第三話:城を守りし頑固者、衝突の日々
スペルア「ったく…かったりぃぜ。」
メルティナ「不満を口にするなとは言いませんが、もう少し場を弁えなさいスペルア。」
スペルア「なんだよ、こうしてきてやっただけでもありがたいと思って欲しいね。」
ファウス「もーダメだよ二人共っ、これから大事な会議なんだから喧嘩はナシ!」
スペルア「へいへい…。」
メルティナ「…珍しく素直ですね。」
スペルア「…別に。」
謁見の間に召集された結魔…今回は珍しいことに欠員がなく全員が揃っていた。
それもそのはず、今回集められたのは今後の魔界を大きく左右するものだからである。
その事をスペルアも理解しているため、この場ではあっさりと引いた。
スペルア「(あのウェロルも呼び出されたってことは相当だな…。面倒なことにならなきゃいいけど。)」
ディサイド「では、早速議題に移ろう。…メルティナ。」
メルティナ「はい、これは以前から居住区画に住む人間から申し出があったことなのですが、最近はより顕著になっており場合によってはデモが起こる可能性が出てきています。」
メルティナ「なので早急に事態に当たるべきだと判断しわたくしがディサイド様に指示を仰いだ結果、今回のような形で対策を練ることとなりました。」
スペルア「で?その人間からの申し出ってなんなの?」
心底どうでもいいが、この会議をいち早く終わらせたいスペルアは横柄な態度ながらも疑問を投げる。
メルティナ「…『人間界へ返せ』。それが、居住区に住む人間の望みです。」
スペルア「…。」
流石のスペルアも、これには眉をひそめた…その願望を叶えるにはどれほどの苦労が必要か、考えるだけで頭が痛い。
スペルア「んなもん無視しときゃいいだろ。檻ん中に閉じ込めて飼ってやってるのは俺たちなんだ。主人に噛み付く奴なんざエサを与えないだけで直ぐ大人しくなるぜ。」
それは恐怖政治を意味していた…元々人間の事を快く思っていないスペルアにとって、人間の主張など取るに足らないゴミクズも同然であった。
メルティナ「それも限界が来ているということです。多少強引な政策を行っても、我々の恐怖が身にしみている人間たちはある程度従ってきました。ですが不満は感じるもの…そういったものが積み重なり、今はいつ爆発するかも分からない爆弾のような状況です。」
ディサイド「先程も話題に上がったが、昔から一部の人間の間でそういった話が出ていたのだ。…だがこの魔界と人間界を行き来することは膨大な危険が伴う、それは理解できるな。」
ディバルバ「ディサイド様やメルティナなんかは、もう何回も人間界に行ってるんだろ?だったら別に問題ねーんじゃねーか?」
ファウス「そんな簡単な話じゃないんだよ!人間のふりするのだってすんごい大変なんだからね!」
ディサイド「あくまで少数、それも情報を得ることが最優先の潜伏と、その生活の輪に入っていくのでは大きく異なる。…クリアするには、越えなければならない壁があまりに多すぎる。」
メルティナ「意見を述べている者のほとんどが、人間界への永住を希望しています。それだけの人数を、周囲に違和感なく溶け込ませることは…実質不可能です。」
メルティナ「ですがこのまま何も対策をとらず圧政を強いるだけではいずれ破綻します。…もし反乱が起きた場合は、あなたも一緒に対処することになるのですよ。」
スペルア「…はぁ、分かったよ。真面目に考えてやる。…けど、他に案がある奴はいないの?随分前から言われてたようだし、メルティナ辺りなんかはなんか思いついてそうだけど。」
メルティナ「あるにはありますが、このやり方ではあなたの負担も増えますよ?」
スペルア「なんだよ、言ってみろ。」
メルティナ「単純なことです。その願いを叶えて差し上げるのです。」
スペルア「はぁ?ばかじゃねーの?さっきそれは不可能だって言ってたじゃねーか…!」
メルティナ「時間をかければできなくはありません。ですが恐らくわたくしはその管理、もしくは担当になるので魔界のことはあなたにやってもらわないとなりませんから。」
スペルア「あぁ、そういうことね…。そりゃ確かに面倒だわ。」
メルティナ「なので、他に案があれば取り入れます。この問題を解決できるものがあれば早急に実行していきたいので。」
