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to decide  作者: 村瀬誠
第七章:揺らぐ定め、崩壊の兆し
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第三話:その力の代償

アストゥーリア「…よろしかったのですか、あのようなことを仰ってしまって。」


???「だってさぁ…もうどうにもならないし、ここまで来たら後には引けないよ。」


アストゥーリア「私には、ただ無責任に責務を放棄したとしか見受けられませんでしたが。」


???「おっ、ゆーねぇ。…まぁ間違いじゃないよ。俺は全うするべき責任を放棄した。」


アストゥーリア「…。」


???「でもさ、正直分かんないんだよ。あの世界とどう向き合っていけばいいか。…ならいっそ、あいつにぶん投げた方が面白いことになりそうじゃない?」


アストゥーリア「…はぁ、どこまでもあなたは変わらないですね。」


???「馬鹿言うなよ、俺が変わるとしたら…それは俺という存在の存在理由が別のものになった時だ。そうならない限り俺は、常に読者のため退屈しない物語を書き続ける…ただそれだけのことさ。」


アストゥーリア「…そうでしたね。」


???「っていうか、それを言ったらお前だってそうじゃねーか。元々は俺の代わりってことであいつと定時連絡を交わすために生み出したんだからよ。あの世界がなくなったらお前、お役御免だぞ?」


アストゥーリア「それならそれで構いません。私はあなたに従う奴隷ですので。」


???「人聞きの悪い言い方すんなよ…。ま、お前はお前で都合がいいから…ってか使いようによっては使い勝手がいいから残す予定だ。」


アストゥーリア「…意外でしたね。『to decide』の世界が消滅するのと合わせて消去されるものかと。」


???「いや、むしろそれがきっかけだ。今回の件を教訓に、より良い世界を作る為にはどうしたらいいか…また改めて一から練り直す必要が出てくる。その時にお前という存在が使えるかもしれん。」


アストゥーリア「結局は駒であることに変わりはないんですね。」


???「何だ、不満か?」


アストゥーリア「…まさか。実に光栄なことです。」


…。


ディサイド「うっ、ぐっ…ゲハ…っ。」


保っていた緊張の糸が切れ、ひとまず事態が収束し安堵したディサイドを襲ったのは強烈な吐き気だった。

のみならず、激痛が全身を駆け巡る…体が内側から引き裂かれそうになるような…いや、今回に限って言えばそれば比喩でもなんでもなくディサイドも想定していた自然現象であった。

闇の塊を丸ごとその身に収めたディサイドの肉体はそのエネルギーを内包しきれず爆発寸前…アストゥーリアとの戦闘の時でもそうであったが、現在進行形でそれを抑えている。

もしほんの少しでも気を抜いたら、恐らくその肉体ごと破裂し見渡す限りの景色は一瞬にして消し飛ぶであろう。

…まだ消し飛ぶだけならば良かったのかもしれない。

アストゥーリアの干渉によって世界の収束は確実に進行している…今この状況で更に追い討ちをかけるようなことが起きて、果たしてこの世界は無事でいられるのか。

爆発したあと、エネルギーはどうなる?瞬間的な爆発に留まらずその被害を拡大していくかも知れない…ギリギリのバランスで保たれている今の世界では、僅かに均衡が崩れるだけでも危うい。

それを理解しているため、最悪の事態を招かないようディサイドは必死に堪える…だがいつまでも体内にエネルギーを留めておくことはできない、少しずつエネルギーを吐き出そうと試みるが扱いを間違えることはできない。

