅へと追いやる。

今考えるべき事柄は他にあると区切りを付ける。


メルティナ「…そして、もう一つご報告がございます。」


先程まで事実を淡々と語っていたメルティナであったが、改まってそれを報告する。


メルティナ「ウェロルが使命を全うし、消滅いたしました。」


ディサイド「そうか…ついに。」


いつかその時が来るとは予感していた。

彼を城へと連れ帰り、仲間として迎え入れると決めたあの時から。

しかしそれが自分の預かり知らぬところで行われてしまったことには…やはり寂しさを覚える。


メルティナ「今より六百年ほど前のことでした。その際にはスペルアが立ち会ったのですが、彼は納得して消えることができたようです。」


ディサイド「…ならば多少は救われるか。最後まで責任を果たせなかったことは悔やまれるが。」


メルティナ「…後悔、しておりますか。」


ディサイド「元より奴は私の理の範疇外にいたものだ、そういった意味で消滅したことそのものに関しては割り切っているが…それに立ち会うことが叶わなかったことには、やはりな。」


メルティナ「彼は一体、何者だったのでしょう…。」


ディサイド「あれは人間の欲の塊だ。常に人間という生き物は何かしらを得ようと貪欲に塗れている…それが体現されたのがウェロルであったのだろう。」


ディサイド「全てを我がものとすることだけが全てであり、故に欲し続ける。…それがああいった形を取ったのは、恐らく私が原因であろうな。」


メルティナ「…なぜそう思うのです?」


ディサイド「私が『前例』を作ってしまったからだ。魔族…人の形を模したお前たちを作り出したことによって、魔物以外の自然発症の前例が出来上がった…。」


ディサイド「スペルアを生み出した後だったということも大きく関わっているのだろう。膨大な知識を有するスペルアを生み出したことによって、闇の塊の内に残る人間の感情が失ったものを取り戻そうと働いたのかもしれん。」


