第二話:君臨せし暴獣の化身
ディサイド「くっ…近頃、魔物の凶暴性が増しているな…。勇者が現れる予兆か。」
メルティナ「ディサイド様…。」
この時ディサイドは苦悩していた。
ここ数年の間、魔物の行動が活発になり頻繁に人間界へ侵入しては殺戮を繰り返していた。
ディサイドはかつての国王と停戦協定を結んだことがある。
それ故に魔物に人間へ危害を加えることを禁じていたが、元は悪しき感情の塊…己の欲には逆らえず人間を探し求めて彷徨っていた。
意味を理解させるというよりは上下関係をはっきりさせ従える…という方法を取っていたため、ディサイドが近くにいなければ効果は薄い。
それでも、山をいくつも越えた先にある人間界…短慮な魔物がそこに辿り着くことは稀であった。
しかし先程も述べた通り、近年それが頻繁に起こっている。
これは新たな勇者の出現の前触れであるのではないか…ディサイドの頭に不吉な予感がよぎる。
頭を抱えるディサイドをメルティナは心配そうな目で見つめる。
メルティナ「わたくしもお手伝いいたします。なんなりとお申し付けください。」
ディサイド「すまないメルティナ、恩に着る…。」
ありがたい申し出ではあったが、ディサイドは素直に喜びだけを感じることはできなかった。
人手はあるに越したことはないが、メルティナ一人が加わったところで焼け石に水…根本的解決には至らない。
そもそも、これが本当に勇者の現れる予兆であるならば魔物を止めること自体意味を成さない。
新たな勇者を生み出すために世界が干渉しているのであれば、どう足掻いたとしても被害は出るだろう。
事実人間界では勇者とは別に、有志を募って魔王を討伐しようという動きがあった。
ディサイド「ひとまず魔物たちの様子を見に行くぞ。」
顔に苦悩を浮かべながらディサイドは立ち上がった。
そして城を出て周辺の魔物様子を確かめるが、大方の予想通り大半の魔物の気性が荒くなっており…いつその牙を向いてもおかしくない状態であった。
メルティナ「先日も人間界の視察に赴いたのですが、熊ほどの大きさの魔物が警備部隊によって仕留められる現場を目撃しました。今一度厳しく躾し直しましょう、それで当面の間は問題ないはずです。」
ディサイド「そうだな…だが、結局はその場しのぎに過ぎない…。他に妙案があれば良いのだが…。」
現状を嘆きながらも作業を始める。
何匹かの魔物を集め、この魔界に留まるよう強く命じていく。
何万という数の魔物全てにこれを行っていくが…最後の集団を躾けている際、ある事が起きる。
ディサイド「良いな、お前たちはここに留まるのだ。決して人間界へ出向いてはならない。」
魔物たち「ウー…。」
ディサイド「聞き分けろ、お前たちも消されたくはないだろう。命を無駄にするな。」
言葉の中に交じる思いが伝わったのだろうか、魔物たちは大人しくなる。
だが、その内の一匹の表情だけは険しいままだった。
ディサイド「…!おい、待て!何処へ行く!」
唸り声を上げ一匹の魔物が人間界のある方へ駆け出す。
そしてそれに釣られるように周囲の魔物も雄叫びを上げそれに続いた。
ディサイド「待てお前たち!人間に手を出してはならん!」
しかしそんなディサイドの制止の声は届かず、魔物たちは血走った目で狂ったように駆けていく。
言葉では、今の彼らを止めることはできない…ディサイドはそれを理解した。
どうすることもできない不甲斐なさ、世界への怒り…そしてこれから行うことに対し己の無力さを嘆きながらディサイドは手をかざす。
ディサイド「待てと…言っているだろうが!!!」
怒声と共に、先陣を切って走り出した魔物は円錐の形をした土に貫かれた。
地面の一部が盛り上がるようにしてそれは瞬時に生え、一撃でその魔物は絶命した。
圧倒的な力、絶対強者として君臨する姿を見せることで魔物たちを制そうとした。
