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to decide  作者: 村瀬誠
第六章:集いし仲間と変革の兆し
20/30

第一話:無を内包せし者との邂逅

ディサイド「…貴様は一体何者だ。」


返答次第では容赦なく切り捨てる…そんな気迫があるかのように目の前の人物に尋ねるディサイド。

その横に控えるメルティナも、そのありえない光景を前に驚きを隠せないでいた。

『彼』はそこにいた。

ただただそこにいた。

ディサイドが何か妙な気配を察知し、闇の塊が眠る地下へとメルティナと共に赴いた。

闇の塊の鼓動が聞こえる巨大な地下洞窟…あまりに巨大なためそのほとんどは地中に埋まっているがその一部は露出しており、ディサイドは主にそこから体を再生し闇の塊より這い出でる。

その場所に、男が一人ぼんやりと立っていた。

彼の素肌からは黒い水が滴っており…それは明らかに、闇の塊から産み落とされた事を語っていた。

ディサイドの声を聞き、音のする方へと振り返る彼…垂れる前髪の間からこちらを見つめる目が向けられる。

彼が一体何者であるか…その正体を彼から聞き出す他手段を持たないディサイドは静かに答えを待つ。

メルティナも場の空気にすっかり飲まれてしまい、言葉を発せずにいた…三者の間に沈黙が訪れる。

中々言葉を発しない彼に不気味さを覚えながらも、ディサイドは再度質問を投げる。


ディサイド「…もう一度問う。貴様は何者だ。」


普通の人間や魔族…いや、結魔であったとしても今のディサイドの前では萎縮するであろう…それほどの、殺意に近い何かをこの時ディサイドは秘めていた。

しかし目の前の彼はそれに動じることなく、ゆっくりと首を傾げる。


???「私…私は…。」


小さく漏れ出る声は問いに対する回答を示そうとするものではなく、自身に対し問いかけているようだった。

いきなり襲いかかってくるような凶暴性は見られない…ディサイドはそう判断し、次に紡がれる言葉を待つ。


???「私は…誰だ?」


ディサイド「…。」


しかし次に発せられた言葉は、ディサイドの欲する回答とはならなかった。


???「私は一体何者だ、なぜこのような場所にいる、そもそもここはどこだ。…なぜ、私という存在が存在しているのだ。」


矢継ぎ早に繰り出される疑問…見かねたメルティナがここで割って入る。


メルティナ「それを聞いているのはこちらです!あなたの正体を明かしなさい、返答によってはこの場で処刑しますよ。」


???「…。」


メルティナ「…っ。」


目線がメルティナに移る…その異様な雰囲気に気圧され威勢良く啖呵を切ったメルティナであったが口を閉ざしてしまう。

しかし数秒もしない内に、見つめる対象はメルティナから地面に移り彼は黙りこくる。

埒が明かないと踏んだディサイドは意を決し、一歩前へ踏み出る。

が…その足は、踏み出された一歩のみで終わった…なぜなら、ディサイドの視界に映る彼は今まさに地面に倒れようとしていたからだ。

唐突に倒れこんだ彼を見て、ディサイドもメルティナも混乱するがこのまま放置するわけにもいかず…十二分に警戒しながら近付きその様子を確かめる。

弱ったふりをして襲いかかってくる風でもない…その眉は顰められ、苦しげな声が漏れていた。


…。


スペルア「はぁ、なんで俺がこんなこと…。」


ディサイド「手間をかけるな。」


地下洞窟より戻ってきたディサイドとメルティナ、あのまま正体不明の彼を地下に置き去りにするわけにもいかずその身を担いで空き部屋まで運んだ。

体を持ち上げた際にディサイドはその衝撃に目を見開いた…それは彼に重さが全くなかったからだ。

いや、紙切れ数枚程度の重さはあった…確実に、そこにあることは実感できた…しかしそれはおおよそ人一人分の重さには程遠かった。

拭いきれない違和感を抱えながらも、彼の正体について少しでも触れることができればと思いスペルアを呼ぶ。

突然呼び出されたスペルアは不機嫌そうにこれを受諾…現在は、彼の体を調べている最中である。


ディサイド「不可解なことが多すぎる…この者についても、この状況についても。」