メルティナ「では、ウェロルがこの世に顕現したことは必然だったと?」


ディサイド「あの時は予測できなかったが、改めて考察してみるにそれが妥当な考えであろうな。…それほどまでに、人間の業は深い…ということだ。」


ディサイド「満たされんがために求め続けるが、その欲望の果てはない。私のしたことが要因とならずとも、いずれは形を変え似たような行動を取っていたであろうな。」


メルティナ「ですが、ウェロルは消滅したのですよ?それは満たされたということではないのですか?」


ディサイド「『今は』…だ。今はたら腹欲望を喰らい一時的に満たされただけに過ぎない。腹が減ればまた、口寂しくなり食い漁る…。」


ディサイド「人間が、己の持つ感情を捨て去ることができないのなら…やはり果てはない。」


メルティナ「どこまでも強欲ですわね、人間は…。」


ディサイド「でなければ我らという存在すら生み出すに至らなかっただろう。そのことについて思考を巡らせることは無意味とまでは言わんが、あまり深く思いつめるなよ。」


メルティナ「…承知しております。」


ディサイド「それよりも、私からも確認したいことがあるのだがいいか。」


メルティナ「はい、なんなりと。」


現状は把握した…ともなれば浮かんでくる疑問も当然ある。

変化はないと言われたなら尚更、その疑問にぶち当たるだろう。


ディサイド「二つの世界観を通じてのやり取りは、私が不在の間どうなっていたのだ。」


そう、物質…及び生命体を特定箇所から特定箇所へ転移させることはディサイドしか行うことはできない。

そしてディサイドが倒れたということは、その間二世界間の転移は不可能…それは即ちこの魔界に住む人間の餓死へ直結する。

それなりに自給自足しているとは言えそれは微々たるもの、他に手段があるとするならば未だ健在であろうあの結界をくぐり抜けなければならないのだが…。


メルティナ「いえ、それは…。」


なぜか歯切れの悪いメルティナ、まるではしゃぎ過ぎて母親のペンダントを壊してしまった子供のように目が泳ぐ。


メルティナ「ま、まったくもって問題はありませんでした。」


ディサイド「…急を要する自体ではなさそうなことは理解したが、できればどのような方法を用いて代用したのか聞きたいものだな。」


そうしてただ怒るのではなく諭すように問いかけるディサイド。

しばらくの静寂の後、覚悟を決めたメルティナは口を開く。


メルティナ「僭越ながら…わたくしがディサイド様の代わりを努めました。」


ディサイド「はぁ…。…闇の塊からエネルギーを吸収したのか?」


メルティナ「…はい。その都度エネルギーを補充していたので、負担はそれほどありませんでしたが。」


無言の圧にたじろぐメルティナ。

睨んでいるわけではないが、その視線は誤魔化そうとするその心を打ち砕いた。


メルティナ「…申し訳ありません。かなり負担が大きく転移を行う度に数日間は寝込んでいました。」


ディサイド「やはりな…。」


体感としてはついこの間、その比ではないどころかそこにある全ての闇の塊を肉体に収めたことのある身としては、その点の誤魔化しは効かない。

多少ドーピングする程度なら問題ないが、高度な技術を要する転移魔法を扱えるだけのエネルギーともなれば相当なもの。

体に負担どころか、一介の魔族であったらまずその量の魔力を肉体に収めることすらできないであろう。

そして例え結魔であったとしてもそれを御し得ることは容易ではない。


ディサイド「まぁ、そのことに関して言えば、責任は私にある。強く叱ることはできないが、それでも言わせてもらうぞ。」


メルティナ「…はい、お叱りの言葉は当然と思います。どうぞお気になさらずなんなりと。」


感謝はもちろんのこと、その身を粉にした功績は大きい。

これでメルティナまでもが不在となっていたら、それこそ魔界は崩壊していたかもしれない。

しかし、だからこそ形式的にでもその身勝手な行いに対し罰を与えなければならない。

…それがどのような罰かは、それぞれが決めることである。