満タンの貯水タンクから、一本小さい排出口を作るようなものだ…そこから一気にエネルギーが流れ出ないとも限らない。

そうなれば結局は制御できないエネルギーに翻弄されてしまう…ディサイドは激痛に苛まれながらも打開策を見出そうとする。


メルティナ「ディサイド様…?お戻りになられたのですね!」


うずくまるディサイドをいち早く発見したのは目を覚ましたメルティナであった。

部屋にディサイドがいないことに嫌な予感を覚え自らの足で探していたのだ。

まだ足取りは若干覚束なかったが、それでもようやく見つけることのできた人物に駆け寄ることは苦ではなかった。

だが、それをディサイドは制す。


ディサイド「…寄るな、メルティナ。」


メルティナ「どうか…されたのですか。」


険しい表情で警告を促すディサイドにメルティナは困惑を隠せない。

しかし苦しみを堪えるディサイドに答えたいと思うのは、メルティナの性であった。


メルティナ「…わたくしに、何か出来ることはございますか。」


ディサイド「…。」


意識が朦朧とする中ディサイドは思案する。


ディサイド「状況は、把握しているか。」


メルティナ「いえ、つい先程目覚めたばかりで…ディサイドがそんなにも苦しまれている理由も…。」


ディサイド「そうか…。…私の体には今、闇の塊のエネルギーが全て内包されている。」


メルティナ「…!」


ディサイド「今は自力で押さえつけてはいるが、予断を許さない状況だ。最悪の場合、この魔界が全て消し飛ぶ。」


メルティナ「…つまりは、いかに被害を最小限に留めるか、ということですね。」


ディサイド「そうだ。」


緊迫した自体を理解したメルティナであったが、その経緯までは問わなかった。

今が非常時だということ、そしてディサイドに余計な負担をかけさせないためである。

己が疑問に感じることは、全てこの場を収めてから解消しても遅くはない。


ディサイド「そこでだ。…今から私の指示通りにしてくれ。」


メルティナ「はい、なんなりと。」


この時、具体的な内容を聞かずに受諾したことをメルティナはすぐさま後悔することとなった。

いや、恐らく後悔するであろうと分かっていたとしても、この時ばかりはその申し出を受け入れる他なかったであろう。

そしてディサイドも、これは苦渋の選択であったが…現状これ以外の有力は候補は思い浮かばなかった。

メルティナを傷つけると分かっていて、ディサイドはその提案を口にする。


ディサイド「メルティナよ。…私の内にある闇の塊を、引きずり出すのだ。」


…。


その方法はいたってシンプルであった。

砂場にある砂を鷲掴みにし外へ放り投げるようなものだからだ。

しかしその掴むべきは砂ではなく黒純の塊であり、それが存在するのはディサイドの体内だということ。

…また、ディサイドが断末魔のような叫びを上げる。

肉塊にも似たそれを引き抜いたメルティナはそれを投げ捨てる。

その先には既にいくつかの闇の塊が合体しており、投げられたそれも吸収されその分だけ肥大化した。

完全な球体となっていないのはディサイドの体に宿った結果なのか、はたまた全てのエネルギーを保持していないからか…それは分からない。

だがそんなことは淡々と作業を行う二人にとってはどうでもよかった。

いや、どうでも良いというよりは、そのようなことにまで気を回すことができないのだろう。

ディサイドはメルティナの手によって闇の塊を強引に引きずり出される度に激痛に見舞われ、幾度となく意識が飛びそうになる。

しかしここで意識を手放してはまだ内に残るエネルギーが外へ向けて暴発しかねない…極限の状態だが、それでもディサイドは自身で制御できるほどエネルギーを排出しない限り油断はできない。

