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to decide  作者: 村瀬誠
第五章:孤独の王が欲したもの
17/30

第一話:闇より生まれしその者の名は

という訳で前回告知した通り、今回から二章に渡って過去編を載せていきたいと思います。

episode reverseを書いた時点ではまだそれぞれのキャラクターが掴めていないこともあって、今回の過去編との矛盾やギャップが見られるかと思います。

大幅にキャラブレしていないことを祈りつつ、それぞれのキャラクターたちの出会いや、過去にto decideの世界では何があったのか、どうぞご覧下さいませ。

今より遠い昔、ディサイドは虚ろとなっていた。

自らの選択により人間が死に、多くの同胞を手にかける結果となった。

世界の均衡は保たれたが…それだけだ、ディサイドの心には今…何の感情もなかった。

いや、そんな中でも無意識の感情はあったのだろう…ディサイドは『人間』を作り上げていた。

正確には…それは『人間』ではない、闇の塊より生成された人の形を持った魔物…今で言う魔族である。

長い黒髪と赤い目を持つその者の裸体を見た瞬間、ディサイドは驚愕し、戸惑い…そして己に対し激昂した。

そんなディサイドの様子を生まれたばかりの彼女はただただ見つめていた。

はっと我に返ったディサイドは、ベッドの上にあった毛布を纏わせた。

彼女はその行為に対し、僅かに疑問を持った…『なぜこのようなことをするのか?』と。

そんな疑問をよそにディサイドは目を瞑り何かを考え、そしてため息を漏らしながら彼女の手を取った。


ディサイド「ひとまずお前の部屋を用意する。付いて来い。」


ディサイドは書斎からそう遠くない場所にある部屋へ彼女を通した。


ディサイド「その様子を見るにまだ状況が把握できていないのだろう。…これは私の責任だ、しばらくはここを使え。私もできることはするが、もし我慢ならなかったら城を出て行って構わない。」


彼女は肯定するでもなく否定するでもなくその場に立ち尽くしていた。

ディサイドの言葉の意味を、彼女は理解できなかったのだ。

それより少しの時が経ち、ディサイドの世話の甲斐もあってか次第に彼女は感情を見せるようになっていた。

服をいくつか並べてその中から自身で選んだり、城の中を一人で歩き回ったりと…全てのことに対し何も感じなかった彼女は明確に意志を持ち始めた。

すると、次第に疑問を抱き始める。

ここはどこなのだろう、自分は誰なのだろう、なぜここにいるのだろう。

様々が疑問が浮かび、その解答を得るべくディサイドに尋ねる。

容赦のない質問攻めに、ディサイドは気圧されることなく順に答えていく。


彼女「ここはどんなところなのですか?」


ディサイド「ここは魔界と呼ばれる辺境の地だ。この城は私の拠点だな。」


彼女「辺境…?なぜそんなところに拠点を構えているのですか?」


ディサイド「私は人間から魔王と呼ばれ、忌み嫌われている。人間と同じ世界では生きられないのだ。」


彼女「人間…。」


ディサイド「どうした、なにか気になることでも?」


彼女「わたくし…人間が嫌いです。」


ディサイド「…。」


物事に興味津々な表情は、打って変わって冷徹なものになった。

実物を見たこともない、それどころかその存在を今初めて知ったにも関わらず彼女は人間というものに嫌悪感を感じた。


彼女「やっつけないのですか?」


ディサイド「こちらから仕掛けることはまずない。」


彼女「なぜです?悔しくないのですか?…えっと。」


彼女「あなた…名前はなんですか?」


ディサイド「私か?…そういえば決めていなかったな。」


彼女「名前…そうです名前です。名前を決めましょう。今ここで、わたくしとあなたの名前を決めるのです。」


ディサイド「それは構わないが…何か候補でもあるのか?」


彼女「いえ、あなたが決めてください。どのような名前でも結構です。」


ディサイド「待て、私が二人分考えなければならないのか?」


彼女「わたくしは言葉を多く知りません。なので、生みの親であるあなたに委ねます。」


ディサイド「…少々、考える時間をくれ。」


彼女「はい、楽しみにしております。」


コロコロと変わるその表情、今にいる彼女の目は期待に満ちていた。

それから数日感、ディサイドは悩み続けた。

人間の世界へ潜り込み、どのような名前があるかを調査したりなど…ディサイド自身もなぜここまでしなければならないのだろうと疑問に思いながらも、責任を取ると言った手前無下にはできなかった。