故にディサイドは目を閉じ体を固くするメルティナを強引に抱き寄せ、その頭を撫でる。


メルティナ「…っ。ディサイド、様…?」


ディサイド「…これ以上の心配をかけるな。お前を失うことが私にとってどれほどの損失か…今一度その心に刻め。」


メルティナ「…はい。」


優しく、力強く包まれるその感触に絆されていく。

感じる温かさと共に湧き上がってくる己が犯してしまった罪への罪悪感。

仕方がない、そうせざるを得ない状況にあったことは確かだが、それでもこうしてディサイドを不安にさせてしまったこともまた事実。

それは自分が一番させたくないと、そう誓ったはずなのに。

それでもまたメルティナは過ちを犯す。

どうしようもないほどにメルティナもまた…メルティナであるが故に。


…。


そしてその日はディサイドの快気祝い…とはならなかった。

当然である、いくらメルティナが優秀であろうとも片付けなければならない問題は山積みであった。

それらを全て解消するにはやはりいくらかの時間を要した。

数ヵ月が経過する頃には当面の課題を粗方片付け終わり、現在は結界の状況を確かめるべく足を運んでいる最中である。

といっても実際は飛行しているため歩くための足は使われていないが、それは気にするところではない。

そうこうしている内に遠くの方に霧がかかっていることを確認、徐々に高度と速度を下げつつ近付いていく。

…と、その視界に豆粒のように見える小さな物体が。

否、それは人間であった。

白い装束に身を包んだ騎士のような者と、半歩下がり控えるような形でその横を歩くメイドのような者。

近付いていく内に、その騎士のような者も女性だと気付く。

しかしディサイドにとってはそれ以上に不可解…いや、不審と言わざるを得ない状況。

アストゥーリアからの報告は受けていない、自身での感知もしていない…だがあれはどう見ても、『勇者』であった。

嫌な予感を覚えつつも確かめないわけにもいかず、即座に頭を切り替え目標を目の前の人物に変更する…結界の見回りは後回しだ。

そして近付く内に彼女たちもこちらの存在に気が付いたのか歩みを止める。

ゆっくりと下降していき静かに降り立つディサイド…三者はここで邂逅する、いや、これはある意味では必然である。


ディサイド「…ここは貴様らのような者が立ち入って良い場所ではないぞ。」


その予感が間違っていると、淡い希望を抱きつつ彼女らに警告する。


騎士のような女「ああ、すまない。それは分かっているのだが…。」


騎士のような女「ある人物を探していてな。その者を見つけるまで帰るわけにはいかないのだ。」


ディサイド「貴様、貴族であろう。探し物はそこにいる従者にでも任せたらどうだ。」


メイド「ひぐぅ…っ!」


ただ視線を移し変えただけなのだが、威嚇と捉えられたのかメイドは怯えて主の後ろに隠れてしまう。


騎士のような女「いや、こればかりは私自身の手で行わなければならないのだ。…そうしなければ意味がない。」


ディサイド「いいや、意味などない。…そのようなことに、意味などあってはならないのだ。」


そうであるはずがないと、頭の中で否定し続けるが…視界に入る彼女のその姿がそれをまた否定する。

白い布状の煌びやかな装束…その顔立ちやあふれる気品は、以前にも対峙したことのある『彼』の存在を否が応でも連想させる。

そしてなにより…その腰に携えている得物、それは。

…光剣アルティパール・ラスタリス。

柄の部分からして特徴的な形のそれは見覚えがあるどころの話ではない。

その刃は魔を滅するためだけに研ぎ澄まされたもの…しかしそれが現存していることなどこの場では些細なこと。

問題は、なぜそれを目の前の女が所有しているかだが…その答えも彼女の次の発言により明確のものとなる。


騎士のような女「ははっ、随分と手厳しいな。…おっと、そういえばまだ自己紹介をしていなかったな。」


騎士のような女「私の名はレイミス・バーミリオット。聞き馴染みはないかもしれないが覚えてくれるとありがたい。そして今私の後ろに隠れているのが私専属の従者、ミャークル・フリンジだ。」


