第二話:苦難の快活少女
メルティナ「かなり苦戦しているようですね、彼女。」
ディサイド「流石に負担が大きすぎたか…。」
窓の外から二人が見つめる先には、日向ぼっこに興じるスペルアともう一人…新たに生み出した少女ファウスの姿があった。
ファウスはなにやら懸命に話しかけているがどこ吹く風、スペルアは全く耳を貸さず無視を決め込んでいた。
しばらく経つと諦めたのか、背中を丸め項垂れてファウスはその場を去っていった。
メルティナ「負担と申しますか…そもそもが無理な話です。結魔同士が手を取り合うなどということは。」
攻めくる勇者の対処、人間居住区画の管理、それに準ずる魔族の管理、その他諸々…現在の魔界は、簡単に言ってしまえば人手不足であった。
勇者が現れた際は、非常時ということで結魔もそれぞれの役割をきちんとこなすが…平常時では全くと言っていいほど纏まりがなかった。
ディサイドがどうしてもとそれぞれに願い出れば仕方なく動くが…それも仕方なくである。
ディバルバは人間居住区画の見回りを担当し、荒事の仲裁などを行っている。
スペルアの担当は、物資の管理及び搬入や在庫の確保などであるが…大抵は部下に任せて一人気ままにふらついている。
ウェロルには別宅が与えられ、そこで日夜本を読みあさっている。(外出の際、城の場合外に出るまでに時間がかかるからとのこと。)
互いにいがみ合っているというわけではないが、仲間意識を持っているかと言われると…正直に言って微妙である。
それに加え、スペルアとウェロルはメルティナの言葉に耳を貸さない…最も、ウェロルは特別待遇であるため多少大目に見てはいるが、それでも他のものとの関わりが少ないもの確かだ。
総じて、全てのしわ寄せが主にメルティナへ…その苦労を見かねたディサイドが、新たに仲間意識を強く持った結魔を作った…ということである。
そんな彼女を『ファウス』と命名し、結魔同士の親睦を深めるため行動してもらっているが…先程も見たように順調とは言い難かった。
ディサイド「確かに、起こる諍いは小さなものかもしれん。…だが、それが相手への信用を失わせる。現に、スペルアとウェロルに対し、あまり良い印象を持っていないだろう。」
メルティナ「…そう、ですわね。」
否定したところで、普段の様子を見ればそれは明らか…メルティナは肯定する他なかった。
メルティナ「ディバルバは、短気を起こすこともありますが言い付けはきちんと守ります。ですが他の二人は、わたくしの言葉になど耳を貸しませんからね。」
ディバルバは、あの一件以来ディサイドを格上と認識し、それに準ずるメルティナもまた一応の上司ということで命令等には従っている。
ディサイド「そこだ、私が心配しているのは。このままでは、いつか結魔同士の争いに発展しかねない。」
メルティナ「それは…。」
ディサイド「否定できるか?」
メルティナ「…。」
ディサイド「不安の芽は取り除いておくに越したことはない…なにより、我らは仲間だ…いがみ合う姿は見たくない。」
メルティナ「ディサイド様…。」
ディサイド「普段の態度は目に余るが…それでも、互いに歩み寄って欲しいのだよ、私は。」
メルティナ「…はい。」
仲間への思いをメルティナに告げ、ディサイドは書斎を後にした。
そして歩いていく内に、しょぼくれた様子のファウスが前方から歩いてくるのが見えた。
ディサイド「調子はどうだ。」
ファウス「あ、ディサイド様!…ごめんなさい、あんまり…うまくいってないです。」
笑顔を作ろうとして、無理に笑う…気丈に振舞おうとする気遣いが垣間見える。
ファウス「何度も声はかけてるんだけど、いつも興味なさそうに聞き流されて…今日なんか見向きもしなかったんですよ、ひどくないですか!?」
憤りを露わにするファウス。
ディサイド「…辛くはないか?」
ファウス「はい?…えっと、別にそんなことは…。言うこと聞かないあいつらにはムカつくけど、でもメルティナやディサイド様は良くしてくれるから全然!」
全身で感情を表す彼女のその言葉に偽りはなかった。
ディサイド「そうか、だが無理はするな。限界が来たと感じたらすぐに申し出よ。」
ファウス「ディサイド様は心配性だにゃあ、わっちなら大丈夫だよー。」