だが、他の魔物たちは目もくれず本能のままにそれを素通りし走り去ろうとした。
それをディサイドは無言で眺め…そして魔法を放った。
次々に魔物は貫かれていき灰となって消えていく。
その様子を、ディサイドはただただ眺めていた。
無表情のままに…自分への怒りを抑えながら。
メルティナ「ディサイド様!何かあったのですか、魔物の雄叫びが…。」
近くにいたメルティナは異変に気付き急いで駆け付けてきたが、言葉を言い終わる前にその惨状を目の当たりにした。
メルティナ「ディサイド様…これは。」
ディサイド「…処刑した、私の手でな。」
メルティナ「…。」
メルティナはかける言葉を失った。
かつてディサイドは自らの手で数多くの魔物をその手にかけた。
己の未熟さを呪い、二度と同じ過ちは繰り返さないと…そう心に誓っていた。
しかしそんな儚い願いは跡形もなく消え去った。
その悲劇が今、繰り返されてしまったのだ。
ディサイド「…そちらは大丈夫であったか。」
メルティナ「は、はい。こちらは滞りなく…。」
ディサイド「では城へと戻るぞ。…もうここに用はない。」
メルティナ「…かしこまりました。」
魔物たちの説得を終えた二人は城へと帰還する。
可能性として十分起こり得る事件ではあった…だがそれでも、それが分かっていてもディサイドは犠牲を出したくはなかった。
その思いを理解しているメルティナは、帰りの道中ディサイドにどう接すればいいのか分からず、互いに無言のまま足を進めるのであった。
…。
自室に戻ってきたメルティナ。
ベッドに身を投げ出し天井を見上げる彼女の脳裏に、先程のディサイドのセリフが浮かぶ。
ディサイド『すまない、しばらく一人にしてくれ。』
ディサイドの書斎の前での一言…背を向け投げかけられたその言葉にメルティナは従うしかなかった。
メルティナ「(…どうすることが、一番なのでしょう。もし仮に、魔物の凶暴化が本当に勇者が現れる予兆だとするなら…魔物をいくら諌めたところで無意味。勇者が名乗りを上げるまで、この状況は続くでしょう。)」
メルティナ「(…ダメですわね、それならいっそさっさと勇者が名乗りを上げればいいと思ってしまうのは。ディサイド様は、勇者がこれ以上現れないよう手を尽くしているというのに…。)」
メルティナは一瞬、自分が人間界で暴れたならそれに反抗するように勇者が現れるかもしれないと考え…その思考を振り払った。
現状を手っ取り早く解決するならばそれがベストではあるが、ディサイドがそれを望んでいないことはメルティナが一番理解していた。
メルティナ「(ディサイド様のお役に立ちたいのに、現状でわたくしにできることといったら…先程の様に魔物たちを諌めること。ですがそれも最近では効果が薄くなってきている…。人間界の様子も探らなくてはならない今、四六時中見張っていることは不可能。…打つ手なし、ですわね。)」
現状に悩むメルティナ、事態を解決できないもどかしさを感じながら体を横に向ける。
そんな彼女の部屋の扉がノックされる…その相手はもちろん共に城に住んでいるディサイドである。
ディサイド「メルティナ、話がある。開けてはくれないか。」
扉越しに聞こえたその声に驚き、メルティナははねるようにして起き上がった。
メルティナ「ディ、ディサイド様!?」
ディサイド「…取り込み中であったか?」
メルティナ「い、いえ。申し訳ありません、少々考え事をしていたもので…。お入りください。」
メルティナの許可を得てディサイドは扉を開け、中に入る。
どこか慌てた様子のメルティナは、少し乱れた髪を整えるために手で撫でていた。
メルティナ「どうかされましたか?」
ディサイド「…相談したいことがあってな。お前の意見を聞きたい。」
メルティナ「はい、わたくしでよろければいくらでも。」