ファウス「今のメルティナのやつだとどうしても時間かかるしな。『なんであいつだけ人間界に行けるんだよー!』みたいなこと言う奴も出てくるだろうし…やっぱり難しいよね。」
ディバルバ「スペルアではないが、確かに面倒じゃのぅ…。ここも、それほど居心地が悪いわけではないと思うが。」
ディサイド「それは私たちが感じていることであって、ここに住む人間にしてみればそうではないということだ。以前は人間界と変わらぬ自然が広がっていたが、闇の塊による汚染の影響で居住区は制限され…更に自分たちを支配する存在が居る。我々が手を尽くしたところで不満が完全に消えることはない。」
スペルア「ま、でも仕方ないんじゃない?ディサイド様に付いて行きたいって言った人間がいたんだから…今のこの状況を恨むんなら、自分たちの先祖の恨んで欲しいよ。」
ファウス「みんなが楽しく生きていくのは、やっぱり難しいな…。ウェロルはなにか、いい案とかある?」
ここでファウスがこれまで一言も発していないウェロルに話題を振った。
ウェロル「…先程から疑問に思っていたのだが、なぜお前たちばかりが苦労を背負おうとしているのだ?」
メルティナ「…?それはどういうことです?」
ウェロル「何故、それほどお前たちが頭を悩ませ人間に尽くそうとしているのか、私には理解できない。」
スペルア「だーかーらぁ、今までと同じように人間を抑えてたら反乱を起こされるかもしれないし、かと言って現状を今すぐ改善できるような案もない…だからこうして考えてるんだろ!」
イラついた様子でウェロルに反論する。
ウェロル「はぁ…私の意図が全く伝わっていないようだな。…要は、何故人間ばかりが得をしなければならないのだという話だ。改善を求めるのであれば、多少の代償は受け入れるだろう…テストをすればよいのではないか?人間界に永住するための。」
その言葉に一同は一斉に言葉を失った。
まさに目から鱗の提案…ただ意見を受け入れるのではく、条件付きでそれを認可する…そうすることで自分たちの負担を軽減させることができ、更に今言った条件であれば人間たちも不満を感じにくい…まさに画期的な案であった。
メルティナ「考えても見ませんでしたね…。人間側にこちらから交渉するなど。」
ウェロル「今まではただ人間の言うままに動いていたのだろう?そうなれば自身が相手より上位だと誤認しやすい。これまでの体制を変えるというのであれば、今後この手法も取り入れてはどうだ。」
メルティナ「わたくしは今のウェロルの意見に賛成ですが、ディサイド様。」
ディサイド「うむ、私も特に反対する理由もない。皆が納得したのであればウェロルの案を下に実行していこうと思うが、どうだ。」
ファウス「わっちは賛成!」
スペルア「ウェロルにしてはまともな意見が出たじゃないか。俺も異議なし。」
ディバルバ「小難しい話はよぅ分からん。お前さんらが納得しておるんならそれでいいのではないか?」
ディサイド「決まりだな。では早速、具体的な手段を講じよう。」
そして会議の結果、以下のような取り決まりが人間たちへ提示された。
一つ、人間界への永住を希望する者は新設予定の『人間界永住プロジェクト推進会(以下、推進会)』へ加入すること。
一つ、加入を行った者の中から三ヶ月に一度、人間界永住適性試験及び抽選を行い、それらを突破した者は五ヶ月間人間界に滞在可能とする。
一つ、そしてその五ヶ月後、推進会がその者の適性を認可した場合のみ、その者の人間界への永住を許可する。
これらの公約を宣言し永住希望者を募った結果、相当数の応募が殺到…新設されたばかりの人間界永住プロジェクト推進会は早速てんてこ舞いとなった。
メルティナ「ここのところ働き詰めですが大丈夫ですか?」
ここは人間界永住プロジェクト推進会専用に作られた建物、メルティナとファウスは今日もここで遅くまで書類整理をしていた。
疲れた様子のファウスにココアを用意してきたメルティナは労いの言葉をかける。
ファウス「うん、わっちは平気だよ。」
そう話すファウスも、この時ばかりはいつもの明るい表情を見せることはできなかった。
メルティナ「ここまで応募が殺到するとは思いませんでしたね。」
ファウス「この人たち全員、人間界に行きたいんだよね。」
広々とした机を埋め尽くさんばかりに聳える書類の山…応募総数は優に五百は超えていた。
メルティナ「ええ、この中から人間界における生活に支障がない者を選定し、更に数を絞るため抽選を行います。」