ディサイド「…っ。」


これで確定した、間違いであってほしいと…心の中で唱え続けた。

結果それは無駄に終わった、バーミリオットの名を持ち『レイ』を継ぐ者…かつての勇者、クレイスの子孫であろうことはこれで明確となった。


レイミス「そうだ、あなたはこの近辺の住人なのだろう?少々尋ねたいことがあるのだが、良いだろうか?」


ディサイド「…なんだ。」


レイミス「魔界に住んでいるあなたにこのような事を尋ねるのは酷と承知しいる。私も相応の覚悟はしているつもりだ。」


レイミス「故に、この質問をすることで不快にさせてしまうかもしれないが、許してくれ。」


ディサイド「…前置きは不要だ。要件を述べよ。」


レイミス「おっと、失礼した。こほんっ、では単刀直入に…。」


レイミス「…魔王を殺すため奴を探している。なにか心当たりはないか。」


ディサイド「ある…と言ったら?」


レイミス「おおっ、それは是非ともお教え願いたい!」


ディサイド「…我だ。」


レイミス「ん?」


ディサイド「…いつまでも現実を直視しないわけにもいかん。貴様が覚悟を決めているように、我にもまた成し遂げなければならないことがある。」


それがもはや叶わぬことであることは覆りはしないが、それでも理想を追い求める。

だから、直後に起こった出来事はディサイドにとっては本望であった。

構えを取り応戦する暇もなく振り下ろされた光剣、アルティパール・ラスタリス。

まるで舞い落ちる木の葉を両断するが如く切断され、見える世界が二つに割れる。

崩れ落ちる中見えたレイミスを名乗る者は…。

怒るでもなく、憎しみを抱くでもなく、冷徹な眼差しを向けるでもなく…先程見せた凛とした表情のまま見届ける。

その者が敗れていくことを…そのあまりに短い決着の終わりを。

そしてどこか既視感を覚えつつディサイドは意識を手放していく。

これで何度目になるか、途中で数えることをやめた…『死』の感触を確かめながら。


…。


ミャークル「あ、あのぅ…い、いきなり倒しちゃって良かったんですかぁ…?」


レイミス「うーむ。しかしあの者は自ら魔王だと名乗ったしな。例え偽物であったとしても、討ち取っておくに越したことはなかろう。そのような不貞な輩には正義の鉄槌が必要だ。」


ミャークル「そ、そうですか…。」


レイミス「…ぬあっ、しまった!そうだ名前を聞き出すことをすっかり失念していた!…う~む、殺してしまった今となっては確かめようがない…。よしっ、一度人間界へ戻り人相を伝えて確認するとしよう。では帰るぞ、ミャークル。」