ディサイド「なぜこの者が闇の塊より生まれ出てたのか、それを行ったのはいったい誰なのか…全てが謎だ。」


スペルア「…。」


その当たり前の疑問に、スペルアはなにか思う所があるようだ。


ディサイド「どうしたスペルア。今の発言の中で、何か引っかかることでも?」


スペルア「いやまぁ…別にそう思うのは当然じゃないですかね。思うだけなら…誰にだってできますからね。」


ディサイド「…何が言いたい。」


スペルア「んーと…怒らないで聞いてほしんですけど、ディサイド様って…時々自分の都合の悪いことに蓋をしますよね。」


ディサイド「…っ。」


スペルア「今回の件だけじゃない…増えすぎた人間の扱いに困った時もそうだ。あの時だって、人間の切り捨てるという選択は初めからなかった。…かつては己を慕ってくれた者の子孫だから、少なからず罪悪感を覚えて見捨てられなかった。…でもさ。」


スペルア「あの時の最善の策は、やっぱり人間を皆殺しにするか追放するかのどちらかだと今でも思うよ。それが最も、魔族らしい考え方だ。…人間を憎む、魔族ならね。」


スペルア「俺たちは全員、人間を憎んでる…恨んでる。…できることならこの手で皆殺しにしたいと思ってる。当然さ、だって人間が人間を憎んでいるんだから…その負の感情で成り立ってる魔族や魔物ならその感情が正しくある。」


スペルア「でもディサイド様は、どっちかって言うと人間よりだよね。それも所謂『いい人』と言われる部類の人間だ。…まぁ、それは別にいいとして。」


スペルア「ここまで言えば、流石のディサイド様でも気付くよね。というか、言われるまでもなく理解してるはずさ…自分は誰よりも人間に近い感覚を持ってるってことに。」


ディサイド「…。」


スペルア「より多くの負の感情を見てきたディサイド様は、もう怒りとか憎しみとか…そういうのを通り越して人間を憐れんでるんだよ。…いや、これも違うか。単純に、人間を自分と同じ存在だと認識しているからこそ、それに近い行動を取ったりそういう考え方をする。」


スペルア「こいつの正体にも、ある程度検討は付いてるんだよね?じゃなきゃご丁寧に連れて帰らないし、本当に正体不明の危険人物だったら即座に殺してるはずだしね。」


その言葉一つ一つを…ディサイドは否定することができなかった。

ディサイドは、誰よりも人間と近かった…自らを産み落とす闇の塊は人間の感情そのものだ、それが負の感情に塗れていたとしても…いや、塗れているからこそ光を求めた。

普通の人間であろうとした。

だが、世界がそれを許さなかった…いくら人間の世界に紛れようとも、人間との共存を求めようとも…それは世界の意志によって阻まれた。


スペルア「さて、なんか色々言いましたけどとりあえず調べ終わりましたよ。…こいつが魔族であることは確かですね、闇の塊から排出された痕跡もある、感じる魔力に含まれる穢れの比率といい…疑いはない。」


スペルア「ただ体から感じる魔力が微量だったんでそこは大変でしたけどね。多分それは、こいつの体が異様に軽いのと関係あるんでしょう…魔力を含む肉体自体がほぼ無いんで相対的に内包している魔力量も極端に少ない。」


スペルア「んでディサイド様が知りたいのは、なんでこいつが闇の塊から出てきたか…ってことですけど。おおよその検討は付いてますよね?」


ディサイド「…人間の願望が具現化した結果、であろう。」


スペルア「ま、やっぱそう結論付けますよねー。本来、人間の感情の意志によって闇の塊から生まれることができるのは魔物しかない…俺たちみたいなのは全部ディサイド様が意図的に作ったものだ、ディサイド様を除いてね。」


スペルア「それがなぜ今回、人の形を模して現れたのか…。」


ディサイド「私が前例となったからであろうな。」


スペルア「そですね。『こういうことができる』って闇の塊が無意識的に認識した結果、こいつが生まれた。…人間の負の感情が集結し人の形と成った。魔物としてではなく。…ただそれでも腑に落ちないのは。」


スペルア「なんでこいつが最初に目撃したディサイド様やメルティナを襲わなかったのかということ…魔族は魔物よりも人間に対する憎しみの感情の割合が多い、ましてこいつはイレギュラー…どんなとんでもないことをしてもおかしくはない。」