そんなディサイドを見て、メルティナは何も感じないように努めていた。

メルティナはディサイドの指示通り、ディサイドの背中に手を突き刺し内蔵を掴むが如く闇の塊を掴みそれを力尽くで引きずり出す。

一度に取り出せる量はそれほど多くはないので、何度も繰り返す必要がある。

ましてやディサイドは、その切れ目から一斉にエネルギーが漏れることを防ぐため全力で抑えている…その状態で引きずり出すのだ、相当な腕力を要する。

あえて苦痛を味わわなければならないディサイドに当然当初メルティナはこの案に反対したが、他に方法がないと悟ると悲しみに打ちひしがれながら受け入れ実行した。

心を無にし苦痛に喘ぐディサイドを極力視界に入れないよう作業を続けるが、それでも耐え切れなくなり作業の手が止まることがあった。

その時はディサイドから叱咤された…一刻を争う状況、早急にこれに対処しなければ魔界が危ぶまれる。

魔界の安全と己の苦しみ…ディサイドがどちらを選ぶかなど明白であった。

そのことを誰よりも理解しているメルティナは、涙が零れそうになるのを堪え作業を再開した。

しかしその内に、すっと自分の頬に透明な液体が流れる…その正体が何かを理解するのに思考することはなかった。

手を鋭く手刀のように構えディサイドの肌を露出させた背中に勢いよく突き立てる。

肉を掻き分けていく感触、メルティナは無造作にそのまま肉を鷲掴みゆっくりと引き抜く。

作業を効率化させなければならないが、この引き抜く作業に関しては最大限の注意が必要だった。

力任せに一気に引き抜くと開いたその隙間から闇の塊が放出されかねないからである。

手にまとわり付く嫌な感触を覚えながら慎重に取り出す…背中の皮膚はメルティナの手に張り付くようにして隙間を埋める。

肉塊を一塊取り出すころには傷跡などは残っておらず、その背中は荒い呼吸と共に上下するだけであった。

どれほどの時間が経ったのだろう…既に取り出された闇の塊の量は相当なもので、小高い山がそこにあるようだった。

魔王城の地下に眠っていた時の面影はなく、それはただの肉の塊であった。

ぶよぶよとした内蔵のような見た目、闇の塊と銘打つだけあって黒い液体が滴るが故にその物体は一層のおぞましさを放つ…そしてそれらは混ざり合い心臓のような鼓動を刻んでいる。