ファウス「もう紙と睨めっこするの飽きたよぅ…外で思いっきり走り回りたい…。」
力なく机に突っ伏すファウス、連日の激務ですっかり消耗しているようだ。
メルティナ「あとはわたくしがやっておきますから、少し奥へ行って休息をとりなさい。」
ファウス「はぁい…。ごめんなメルティナ。」
メルティナ「明日また頑張ってくれればそれで構いません。お休みなさい。」
猫背になりながらトボトボと寝室へ向かうファウス、部屋に入ったのを確認しメルティナは大きくため息を付く。
メルティナ「(わたくしの方も、流石に限界が近いですわね。予想より多くの応募があったため仕方ありませんが…。)」
メルティナ「(…やはり、故郷に帰りたいと思うものなのですね。人間というものは。それが例え一度も訪れたことない場所でも…。)」
先程までファウスが座っていた椅子に腰掛け物思いに耽けるメルティナ、そこへとある人物が尋ねてくる。
ディサイド「夜分遅くにすまない。」
メルティナ「ディサイド様!」
ディサイド「調子はどうだ、メルティナ。」
メルティナ「はい、絶好調…とは言い難いですが、ディサイド様がご心配なさるほどではありません。」
ディサイド「…そうか。」
気丈に振る舞うメルティナを、ディサイドはあえて追求しなかった。
ディサイド「こちらの方を任せきりにしてすまないな。こうしてたまに顔を見せに来る程度しかできないが…。」
メルティナ「十分にございます。ディサイド様とこうしてお話できただけで、わたくしは満足です。」
ディサイド「…。」
メルティナ「ディサイド様…?」
ディサイド「…やはり、このままではいかんな。」
メルティナ「ディサイド様が気に病む必要はありません。そもそもの提案をしたのもわたくしですし…いずれこの激務からも解放されましょう。」
ディサイド「適性試験を監督するのは、お前の役目であったな。」
メルティナ「はい、抽選まで残った者たちを人間界でわたくしが監督致します。」
ディサイド「…素直に話そう。人手が足りないのだ。今の状況が落ち着いたらお前は人間界へと行き、そちらに専念するだろう。そうなればファウス一人にこの推進会を任せることとなる。…ウェロルの提案を受け、我々の負担が減ったとは言えお前たちが自由に暮らせる時間が増えたわけではない。今回ここに来たのも、その話をするためだ。」
メルティナ「…では、また。」
ディサイド「ああ、もう一体、結魔を生み出す。…お前の意見を聞きたい。」
メルティナ「…。」
予感はしていた…ディサイドの性格を考えるに、今のこの状況を看過することはできない。
自身に訪ねてくることも予想していたメルティナは、ディサイドの問いにこう答える。
メルティナ「…本来であれば、反対するべきなのでしょう。これまでのように、問題が起こる度にそれを解決するため結魔を生み出してきました。しかし、今やその行為自体に抵抗感が無くなりつつあります。…結魔を生み出すことがどういうことなのか、ディサイド様がその意味を理解しているのなら…わたくしは反対致しません。」
メルティナ「ですがもし、心のどこかで僅かでも迷いがあるのなら…おやめになられた方がよろしいかと。これは他でもない、ディサイド様自身がお決めになることですので。」
ディサイド「そうか。…すまなかったな、いつもお前にばかり頼ってしまって。」
メルティナ「…はっ、申し訳ありません。わたくしったら、ディサイド様になんて物言いを…。」
ディサイド「仕事の疲れが残っているのだろう。私としては、本心が聞けて良かった。…今はまだ、決断を迷っている。焦りのまま決断を下しても良い結果とはならない、今日のところは帰るとしよう。」
メルティナ「あ、あのディサイド様。」
ディサイド「よい、今は体を休めろ。…不自由をかけるな。」
メルティナ「あっ…。」
その去りゆく背中に声をかけることはできなかった。
扉が閉まる音が虚しく響く…今日はそれ以上書類に手を付ける気分になれずメルティナも寝室へと向かう。
それからしばらく、去り際のディサイドをしばし思い出すのであった。
…。
スペルア「で、俺にこいつの世話を頼みたいと?」
ディサイド「そうだ。初期状態からある程度の知識も付与したが、それでも全ての事柄をインプットすることはできなくてな。ここで生活する上で必要なことを教えてやって欲しい。」