ディサイド「すまない。」
メルティナが紅茶を入れ、二人は椅子に腰掛けテーブルを挟んで対面した。
メルティナ「それで、ご相談とはなんでしょう。」
ディサイド「…もう一体、お前と同じような人型の魔物を生成しようと考えている。それについて、お前の意見が聞きたい。」
メルティナ「…!」
躊躇することなく語られた内容に、メルティナは衝撃を受けた。
ディサイドが提案するそれは、考えうる中で最悪の手段だと思ったからだ。
メルティナも思いつかなかったわけではい…現状を打破する方法の一つとして、人海戦術が挙げられる。
単純に人数を増やし魔物を管理することで、勇者が現れるまでの時間を稼ぐ。
しかしそれは知性や理性のない魔物には不可能、それはディサイドやメルティナなど人間に近い構造を持つものでなければ成しうることはできない。
だが、そう単純な話ではない…メルティナが危惧したのはその先のことである。
もしその方法を用いて問題を解決したところで、その新たに生み出した者が殺されるようなことがあった場合…果たしてディサイドは平常でいられるであろうか。
孤独に喘いでいたディサイドは、無意識の内にメルティナという存在を生み出した…そして彼女は今、ディサイドにとってかけがえのない存在となっている。
そのメルティナを失うことを何よりも恐れているディサイド…これ以上そのような存在が増えては、ディサイドの心労もそれに比例して増えていく。
これ以上の負担をディサイドにかけまいとするメルティナにとって…ディサイドの口から出たその提案は、到底受け入れられるものではなかった。
メルティナ「…なぜ、そのようなことを。」
ディサイド「その問いをするということは…メルティナはこの案を快く思っていないということか。」
メルティナ「もちろんです、ディサイド様も十分にご理解されているでしょう!ご自身のことを!…わたくしは、これ以上ディサイドの負担になるようなことは何一つしたくはありません。なのに…なぜあなた様がそのような提案をなさるのですか。」
その潤んだ瞳から、涙が頬をつたる。
ディサイド「すまないメルティナ、お前にそんな顔をさせてしまうとは…やはり私にはまだ、他人の心というものが分からないらしい。」
メルティナ「いえ、これは…わたくしの不甲斐なさを痛感してのものです。…結局わたくしは、ディサイド様のお役には立てていないのですから。」
ディサイド「…私は単に、メルティナにこの案に賛同して欲しかっただけなのかもしれんな。自ら下す決断に躊躇し、他の者の同意を…求めていたのかもな。」
自分を考察し、ディサイドは臆病である自分を再び自覚した。
メルティナ「…ディサイド様は、わたくしの意見が必要なのですか?」
ディサイド「ああ、肯定でも否定でも構わない。…それがお前の意志によるものであるならば、私はそれを受け入れよう。」
ここでメルティナは、ある覚悟を決めた。
この案に対する答えを述べるということはすなわち、重要な決断を自ら下すということ。
ディサイドではなく己が、ディサイドに変わってその答えを示す。
それは、ディサイドの決断の放棄を意味していた。
そしてその責任はメルティナへと移る…事の重大さを理解し、メルティナはディサイドを導く覚悟を決める。
だが答えを提示する前に、メルティナはとある質問をディサイドに投げかける。
メルティナ「…一つ、よろしいでしょうか。」
ディサイド「なんだ。」
メルティナ「ディサイド様は…わたくしと同じ存在を生み出そうとの案を思いついた理由を、教えてはいただけないでしょうか。」
ディサイド「…一つは、根本にある魔物たちの監視のための増員だ。人手が増えれば、諸々に対処しやすくなる。…そして。」
メルティナ「…。」
ディサイドは僅かに顔を背け視線を逸らした。