そしてこの時、既にディサイドは言葉を発さなくなっていた。

あまりの激痛に気を失ったわけではなく、感覚を失っていた…いや、正確には麻痺したといったところか。

文字通り身を裂かれる程の痛み…繰り返されるそれに次第に慣れてしまったのだ。

メルティナもその様子に怪しんでいたが、ディサイドに短く一言『続けろ』と命じられ全てを悟った。

今も尚ディサイドの神経はエネルギーを制御することに全て使われており、余分な事に使う思考などなかった。

いつしか夜が明け太陽が顔を見せていた。

時間にしておよそ十時間だろうか…しかしそれだけの時間を要してもまだディサイドから中断の指示はない。

涙もいつしか枯れ果て、メルティナの頬にはその跡が残っていた。

これで何百回目なのだろう…すっかり肉の感触に慣れてしまったメルティナは一定のリズムを覚えるほどに同じ作業を繰り返していた。

そしてまた、ディサイドの背中に右腕を差し込む。

これまで通り塊をしっかりと掴み引き抜こうとするが、その手は不意に止まった。

声が聞こえたのだ、誰かが自分を呼ぶ声を。

そしてその声には聞き覚えがあった…普段から聴き慣れた、仲間の声であった。


ファウス「おーいメルティナぁー、いるかー?どこ行ったんだー?」


二人の意識が遠吠えのごとく聞こえる方へと向けられる。

そして互いに姿を認識する。


ファウス「あ!いたー!もう、こんなとこで何してるんだよ。心配したんだ…ぞ。」


しかしファウスは二人の仲間の他に否が応にも視界に入るものがあった…ぶくぶくと膨れ上がった不気味な物体、闇の塊であった。


ファウス「うおっ、なんだこいつ!敵か!」


ディサイド「…良きところで来てくれた。こちらに来い。」


メルティナ「ファウス、あれには敵意と呼ばれるものはありません。威嚇をおやめなさい。」


ファウス「んっ、ん…。なんかよく分かんないけど、二人がそう言うなら…。」


一目見た瞬間警戒心を顕にしたファウスであったが、メルティナに諫められ二人の元へ駆け寄る。

が、いくら心配ないとは言われてもその異様さに圧倒され完全に目を逸らすことはなかった。


ファウス「で、これは一体どういう状況なの?ってか、二人は何してるの?」


ディサイド「…事情を話しているほど悠長にはしていられない。ひとまず私の指示に従ってくれ。」


ファウス「…んー、分かった。わっちは何をすればいい?」


二つ返事で了承するファウス。

自体は飲み込めていないが、何やら緊迫した雰囲気なのは一目見て理解できていた。


ディサイド「そこにあるのは闇の塊だ。これを、城の地下へ運んでほしい。」


ファウス「え、これを…?」


改めて向き合うと、その威圧感は凄まじかった。

眺めているだけで不快感を覚えるほどに、それは不気味に鎮座していた。


メルティナ「わたくしもそれを懸念していたのですが、ファウスが通りがかってくれて助かりました。…お願いできますか、ファウス。」


ディサイド「この場に放置しておくのは危険だ。城の地下には特殊な結界を張って保護していたがこの場では機能していない。どんな形で周囲に影響を及ぼすか分からない。」


ファウス「…とにかく、これを運べばいいんだね。何か注意することとかある?」


ディサイド「直接触れてもある程度は問題ないが、念のため魔法を用いて接触する箇所を保護した方が良いだろう。」


ファウス「ん、分かった。それなら人海戦術が使えるね。他に暇そうにしてる奴片っ端から呼んでくるから待ってて!」


最善を尽くすため素早くその場を離れるファウス。


メルティナ「…ディサイド様。手遅れかとは思いますが、あまりこの状況を他の者に見られない方が良いのでは…。」


ディサイド「被害が出て負傷する者が出るくらいなら、公言してしまった方がましだ。…それに、メルティナも感じ取っているだろう、波動を。」


メルティナ「はい…。このまま放置すれことが良くない結果を生むことは、わたくしも想像できます。」


ディサイド「多少のことで揺らいだりはしないだろうが、それでも十分に取り扱いに気を配らねばならぬ。安全策を取るに越したことはない。」


メルティナ「…お聞きしてもよろしいでしょうか。」


ディサイド「構わん、話せ。」


メルティナ「相当量闇の塊を取り出しましたが、後どの程度摘出すれば良いのでしょう。」


ディサイド「…恐らくだが、取り出したのは半分にも満たないであろうな。少なくとも、あと一日はこの作業を要するだろう。…他の者に変わるか?」


メルティナ「いえっ、わたくしにやらせてください…っ。他の者を信用していないわけではありませんが、これだけは譲りたくありません。」


ディサイド「…そうか。では任せたぞ。」


メルティナ「はい。」


…。


それからしばらくしてファウスは日向ぼっこに興じていたスペルアと、筋肉自慢のディバルバ…そして魔車を引き連れて戻ってきた。

しっかりとした足取りの魔物は荷車を転がしながらファウスに従って付いてきた。

スペルアは心底面倒くさそうな顔をしていたが…いざ現場を目の当たりにすると、ただ事ではないことを察する。


スペルア「…なぁファウス。俺は面倒事はごめんなんだが。」


ファウス「大変な思いしてるのはメルティナとディサイド様なんだから文句言わない!それに言ったでしょ、あれを運ぶだけだって。」


ピッと伸ばされた指が示す先には先刻と変わらぬ異様な存在感を放つ黒い肉塊が。


ディバルバ「とりあえず魔車に詰めるだけ詰めるかの。」


そう言って早速ディバルバは闇の塊へ向かう。

魔車は全てで三台、数は少ないがいずれも荷物を運ぶのは牛のように鈍重な魔物たち。

取り付けてある籠の大きさはそれなりのもので、相当量の荷物を運ぶことができそうである。

しかしそれはあくまで日常使われる運搬での話、ファウス指揮の下魔車に目一杯闇の塊を乗せたが、あまり減っていないようにも見える。


スペルア「うへぇ…。こんだけ乗っけたのに、まだこんなに残ってるのかよ。」


メルティナ「他に手の空いている者はいなかったのですか?」


ファウス「途中で気が付いたんだけど、なるべくこのことは秘匿しといた方がいいのかなーって思って手の空いてる結魔にしか声かけなかったんだよね。魔車も、とりあえず空いてるのはこの子達だけだったし…。下手に人数いても量が運べないんじゃ意味ないと思って。」


