第一話:友と共に
翌日、クレイスは仲間を集めるため早速市街地へと繰り出していた。
幼き頃、街中を当時その近辺に住んでいた子供たちと共に遊んだ記憶が蘇る。
クレイス「さて、まずはどこから目を付けたものか。」
クロ「…どんなひと、ほしい?」
クレイス「そうだな、私が前線で戦うこともできるが、できればここは戦闘要員が欲しいな。」
クレイス「クロと合わせて最低二人、場合によっては私が入るのが理想だな。」
クロ「…コロシアムにいく?」
クレイス「うーん、血の気が多い者を仲間に加えるのはいささか不安だが…この周辺を探索してみてどうしても見つからなかったら行ってみよう。」
とりあえずの方針が決まり歩き出す二人。
中々に人通りの多い場所ではあるが、やはり身なりの違うクレイスは他の者の目を引く。
???「チョイとそこのお兄さん、お時間あったらうちの商品、見て行かないっスか。」
クレイス「ん?」
声のする方へ振り向くとそこには、緑髪の青年が露店を出していた。
地面に敷かれた敷物の上には様々な形の紋章がいくつか置かれていた。
クレイス「『出張!クラウディ武具屋』?」
近寄ってみると、掲げる看板に店名らしきものが書かれていた。
???「そうっスよー。ささ、遠慮せすにお手に取ってくださいっス。」
クレイス「君はこの店の者か?」
レット「そうっスよ!レット・クラウディはオレっちの名前っス。どうぞクラウディ武具屋をご覧あれ!」
クレイス「『クラウディ武具屋』…ここら辺では聞かない店だな。」
レット「あー、うち個人営業なんスよ。なんで各地を転々と回ってるんスよ。ここに来たのは半年くらい前っスかね~。」
レット「まだ知名度が低いんで、こうして時々場所を借りて露店を出してるんスよ。ここにないものでも、店に行けばご希望の紋章が手に入るかも知れないっスよ。」
クレイス「なるほど。」
クレイス「(だが武具か…。紋章なら既に叔父様から譲り受けたものがあるし、見たところ王宮にある魔装装甲よりも質は劣るな…。」
クレイス「すまないが、紋章なら間に合っている。また機会があったら立ち寄らせてもらうよ。」
社交辞令の言葉を残し去ろうとするクレイス。
そのあからさま過ぎるほどの態度を見て焦るレット。
レット「ちょちょちょちょっと待つっス!せっかくだから試着だけでもしていって下さいっス!どういうのをお探しなんスか?」
クレイス「いや、単に気まぐれで覗いてみただけなのだ。それに、これに勝る魔装装甲もそうそうあるまい。」
そう言い、自分の左腕に装着してある紋章にそっと手を添える。
そこには勇者継承の儀で授かり受けた過去の勇者の紋章ではなく、菱形の紋章があった。
白をベースとして先端の細い銀に輝く十字が目を引く。
レット「…って、よく見たらその右腕の紋章!初代勇者の紋章じゃないっスか!それを嵌めてるってことは。」
クレイス「ああ、そういえば名乗っていなかったな。私はクレイス・バーミリオット、先日正式に勇者となったものだ。」
レット「ちょっ、バーミリオットってことはもしかして、王子…様?」
クレイス「今はただの勇者だ。」
レット「いやいやどっちにしても驚きっスよ!…はー、まさかこんなところで勇者様にお目にかかれるとは思わなかったっス!」
レット「あ!だったら是非オレっちの店に来てくださいっス、きっと勇者様のお眼鏡に適うものがあるはずっス!」
クレイス「いや、だから私は…。」
レット「まあまあまあ!そう遠慮せずに!ささ、行きましょう!」
クレイス「あ、おい!」
強引すぎるほど強引に、レットはクレイスの手を取って店へと向かう。
その手を振り払うこともできたが、まあ本当に購入する意思がないことを伝えれば諦めるだろうと、この時のクレイスは思っていた。
…。