ファウス「じゃ、これからメルティナとお茶してくるからまたねっ、ディサイド様!」
…。
メルティナ「はい、準備が出来ましたよ。」
ファウス「今日はいつもと匂いが違うね?」
メルティナ「少し茶葉を変えてみました。いかがです?」
ファウス「ちょっと濃い目な感じだね、いい匂いだよー。」
ディサイドと別れた後、ファウスはメルティナの自室へと向かい紅茶をご馳走になっていた。
正確には、紅茶と一緒に出てくる菓子の方ではあるが。
メルティナ「様々な香りを堪能することができるもの、紅茶の特徴ですね。」
ファウス「すごいよなー、人間の飲み物って。…なんにも味がしないのに、匂いだけはいいって…よく分かんないなー。」
メルティナ「所謂、嗜好品というものらしいですよ。高級なものほど豊かで上品な香りがするとか。」
メルティナは紅茶を一人分、そして皿に盛り付けた茶菓子をテーブルに置いた。
ファウス「おーっ!こっちもうまそーだなっ。」
最初に茶に誘った時ファウスも紅茶を飲んでみたのだが、どうも鼻で感じる匂いと口に含んだ時の味にギャップを感じるようで以降は匂いを嗅ぐだけとなっていた。
メルティナ「あなたもよく食べますからね、仕入れの量が増えて大変です。」
ファウス「え…もしかして、迷惑だったか…?」
メルティナの何気ない一言に戸惑い、菓子に伸ばす手が止まるファウス。
メルティナ「ああ、お気になさらずに。大変と言ってもそれほどではないので。…それに、本当に迷惑であれば誘ったりしませんよ。」
ファウスの心配は杞憂だったようで、メルティナはニッコリと笑いそれを否定する。
ファウス「そ、そっか。…食べていいんだよな?」
メルティナ「遠慮せず、お好きなだけ。」
ファウス「じゃ、じゃあ早速…。」
クッキーを一つ摘み、それを口へと運ぶ…満面の笑みで咀嚼するファウスの様子を見て、メルティナも紅茶に口を付ける。
メルティナ「お味はどうですか。」
ファウス「めっちゃおいしい!この前のやつよりサクッとしてるなっ!」
メルティナ「満足していただけたようでなによりです。…ですが、毎回クッキーや飴では味気ないですね…。」
ファウス「んむ?…これも十分美味しいよ?」
皿を見つめそう呟くメルティナに、ファウスは率直な感想を言う。
メルティナ「そう言っていただけると、わたくしとしても土産として持ち帰った甲斐があります。…ですが他にも、ケーキなど紅茶に合うお菓子がいろいろあるのです。是非ファウスにも堪能してもらいたいのですが…やはり日持ちしないものを持ち帰るのは難しいですからね。」
魔界と人間界はそれなりに離れているので、魔法を使って飛行したとしても一ヶ月以上はかかる…それに、あくまでもそういった土産物は人間界を偵察する上での『おまけ』でしかない。
メルティナ「…そうですね、いい機会かもしれません。ファウス、わたくしと一緒に人間界を見て回りませんか?」
ファウス「え?いいの?」
メルティナ「はい、ディサイド様に申し出れば許可が下りるでしょう。どうします?」
ファウス「…。」
クッキーを手に持ち考え込むファウス…やはりまだ見たことのないところには興味があるらしく。
ファウス「じゃあ行ってみようかな!」
メルティナ「では、後でディサイド様のところへ行きましょう。」
ファウス「おーっ!」
…。
ファウス「うぅ…落ち着かない…。」
メルティナ「我慢しなさい、その耳と尻尾は人間に見られるわけにはいかないのですから。」
翌日、早速二人は人間界へと訪れていた。
メルティナは普段とあまり変わらない服装ではあるが、ファウスはその獣の耳と尻尾をすっぽり隠せるようなローブを着用していた…しかし服を着ること自体を好まない彼女にとっては半ば苦行のようなものだった。
しかし視覚的に隠せてはいるものの、時折耳や尻尾がローブの中で動いているのがローブの上からも分かってしまうことにメルティナは不安を感じずにはいられなかった。
メルティナ「いいですか、もし万が一正体がバレるようなことになったら即刻逃げますわよ。」
ファウス「はーい!逃げ足には自信あるからまっかせてっ。」
メルティナ「…まぁ、数日滞在する程度ならなんとかなるでしょう。さぁ、時間が惜しいですわ。行きますわよ。」