ディバルバ「まああとはいくらか俺たちが担いでいくしかねぇからな。」


スペルア「…俺、もうこいつに触りたくない。」


ファウス「何言ってんのスペルア!まだこんなにあるんだよ、まだまだ手伝ってもらうからねっ。」


スペルア「勘弁してくれよ…。」


メルティナ「…配慮してくださってありがとうございます。」


ファウス「いいのいいの!そっちは任せても大丈夫なんでしょ?」


メルティナ「はい、必ずや完遂してみせます。」


ファウス「…ディサイド様も、無理はほどほどにね。」


ディサイド「…あぁ。」


ファウス「ほいじゃ、みんな行くよー。重いとは思うけど頑張ってね。」


その掛け声に従い魔物はゆっくり歩き出す。

スペルアは先程から憔悴しきっていたが、ファウスに一発蹴りを貰い渋々ディバルバと共に魔車の後ろをついていく。

一行の姿が見えなくなるのには時間を要したが、これで無事に闇の塊は本来あるべき所に帰っていくのであろう。

結魔が三人も護衛についているようなものだ、もし万が一闇の塊が暴走しても対処できるだろう。

懸念材料が一つ消化されたところでひとまずは安堵するが、まだ全ての工程は終わっていない。

メルティナはまた、慣れてしまった手つきでディサイドの背中に右手を突き刺すのであった。


…。


ファウス「ここで…良かったよね?」


城へと戻り、ファウスは以前ディサイドに教えられた地下への入口を探していた。


ディバルバ「俺は詳しく覚えとらんが…スペルア、どうなんじゃ。」


スペルア「んー?…まぁこの辺のどっかにあるでしょ。」


ファウス「もーっ、相変わらず適当だなー!」


スペルア「お前だって記憶あやふやなんだろ、とやかく言われる筋合いねーよ。」


地下へと続く道は二つあり、一方は城内、もう一方は城外にそれぞれ出入り口が存在する。

場内からはこの大量の闇の塊を運ぶことができないので、こうして城外の出入り口に来ていた。


ファウス「すんすん、すんすん…。…お、ここら辺かな?」


周囲の匂いを嗅ぎ、些細な魔力の変化を感じ取る。

付近の土を軽く掻くと、何やらボタンのようなものが現れた。


スペルア「それっぽいな。」


ファウス「だね。それじゃぁ…ポチッとな!」


スイッチは無事起動し地面の一部が揺れと共にずれ動く。

完全にそれが開ききると、そこには長方形の穴が出現し地下へと向かって階段が伸びていた。


ファウス「あー、これだとこの子達通れないか…。」


スペルア「はぁ?こっから地下までこれ運ぶとか俺嫌だぜ!?」


ファウス「でも他に運ぶ手段、ないよ?」


スペルア「あぁーまじないわー、これ全部素手で運ぶとかありえないわー。」


ディバルバ「…なにか布にでも包んで転がせば幾分か楽になるのではないか?」


ファウス「あ!それいいね!上で転がす人と下でそれを受け取る人に別れればいい感じかも!ちょっとなんか布っぽいものかき集めてくるー!」


ディバルバの妙案に賛同したファウスは、誰よりも早くそれを実行するべく動く。


スペルア「…なんであいつは、あんなに張り切れんだろうねぇ。こんなのだるいだけでしょ…。」


ディバルバ「お前さんは、ここでファウスが戻ってくるのを待っとれ。」


スペルア「ん?ディバルバもどっか行くの?」


ディバルバ「分かりきったことを聞くでない。担げるだけ担いで、先に地下へ行くだけじゃ。」


言いながら、山盛りに盛られた闇の塊からいくつかを鷲掴みその肩に乗せ、一切の躊躇もなく地下へと入っていった。


スペルア「…よーやるよ、二人共。」


それは関心ではなく呆れだった…既に辟易しているスペルアは大人しくファウスの帰りを待った。

そして手ぶらとなったディバルバが地上に戻ってくる頃、ファウスも視界が塞がれるほどの量の様々な布を抱え帰ってきた。


ファウス「お待たせー!」


スペルア「おー、お疲れさん。」