レット「さあ着いたっスよ、ここがオレっちの店『クラウディ武具屋』っス。」
クレイス「ここが…。」
連れてこられ辿り着いた店は、先程の市街地からそれなりに離れた路地に面していた。
クロ「…ひと、いない。」
レット「そうなんスよ、王都の近くともなると激戦区で、希望の立地に店を構えられないんスよ。なんで、時々ああして宣伝も兼ねて露店を出してるってわけっス。あそこは週替わりで場所を貸してもらえるんでいつも予約してるんスよ。まあ他にも店を出したいやつは山ほどいるんで、結構待たないといけないんスけどね。」
レット「っと、つい愚痴っちゃったスね、すみません。ささどうぞ、中にお入りくださいっス。」
クレイス「あ、ああ…。」
レットに促され店に足を踏み入れる二人。
クレイス「(これは…。)」
レット「どうっスか、品揃えは悪いっスけどどれも一級品っスよ。」
個人で店を切り盛りしているため店自体はこじんまりとした様子だったが、それでも支柱の前に鎮座するその魔装装甲を目にした瞬間、それが一般的に用いられているものとは一線を画す代物であることは見ただけで分かった。
クレイス「露天で見た印象とはだいぶ違うが…。」
レット「あー、結構言われるんスよねー。魔装装甲に展開した時の印象が違うって。」
レット「まあでも、概ね高評価を頂いてるんで。さ、見るだけじゃなくて実際に装着してみてもいいっスよ。」
クレイスはその飾られている魔装装甲の前に立ち、じっくりとそれを観察し始める。
レット「ああ、触ってもいいっスけどスタンドから無理に外そうとしたらダメっスからね。エラーが出て最悪爆発するんで。」
クレイス「分かっている。」
次にクレイスは直接装甲に触れ、手触りや装甲の厚さなどを確かめた。
クレイス「ちなみになんだが、この店にある最も固い魔装装甲はどの程度の衝撃に耐えられる。」
レット「そうっスね、実際にぶっ壊れるまでは耐久テストしたわけじゃないっスからなんとも言えないっスけど…なんなら実際にご自身で試してみるっスか?」
クレイス「そんなことができるのか?」
レット「実際に装着して感触を確かめたい人のために、奥に部屋を用意してあるんスよ。チョイと魔装装甲と合わせて準備してくるんでここで待っててくださいっス。」
クレイス「すまない、よろしく頼む。」
レット「いえいえ、我がクラウディ武具屋の底力、お見せするっスよ。」
自信満々に奥の部屋へと消えていくレット。
適当に理由を付けてこの場を切り抜けようと思案していたクレイスだが、ここで一度彼の腕前を確かめてみることにした。
…。
レット「さ、用意は出来たっスよ。」
そして約十分後、レットに呼ばれて通された部屋には、恐らくこの店最大級の防御力を誇るであろう魔装装甲がスタンドにかけられ、中央に立っていた。
先程の店内と同じくらいの広さだろうか、白一色のその部屋は壁、床、天井、全てが魔力抜きをした魔鉱石で出来ていた。
レット「装甲に魔鉱石もセットしてあるんで、あとは試し打ちなり試し切りなりなんなりしちゃっていいっスよ。」
クレイス「ああ、分かった。」
早速クレイスは自分の左腕にある紋章に触れ、グレートミライザーを展開し、更に手に宝剣シュビルト・フォーンを構え強化魔法を詠唱していく。
クレイス「脚力強化、フリーフット・シャイニー。」
クレイス「腕力強化、アームブレイク・シャビル。」
クレイス「俊敏魔法、ライティング・シャープボディ。」
クレイス「頭脳拡張、ライトチェイン・ブレイン。」
バフ効果を持つ魔法を次々と重ねていき自身を強化していく。
クレイス「光魔法付与、シャイニング・チャージメント!」
そして最後に宝剣シュビルト・フォーンへ光属性を付与していく。
その輝きはさながら宝石のようであり、白に染まる部屋を一層眩しくする。