そして数日後。


彼女「メルティナ…ですか。」


ディサイド「ああ、美しいお前に相応しい名前を考えてみたが…どうだ。」


メルティナ「そうですね…メルティナ、いいと思います。」


噛み締めるように呟くメルティナを見て、ディサイドは安堵したように一息つく。


メルティナ「それで、あなたのお名前は?」


ディサイド「…それなのだが、これというものが思い浮かばなくてな。」


メルティナ「そうですか…。ですが、ひとまずお礼を言わせていただきます。わたくしのわがままに付き合っていただき、誠にありがとうございます。」


ディサイド「なに、気にすることではない。お前をこの世に確立させたものとしては、願いを叶えるなど当然の義務だ。」


メルティナ「頼もしいですね。ですが、わたくしも流石に分を弁えてきております。無茶な要求はほどほどにします。」


ディサイド「しない…とは言わないのだな。」


メルティナ「時と場合によります。もしあなたが許してくれるのであれば、真にわたくしが望んだ時…それを叶えて下されば幸いです。」


ディサイド「元よりそのつもりだ。変に遠慮されでもしたら、こちらとしてもやりづらい。もし何かあればいつでも言ってくれ。」


メルティナ「はい、今後共よろしくお願いしますね。」


その日の晩、水鏡の部屋にて人間界を観察し終わったディサイドは書斎へと戻り椅子へと座った。

背もたれに寄りかかり目を閉じて考えるのはやはり、自分の名前のことだった。


ディサイド「(共にこの城に生きる者同士、やはり個人の呼称というのは必要か…。しかし、他人ならいざ知らず己となると…案外決められないものだな。)」


メルティナ「失礼致します、少々お時間よろしいでしょうか。」


ディサイド「メルティナか、何の用だ。」


メルティナ「人間界より良い茶葉を手に入れましたので、あなたにも是非味わっていただこうと思いまして。」


カートの上にはティーセットが揃えられていた…ディサイドはそんなメルティナの申し入れを快く受け入れる。


メルティナ「なにか、お悩みですか?」


テーブルを挟み椅子に腰掛ける二人は淹れたての紅茶を味わっていた。


ディサイド「…あれからもずっと、私の名前について考えていたのだが…中々思い付かなくてな。せっかくメルティナに名を付けたのだ、私にも何か相応しいものがあればと思っているのだが…。」


メルティナ「あなたは、どう在りたいですか?」


ディサイド「ん?」


メルティナ「人間の世界には『名は体を表す』という言葉があるそうです。その者の名は自身を表すもの、ならば自身がどう在りたいかを考えそこから名付けてみてはいかがでしょう。」


ディサイド「ふむ…。」


メルティナに言われ、ディサイドは考え始めた。


ディサイド「(私がどう在りたいか、か…。)」


下に向いていた視線が、自然とメルティナの方を向く。


メルティナ「…。」


静かに佇み微笑むメルティナを見て、ディサイドは思う。


ディサイド「(…この者を、導く者でありたい。…いや。)」


目を閉じ小さく頭を横に振るう、そこには新たな意思が生まれた。


ディサイド「(私が定めるのだ。メルティナを、この残酷な世界の中で。…定める?)」


ディサイド「(そうだ、定めなければならない。…もう二度と、あのような悲劇を起こさせないためにも。)」


ディサイド「決めたぞ、メルティナよ。」


メルティナ「…お聞かせください。」


ディサイド「『ディサイド』。」


メルティナ「…ディサイド?」


ディサイド「そう、ディサイドだ。私は全てを定める…メルティナの運命も、私の運命も…この世界の運命でさえ。」


メルティナ「…素晴らしいです、ディサイド…いえ、これからはディサイド様と呼ばさせていただきます。」


ディサイド「ああ、改めて…これからも共に宜しくな、メルティナ。」


メルティナ「はい…ディサイド様。」


…。


ディサイド「なに?勇者と戦いたいだと?」


メルティナ「はい、わたくしもディサイド様のお役に立ちたいのです。」


それから月日が経ったある日、メルティナは勇者との決戦に自分も加えてくれとディサイドに志願していた。

しかしそれを聞いたディサイドの表情を見るに、喜ばしくは思っていないようだ。


ディサイド「…ならん。戦場で私は確実に殺されるのだ、いくら闇の塊より復活できるからといってもすぐにその場には戻ることはできん。その間、お前は一人取り残されてしまうのだぞ。」