ディバルバ「布で包むのはいいが、階段下までしか転がせんぞ。」


ファウス「え、なんでそんなこと分かるの?」


ディバルバ「先に運び始めたからのう。下見は出来ておる。」


ファウス「そっか。じゃあ下で待機するのは二人にしようか。解いたり投げ入れたりしなきゃいけなくて大変そうだし。」


スペルア「なら俺が上に残る。…気分もあんま良くないし、外の空気吸ってたい。」


普段の面倒臭がりもあるだろうが、この時は多少なりとも闇の塊の邪気に当てられたのも事実。


ファウス「ん、じゃあ降りたら声かけるから、その間に用意しといて。」


スペルア「あいよ。」


かと言って全く動けないわけではないので、素直に袋詰めならぬ布詰めに取り掛かる。

その間にファウスとディバルバは地下へ移動し到着したことを伝え、転がってきた布をそのまま抱え最深部へ。

変則的なバケツリレーのようなものだが、単に素手で運ぶより効率は良かった。

途中で解けないよう固く縛られた布を解くのを苦労させられたが、それ以外は概ね順調にことが進んだ。

最後に転がされてきた布には大きく『ラスト』と書かれており、それを投げ込んでファウスとディバルバは地上へと帰還した。


スペルア「お疲れ。…さ、とっとと次行こうぜ。」


ファウス「おおう?珍しくスペルアがやる気…なわけないよね。」


スペルア「どうせあれ全部運びきるまで手伝わされるんだろ?」


ファウス「よくお分かりで!…でも、ほんとに具合悪くなったら言ってね?」


スペルア「…別に、これぐらいどうってことねーよ。さっさと終わらせて、俺はだらけたいんだよ。」


…。


スペルアの願望通りさっさと…とまではいかなったが、回数にして十数回ほど往復する頃には山積みにやっていた闇の塊の大半は城の地下へと運ばれた。

かかった時間はおよそ十五時間ほど、一度に運べる量も魔車一車で足りる頃になるとファウス一人が後を引き継ぎ、他の者はそれぞれ持ち場へと戻っていった。

何をするでもなく辺りを見回すファウスにメルティナは。


メルティナ「…あとは、わたくしに任せても良いのですよ?」


ここまで働き詰めのファウスのことを気遣う。


ファウス「ん、でも、メルティナはそれが終わるまでは動けないんでしょ?まだまだ運びそうだしここにいるよ。」


ファウス「それに、わっちが手伝いたいんだ。…二人はいっつも自分でなんとかしようとするから、こういう時くらい頼ってもいいんだよ?」


メルティナ「…十分に、あなたは手伝ってくれましたよ。」


ファウス「それは、わっちが偶然ここを通りかかったからでしょ?もし誰も二人に気付かなかったら、二人でなんとかしようってなってた。」


メルティナ「…否定はできませんね。」


ファウス「だから、もっと積極的に頼っていいって言ってるんだよ。そりゃあ、本当に本当の緊急事態だったらさ、助けを呼ぶ暇なんてないだろうけど…でも、なんでも背負い込みすぎるのは良くないよ。」


ファウス「二人の場合、更によくないのは、それを隠すのが上手ってこと。…心配かけたくないのは分かるけど、あんまり秘密にされても仲間外れみたいで寂しいんだからね。」


メルティナ「そう、ですね。すみません…。」


ファウス「別に謝らなくていいよ。…わっちはね、みんな仲良くしてるのが一番だと思うんだ。笑ったり泣いたり、遊んだり喧嘩したり…いいことばかりじゃないけど、それでも、本音でぶつかり合ってお互いを認め合うのが理想なんだと思う。」


メルティナ「…。」


ファウス「まっ、あくまで理想だから、上手くいかないこともあるけどねー。」


ファウス「あ、そうだ!これも一応報告しとかなきゃ。忘れてたよ。」


メルティナ「何かあったのですか?」


ファウス「ううん、特に何もなかったよ。強いて言うならそれが報告かな?…とりあえず言われた通り闇の塊はお城の地下に運んで、ディサイド様が言ってた結界も綻んでなかったから大丈夫だと思う。」