クレイス「突き抜けろ!スパイラル・ニージェライト!!!」
剣に付与された光が、刀身を中心として渦巻き、そしてそれが魔装装甲へと射出される。
…。
クレイス「すまない、こんなことになるなんて…。」
レット「いやー、まさかここまでとは思わなかったっス。魔力吸収回路組んどいて正解だったスねー。」
結果から言うと、あの魔鉱石でできた部屋は半壊してしまった。
装甲は鳩尾にあたる部分を中心に貫かれ、それ以外の部分も亀裂が入り崩れていった。
そして部屋に至っては、魔鉱石がクレイスの魔法を吸収しきれず、周りの壁や天井などを巻き込んで崩壊した。
最も、本来であれば壁を貫通していてもおかしくはないが、部屋全体に魔力吸収回路が組み込まれていたおかげで魔力が分散。
しかし吸収速度よりも衝撃が勝ってしまったため、耐え切れず崩壊してしまったのだ。
クレイス「あの魔装装甲と部屋の弁償は必ずする。」
レット「そうっスねー、魔装装甲が破壊されるまでは想定してたんスけどねー。想像以上でしたよ、いやー流石勇者様っスね。」
クレイス「何、あの装甲が私の攻撃に耐えられないと分かっていたのか?」
レット「いやいや、別に驚くことじゃないっスよ。だってあれは、対人間用の装甲っスから。あれ以上のものとなるともう対魔物用じゃないと対応できないっスよ。」
クレイス「あれ以上の強度の魔装装甲を作れるのか?」
レット「ええ、ご要望とあらば。うちは完全予約のオーダーメイド製ですんで、お客様の希望に沿って品物を提供してるっスよ。」
クレイス「それは、作るとしたらどのくらいかかる?」
レット「そうっスね…一から作るとなると、かかりっきりで最低でも三ヶ月は必要っスかねー。」
クレイス「…実はなクラウディ。」
レット「レットでいいっスよ。」
クレイス「…レットよ、私は今共に魔王を打ち倒す仲間を探しているのだ。」
レット「ほう…。」
余りにも唐突すぎる発言であったが、レットはそれにさほど動じる様子もなく相槌を打つ。
クレイス「そこでだ、一つ、魔装装甲を作ってはくれないか。先程の私の攻撃に耐えうる装甲を。」
レット「中々な無茶ぶりっスね~。でもいいっスよ、勇者様のご希望とあれば。」
クレイス「すまないな。それともう一つ。」
レット「なんスか?」
クレイス「選り好みするようで申し訳ないが、もし私の攻撃に耐えうる装甲を作成できた暁には、私の仲間となってはくれないか。」
レット「…ほぅ、つまりこれは試練というわけっスね。勇者の旅のお友に相応しいかどうかの。」
クレイス「ああ、正直に言ってしまえばそうだ。どうだ、引き受けてはくれないか。」
レット「いいっスよ。ちょうど今は他の注文はないんでいつでも取り掛かれるっスよ。」
クレイス「ありがとう。では、今日はこれにて失礼する。魔装装甲が完成したら連絡してくれ、王宮の者に話は通しておく。」
レット「了解っス。」
クレイス「それと、後日使いの者に今日の諸々の修繕費と、魔装装甲の代金を持ってこさせる。」
レット「ああ、なら見積を王宮に転送するんで。」
クレイス「分かった、よろしく頼む。」
レット「それじゃあ最後に、クレイス王子の魔力を貰ってもいいっスかね?」
クレイス「私の魔力を?」
レット「ええ、装甲に編み込むんスよ。質のいい魔力ほど装甲に編み込めば固くなるんで。」
クレイス「分かった、私はどうすればいい?」
レット「チョイと待っててもらえまスかね、すぐ用意しますんで。」
そう言ってまたもや奥の部屋へと姿を消すレット。
数分の後、戻ってきたレットの手には、何やらコードに繋がれた丸く白い半透明な水晶玉のようなものが。
レット「これっスね。」
クレイス「これは?」
レット「これも魔鉱石っス。回路を組んで、さっきの部屋と同じように魔力を吸収することができるっス。」