歩き出したメルティナの後をファウスは物珍しそうに辺りを見回しながらついて行く。
ファウス「まずはどこに行くんだ?」
メルティナ「本屋です。前回は寄っていくことができなかったので。」
ウェロルを連れてきた時のことを思い出すメルティナ…あの時はウェロルの好奇心を満たすことを優先していたため、本屋以外にも行きつけの店に行くことはできなかったのである。
ある通りを曲がり、ふとメルティナは足を止める…よそ見をしていたファウスはメルティナの背中に思いっきりぶつかってしまう。
ファウス「ふぎゅっ…もぉ、急に止まらないでよー。…どうしたの、メルティナ?」
メルティナ「いえ、なんでも。…少し、昔を思い出しただけです。」
メルティナの見つめる先には…なんの変哲もない一軒家、しかしメルティナはその場所を…そこにいた人をしっかりと覚えていた。
こじんまりとした佇まい、いつも笑顔で出迎えてくれるお爺さん…昔見たその光景が今の景色と重なる。
数百年の時を経て変わってしまったその場所を見つめ、しばし感傷に浸る。
メルティナ「(あのご老人の勧める本は、心に響く作品ばかりでしたね。)」
今も書庫に眠る当時の本を思い出し、昔を懐かしむ。
今そこに建つ一軒屋からは、子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。
ファウス「なぁ、あの家がどうかしたのか?」
メルティナ「あぁ、すみません。行きましょうか。」
ファウス「…なんだったんだろ。」
不思議に思いメルティナの見つめていた一軒家をじっと見るが、特に変わったところはない普通の一軒家…ファウスは首をかしげるがなぜメルティナがこの一軒家を見つめていたか分かるはずもなく、ファウスは頭に疑問を浮かべたまま先に進んでいくメルティナのあとを追う。
ファウス「なぁなぁメルティナー、さっきのはなんだったんだ?」
メルティナ「話すと長くなるので、帰ったら教えますよ。」
ファウス「えー、気になるよぉ。」
メルティナ「話さないとは言っていないではありませんか。…ほら、見えてきましたよ。」
ファウス「わーっ、でっかいねぇ!」
メルティナ「なんでもこの町一番の規模だそうですよ。」
ファウス「でもなー、本て文字が書いてあるんだろ?わっちじゃ読めないし…。」
メルティナ「それも、城に帰ったら追々教えていきますよ。それに、絵本という目で楽しめるものもありますし。」
ファウス「えほ…ん?」
メルティナ「実際に見てもらった方が早いかも知れませんね。さ、入りましょう。」
そうして二人は建物の中へと消え、ショッピングを楽しみのであった。
そのあとは街を探索し、本来の目的である人間界の情勢などについてもしっかりと調査した。
世間話に聞き耳を立てたり、新聞に目を通したりなどなど…今の人間界がどう流れているのか、それを確認する。
一頻り調査をし終わったあとはメルティナ行きつけの喫茶店へと行き、情報整理も兼ね休息を取る。
品物を注文しそれが目の前に置かれた瞬間、ファウスの目は輝き口の中に溢れる涎が垂れそうになる。
メルティナ「左からモンブラン、ショートケーキ、フルーツタルト、ロールケーキ、チーズケーキ、ミルフィーユです。お好きなものをどうぞ。」
テラス席を選んだ二人であったが、ファウスは店の中から漂う甘い匂いに胸を高鳴らせていた…そして今、現物が目の前にある。
ファウス「ほ、ほんとにこれ食べていいのか?」
メルティナ「ええ、足りなければ追加で注文しますので。…ナイフとフォークの使い方はきちんと覚えてます?」
ファウス「う、うん!食べやすい大きさにして食べるんだよねっ。」
そのまま食らいつきたくなる衝動を抑えつつ、慎重にショートケーキを切り分け口の中へと運ぶ。
ファウス「…っっっ!!!!!」
口の中に広がるその味にローブの中の毛が逆立ち目が輝く…そんな様子を見て、メルティナは微笑み紅茶に口を付ける。
ぎりぎりはしたなくない程度の速さで次々とスイーツを平らげていくファウス、六皿全て完食してもその興奮が収まることはなかった。
メルティナ「どうです、この店のお味は。」
ファウス「うまいな!なんだこれ、こんなの食べたことないぞっ!なんていうか…うまいな!!!」