スペルア「凶暴性が顕著になっているはずにも関わらずこいつは感情に支配されることなく、むしろまっさらと言っていい状態で産み落とされた…。」


スペルア「自分が何者かも正しく認識できず、ただただ疑問を頭に浮かべて…。こいつが倒れたのは、単純にまだ肉体が安定してないんでしょうね。まぁ、こんな体じゃ立ってることすら満足に出来ないでしょうしね。」


スペルア「とりあえずはこんなもんですかね…。まぁ分かることが分かったってだけで進展はないんですけど…。」


ディサイド「十分だ、事実を明確にする作業にも意味はある。ご苦労であった。」


スペルア「それで、どうするんですかこいつ。まだ完全に安全とは言えないですよ、こいつの出生とか…何で出来てるかなんてことが分かっても、こいつ自身がどういう奴かは分からない。不安要素は残ってる。」


その言葉は暗に、彼を処分したいというスペルアの意思が現れていた。


ディサイド「彼がどんな人物であるか…彼が目覚め対話する内に確かめる、私自らな。」


スペルア「…俺の言葉が悪かったかもですけど、別に一人で抱えろってことじゃないですよ…。命じられれば俺らだって手伝います。」


ディサイド「それではダメだ。私は、本人が望まぬことは強制しない。」


スペルア「ディサイド様本人がそれを望まないんだったら…ディサイド様はそれをするんですか?」


ディサイド「…恐らく、そうなった時は私の弱さと向き合っている時だろう。それならば、なおさら立ち向かわぬわけにはいくまい。」


スペルア「かっこいいこと言いますね。…でしたら、俺はそれに甘えますよ。これ以上働きたくはないんで。」


ディサイド「ああ、時間を取らせたな。もう戻って良いぞ。」


ベッドの上から弾むように床に立ち部屋を出ていくスペルア…扉を半分ほど開けたところで立ち止まり。


スペルア「…ま、ああ言いましたけど、本当にやばそうになったら呼んでくれていいですよ。それくらいの恩は感じてるんで。」


その言葉にディサイドは笑を漏らし去りゆくその姿を見送った。


…。


メルティナ「…。」


スペルア「おー、相変わらずおっかない顔してんなー。盗み聞きか?感心しないな。」


メルティナ「どうせ気が付いていたのでしょう、猿芝居はやめなさい。」


部屋の外、壁に寄りかかるようにしてメルティナは立っていた。


メルティナ「今更、あなたが改心することを期待はしませんが…それでも、もう少しディサイド様に敬意を示したらどうです。無礼にも程がありますよ。」


スペルア「そっちこそ今更…俺がこんななのは始めからだし改めるつもりもない。それに、こうして緊急の呼び出しには応じてるじゃないか。最低限、敬って…感謝してはいるよ。」


メルティナ「最低限では問題外です…最大限ディサイドに敬意を払い、その上で全力を以って尽くす…それができて初めて半人前です。」


スペルア「うっは、めんどくせぇ。やりたきゃ好きにやりゃあいいじゃん、その考えを持つことは別にいいけど他人に押し付けるなよ。」


メルティナ「この程度、我々を一から創造してくださったディサイド様に与えるものとしては当たり前です。…いけませんね、あなたを顔を見ると、つい熱くなってしまいます。」


スペルア「お?珍しい、小言以外の会話をご希望とは…しかも俺と。」


メルティナ「言わずとも分かっているでしょう…ディサイド様が連れて帰ったあの者のことです。…本当に害はないのですね?」


スペルア「それは分からん…あいつのバックボーンはともかく、パーソナルな部分はまだ不明瞭だ。地下で発見した時は気が動転していただろうし正常な反応ではなかったんだろう…実際に目を覚ましてみないことには何とも言えん。」


メルティナ「…そのような者の世話を、ディサイド様一人に押し付けたのですか。」


スペルア「いやいや話聞いてたんでしょ?いざって時は手伝うって。」


メルティナ「それがもし間に合わなかったら…どうするのです。」


スペルア「別に、ディサイド様なら何とかするでしょ。肉体は半永久的に復活できるんだし…そもそもあいつにディサイド様をどうこう出来るだけの力があるとは思えないけどねー。あんな貧弱な体じゃ近い内に自然消滅しても不思議じゃない。」