レット「じゃあこれの上に両手を乗せてくださいっス。」
クレイス「こうか?」
言われた通りに、直径二十センチほどの大きさのその魔鉱石に手を置く。
レット「それで大丈夫っス。作動させると、魔力を吸引するんでチョイと違和感があるかもしれないっスけど、気にしないでくださいっス。」
クレイス「ああ。」
レット「では、始めるっス。」
レット「コード入力・アブソーディア、コマンド入力・スターティア。」
レットが何やら言葉を発すると、魔鉱石の中心が仄かに光りだし、魔力吸引が開始された。
レット「ちょっと余分に魔力は欲しいんで時間はかかるっス。大体十分くらいっスかねー。」
レット「どうっスか、体の方は。」
クレイス「多少力が抜けるが、耐えられないほどではないな。」
レット「なら良かったっス、たまにこれで倒れる人いるんスよねー。」
…。
そして十分後。
レット「こんなもんスかね。コマンド入力・ストライズ。」
クレイス「これでいいのか?」
レット「はい、魔力は奥の部屋に送られてるんで問題ないっス。」
レット「ひとまずはこんなもんっスかねー。明日からは装甲作成に取り掛からないと。」
クレイス「よろしく頼む。では、今日のところは失礼する。」
レット「勇者様の頼みとあれば断れないっスよ。完成を楽しみにしててくださいっス。」
…。
クレイス「なんだかんだで、結構な時間が経っていたな。」
クラウディ武具屋を後にしたクレイスとクロ。
武具屋内では一切言葉を発しなかったクロが口を開く。
クロ「…レット、なかまにする?」
クレイス「先程も言ったが、完成する装甲次第だな。」
クレイス「(少なくとも、この装甲以上の装甲が作れなければ意味がない。)」
左腕にある紋章にそっと触れるクレイス。
クロ「…このあと、どうする?」
クレイス「今日はこのくらいにしておくか。仲間の目星が付いただけでも収穫だろう。…それに。」
クロ「…それに?」
クレイス「正直に言うと体を休めて魔力を回復させたい。…慣れないことをしたせいかまだ体に上手く力が入らないんだ。」
クロ「…じゃ、いこ。」
クレイス「ああ。」
王宮へと足を向ける歩き出すクレイス。
こうして、仲間探しの一日目が終わりを迎える。
…。
そして約四ヶ月後、レットから魔装装甲が完成したと王宮に連絡があり、クレイスとクロは再びクラウディ武具屋へと赴いていた。
レット「ども、お久しぶりっス。仲間集めは順調っスか。」
クレイス「中々これという人物には巡り会えていないな、残念ながら。」
レット「あらら、勇者様ならすぐにでも人が集まると思ってたんスけどね。」
クレイス「そう上手くは行かないものさ。…それに、王宮の力を借りるわけにもいかないしな。」
レット「なんででっスか?大々的に募集すればいいじゃないっスか。」
クレイス「私が自分の目で見て確かめて決めたいんだ。それに、そういうやり方をすると必ず意にそぐわない輩も現れるしな。」
レット「あー、よくある富と名声ってやつっスか。」
クレイス「他にも、大義名分を得たと勘違いし、いたずらに力を振るうものも居るだろう。そういったものを仲間にしたくはない。」
クレイス「それに、選定するにしてもおそらく膨大な時間がかかる。毎日面談など、私は御免だ。」
レット「王子様でもそんなこと言うんっスね。」
クレイス「私も一人の人間だ、どうしても感情というものは湧いてくる。…幻滅したか?」
レット「まさか!人間はやっぱ、人間らしくあるべきっスよ。頭で物を考えられるのが人間っスから、いろんな事を思うのは当然っス。」
クレイス「そう言ってくれると助かる。」
レット「ではでは、世間話はこの辺にして、本題に入りましょう。」
クレイス「そうだな、もう準備は出来ているのか?」