ボルデッド「…。」
あれから一週間後、ディサイドは新たに生み出した結魔ボルデッドを引き連れスペルアの元を訪ねていた。
その体全てが鉱石で出来ている異質な見た目に動じることなく…むしろ厄介事が舞い込んできたと難色を示す彼に、ボルデッドの教育を頼めないかとお願いをするためである。
スペルア「(まぁ現状、頼める相手は俺しかいないわなぁー…。メルティナとファウスは、相変わらず推進会にかかりっきりだし、ディバルバのおっさんとウェロルににゃこういうこと頼めねーしな。…はぁ、こうなるんだったら、真面目に働いてる方がましだったかもな。)」
スペルア「いいですけど、俺は他の連中みたいに優しくはできないですよ。」
ディサイド「やり方はお前に任せる。ひとまず仕事がこなせるようになるまではサポートを頼む。」
スペルア「了解っす。」
…。
スペルア「んで、ボルデッド…だっけ?お前、文字の読み書きとかできんの?」
ボルデッドが頷いたのを見てスペルアは一冊の分厚い本を取り出した。
ディサイドにボルデッドを託された後、二人はボルデッドに割り当てられた部屋へと来ており、そこでスペルアの教育が始まった。
スペルア「それじゃ…とりあえずこれだな。」
その本の表紙には『魔界議事録』と大きく書かれていた。
スペルア「こいつに目を通せ。この世界での決まり事とかその他諸々…いろんなことが書いてある。もしなんか読めない文字とかあったら言ってくれ。」
ボルデッド「コレヲ読メバ、イインデスネ?」
スペルア「おー…何気に初めて声聞いたかも。そうだな、読み終わったら俺んとこ来てくれよ。そしたら次にやること教えてやるから。」
ボルデッド「ハイ。」
スペルア「(まぁ一ヶ月はかかるだろうな。それまでは指導しなくていいし…我ながらこれは妙案だな。)」
心の中でそうほくそ笑むスペルアであったが…。
…。
十日後。
ボルデッド「失礼シマス。」
スペルア「おー、なんだ。どこか分かんないとこでもあったか?」
ボルデッド「イエ、読ミ終ワリマシタノデ、次ハ何ヲスレバイイデショウ。」
スペルア「はぁ?読み終わった!?あの分量を!?」
ボルデッド「ハイ。」
スペルア「(まじかよ、どんだけだよこいつ。…まぁ早々にこいつの世話係から脱出できると思えばいいか。)」
スペルア「よし、んじゃぁ次の課題だ。」
それからも、スペルアは嫌々ながらもボルデッドを指導した。
途中で何度か飽きることもあり、ボルデッドに無理難題を押し付けることもあったが、ボルデッドはそれらをクリアしようと悪戦苦闘した。
その様子を見てスペルアはなにか思う所があるのか、以降は真面目に教育に勤しんだ。
ディサイド「どうだ、ボルデッドの様子は。」
スペルア「クソ真面目でつまんねー野郎ですよ。自分の力量すらも分からずただ言われたこと忠実にこなす…まるで機械だ。」
窓越しに姿が見える彼は、守備兵としての任務を果たそうと頑としてそこを動こうとはしていなかった。
スペルア「ただまぁ…使い勝手はいいと思いますよ。俺みたいに面倒くさくないんで。」
ディサイド「そうか、ご苦労であったな。以降はボルデッドの教育係を外れてよい。」
スペルア「…どうも。」
報告を終え一人城外へ出て散歩していると、向かいからメルティナが書類を抱えて同じく歩いてきていた。
スペルア「まだいたのか、てっきりもう人間界に行ったとばかり。」
メルティナ「雑務が捌ききれていないので少々手伝っていました。流石にあの量をファウス一人に押しつけるわけにはいきませんから。」
スペルア「ふーん、ご苦労なこって。」
メルティナ「それよりも、あなたの方はどうですか。ボルデッドの教育係になったとお聞きしていましたが。」
スペルア「無事使命を全うして担当から外れたよ。これで俺は自由の身だ。」
メルティナ「そうですか。途中で面倒に思って投げ出し、わたくしにお鉢が回ってくるかと思いましたが予想が外れましたね。」
スペルア「いんや、あいつには俺くらい適当な奴が適任だ。あいつは言うことをなんでも鵜呑みにしちまうからな、メルティナが洗脳しないよう俺がきっちり教育しといたぜ。」
メルティナ「そうですか、残念です。…ボルデッドは、上手くやっていけるでしょうか。」