メルティナ「…そういう意味ではありません。」


スペルア「…。」


メルティナ「ディサイド様が後悔なさる可能性がほんの一パーセントもないと言い切れるのかどうか…わたくしはそれを聞いているのです。」


スペルア「それこそ俺に責任を求めるのはお門違いでしょ。俺みたいなサボリ魔にそんな責務、果たせるわけないし果たすつもりもない。…メルティナが一緒に居れば問題ないでしょ。」


メルティナ「もちろんわたくしもディサイド様と共に、あの者を監視する予定です。…つまりは、通常の業務に支障をきたしかねないということです。」


スペルア「…あ、あぁ…なるほどね。メルティナが何を言いたいのか、なんとなく分かったよ。要はそっちに専念したいから俺に働けって言いたいわけね。」


メルティナ「そこまで理解できているのなら話は早いです。…お願いできますよね。」


スペルア「それってほぼ脅しじゃん…まぁいいけど。」


メルティナ「あら、いつものように反抗しないのですか?」


スペルア「んー、もしあいつが暴れるようなことがあった時対処できないと面倒なことになりそうだから、そうならないためにもメルティナには是非ディサイド様と一緒にあいつを見張ってて欲しいと思ってね。」


スペルア「よく分かんない奴の相手をするよりは、いつもの仕事をこなしてる方が面倒がなくていいしさ。」


メルティナ「…普段から、そのくらいのやる気を見せて欲しいものですけれどね。」


スペルア「無理無理ぃ!俺がやる気を出すなんて天地がひっくり返ってもないさ。大体今言ったことだって、別に仕事に対してやる気を出したわけじゃなくて仕方なくだもん。あくまで正体不明の野郎の監視と、普段の仕事を天秤にかけてより面倒じゃなさそうな方を選んだだけだし。」


メルティナ「まぁ、分かってはいましたけれどね…。」


スペルア「で、それで話は終わり?」


メルティナ「ええ。」


スペルア「そんじゃまっ、せいぜいあいつが暴走しないよう見張っててよ。」


こんな非常時でも、スペルアは最後までいつものスペルアであった。

そして恐らく、これからもそれが変わることはないだろう…それを確信したくないメルティナは眉間を押さえ頭を振る。

どうしようもないことはひとまず頭の片隅に追いやり、メルティナは扉を叩き中へとはいる。


メルティナ「失礼致します、その者の様子はどうですか。」


ディサイド「…メルティナか。」


メルティナ「…どうかされたのですか?」


一瞬、入ってきたメルティナの方を振り向いたが、ディサイドは体勢を変えて腰を落ち着けるでもなくすぐ彼の方をまた向いてしまった。


ディサイド「話は外で聞いていたであろう。」


メルティナ「申し訳ございません…。」


ディサイド「よい、お前を責めはしない。…それよりも、可能ならば共にこれについて考えてくれないか。」


彼を見つめたまま問いかけるその様子に少し困惑しながらも、メルティナは答える。


メルティナ「ええ、わたくしでよろしければいくらでも。元よりこの者が目覚めるまで、ディサイド様のお側にいるつもりでしたので…。」


ディサイド「…この者の体は異様に軽い。丸めた紙ように、容易く壊れてしまう危うさがある。」


メルティナ「はい、聞いておりました。まだ闇の塊から産み落とされたばかりで、安定しないとも。」


ディサイド「この者の体が安定するには、多少なりとも時間を要するであろう…私はそれを短縮しようと魔力を注入し安定させようとしたのだが。」


メルティナ「…もしや、それが逆効果となり殺めてしまったのですか?」


ディサイド「いや、そうではない…受け付けなかったのだ、私の魔力を。」


メルティナ「…!…そのようなことが、ありえるのですか?」


ディサイド「通常ではありえん…しかし、この者の存在自体がイレギュラーなのだ。むしろ反応としては正常なのかもしれん。」


メルティナ「なるほど、ではわたくしが考えるべきは『この者が何故ディサイド様の魔力を受け付けないか』…それと『いち早くこの者の体を安定させる方法』…この二つでございますね。」