レット「はい、バッチリっスよ。」
…。
クレイス「おお、元通りになっているのだな。」
魔鉱石で出来た部屋に再び案内されたクレイス。
部屋は修理されており、以前の様子と変わりはなかった。
レット「装甲自体は一ヶ月前くらいに完成したんスけど、この部屋の修理に思ったよりも時間がかかったんスよね。今回は大丈夫だとは思うんスけど、周りの建物に被害が及ばないよう念のためっス。」
クレイス「…その節は、迷惑をかけてすまなかった。」
レット「いやいや、別に迷惑とは思ってないっスよ。これもお客様のためっスから。」
レット「さ、早速試してみてくださいよ。今回のは自信作っスから。」
クレイス「ああ、では試させてもらう。」
クレイスは紋章に触れ魔力を込めるとグレート・ミライザーを展開した。
宝剣シュビルト・フォーンを手に持ち、前回と同じように魔法を詠唱し自身を強化していく。
クレイス「突き抜けろ!スパイラル・ニージェライト!!!」
前回と同等の威力で繰り出された剣撃は装甲の胸パーツにヒット。
しかし以前とは違い、光の渦はまるで装甲に吸い込まれるかのように消え、同時に装甲全体が一瞬光を放ったかと思うとその光もあっという間に消滅、先程と全く変わらぬ様子で部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
クレイス「…ほう。」
レット「装甲の強度自体は以前の物の五倍程度っス。それに魔力吸収回路を組み込んで、魔法そのものを拡散させる作りにしてみたっス。」
レット「吸収した摩力をそのまま攻撃にも転用させることもできるっスけど、今回はとにかく防御に特化させたんで拡散させるよう設計したっス。魔法攻撃は千分の一までカットされるっスねー。」
クレイス「(ということは単純計算で、以前の装甲の五千倍の耐久力があるということか。)」
クレイス「もう少し試してみてもいいか?」
レット「どうぞどうぞ、お好きなだけぶった切っちゃってくださいっス。」
クレイス「では…。」
クレイスは改めて剣を構えると、目にも止まらぬ速さで装甲へと剣を振るった。
正面、上段から切りつけたかと思えば、振り返りざま装甲の背中部分に横一閃。
跳んで頭上から頭部分に一撃、そのまま屈み膝裏部分に突きを連発。
そして装甲の左側に跳ぶと勢いそのままに左腕部分へ剣撃をお見舞いし、正面で切り替え右腕部分にも同様に。
こうして様々な部位に剣撃を次々に加えていく。
しかしどれほど攻撃を加えても、中央に立つ魔装装甲に傷一つ付いてはいなかった。
クレイス「かすり傷一つ付かないとは…。」
レット「どうっスか、オレっちの自信作の感触は。」
クレイス「ああ、悪くない。少し本気を出してみたが傷が入る様子もない、上出来だ。」
レット「そう言ってもらえると嬉しいっスねー。」
レット「これで、オレっちは勇者様の仲間になれるってことっスかね。」
クレイス「そうだな。改めて、私と共に、魔王を討伐してくれないか。」
剣を鞘に収め右手を差し出すクレイス。
レット「いいっスよ、勇者様のお役に立てるなら。」
差し出されたその手を、レットは力強く握る。
互いが互いを認め合い、こうしてレットは仲間となった。
…。
試し切りを終え事務室へと移動してきた三人。
レット「そういえば、ずっと気になってたんスけど…。」
クレイス「なんだ?」
レット「その子は誰っスか?」
今まで話題に出なかったのが不思議なくらいだが、ここでようやくそれに触れる。
クレイス「ああ、付き人のクロだ。クロ、挨拶しなさい。」
クロ「…よろしく。」
レット「よろしくっス。その子も仲間んスよね、会った時からずっと一緒にいるし。」
クレイス「…そうしたいのは山々なのだが。」