スペルア「それは無理だろ。あいつ頭固過ぎ、目の前のことしか見えてないから先が見えなくてつまずく…。まぁ何度でも起き上がる根性はあるようだし、ほっといても問題ないだろ。」
メルティナ「…よく見ているのですね、彼を。」
スペルア「はぁ?…教育係任されたんだ、嫌でも見るだろ。」
メルティナ「そういうことではありません。」
スペルア「なんだそりゃ…もういいや、俺はこれから昼寝で忙しいからまたな。」
手をプラプラ振って歩いていくスペルアを眺めながらメルティナは。
メルティナ「ふぅ…普段からあれくらい真面目に働いてくれれば良いのですが。まぁ、責務を一つ全うしたということで今回のサボリは見逃して差し上げましょう。」
だが、そんなメルティナの気遣い虚しく、スペルアは寝ているところをファウスに見つかり叩き起されるのであった。
…。
ファウス「なぁなぁ、もうここには慣れたかー?」
ボルデッド「ミンナ、良クシテクレル。」
ファウス「そぉゆーんじゃなくて、ボルデッド自身がどう思ってるのかを聞きたいんだよ。居心地良かったりする?」
ボルデッド「…ソレハ、ヨク分カラナイ…。」
ファウス「そっかぁ…。ま、今日は一日休みもらったからさ、何かあったら言ってくれよな!」
ボルデッドが主に任されているのは城の警備、しかし今回初めての試みとして居住区に住む人間を人間界へ移住させるプロジェクトが進行している。
人の出入りが激しくなると予想されるので、それに乗じて悪事を働く者がいないよう監視せよとボルデッドにも任じられている。
ファウスはたまの休みを利用して新人であるボルデッドと親交を深めようと、こうしてこの場にいる。
居住区外にて話す二人を見て、少女が一人駆け寄ってくる。
リーリ「ねぇねぇファウスお姉ちゃん、今日お仕事ないの?」
ファウス「ん?そーだよ。」
リーリ「じゃあ遊ぼ!花飾り、また作りたい!」
ケット「なんだよリーリ、ずるいぞ!この前だってファウスねぇに遊んでもらってたじゃねーか。今度は俺たちとかけっこする番だぞ!」
そこに割り込んできたのは少女と同い年くらいの少年、その後ろにいる男子たちも同調の声を上げる。
メムラ「あらあら、これだから男子は野蛮で嫌なのよ。そんな泥臭いこと、ファウスお姉さまだって本当はしたくないはずだわ。」
嫌味ったらしく少年を睨むこの少女は、リーリの友達…子供たちの間で火花が散る。
ファウス「ちょ、ちょっと待ってよみんな!順番に、順番に遊んであげるから!」
メムラ「いいえファウスお姉さま、これは戦争です。ここで敗北を認めては負け犬も同然ですわ!」
ファウス「前々から思ってたんだけど、メムラちゃんどこでそんな言葉覚えてくるの…?」
ケット「へっ、そっちだって!かけっこで俺たちに勝てたこと、一度もないじゃんか!やーい負け犬ぅ。」
メムラ「くっ…相変わらずの屁理屈小僧ですわね…。」
ファウス「あーんもう、みんな仲良くしてー!」
穏やかな休日は一転、騒がしい日常へと変化した。
ファウス「あ、そうだ!ボルデッドも一緒に遊ぼうよ、子供たちと一緒に。」
ボルデッド「ド、ドウシテ…。」
ファウス「おーいみんなー、このお兄ちゃんも遊んでくれるって!」
ボルデッド「オ、オレハ一言モソンナコト…。」
ケット「まじで!兄ちゃん遊んでくれんの!?」
ボルデッド「ケ、警備ノ仕事ガアル。無理ダ。」
ファウス「お願い!少しだけでいいから!メルティナにはわっちから説明しとくからさ、ねっ。」
ボルデッド「…デモ。」
ファウス「これも仕事の内だと思ってさ。ほら、人間との友好を深めるのも大事でしょ。将来有望な子供たちの信頼を勝ち取っておくに越したことないよ!」
ボルデッド「…。」
…。
ファウス「なんかあっち、すごいことになってるね。」
メムラ「男子はいつまで経っても野蛮ですの。こんなに可憐に咲く花があるというのに目もくれないなんて。」
女の子と一緒に花摘みに興じるファウスの視線の先には、男子が群がるボルデッドの姿があった。
ケットが言い出した通り最初はかけっこをしたのだが、ボルデッドは自身の体を変形させ球体となり子供たちのことなど気にも止めずぶっちぎりでゴールした。
ブーイングが起こるかと思ったが、むしろそれを見た少年たちは目を輝かせボルデッドに変形をせがんだ。
言われるがままに体を変形させるボルデッドに少年たちは興奮を隠せず、意図せずしてボルデッドは人気者となっていた。