ミャークル「あ…は、はいぃ…っ。お、お待ちくださいませお嬢様ぁー!」


背を向け颯爽と歩き出すレイミスを慌てた様子で追いかけるミャークル。

そしてレイミスは振り返ることなく注意を促す。


レイミス「今は私たちしか周囲にいないからいいが、『勇者』として名乗りを上げた私をもうそう呼ぶなといつも言っているだろう!」


ミャークル「はい…っ。すみません、レイミス様…。」


レイミス「まあ良い。…もし彼が本当に魔王なのだとしたら、これ以上そう呼ぶことも強制はせん。私も、『役目』を果たしたことになるからな。」


ミャークルが追いつき二人は白い光に包まれる。

そして弾丸のように弾け毒霧の森林へと突き抜けていった。

人間の絶対悪とされる魔王をその手にかけたとは思えないほどにあっさりと、なんの感傷も抱かず去っていく。

それがまるで、当然のことであるかのように。


…。


ディサイド「くっ…どういうことなのだ…っ。」


闇の塊より再生したばかりのため気が立っていることもあるのだろう、ディサイドは憤りを露わにしていた。

穢祓いを行う時間すらも惜しむように『ある場所』へと意識を飛ばす。

強く閉じられた瞼を開くと、そこはいつぞやの白に満ちた世界であった。


???「まったく、せっかちだなぁ…。そんなに急がなくても俺は逃げたりしないって。」


ディサイド「それよりも説明が先だ。なぜ勇者が現れたことを知らせなかった!…なぜ私は、そのことを感知できなかったのだ…!」


???「そりゃあお前さん…する必要がなくなったからだよ。」


ディサイド「…何?」


???「分からないのか?あんたが目覚めたことで止まっていた世界の崩壊のカウントダウンがまた始まったんだよ。」


???「終わらせるだけなのに、こっちからなにか伝言とかそんな面倒なことすると思う?」


ディサイド「…。」


???「全ての歯車はこれ以上ないほどにがっちり噛み合ってるんだから、少し考えれば分かるはずだよね?…それをいきなり押しかけてきて怒鳴りつけるとか…。」


???「『あの権利』のことを話に来たわけじゃないんなら、さっさとここを出てってくれる?俺も暇じゃないからさ。」


何もない空間にただ一つぽつんと佇む机に再び視線を戻す彼。

その手には万年筆のようなものが握られており、机には原稿用紙と思しき紙が敷かれていた。


アストゥーリア「申し訳ありませんがお引取りを。…こちらとしても、無用な争いは避けたいので。」


横で控えていたアストゥーリアが一歩前進し警告を促す。


ディサイド「…多少気が急いていたようだ。そうであったな、もはやあの世界に未来と呼べるものはない…騒がせてすまなかった。」


踵を返しあっさりと身を引くディサイド…その姿はやはり一瞬の内に消えた。

いきり立つ態度を見て警戒レベルを上げていたアストゥーリアであったが、ディサイドが元の世界に戻ったことを確認すると自分の主人へと問いかける。


アストゥーリア「宜しかったのですか?あのような態度を取ってしまって…。」


???「いつまでも終わった世界に固執なんかしてられねーよ。…それに、あいつがどう進むか、その可能性は既に提示してある。これ以上のことをしてやる気はない。」


アストゥーリア「…新たな世界を創造する権利、ですね。」


???「あのままあの世界と共に朽ち果てるか、それとも世界を創造する神となって自由という名の束縛を得るか…全てはあいつ次第さ。」


アストゥーリア「ではなぜ、執筆をしているふりなどなさったのですか。」


???「あ?生意気な口を効くじゃないか、アストゥーリア。俺のすることに文句でもあるのか?」


アストゥーリア「…いいえ。ただ…素直でないと、思っただけです。」


???「はっ…野郎の見栄っ張りをつまんねー属性に例えやがったら承知しねーからな。」


アストゥーリア「あなたのような人を…ただの言葉で表現することはできませんよ。それは、あなたへの冒涜です。」