そして咳払いを一つすると、そのまま手で口元を隠しながら言葉を続ける。
ディサイド「単純に…これならばメルティナの負担を減らせるであろうと、思ったからだ。」
メルティナ「ディサイド様…っ。」
これでメルティナは確信した、ディサイドはメルティナの身を案じてこの提案をしたのだと。
湧き上がる感情を抑えようとしていたが、その顔はどこかにやけていた。
メルティナ「では、その案を採用致しましょう。…ちなみになんですが、どのような者を作り出そうとお考えになっていたのですか?」
ディサイド「漠然とだが、ここはやはり威厳のある者がいいだろうな。絶対的な力を持ち、魔物の本能に訴える…そういった者が好ましいな。」
メルティナ「性格的に、少々荒っぽくてもいいかもしれないですわね。感情に訴える方が、魔物たちも従うと思います。」
ディサイド「うむ、ではもう少し具体的にイメージを固めそれから生成に入ろう。…とはいえ、早急に取り掛かるべきだ。明日、実行する。」
メルティナ「かしこまりました。では、このまま続けますか?」
ディサイド「このあとの用がなければ。」
メルティナ「幸いにも今日は時間がたっぷりありますから、いつまでも。」
ディサイド「感謝する。」
それから二人は魔物にとって効果的な人物像を話し合った。
そして翌日、城の前に立つ二人は横に並び作戦を実行しようとしていた。
メルティナ「わたくしを生み出した時、ディサイド様は無意識だったのですよね?」
ディサイド「ああ、あまりに多くの同胞を失った私は、それを紛らわすための存在を欲していたのだろう。その思いがお前という存在をこの世に具現化させた。」
メルティナ「…上手くいくでしょうか。」
ディサイド「例え失敗し、異型の怪物が生まれたとしても対処できる。お前は私のそばにいてくれるならそれだけで良い。」
メルティナ「光栄です。…ですがもしもの際はわたくしも助力致します。」
ディサイドは頷くと目を閉じ手を中にかざし集中し始めた。
ディサイド「(イメージするのだ…自らが思い描くその者を具現化させる。メルティナの時は無意識であったため、明確な人物像がなく赤子のような状態で生まれたが…しっかりと私の中でその者を描くことができれば、それは反映されるはずだ。)」
精密に、正確にイメージしていく。
徐々に徐々に…手の平を向ける先に、黒い塊が丸く形を取り波打つように肥大化していく。
まるでそれ自体が生きているかのように…そして次第にそれは脈を打ち始め鼓動する音が聞こえてくる。
十分な大きさになったところで、塊は大きく歪み始め人の形となっていく。
人の腕の形となり、人の足の形となり、人の顔の形となり…その者は大地を踏みしめて、この世に誕生した。
???「…。」
黒き色が水のように落ちていき、肌の色が浮き出る…その見開かれた目の色は赤く、その佇まいは屈強な戦士に勝るとも劣らない。
ディサイド「そなた…言葉は喋れるか。」
???「…あ?なんだてめぇは。」
メルティナ「なっ、無礼でありますよ!この方は、あなたの…っ。」
ディサイド「よいメルティナ。私の想定通りだ…面構えも悪くない。」
???「さっきからなんの話をしてやがる。」
ディサイド「今は信じられぬかも知れぬが…お前はたった今、私の手によってこの世に顕現した。」
???「はぁ?」
ディサイド「せっかくだ、昨日メルティナと共に考えた名を…お前に与えよう。」
???「…。」
ディサイド「『ディバルバ』。…それが、この世でのお前の呼び名だ。」
この時よりディバルバはこの世に君臨し…そして以降ディサイドに仕えることになる。
そして猛獣の如き険しい顔つきのその男は、後にも先にもメルティナを悩ませる存在となる。
…。
ディサイド「メルティナよ落ち着け…それほど、奴が気に食わないのか。」