メルティナ「お気に召したようでなりよりです。」
ファウス「…あ、メルティナの分も…全部食べちゃった…。」
メルティナ「構いませんよ。…他に食べてみたいものはありますか?」
ファウス「で、でも…。」
メルティナ「変なところで遠慮しますね。別に、また注文すればいいじゃないですか。」
ファウス「そ、そうじゃなくて…なんていうか、メルティナはいっぱい良くしてくれるけどわっちはなんにもメルティナにしてあげられてないし…。」
耳が折りたたまれたのがフード越しにも見えた…そのションボリとした姿を見てメルティナは。
メルティナ「もし、ファウスがこのことに関して恩を感じてくれるのなら…いつかわたくしが困ったときに手を貸してください。」
ファウス「…そ、そんなんでいいの?」
メルティナ「はい、非常時には手が足りなくなることが常ですから、協力して頂ければ心強いです。」
ファウス「わ、分かった…!」
メルティナ「まぁ、それはそれとして…こうしてあなたと二人で過ごすことは、わたくしにとっても有意義なことなのでそれほど気負わなくても大丈夫ですよ。」
ファウス「メルティナは、わっちといて楽しいのか?」
メルティナ「わたくしが、必要に迫られる以外で他人をこうして誘うのは…ディサイド様の他に、あなただけですから。」
ファウス「…もしかしてなんだけどさ。」
メルティナ「はい、なんでしょう。」
ファウス「メルティナって…ディサイド様のこと、好きなのか?」
メルティナ「ええ、お慕いしておりますが…それが何か?」
ファウス「ううん、ちょっと気になっただけ。」
メルティナ「そうですか。」
ファウス「…うまくいくといいね。」
メルティナ「…進展することが、良い結果を生むとも限らないのですよ。」
ファウス「わっ、なんか難しいこと言われた!」
メルティナ「ふふっ。」
それから二人は品物を追加注文しつつ他愛ない会話を続けた。
その中で出てくるのは、やはり結束力のない仲間のことであった。
メルティナ「まだ皆さんと顔を合わせてあまり日も経ちませんが…どうですか、他の結魔の印象は。上手くやっていけるでしょうか。」
ファウス「んー、ディサイド様とメルティナは、仲良くしてくれるでしょ。ディバルバのおっさんは、今度喧嘩をするっていう約束をするくらいには仲良くなったぞ!」
メルティナ「…まぁ、分からなくはないですが。今のセリフだけを聞くと、とても仲良くなれたとは思えませんね…。」
ファウス「他の二人は…よく分かんないなー。スペルアは、わっちが近付くだけでそっぽ向くし…最初会った時はそうでもなかったんだけど、なんか最近は面倒くさいやつ認定されてる気がする…。」
ファウス「ウェロルも…自分の興味があること以外には関心がないから、いくら話しかけても無視されるんだよね。…あまりにしつこいと流石に怒るけど。」
メルティナ「…親睦を深めるどころか、欠点が浮き彫りになっているだけですね。」
ファウス「どうしよう…。」
メルティナ「…いいのではないですか、今のままで。」
ファウス「え…?」
メルティナ「無理に仲を深めようとして悪化することもありますし…本当に気心が知れていればいいですけれど、そうでない相手と歩み寄ろうとするならばまず自分が折れるしかありません。」
メルティナ「彼らのためにそこまであなたが身を粉にする必要もないと思いますし…なにより、あなたは精一杯やってくれています。それ以上のことを、ディサイド様も望んではいないでしょう。」
ファウス「でも、わっちがなんとかしないと…いつまでもみんなは…。」
悲しげな顔を見せるのは自分の力のなさを痛感してのものなのか、皆を気遣ってのことか…それは分からないが、メルティナはある種の懸念を抱いた。
メルティナ「そう思いつめてしまうのは、やはりディサイド様が直接生み出した結果なのでしょうね…ディサイド様もまた、結魔が一つにならないことに心を痛めています。」
メルティナ「ですが…極論を言うのであれば、わたくしはあの者たちを切り捨ててもいいと考えています。」
ファウス「…え!?そ、それは流石に…。」
メルティナ「ディサイド様は今、多くの者を抱えています。…魔物然り、魔族然り、我々結魔然り…人間然り。」