???「ふんっ、上出来な回答だ。今回は不問としてやる。」


アストゥーリア「はいはい。」


…。


ディサイド「(さて、当面の問題は…やはりあの者か。)」


ディサイド「(だが…やはり不自然だ。今までに前例がない…。)」


ディサイド「(…いや、そのようなことは最早些細なことなのだろう。しかし、なぜだ…。)」


穢祓いを終えディサイドは書斎へと戻っていた。

『あの世界』での彼の発言に納得したとは言え、あのレイミスと言う勇者には疑問を覚える。

それは、女性であるということ。

これまでに何十人、何百人の勇者と対峙してきたが、その全ては例外なく男性であった。

しかしディサイドも結論付けたように、そのようなことに最早意味などない。

ディサイドが目覚めるまで勇者が現れなかったのは、世界を終わらせるために必要なプロセスを踏むための重要人物が意識不明であったため。

レイミスが魔王に執着している様子がなかったのは、彼女の中で魔王に対する何かしらの感情がないとまで言わないがさほど重要視することでもなかったのだろう。

そう、全ては世界を収束させるため…そのご都合主義を遂行するべく選ばれたのが彼女だったのだ。

しかしそう仮定したとしても疑問は残る、何故世界は未だ続いているのか…。

ディサイドも、こうして変わらず顕現することができた…これでは今までのサイクルと何ら変わり無い。


ディサイド「(…やはり、確かめる必要があるな。)」


ベッドに腰掛けていたディサイドは立ち上がり書斎を後にし、彼女の自室へと向かう。


…。


メルティナ「ディサイド様…?もう結界の点検がお済みになられたのですか?」


ディサイド「いや、それよりも優先すべき案件が発生した。…勇者がこの地に現れた。」


訪ねたのはメルティナの自室。

書類作業を一旦やめさせ話を切り出す。

結界の点検には相応の時間を要すると思っていたメルティナは当然突然のディサイドの訪問に驚くが、それを気にかけている場合ではない。


メルティナ「勇者…ですか?」


あまりの唐突さに、メルティナはただ言葉をなぞるしかできなかった。

状況を十分に理解できていないことは承知の上で話を続ける。


ディサイド「結界に不備がないか確認するべく向かう最中に対峙した…。そこで破れ、先程地下より戻ったのだ。」


メルティナ「…なるほど。しかしなぜ…。」


先程まで感じていた疑問、当然メルティナもそれにぶち当たる。


ディサイド「説明をしている暇はない。これより私は今一度あの勇者に会いに行く。…真相が明確となるまでな。」


ディサイド「その間、魔界のことをお前に託す。…頼まれてくれるか。」


メルティナ「…ええ。どのようなことであろうとも、ディサイド様のご命令とあらば。…可能でしたら、全てが終わった後、お話頂ければ。」


ディサイド「約束する。」


ディサイドの全てを無条件で受け止める…メルティナにこの依頼を断る理由などなかった。

そしてそのまま慌ただしくメルティナの自室を後にする。

…レイを継承せし勇者の元へ、訪れんがために。


…。


レイミス「んっ…はぁーっ。相も変わらず、父上の説教は長いな。すっかり体が凝り固まってしまった。」


ミャークル「わ、私も少し、疲れてしまいました…。」


レイミス「すまなかったなミャークル、巻き込むつもりはなかったのだが。…まったく、父上の融通の利かなさには困ったものだ。『これは私の独断と偏見で行ったことだ。罰するならば私だけを!』とあれだけ講義したというのに…。」


ミャークル「で、ですがこれで、人間界は救われたんですよね?あの時の人物は間違いなく魔王なのですから。」


レイミス「ああ、過去の文献とも父上の証言とも一致している。あまりに偶然が過ぎるが、それはこの際些細なことだ。魔族を統べる王を倒したことに変わりはない。…随分とあっけなかったが、案外魔王といっても大したことはなかったな。」