メルティナ「もちろんです。あの野蛮人、ディサイド様のお気持ちも知らないで自由奔放に…。あの者は、自らが生まれた存在意義を理解しておりません。」
ディバルバが誕生してから約一ヶ月後、メルティナの我慢は限界を超えていた。
魔物たちを鎮めるためにこの世に生み出されたディバルバ、しかし彼はそんな責務など気にも止めず毎日のように力試しと題して魔物たちと組手を行っている。
ディサイド「魔物たちにとっても、いい気晴らしになっているようではないか。」
メルティナ「それでもです!我々にとってディサイド様は絶対なるお方…お言葉を無視するなど言語道断です!」
多少思惑とは違った形ではあったが、魔物たちはあれ以来過剰にいきり立つことはなくなってきていた。
それはディバルバがほどなくして魔物たちの輪の中に入り、群れのリーダーのような存在となっていたからである。
メルティナ「確かに成果は目に見える形で現れました…。ですが、ディサイド様に忠誠を誓わないあの態度にわたくしは憤りを感じるのです。」
ディバルバが誕生した翌日、ディサイドは早速魔物たちを鎮めるよう命じた…しかしこれに対しディバルバは。
ディバルバ『あ?…んな面倒なことやってられるかよ。俺は俺の好きなようにさせてもらうぜ。』
と言って城を出てしまい、そのまま魔物の群れの中に居座り戻ってくることはなかった。
幸いにも、魔物たちの行動範囲は城の周辺なので動きを監視することはできる。
ディサイド「もう少し様子を見ようではないか。あれはまだ生まれたばかりだ、己の欲求を満たすことしか頭にないのであろう。」
ディバルバは真っ先に、群れの中で一番の巨体を持つ魔物に挑んだ。
自らの力を鼓舞するように上半身を見せつけ、睨み合いの後…両者は激突した。
壮絶なる組み合い…その戦いは太陽が三回昇る頃まで続いた。
両者とも意識が朦朧とする中、ディバルバが魔物の両牙を掴みその巨体ごと持ち上げた。
魔物は反抗するべくもがいたが空中ではどうすることもできず、そのまま地面へと叩きつけられるしかなかった。
ピクリとも動かなくなったその姿を見て、ディバルバは雄叫びを上げ勝利を勝ち取った。
その様子を見ていた周りの魔物たちは、それ以降ディバルバを格上の存在と認識し服従するようになったのだ。
メルティナ「生まれたばかりだからこそ、主従関係をはっきりさせなければならないのです。あのままにしておいて、もしディサイド様に反逆するようなことにでもなったら…。」
ディサイド「私の身を案じてくれるのはありがたいが、そう怒らずとも良いだろう。…いざとなれば、私も覚悟を決める。」
メルティナ「ディサイド様…。」
ディサイド「だがお前の言うことも一理ある。一度、ディバルバと話をしてみるか。」
メルティナ「わたくしもお供いたします。」
ディサイド「構わんが…私のすることの邪魔はしてくれるな。…一つ私に考えがある。」
メルティナは首を傾げたが、ディサイドは不敵に笑みを浮かべるだけであった。
…。
翌日、ディサイドはメルティナを引き連れディバルバの前へと赴いた。
服を着るということに無頓着であるディバルバは、腰巻きをかろうじてしているだけでその筋肉隆々な体は惜しげもなく晒されていた。
ディバルバ「なんか用か。」
目もくれず、ぶっきらぼうに話すその態度を見てメルティナはきつく言葉を浴びせようとしたが、ディサイドがそれを制し一歩前へと踏み出た。
ディサイド「ここの生活には慣れたか?」
ディバルバ「あ?特に不自由してることはないぜ。ここの連中とやり合うのは楽しいからな。」
にやりと笑って辺りの魔物たちを見回す。
ディサイド「そうか。では私も仲間に入れてもらえるか。」
ディバルバ「は?」
ディサイド「私もお前と戦ってみたいのだよ、この勝負受けてくれるか?」
ディバルバ「…。」
いきなりの提案に、考え込むディバルバ…そしてまた不敵に笑うと勢いよく立ち上がり。