メルティナ「失いたくない故に、その全てを…ディサイド様は守ろうとしています。…ですが、その寵愛を受けているはずの者たちは、ディサイド様のために何かをしたことがあったでしょうか。」
メルティナ「施しを受けるばかりで恩を感じることもなくのうのうと生きて…わたくしは、それが許せないのです。」
ファウス「メルティナ…。」
メルティナ「…過去に、ディサイドは自ら仲間を殺めたことがあります。間違った選択をしたが故にと…ディサイド様は仰っていました。」
メルティナ「そしてその事を悔やみ、もう二度と仲間を失いたくないと誓ったそうです。」
ファウス「…それって。」
メルティナ「そうです、このままではまた同じような悲劇が起こります。魔族や魔物による反乱なのか、人間たちによる裏切りなのか…いずれにしても、争いが起きます…そうなれば多くの命が失われるでしょう。」
メルティナ「その光景をディサイド様が目の当たりにすることがあってはならないのです。…そうしないために、わたくしがここにいるのです。」
ファウス「…すごく、難しい話だけど…なんとなく分かる。このままじゃ良くないってことは…。だったら、やっぱりわっちの力が必要だよ!」
メルティナ「ファウス?」
ファウス「わっちが頑張ってみんなをまとめて上手くやらないと、もし大変なことが起きた時にどうしようもできないよ!」
メルティナ「…そのお気持ちだけ、受け取っておきましょう。」
ファウス「なんでさ!メルティナは、困ったときはわっちを頼るんでしょ?…だったら今頼ってよ!わっちだって、メルティナの力になりたい!」
メルティナ「あなたの力を借りるときは…本当にどうしようもない状況になってからです。そんないつ訪れるかも分からない事態に、今から備えるつもりですか。」
ファウス「だって、早いに越したことはないじゃん。」
メルティナ「そうですね…ですがそれであなたが倒れるようなことがあれば、ディサイド様はきっと悲しむでしょう。」
ファウス「…っ。」
メルティナ「…そういうことなのです。わたくしがこうして、積極的に事態を改善しようと動かないのも…わたくし自身の身を案じてなのです。」
メルティナ「問題は問題で、解決するに越したことはありません…しかしそれを行った結果倒れてしまっては意味がありません。」
メルティナ「ディサイド様にとっては、問題が起きて被害が出ることとわたくしたちの身が危険に晒されることはイコールなのです…そのどちらが起きても、ディサイド様に辛い思いをさせてしまう。」
メルティナ「ですから、己の力量を把握し自身の限界を見極め行動するのです。決して身を捧げることだけが奉仕になるのではありませんから。」
紅茶を一口飲み一旦区切る。
ファウス「…すごいな、メルティナは。わっちは…そんな風に考えたこと、一度もない。」
メルティナ「先程の恋愛の話も然り、全ての関係性というのは複雑に絡み合っています。簡単に解決することは、早々ありません。」
メルティナ「ですが、あくまで今言ったのはわたくしの考え。…ファウスに押し付けるつもりはありませんから。」
ファウス「…え?」
メルティナ「長々と講釈を垂れましたが、あなたはあなたの自由にして良いということです。ディサイド様を傷付けたくない…これはわたくしの気持ちですので、もしなにか違った方法でディサイド様がお喜びになられるのなら…それでもわたくしは構いませんので。」
ファウス「…。」
メルティナ「まぁ、それは追々で構いませんから、少し考えてみてください。」
ファウス「でも、ディサイド様のこと、一番よく知ってるのはメルティナだよな。」
メルティナ「そうであれば良いのですけれどね。…何が真の意味でディサイド様のためになるのか…それは今も分かりません。」
ファウス「そうかもだけど!でもメルティナはディサイド様にべったりだし間違いないって!」
メルティナ「…そんなにですか?」
ファウス「うんっ!」
メルティナ「…そうですか。」
ファウス「…?メルティナ、嬉しそう?」
メルティナ「い、いえ、そんなことは…。」
ファウス「まぁいいや。…だから、やっぱりメルティナのやり方に合わせる!」
メルティナ「それでいいのですか?」