ディサイド「優先順位としては後者が先だ…前者も、私的な理由も含めるのなら気になることではあるが…まずはこの者が目覚めないことには始まらん。」


メルティナ「かしこまりました。わたくしの方でも考えてみます。」


しかしそれから一週間が過ぎてもなお、彼は目覚めることはなかった。

生きているのか死んでいるのか、それすらも明白ではなく…ただ、肉体が崩壊しないことから辛うじてこの世に存在できていることだけは確かだった。

ディサイドも…そしてメルティナも、動かぬ彼の様子を絶えず観察する中なんとか彼を目覚めさせる方法を考えたが、結局は全て無駄に終わってしまった。

なぜなら、彼が自力でその瞼を開いたからである。


…。


???「…。」


常に監視するといっても、常に彼を見続けているわけではない…ディサイドはこの時所用で出かけており、メルティナはそんなディサイドの帰りを待って紅茶を淹れているところだった。

つまり、その瞬間をメルティナは見逃したわけである…彼が目覚める瞬間を。


メルティナ「~♪」


鼻歌交じりで紅茶を淹れるその姿は、どことなく浮かれているようだった。

ここ最近はディサイドと二人きりであったため上機嫌なのである…ベッドで寝そべる彼は、当然カウントには含めない。


???「…?」


起き上がることができない体…彼は視界に入ってくる情報を頼りに状況を整理していく。

動かない体、視界を遮る前髪が鬱陶しくまとわりつき不快感を覚える…どことなくいい香りが漂う、そして自分はなにか柔らかい物の上に横たわっている…己が倒れたところではない場所で目覚めたことを理解する。

頭は持ち上がらないものの、幸いにも首を動かし顔を横にすることはできた…そこには、こちらに背を向けなにかの作業をしていると思われる女性の姿が見える。

声が出ない…ここはどこか問おうにも自分の口から言葉を発することができない。

できないことは素直に諦め、またも天井を見つめる…頭の中に多くの疑問が次々に浮かんでくるが、その答えが見つかることはなかった。


メルティナ「…?」


その僅かながらの視線を感じとったのか、メルティナはベッドの方を向き…そしてようやく気付くことができた、彼が目覚めていることに。


メルティナ「ふぅ、ようやくのお目覚めですか。いい加減待ちくたびれました。」


その光景に驚くでもなく、むしろやれやれといった感じに目を覚ました彼に近付く…その表情は先程とは打って変わって見下すような冷たいものとなっていた。


メルティナ「さぁ、あなたが何者であるか名乗りなさい。もしくは害がないことを証明してご覧なさい…それができないというのであれば、こちらも相応の態度をとらせていただきます。」


一切の容赦なく言葉を叩きつけるメルティナ…しかし彼はそんなメルティナを見つめるだけだった。


???「…。」


何か言葉を発しようとぎこちない動きで口を動かす彼だったが…そこから音が漏れることはなかった。


メルティナ「…言葉を発せないのですか?」


その問いに、横たわる彼の首が僅かに縦に動いたような…気がした。


メルティナ「これはまた、面倒ですわね…。」


…。


ひとまず抵抗の意思がないことを確認したメルティナは急ぎディサイドに連絡を取った。

ディサイドは人間界へと赴きいつものように情報を集めていたが早々に切り上げ城へと帰還した。

その手には一冊の小説が抱えられており、それを一旦テーブルに置き彼に近付き見下ろす。


ディサイド「土産を持ってきたが後回しだ。…言葉を発せないのであったな。」


メルティナ「はい、今のところ抵抗の意思はありませんが…いかがいたします?」


ディサイド「…。」


自分を見つめる彼を見つめ、ディサイドは考え込む…ようやく自体は進展するかと思いきや意外な壁が立ちはだかった。

すると、不意に彼が咳き込んだ…かなり弱々しく掠れるように咳をした。


ディサイド「…もしや。」


その様子を見たディサイドは、テーブルに用意されていた紅茶を淹れるために使ったであろう水の残りを手に取り静かに彼に飲ませた…寝ているものに水を飲ませるのは難しく口の端から水が零れるが、彼はゆっくりと口に含んだ水を飲み込んだ。


???「…これが、喉が渇く…ということなのだな。初めての…体験だ。」


掠れた声でそう呟く彼は…どことなく笑っているようにも見えた。


メルティナ「…流石でございます。」


ディサイド「私たちの体は、自己によってある程度の調節が可能だ。…しかしこの者の体は驚く程脆い、そういった調節が自力ではできないのではないかと思ってな。思いつきではあったが、成功したようでなによりだ。」