ディバルバ「いいぜ。ただし、いつもこいつらとやり合ってる方法でだ。魔法は無しだぜ。」
ディサイド「承知している、元からそのつもりだ。」
来ていたローブを脱ぎ捨て戦闘態勢に入る…両者無言のまま拳を構え、そして合図もなく勝負は始まった。
武器や魔法を一切使わない肉弾戦、己の身一つで相手に挑む。
拳をぶつけ、足を蹴り出し、頭を突き出し…それが自分にも返ってくる。
時には相手の足を払い転ばせ、そのまま両足を掴み振り回した後に放り投げたり。
またある時は腕を片方掴み、その場で回転させ地面に叩きつけたり。
ただひたすらに、相手が立ち上がらなくなるまでそれを続ける。
どこか余裕の表情を見せていたディバルバも、次第に油断が消えていきその鋭い瞳にディサイドを捉えていた。
一方のディサイドは、淡々と攻撃を続ける…その表情から見えるものはない。
まるで、何かを見定めるように…あえてディバルバの攻撃をその身に受ける。
もちろんされるがままになるわけではなく、隙を見つけては攻撃を繰り返した。
メルティナがそんな二人を見つめる中、一週間が経過した。
そしてその異変は、徐々に現れていた…ディバルバは顔を歪め苦痛を堪えながらも尚、ふらつく足取りでディサイドに襲いかかった。
そんなディバルバの攻撃を軽くいなすディサイドの表情は一週間前と変わらず、悠然と勝負に挑んでいた。
疲労しているのが手に取るように分かるディバルバ…息は上がり、目の前の景色がぐらつく。
定まらないのはその足取りも同じで、真っ直ぐ歩くことすら困難になっていた。
繰り出される拳を、ディサイドは避けることもなく防ぐこともなくその胸に受ける。
最後の力を振り絞ったディバルバは、それでも揺るぐことのないディサイドを見て敵わないと悟ったのか…そのまま地面へと倒れた。
メルティナ「…お気が済みましたか。」
ぶっきらぼうに話しかけるメルティナ…ディサイドが傷つくことをよしとしない彼女にとって、この勝負はなんの益もない。
そんなメルティナをディサイドはなだめる。
ディサイド「そうむくれるでない、素手の状態で一週間もの間私とやり合ったのだ。少しはディバルバを見直してはどうだ。」
メルティナが回収していたローブを受け取り再び身に纏う。
メルティナ「確かに実力はあるようですが…それも力だけです。確かに力量を知ることはできましたが、この勝負に一体何のメリットがあるのでしょうか。」
ジト目で訴えるメルティナ…その瞳は、自ら傷つくことを選択したディサイドを責めているようにも見える。
ディサイド「この勝負自体に得はない。…しかしまったくの無意味ではなかろう。その答えは直に出る。」
そのまま背を向け城へと歩き出すディサイド…それにメルティナも続き、その場には倒れたディバルバが一人残された。
そして、その翌日…。
ディバルバ「おーい、誰かいねぇのかー?」
メルティナ「ディバルバ…?なぜ城に…。」
ふっ…とその声を聞いて笑うディサイド…メルティナの誘いで茶を嗜んでいる二人の耳に届く声、それは紛れもなくディバルバのものであった。
近くで扉が乱暴に開く音が聞こえる…恐らくディバルバが二人のどちらかを探して虱潰しに部屋を確認しているのだろう。
そして次第にその足跡も近付き、そして書斎の扉が勢いよく開かれる。
ディバルバ「お?ここにいたのか、随分探したぜ。」
メルティナ「…何をしに来たのですか。」
鋭い目で、まるで威嚇するかのような視線を向けるメルティナ…せっかくの二人きりの空間を空気の読めないアホに邪魔され苛立つ。
ディバルバ「あんたの言う事を聞こうと思ってな。」
しかしそんなメルティナの声も意図もまったく意に介さないディバルバは、ディサイドへと話しかける。
ディサイド「ふむ、ではせっかく足を運んでもらって悪いが外に出よう。改めて役割を説明する。」