その言葉に表情が陰るクレイスに、どこか落ち込んだ様子のクロ。
当然、仲間であると思い込んでいたレットは首を傾げる。
レット「…あれ、違うんスか?」
クレイス「実は、国王の命令で、王宮の者を仲間とすることを禁じらているのだ。」
レット「そうなんスか!?…でも、よくよく考えたら不思議っスよね、王子様がわざわざ王宮を出て仲間を探すって。王宮には頼りになる人大勢いるはずっスよね…。…そういう事情があったんスか。」
クレイス「国王からも、これは一種の試練だと言われた。私の勇者としての器を図る試練だと。」
レット「なかなか大変っスね。じゃあクロは連れていけないんっスか?」
クレイス「なんとか父上を説得できればと思っているのだが…良い方法が思いつかなくてな。」
レット「ならオレっちも協力するっスよ!オレっちに出来ることがあったらなんでも言って欲しいっス!」
クレイス「ありがとう、レット。」
クレイス「では、この件とは関係ないのだが、早速頼まれてはくれないか。」
レット「お、なんスか。」
クレイス「この魔装装甲を超える装甲を作って欲しい。」
クレイスは左腕にある紋章を外し、テーブルの上に置く。
レット「ん?魔装装甲を作るんスか?魔装装束じゃなくて?」
クレイス「…どういうことだ?」
レット「いや、王子様が付けてるその紋章、魔装装束っスよね?見たことないタイプなんで、実際調べてみないと何とも言えないっスけど…。」
クレイス「待て、魔装装束とはなんだ?」
レット「あれ、知らないんスか?意外っスね、一般人はともかく武具屋やそれを購入する上流階級の人なら割と知ってるんスけどね。」
レット「まあ知らないなら説明するっス。違いが分かるように魔装装甲の話もちょこっと入れるっスね。」
レット「まずは外見の違いっスね、魔装装甲はご存知の通り、鎧を模した形をしてるっス。で、魔装装束は布でできた洋服のような形っス。…まあ普通の服より断然派手なんスけどね。」
レット「次に性能の違いっスけど、魔装装甲は鎧そのものに耐久値があるんスよ。で、魔装装束にはそれがない。」
レット「というのも、魔装装束はそれを装着してる本人の魔力さえあれば破れることは基本ないっス。」
レット「なので魔装装甲は設定さえすれば誰でも装着できるんスけど、魔装装束はその人一人にしか装着できないんスよ。」
レット「魔装装甲は誰でも装着できるように魔力変換率や衝撃吸収率なんかに上限があるんスけど、魔装装束の場合は装着している本人の能力がそのまま反映されるんスよ。」
レット「今回、防御に特化した装甲を作りましたけど、あれにはクレイス王子の魔力が編み込まれるんで通常の何倍もの強度があるんスよ。なので原理としては魔装装束の方が近いっスかね。」
クレイス「…なるほど。」
説明を聞き、自分の紋章へと視線を落とすクレイス。
レット「見たところ、所々に鎧のパーツはありますけど、基本的には布地がメインだったんで魔装装束だとは思うんスけど…。その紋章ってどうやって手に入れたんスか?」
クレイス「これは、パスティーユと言う私の叔父から譲り受けたものなんだ。」
クレイス「なんでもかつての勇者が持っていたとされる紋章らしく、最初はただの錆びた紋章だったのだ。」
クレイス「だが、何気なく私が触れると紋章が活性化し、今の状態となった。」
クレイス「それを見て叔父様は、これは何かの導きであると、私にこの紋章を譲ってくださったのだ。」
クレイス「それ以来、この紋章は私のものとなった。」
レット「そうなんスね…。元勇者の紋章…個人的にも興味はあるっスね。」
レット「で、チョイと話は逸れましたが、この魔装装束を超える装束を作ればいいんスね。」
クレイス「ああ。説明もありがとう…まだ私の知らないことがあるとはな。」