ディサイド「さて、では改めて問おう…。貴様は何者だ。」


???「分からぬ…私が何故生まれたのかも…その理由も、意味も…全て私に関することは分からぬ。…だが、一つだけ私は求めている。」


ディサイド「…何を求めているのだ。」


???「…全てだ。この世に存在する、ありとあらゆるもの…その全てを、私は欲している。」


メルティナ「それは、反逆の意思があると受け取っていいのですね。」


明らかな殺意を見せ一歩前へ踏み出すメルティナをディサイドが制する。


メルティナ「…ディサイド様?」


ディサイド「全てを欲するということは、即ち全ての強奪…ではないのだろう?」


???「あぁ…私は自分の意思を正しく伝えることができなかったのか…。言葉を変えよう…私は、全てを知りたいのだ。」


メルティナ「知る…。」


ディサイド「単なる略奪者であれば、あの地下であいまみえた際に襲いかかってきたであろう…だがこの者は知性を備えている。…実に不可思議な存在だ。」


ディサイド「…そうだな。私に協力するというのであれば、お前の望むものをいくらかくれてやる。」


メルティナ「ディサイド様!?まさか、この者を仲間に加えるおつもりですか!」


ディサイド「野放しにもできまい。…それに、この者が誕生した理由…それが知りたくなった。」


メルティナ「…。」


納得はいかない…しかし他でもないディサイドがそう言うのであれば…メルティナの表情から、そんな感情が見てとれる。


???「つまりは…私に首輪を付けたいのだな?」


ディサイド「自由は約束しよう。緊急時を除き、お前の行動を制限することはないと誓おう。…どうだ、条件としては悪くないと思うが。」


???「…。」


考え込む様子を見せる彼…そしてそう長い時間をかけることなく答えを導き出す。


???「その申し出、承諾した。制限されるデメリットより、提供されるメリットの方が大きい。」


メルティナ「…。」


その物言いに、メルティナは物申したかったがぐっと堪えた…恐らく、自分が何を言ったところで彼には何一つ響かないのであろう…これまでの結魔と同様。


???「とは言ったものの、私はご覧の通り満足に指一本動かせない状態だ。今はそちらの命令が聞けそうにないが…。」


ディサイド「構わん。お前の体が安定するまで、こちらで面倒を見よう。必要なものがあれば可能な限り用意しよう。」


???「手厚い待遇、感謝する…。」


…。


ディサイド「気が付いていたかメルティナよ。」


メルティナ「はい、わたくしでも見て感じ取れました。」


ディサイド「あの者…知識を吸収することで魔力量が増加した。恐らく肉体の方も、僅かではあるが中身が埋まったのだろうな。」


メルティナ「一度水を飲ませた程度にしては、回復の仕方が異常でしたからね…一分も経たずして喉が正常になるほどに。」


部屋の前に見張りを二人ほど付け、ディサイドとメルティナはしばらくぶりに書斎へと戻っていた。

部屋で起きた変化について、二人で話し合うためである。


ディサイド「このままやつの望む通りに知識を与え続ければ…恐らく回復していくのだろうな。」


メルティナ「あの者はそれを理解していて、あのような事を言っていたのでしょうか…。」


ディサイド「無自覚であろうな…知識を得たいというのは、彼の本能によるものと推測するのが妥当であろう。」


メルティナ「…このようなことを申し上げるのは恐縮ですが、わたくしは不安を拭いきれません。いつかあの者が、その身に付けた知識で我々に襲いかかるのではないかと。」


ディサイド「その時は、私が全力を持って排除しよう。」


メルティナ「はい、わたくしも微力ながら助力致します。」


それからは、主にディサイドが彼と対話することとなった。

彼に『ウェロル』という名を与え、新たな仲間として皆に報告をした。

最初は指を動かすことすら億劫に感じていたウェロルであったが、ディサイドと会話する内に…本などを読み知識を吸収していく内に徐々に気力を増していき、一ヶ月を過ぎる頃には自力で立ち上がることができるまでになっていた。

ベッドに横になっている時でも、ウェロルは知識を得んがために様々なものを要求した…そうしていく内に次は、その知識が確かなものであるか検証するべく城の中を彷徨い始めた。