言いながら椅子から腰を上げるディサイド。
ディバルバ「おう、なんでも言ってくれ。」
メルティナ「ディサイド様、わたくしも!」
メルティナもディサイドに続いて勢いよく立ち上がったが、それをディサイドが制す。
ディサイド「メルティナはここで待機をしていてくれ。私一人で十分だ。」
そう言ってディバルバと共に書斎を去る、残されたメルティナはどこか悲しそうな表情のまま扉を見つめていた。
…。
ディサイド「気を悪くしてはいないか。」
ディバルバ「あ?…なんだいきなり。」
ディサイド「メルティナのことだ。…どうもあいつはお前のことが気に食わないらしくてな。あたりが強いだろう。」
ディバルバ「ああ、あの女か。突っかかってくる割に手を出してこねーからやりにくいぜ。一発でも殴ってくればやり返すのによ。」
ディサイド「…あまり暴力に訴えるものではないぞ。」
ディバルバ「売られた喧嘩は買う、それだけだ。…だからよ、何もしてこねーやつには俺も何もしねぇ。」
ディサイド「…。」
ディバルバ「それとあの女、関わったらめんどくさそーだからよ。」
その素直すぎるディバルバのその意見にディサイドは静かに笑う。
ディサイド「まあ、出来る範囲で協調していってくれ。無理にとは言わんが。」
ディバルバ「それは命令か?」
ディサイド「いや、強制はしない。…私にとって、二人はどちらとも優劣を付けることのできない大切な存在だ。できることなら、互いを認め合い仲間として接して欲しいのは確かだがな。」
ディバルバ「んー…。」
腕組をし、顔をしかめるディバルバ…しばらくの思考の後。
ディバルバ「無理だな。俺は俺でしかないからよ、早々自分を曲げることはできねぇ。それは多分、あの女も同じだろ。俺は別にあの女が嫌いってわけじゃねぇが、やっぱつるむなら外にいる奴らの方が断然気が楽だ。」
ディサイド「…そうか。今の段階では、そう結論付くか…。この課題は、追々だな。」
ディサイド「まあ何はともあれ、これからよろしくな。ディバルバ。」
ディバルバ「おう!」
そして二人は城の外へ行き、魔物の群れへと向かった。
ディサイド「…とまあ説明としてはこんなものだ。以前お前が生まれた時に言ったことと違いはそうない。」
ディバルバ「てことは…俺はこれまで通り、こいつらと遊んでればいいってことか?」
ディサイド「それで構わない。湧き上がる衝動を発散させることで、一時的にとは言えその衝動は抑えられる。お前であればここにいる魔物全てを相手にしたところで苦ではなかろう。」
ディバルバ「おう、叩きのめしてでも止めてやるぜ!」
ディサイド「ほどほどにな…。それと、一応これを渡しておこう。」
ディバルバ「あ?なんだそりゃ。」
ディサイドがどこからともなく取り出したのはひと振りの剣、鮮やかに輝く模様が映るその刀身が目に入る。
ディサイド「ミスティア・アブソーバー。魔力を源とすることで力を発揮する剣だ。」
渡されたその剣をまじまじと見つめるディバルバ。
ディバルバ「こんなものもらっても…多分使わねぇぜ?ほんとにいいのか?」
ディサイド「ああ、今後お前に荒事を頼むことがあるかもしれん。無理に使えとは言わんが、護身用とでも思って身に付けておけ。」
ディバルバ「そんじゃまあ、ありがたく頂戴しとくか。」
ディサイド「では、私は城に戻るが…ディバルバはどうする?これからは城で寝泊まりしてはどうだ?」
ディバルバ「う~ん…まあ、気が向いたらな。」
ディサイド「そうか。それも徐々に慣れていけば良い。ではなディバルバ、また何か用があれば私の元を訪ねると良い。」
軽く手を振り城へと戻るディサイド…一人残されたディバルバはこの時、僅かに寂しさを感じた。
こうして新たにディバルバが仲間に加わり、物語は歩みを進める。