ファウス「うん!わっちだって、ディサイド様には感謝してるし、恩を返したいって思ってるから。…一番いい方法は多分、メルティナのやり方だと思う。」
メルティナ「まぁ、あなたがそれでいいのでしたら…。」
ファウス「いいの!今決めた!だからこれからもよろしくねっ、メルティナ!」
メルティナ「ええ、…と言っても基本は雑用なものばかりですよ。」
ファウス「全然!なんでもやるよ、わっちはー!」
メルティナ「いい心構えです。…頼もしい仲間を得ましたね。」
燃え上がるファウスと微笑むメルティナ…それは以前よりも親睦が深まったことを意味していた。
話し込む内にすっかり日は暮れ、そろそろ今晩の宿を決めるべく二人は喫茶店を出た。
メルティナ『我々は睡眠をとる必要はありませんが、人間界で夜間行動していると目立ちます。宿が見つからなかった場合、最悪人気のないところで一夜を明かしましょう。』
その提案にファウスは素直に頷き、そうして二人は宿を探ししばらくの間辺りを散策した。
…。
メルティナ「まぁあの時間から探して宿が見つかっただけありがたいと思うしかないですね。」
ファウス「おぉー、これが人間が泊まるところなんだなぁ。…お城と変わんないかも。」
メルティナ「ディサイド様は、城を建築する際に人間界にあるものをイメージして作られたので大きく違っている点はないと思いますよ。」
メルティナ「ベッドは一つしかありませんが…まぁいいでしょう。」
探し始めた時間が遅かったのもあり、いくつかの宿屋を見つけ尋ねたが全て満室…それでも諦めずに探し唯一空きがあった宿屋の残りの部屋はベッドが一つしかなかった。
ファウス「?…なんでベッドの数を気にしてるんだ?」
メルティナ「なんでって…このベッドに二人で寝るからですよ。」
ファウス「…え?」
さも当然のように語るメルティナに、ファウスは困惑する。
ファウス「だ、だってわっちらは寝る必要ないって…さっきメルティナも言ってたじゃん!」
メルティナ「何をそんなに興奮しているのか知りませんが、これはあくまでも眠る『練習』ですよ?」
ファウス「ほへ?…眠る…練習?」
メルティナ「ええ、我々はこうして、しばしば人間界を訪れます。その時に大事なことはなんですか。」
ファウス「えっと…魔族だってバレないこと!」
メルティナ「正解です。では、正体がバレないためにはどうすればよいか…それは人間の『ふり』をすることです。」
メルティナ「人間と同じ性格習慣を学ぶことで、こうして人間界に訪れた時違和感なく溶け込めるのです。」
ファウス「で、でも…夜になると人間はみんな眠るんだろ?だったら別に…。」
メルティナ「甘い、甘いですよファウス。その気の弛みが万が一を引き起こすのです。」
メルティナ「みんなと言っても、それでも少数ながら夜間に行動する人間はいます。もし人間がいないからと油断してフードを外しているところでも目撃されたらどうするのですか。」
ファウス「そ、それは…。」
狼狽えるファウスにメルティナは畳み掛ける。
メルティナ「他にも、わたくしたちが想定しない意外な形で正体がバレる可能性だってあるのです…満身は油断を生みます。人間の目がないといっても、気を緩めていい理由にはならないのです。分かりましたか。」
ファウス「は、はい!」
メルティナ「良い返事です。わたくしは下に行って食事をもらってくるのでここで待っていてください。」
ファウス「そ、その間、わっちは何をしていれば…!」
メルティナ「特にすることはありません。強いて言うのでしたら、寛いでいてください。人間は一日中外を歩くと疲労しふかふかのベッドに身を投げるそうです。」
ファウス「じゃあ、そのベッドに飛び込めばいいんだなっ。」
メルティナ「その辺はお好きなように。では行ってまいります。」
何度も経験があるのだろう、慣れた様子で宿主の元へ食事をもらいに行くメルティナ…一人残されたファウスは顎に手を当て目の前のベッドと睨めっこをしていた。
ファウス「(寛げって言われても、そんなに疲れてないしなぁ…。でも、見えないところでも人間らしくしてろってメルティナは言うし。)」
ファウス「(まぁさっきは勢いで言ったけど、せっかくだしこのベッドに飛び込んでみようかな。他にすることないし!)」