魔界より帰還し城へと戻ってきた二人を待ち受けていたのは、トレイクル現国王だった。

直様謁見の間へと連れられそこでまず説教が始まった。

三時間ほどトレイクルの怒鳴り声は鳴り響き、説教慣れしているレイミスはともかく、そこに同席していたミャークルはすっかり疲弊していた。


レイミス「しかし、あともう一回は魔界に行く必要があるだろうな…。」


ミャークル「え…なんでです?」


レイミス「いくら魔王を倒したといってもそれだけだ、魔界にはまだ魔族がごろごろいるはず…。」


レイミス「そいつらを倒さないことには安心できないだろ?」


ミャークル「そ、それはそうですが。…でも国王様が三ヶ月の謹慎だって…。」


レイミス「…問題はそれだな。謹慎が解けてから乗り込んでもいいが、その間に魔族が攻め込んでこないとも限らない…。」


???「その必要はない。」


レイミス「…っ!」


その声を耳にした瞬間にその場を飛び退くレイミス。

かけられた言葉と共に感じるプレッシャー…その場にいなかった、いるはずのない者がそこに立っていた。


ミャークル「え…どっ、どうしてここに!」


レイミス「ちっ、下がれミャークル!…一体何をしに来た、魔王ディサイド。いや、なぜここにいる…魔王ディサイド!!!」


ディサイド「…我の叶わぬ夢を、貴様に消させぬためだ。」


レイミス「…何を言っている。」


ディサイド「貴様は我に屈する運命である。…それが変わらぬ事実であることを証明するために貴様にはこの場で消えてもらう。」


レイミス「巫山戯るな…貴様の下らぬ野望のために一体どれだけの犠牲が出たと思っているっ。」


レイミス「どのような方法で蘇ったかは知らないが…何度立ちはだかったところで、私の正義がお前を打ち砕く!」


光剣アルティパール・ラスタリスを引き抜き鞘を投げ捨てる。

ここが王宮内であることなど気に止める様子もなく戦闘態勢に入る。


ディサイド「…確かに、我の夢は野望と呼べるものかもしれんな。」


ディサイド「果てなく追い求め探し求め続けたとしても決して手にすることは叶わない…。」


ディサイド「…だが、貴様の掲げるその正義と、一体何が違うというのだ。」


レイミス「何…っ!」


ディサイド「貴様は貴様の信念に基づいてその正義とやらを振りかざしているのだろう?」


ディサイド「ならば我を否定することなどできぬはずだ。…我もまた、我の信念に基づいて我の野望を掲げているのだからな。」


レイミス「っ…巫山戯るなと言ったはずだ。貴様が絶対悪であることは明白…っ。なればこそ、それを断罪するのは私の当然の使命だ!」


レイミス「その私の正義と貴様の野望が同じだと…?戯言も大概にしろ!」


レイミス「貴様のような下劣極まりない輩…私の正義の前に屈するがいい!」


弾けるようにディサイドへと迫るレイミス。

一瞬でその距離はゼロとなり振り切られた光剣アルティパール・ラスタリスはディサイドの胴を二つに分断する。


ディサイド「(やはり…か。これが、世界を終わらせるということなのだな…。)」


そうして、あることについての確信を得て、ディサイドは再び塵と消える。

完全に浄化される直前に、言葉を残して。


ディサイド「…世界の在り方を変えることはできない…我がそうであるように。」


レイミス「…何?」


ディサイド「だが決して諦めはしないぞ。…この命が尽きるまで、我は我の夢に縋る。」


レイミス「…くそっ、なんなんだ!あいつは一体、何者なのだ!」


何を思って憤りを感じるのか、レイミスには分からなかった。

やり場のなき怒りは口から吐き捨てられる…が、それによって冷静さを取り戻す。


ミャークル「ひ、ひとまず国王様にご報告を…っ!警備の者にも知らせないと…。」


レイミス「そんなことをしている場合ではないっ。今すぐ魔界へ乗り込むぞ!」


ミャークル「は、はぃっ?お、お嬢様こそ、そのようなことなど後回しにすべきです!先程、見ましたよね!?何もないところから忽然と…。すぐに警戒態勢を敷いてこの王宮を死守するべきです!」


ミャークル「私たちは、魔王に対してなにか…大きな誤解をしていたのです。あれほどの力を持っていながら今まで静観していたとなると、どのような策を用いてこの人間界へ攻め入ってくるか…そんなことも分からないのですか!?」


レイミス「…分かっているからこそだろ!」


ミャークル「…え?」


レイミス「奴はここへ、何かを確かめに来た。…今思えば、あれは私への挑発だったのだろう。」


レイミス「それに見事踊らされてしまったわけだが…それが、奴の目的だったのだ。」


ミャークル「…と、言いますと?」


レイミス「いや、それはもう終わってしまったことだ、この際どうでもいい。…だが、終わってしまったことが問題なのだ。」


ミャークル「あの、それは一体…。」


レイミス「…奴は、何らかの目的を持ってここへ来た。そしてそれは達成された…となれば次に何をすると思う?」


ミャークル「それは…分かりません。」


レイミス「私にも不明だ。奴がここへ来た目的もはっきりとはしていないしな…。」


レイミス「それは置いておくとして、奴は私やこの王宮に執着している様子がなかった。」


レイミス「まるで私に殺されるためだけに訪れたようではないか…。それが不気味でならない。」


レイミス「…結局は、私自身が不安を抱いているからそれを知りたいだけなのかもしれない。…だが。」


レイミス「それを知らなければならない気がするのだ。どうしてかは、分からないが。」


ミャークル「…。」


レイミス「まぁ先程は後回しにしろといったが、別にこんな状況になってまで共にいる必要もあるまい。」


レイミス「ミャークルは王宮の者たちにこのことを伝えてくれ。私は、今一度魔界へ向かう。」


ミャークル「…ダメです。」


レイミス「わがままを言うなミャークル。」


ミャークル「いやです…私も連れて行ってください!」


レイミス「…ミャークル。」


ミャークル「今の話を聞いて、私も不安になりました。…あの魔王が何を企んでいるのか、不安で不安で仕方がありません。」


ミャークル「そんな不安に、お嬢様お一人で立ち向かうなど私には耐えられません!どうか、私も一緒に連れて行ってくださいっ!」


レイミス「…分かった。では行くぞ!」


ミャークル「はいっ!」


騒ぎを聞き付けこちらへ駆け寄ってくる兵士たちを押しのけ二人は走り出す。

向かうは魔界…感じる不安を跳ね除けようと、払拭しようと。

求める真実を、明らかにするために。

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