ディサイド「…礼を言う、ファウスよ。」


ファウス「ああっ、無理に喋らなくていいよ!大丈夫、聞くなと言われたら何も聞かないし、やれって言われたらなんでもするから!」


メルティナ「…ありがとうございます。」


ファウス「ふふんっ、いいってことよ!」


…。


ディサイド「メルティナ、ファウスよ。それが最後だ。」


それから更に数時間後、途方もない作業にようやく終止符が打たれた。


メルティナ「…申し訳ございませんでした、ディサイド様。やむを得ない状況とはいえ、ディサイド様を傷つけるなど…。」


ディサイド「よい、私から提案したことだ。むしろ謝罪するべきは私だ。…すまなかったな、このような役目を押し付けてしまって。」


メルティナ「いえ、ディサイド様の命とあらばどのようなことでも謹んでお受けいたします。」


ディサイド「頼む。私にはまだお前が必要だ。」


メルティナ「ディサイド様…。」


見つめ合う二人、しかしディサイドはすぐさま視界の隅に目をやり。


ディサイド「ファウスよ、何処へ行く。」


ファウス「ふおっ!…気付いてましたか。」


二人の邪魔をしないようこっそり魔車を連れていこうとしていたファウスを引き止める。


ファウス「いやー、いい雰囲気だったんで邪魔しないようにと思ったんだけど。」


メルティナ「なっ…。」


ディサイド「それよりもまずは残りの闇の塊を片付けなければならないだろう。私も地下へ行く。…メルティナよ、すまないがもうしばらく付き合ってくれ。」


メルティナ「は、はいっ。かしこまりました…。」


すっかりディサイドしか目に入っていなかったことを反省し、メルティナはディサイドに肩を貸しながらファウスと共に城の地下へと向かった。


…。


残った量はそれほどでもなかったので、布に包んだ闇の塊は全てファウスが担いでいき地下の最深部へと三人は到達した。


メルティナ「…まだ空きがあるように見えますが。」


どさどさっとファウスが闇の塊を放り込むのを眺めながら、メルティナはそんなことを呟く。

暗くて視界ははっきりしないが、それでもその穴にまだ空間があることは確認できる。


ディサイド「言ったであろう、あのままでは制御しきれないと。…空白にあるべきものは私の中にまだある。」


包んであった闇の塊が全て放り込まれたのを確認し、ディサイドは二人を下がらせ穴の前に立つ。

そして両手をかざし、一気に残るエネルギーを吐き出していく。

残る空白は見る見るうちに埋まっていったが、最後の一滴まで吐き出したディサイドは膝を付く。


メルティナ「ディサイド様…っ。」


すぐさま駆け寄り体を支えるメルティナ。


ディサイド「…しばしそのままでいてくれるか。」


メルティナ「…?はい…。」


ディサイド「私の体内から強引に取り出したことによって、闇の塊の性質が変化している。…今からそれを正す。」


地面に付いた手から幾本もの細い触手が伸び、肉塊の寄せ集めの中に侵入する。

その塊に針のように触手が突き刺さると、弾けてドロドロに溶けていく。

結界により液化したそれが漏れることはなく、無事全ての塊が液状に。

そしてその中心に触手を寄せ集め一際大きな魔力を流し込む。

ドクンっ…と心臓に響くような脈動と共に闇の塊は以前のような一つの塊へと姿を戻した。

流動する表面、一定の時を刻む鼓動。

これで、一連の騒動に無事終止符が打たれた。

闇の塊から触手を抜き取り自分の体内へと戻す。


メルティナ「ご苦労様でした、ディサイド様。ゆっくり体を休めてください。」


ディサイド「…そのことだが、一つ頼みがある。」


メルティナ「はい?…なんでしょう。」


ディサイド「私の代わりを、頼…む。」


静かに地面へ倒れ込むディサイド。


メルティナ「…ディサイド様!?ディサイド様ー!」


ファウス「え、ちょっ、大丈夫!?」


気を抜いたわけではない、むしろよく今までずっと張り詰めていられたものだ。

その緊張の糸はここに来てついに切られ、ディサイドの意識は遥か遠くへと、深い闇へと沈んでいった。

愛しきものを残し、守るべきものたちを残し…。

全てをメルティナへと託し、眠りに就いたのであった。

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