常に近くに監視の目があったが…それがどうしたと言わんばかりに自由奔放なウェロルは、度々城の中で迷子になっていた。


メルティナ「散策する際は必ず誰か一人連れて行けと言ったではありませんか。」


ウェロル「己の好奇心を抑えられないのだ。気が付いたら、知らない場所にいる。」


そんな己の欲求に抗えないウェロルの返答を聞いて、メルティナは呆れた様子で頭を押さえる。

これはこちらで対策を練らなければと考え、ウェロルの監視を徹底するよう魔族たちに言い付けた。

そしてその内に、ウェロルは外の世界を見てみたいと言い出した…メルティナは快く思わなかったがディサイドがこれを許可。


ウェロル「おお、これが空というものか。」


喜びを露わにするウェロルであったが、それも僅か…その表情は疑問のものとすぐに変わった。


ウェロル「?なぜ、この空は赤いのだ?本には青い空だったと書かれていたはずだが…。」


そう、この頃にはもう闇の塊による地域汚染が広がっていたのである。

緑が消えていき、川も次第に枯れ、闇の塊から漏れ出る魔力が大気中に溢れ赤く染めていた。

ディサイドの指示により、人間居住区画及びその周辺の環境は維持されている。

要領としては穢祓いに近い…それを区画全域に行うことにより汚染を食い止めている。

そのことをウェロルに伝える。


ウェロル「そうなのか…。澄み渡るような青い空というものを、この目で見てみたかったのだがな。」


ディサイド「人間界へ行けば見られるであろうが…。」


ウェロル「その渋った顔を見れば分かる…私を人間界へと連れて行くのに、まだ不安が残るのだろう?」


ディサイド「率直に言えばそうだ。それに、つい最近偵察へと赴いているのでな、次はもうしばらく先のこととなる。」


ウェロル「…その時まで待つしかないか。」


メルティナ「…よろしいでしょうか。」


ディサイド「ん?なんだメルティナ。」


ウェロルが落胆する中、メルティナから意外な提案が。


…。


ウェロル「まさかお主が案内を買って出るとはな。」


メルティナ「…。」


ここは人間界のとある繁華街…そこに二人はいた。


ウェロル「私の覚えが正しければ、メルティナはそれほど私に好意を寄せていないと思っていたが…。」


メルティナ「…全てはディサイド様のためです。」


ウェロル「うむ、やはりな。メルティナのディサイド様に対する思いは私の想像を軽く超える…なぜそこまで他人に尽くせるのか、私には理解できん。」


メルティナ「あなたに理解してもらおうとは思っていません。わたくしはただ、ディサイド様のためにこの身を以って尽くすだけです。」


ウェロル「…尽くすだけで良いのか?」


メルティナ「…はい?」


ウェロル「思いを伝えたいとは思わないのか。今までに読んできた本の中にも、そのような事が書いてあったぞ。想い人と結ばれたい、共に在りたい…と。あれほど親密に接してもディサイド様はいや顔一つ見せない…これは『脈アリ』というものではないのか?」


メルティナ「はぁ、何を言い出すかと思ったら…。」


ウェロル「ふむ、その様子だとその気はないのか。」


メルティナ「わたくしはただ、ディサイド様のお側にいるだけです。…決して、わたくしが重荷になってはいけないのです。番いになることが、必ずしも幸福になるとは限らないのですよ。」


ウェロル「そういうものか…。」


メルティナ「さて、無駄話はこれくらいにして、探索でもしたらいかがです?時間は限られていますから、効率よく見て回りませんと。」


ウェロル「うむ、それなのだが。」


メルティナ「…どうかしましたか。」


ウェロル「どうやら…人ごみに酔ってしまったようだ。…これが吐き気というものか。」


メルティナ「はぁ…ではひとまず人気の少ない場所に行きましょう。なにか希望はありますか。」


ウェロル「この状態では、思考が著しく低下するようだ…。すまないがメルティナに任せる。」


メルティナ「…かしこまりました。」


正体不明の謎の男ウェロル…新たな仲間となった彼と、この先どのような道を辿るのか…それはまだ未知数。

果たして彼は、己が望む通り全ての知識を得ることが出来るのか…それを知ることが出来るのは、まだ遠い未来の話である。

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