体のあちこちに登りたがる少年たちをどうしていいか分からず右往左往する姿は、結魔としての威厳などは全くない心優しき青年のそれと何ら変わりなかった。
…。
夕刻、子供たちから解放されたボルデッドは疲れた様子で持ち場へと戻り、それにファウスも続く。
ファウス「どうだった、今日は。楽しかった?」
ボルデッド「…ヨク、分カラナイ。アレデ良カッタノカ。」
ファウス「少なくとも、子供たちは楽しそうだったよ。」
ボルデッド「…。」
ファウス「…あの子達ね、親がいないんだ。」
ボルデッド「…?」
ファウス「一応、そういう子達を預かってくれてるところはあって面倒は見てくれてるんだけど…やっぱり寂しいみたいでね、たまにこうやって遊んでるんだ。」
ファウス「でもみんなのやりたいこと全部はできないから…だから今日は助かったよ。ありがと。」
ボルデッド「デモ、ファウスナラ…モットウマクヤレタ。」
ファウス「いいんだよ、ボルデッドはボルデッドのやり方で。上手い下手じゃない、その人がどれだけ自分たちに真摯に向き合ってくれてるか…そういうのって案外分かったりするもんだよ。」
ボルデッド「…ソウイウ…モノナノカ。」
ファウス「そーゆーものなのです!まぁ無理にとは言わないけど、たまにでいいからあの子達とも遊んであげてほしいな。」
ボルデッド「ソレデ仕事ガ疎カニナッタラ、本末転倒。」
ファウス「にゃはは、そうなんだけどね…。ごめん、やっぱり難しいか。」
ボルデッド「…デモ。」
ファウス「ん…?」
ボルデッド「…本当二、タマニ…ナラ。」
ファウス「うん、それでいいよ。ゆっくり、少しずつ…ね。」
…。
ディサイド「いよいよ明日か、我々の初の試みが実行されるのは。」
メルティナ「はい、必ずや遂行致します。」
その日の夜、メルティナはディサイドの書斎を訪れていた。
紅茶を用意し机の上に置くと、そこには日誌のようなものがありメルティナはふと疑問を口に出す。
メルティナ「日誌…ですか?」
ディサイド「ああ、全てを書き記すことはできないが、稀にな。」
メルティナ「…なぜなのか、理由をお聞きしても?」
ディサイドは勇者に殺される度に、闇の塊より復活を遂げる。
その際、過去の記憶や感情といったものは全て引き継がれている…にも関わらずこうして記憶を記すことにメルティナは疑問を感じたのだ。
ディサイド「…私は、この世に何を残せるのかと思ってな。」
メルティナ「…。」
ディサイド「私は全てを受け継いでこの世に再び君臨する…だが、それはあくまでも私が感じていることだ。…私は残したいのかもしれない、目に見える形で…私がこの世にいたということを。」
ディサイド「ディバルバ、スペルア、ウェロル、ファウス、そしてボルデッド…メルティナとの出会いから随分と仲間が増えた。…この先どうなっていくかは分からん、だが私は全力を持って皆を守りたいと思っている。」
メルティナ「はい、微力ではありますが、わたくしもお手伝いいたします。」
ディサイド「…お前にはいつも助けられている。感謝の言葉以外に浮かぶものはない。」
メルティナ「いいえ、全てはディサイド様の功績にございます。わたくし共はただ、ディサイド様の手となり足となり動いているに過ぎません。」
ディサイド「例えそうであったとしても、私の気持ちに変わりはない。」
ディサイド「…恐らく、これ以降は魔界は大きく変わる。その存在が危ぶまれるかもしれん…その時は。」
メルティナ「それ以上は、例えディサイド様であっても言葉を口にすることはなりません。…とうの昔に、その覚悟は出来ております。こればかりはディサイド様がなんと仰ろうとも譲るつもりはありません。」
ディサイド「…私としては、もう少し自身の身を案じて欲しいところなのだがな。」
メルティナ「それはわたくしのセリフです。わたくしが真に心から願うのは…ディサイド様の平穏なのですから。」
やはり敵わないと、苦笑いのディサイドは静かに日誌を閉じる。
明日からはいよいよ、人間界永住希望者の人間界での生活に不備がないかの長期間の試験が始まる。
魔界と人間界の橋渡しの第一歩、その重圧を背負っているはずのメルティナは今も平然としていた。
それは単なる自信の表れか、それとも別の要因があるのか…それは分からない。
不滅の魔王とその従者たち…それぞれの物語は、ここから始まる。