決心したファウスは、数歩下がり体勢を低くする…それはまるでマラソン前の選手の構えであった。
そして一歩二歩三歩と助走を付け軽く飛び上がり、そのままの勢いでベッドへとダイブした。
…。
メルティナ「シチューとパンをもらってきましたよ。おかわりもしていいそうなのでたくさん食べても大丈夫…。」
木製のお盆に二人分の食事を乗せて帰ってきたメルティナは目の前に広がる光景を目にし一瞬固まってしまった。
メルティナ「…一体、何をしているのですか。」
ファウス「何かいい匂いがする!食いもんか!?」
ベッドの上に丸まる白い物体からファウスの頭が飛び出る…その嗅覚は相変わらずの感度であった。
メルティナ「随分と寛いでいるようですね。」
少し呆れた様子で食事をテーブルへと並べていくメルティナ。
ファウス「だってさ、このベッドすごいんだよ!ふっかふかのもっふもふで…あぁ、わっちとおふとんは一心同体だぁ。」
緩みきった表情でよく分からないことを口走るファウス。
メルティナ「それと同じものが城にもあるはずですが…もしや使ったことがないのですか?」
ファウス「うん、使おうと思ったことなかったから。…でも、こんなにいいものだったんだな!」
メルティナ「いつもどこで体を休めているのです?」
ファウス「んー?その辺に適当に?寝っ転がりたい時に寝っ転がってたし。」
メルティナ「まぁベッドを堪能するのも結構ですが、せっかく宿の主人が用意してくださいましたし食事にしますわよ。」
ファウス「もう匂いだけでうまいって分かるよ!それ何?」
メルティナ「…聞いていなかったのですね。シチューとパンです。別々に食べても構いませんし、パンにシチューを付けて食べるという方法もあります。」
ファウス「何だそのうまそうな食い方!食べたい!」
メルティナ「なら降りなさい。ベッドを汚すわけにはいきませんから。」
ファウス「うっ…。」
ここで、ファウスの中で葛藤が生まれた…食欲をそそられる匂いを放つシチューと、その身に感じる心地よい布団の感触…二つが天秤にかけられ揺れ動く。
唸り声を上げなんだ末にファウスが出した決断は…!
ファウス「…た、食べさせてくれたりなんかは…。」
メルティナ「却下です。」
ファウス「あぅ、そうだよね…。」
妥協案どころか強欲にも二つの欲求を満たそうとする案を提示するファウスをバッサリと切り捨てる。
メルティナ「いいから布団から離れなさい。ベッドは逃げませんが、シチューは時間が経てば冷めてしまいますよ。」
ファウス「それはダメだ!それはあっつあつの方が絶対うまいって、わっちの本能が告げてるんだぁーっ!」
包まっていた布団を投げ捨て勢いよくベッドを降り…そして既に席についているメルティナとは反対側の椅子に慌てながら着席する。
その後、メルティナがおかわりを頼みに何度も部屋を出ていくことになることは必然であった。
…。
メルティナ「寝る準備は出来ましたか?」
ファウス「うん、バッチリだ!」
初めて寝巻きというものに着替えメルティナと共にベッドへと入る。
部屋の明かりも消し静寂が訪れる中、メルティナが今日の一日の感想を聞く。
メルティナ「どうでしたか、初めての人間界は。」
ファウス「めっちゃ楽しかった!明日はどこ行くんだ?」
メルティナ「そうですわね…いろんな動物を飼育している知り合いがいるので、そちらに伺ってみましょうか。人間界の動物は、まだ見たことがないでしょう。」
ファウス「おぉっ!どんな奴がいるか楽しみだな!」
外に声が漏れないよう小声で話す二人…しばらくは盛り上がっていたが、徐々に言葉数は少なくなりファウスの瞼が完全に閉じる。
メルティナ「(…この安らぎがこの先も続くことを、わたくしは願っております。これからもよろしくお願いしますね、ファウス。)」
小さく寝息を立てるファウスの頭を優しく撫でる…するとファウスは気持ちよさそうに頬を緩める。
それを見てメルティナも小さく笑い、そして眠りに就く…こうしてファウス初の人間界巡りの一日が終わる。
これからファウスがどのようにして仲間と過ごしていくのか、それは分からない。
しかし、ここで生まれた友情はきっと…最後まで消えることはないであろう。