レット「いいんじゃないっスか、新しい発見は嬉しいもんっスよ。」
クレイス「…そうだな。」
レット「で、魔装装束を作るのは構わないんスけど、チョイと必要な物がありまして…。」
クレイス「なんだ?」
レット「その、できればまた魔力を吸引させて欲しいんス…前回の十倍ほど。」
クレイス「…十倍?」
思わず顔を顰めるクレイス。
無理もない、前回魔力を提供した時に感じたあの疲労が嫌でも思い出される。
更に今回は十倍ときたものだ、身構えてしまうのも無理はない。
レット「装束はその性質上、布と魔力を馴染ませないといけないんスよ。布自体にも魔力を編みこんだりするんで、膨大な魔力が必要になるんス。」
レット「まあ流石に一気に吸引すると魔力欠乏症になるんで、何日かに分けてでいいんスけど…。」
クレイス「ああ、それなら…。」
ふと、何かを懐から取り出すクレイス。
握られた手には、ビー玉サイズほどの透明な石が三つ。
それぞれ玉の奥から白い光を放っていた。
クレイス「これを使うことはできるだろうか。」
レット「こ、これってもしかして魔少鉱石っスか!?」
クレイス「ああ、これには私の魔力が込められている。」
レット「実際に生で見たのは初めてっス…。っと、つい興奮しちゃったっスね。えーと、多分問題ないと思うっス。」
レット「これ、預かっちゃってもいいんスか?」
クレイス「それがあれば装束は作れるのであろう?」
レット「もちろんっス!」
クレイス「ならば問題ない、期待しているぞ。」
クレイス「ちなみに、魔装装束作成にはどの位かかる?」
レット「あー、魔装装甲よりは時間がかかるっス。最低でも半年は…。」
クレイス「構わない、最高の装束を作ってくれ。報酬も弾むぞ。」
レット「いいっスねー、燃えてくるっス!」
レット「じゃあクレイス王子、簡単な測定だけしてもらっていいっスか?」
クレイス「測定か…何をすればいい?」
レット「チョイとコードを繋いでデータを取るんスよ。準備してくるんでちょっと待っててくださいっス。」
そう言って事務室を後にするレット。
クレイスとクロは特に何をするでもなく、ぼんやりと時を過ごした。
そうしてしばらくの後、レットに呼ばれたクレイスは再び魔鉱石で出来た部屋へ入り測定を行った。
先端に丸いシールが貼られたコードを体の各部位へと繋ぎ、測定は始まった。
装束を装着していない状態での魔力の波形や魔力保有量の測定。
次に装束を装着した状態で同様の測定を行っていき、更に言葉を発した際の状態や手足を動かした時の状態など、事細かにデータを取っていく。
そして測定を行うこと約三十分。
レット「はい、これでオッケーっス。」
クレイス「中々に疲れるな、測定というものは…。」
レット「でもこのデータがあればより精密に装束を作ることが出来るんスよ。」
クレイス「ああ、頼むぞ。」
レット「任してくださいっス。出来上がったら、また王宮に連絡すればいいっスか?」
クレイス「そうだな、今回と同じように話を通しておく。」
レット「了解っス!」
…。
クロ「…つかれた?」
クレイス「少しな。」
レットに別れを告げ、王宮へと帰ってきたクレイスとクロ。
慣れないことをしたせいか、クレイスは自室のベッドに寝転がっていた。
それをクロは膝立ちをして眺めていた。
クレイス「なんにしても、これでようやく一人、仲間にすることができた。」
クレイス「(だがこの四ヶ月間、他の仲間は疎か候補者すら見つからないとは…。)」
クレイス「(立ち寄るのは極力控えてはいたが、一度あの場所へ行ってみよう。)」
こうしてクレイスの仲間にレットが加わり、旅立ちに一歩近づいた。
だが課題はまだまだ多く残っている。
現状を打開するべく、次の日クレイスは、あの場所へと赴くのであった。