メルティナ「構いません、ディサイド様が敗れた時は潔くその場を去ります。どうかお願いいたします、勇者の力とやらをこの目で確かめてみたいのです。」


ディサイド「危険だ、許可できない。私は何度でも蘇ることができるが、メルティナ…お前は一度消えてしまったらそれまでなのだぞ。分かっているのか。」


普段とは違い、厳しい口調で嗜める。

それでもメルティナは引き下がらず…。


メルティナ「…全ては承知の上です。」


メルティナは、ディサイドに恩返しをしたいと近頃考えていた。

何も知らない…赤子のような自分をディサイドはここまで育ててくれた。

その恩に報いるために、勇者との戦いの手助けをしたいと思いついたのだ。


ディサイド「…覚悟は出来ているようだな。」


メルティナ「はい、これはわたくしのわがままにございます。もしこれでわたくしが消えるようなことになったとしても、ディサイド様が気に病むことはありません。」


ディサイド「…。」


その強い意志にディサイドは折れ、メルティナを引き連れて決戦の場へと赴くのであった。


…。


ディサイド「幸いにも此度の勇者は仲間を引き連れてはいないようだが、油断するなよメルティナ。相手が一人とは言えその分力は強力だ。」


メルティナ「ご心配には及びません、引き際は弁えております。」


ディサイド「では、行くぞ。」


城の門を開け勇者と対峙する。

単身魔界へと訪れた勇者は魔王を見つけ出すべく彷徨っていた。

そこに、突如ディサイドとメルティナが姿を現す。


ディサイド「貴様が、勇者であるな?」


勇者「…ああ、そうだが…。あんたらは?」


ディサイド「我が名はディサイド。この魔界を統べる王だ。」


メルティナ「その従者のメルティナにございます。」


勇者「へぇ、あんたらが…。」


ディサイド「…?」


ディサイドはその反応に、いやその勇者に違和感を感じた。

突如目の前に現れた魔王と名乗る者とその従者、勇者ならばその名前を聞いただけで激昂するはずである。

しかしその勇者は動じることもなく二人を見つめる…だが、その瞳は虚ろだった。

魔王に対する怒りを抑えているわけでもない…淡々と事実を受け入れているように見えた。

だからなのかもしれない…ディサイドが、『それ』に反応できなかったのは。

自分の胸に突き刺さる一本の剣…目の前の勇者が手にするそれに、痛みを感じることで初めて認識することができた。

そして、勇者は邪悪に笑う。


勇者「…ふっ。」


まるで、こうすることが自らの快楽であるように…猟奇的に見えるその笑みは、ディサイドでさえも恐怖を感じるほどであった。

そして頭の中で警告が鳴る…『こいつは危険である』と、本能で感じた。


ディサイド「メルティナ!今すぐこの場を離れろ!」


メルティナ「…!」


状況が把握できていなかったのは、メルティナも同じであった。

目の前に起きたことを整理する暇もなくディサイドの声を聞く…だがメルティナの足は竦み即座には動けなかった。


勇者「へぇ、心臓一突きにしても倒れないんだ…頑丈だなぁ。…じゃあ、これでどう?」


剣に素早く魔力と送るとそれは爆発を引き起こし…ディサイドの胸にぽっかりと大穴が空く。

衝撃に耐えられずぐらつくディサイドを横目に、勇者は何を思ったのか標的をメルティナへと変える。


勇者「あんた、魔王の従者なんだって?…なら殺さないわけにはいかないよね。…消えろよ。」


展開に追いつけず硬直するメルティナに、勇者は容赦なく剣を振り下ろす。

振り上げられたその剣を見て死を悟るメルティナ…迂闊だった己を悔い、ディサイドに恩を返せなかったことに申し訳なさを感じる。

だがそこにディサイドが割って入る、メルティナを庇うようにして立ち塞がるディサイドにその剣は振り下ろされる。

その衝撃に耐え切ることはできず地面に叩きつけられるディサイド…それを見て勇者は苛立ちを見せる。


勇者「ちっ、邪魔すんなよ。…そんなにあの世に行きたいなら先に逝っとくかぁ?お前の従者もすぐ連れてってやるからよ。」


ディサイドの体に剣を突き刺し、汚れを浄化するように光を放つ。

するとディサイドの体は灰のように崩れていき、風に巻き上げられていく。


ディサイド「メル…ティナ。…逃げろ。」


言葉をかけるのが精一杯…ディサイドは成す術なく灰と化した。


勇者「さて、ホントはあんたから消そうと思ったけど…まあいいや。じゃあ死んでよ…あの世でご主人が待ってるよ。」


歪んだ笑みを向ける勇者…その殺意が、改めてメルティナへと向けられる。


…。


水音を立て、ディサイドは闇の塊より復活した。

体にまとわりつく異臭、どす黒い人間の負の感情が自身の中で渦巻く。

この世に在る穢れの全てを体現したような、そんな姿であった。

普段ならばその場で穢祓いを行い凶悪すぎる感情は取り払うのだが、それよりもメルティナの安否の方が気掛かりなディサイドはふらつく足取りで早々に外へ向かう。

先へ急ぎたいと急く気持ちに反して体は思うように動かず、半ば引きずるようにして歩みを進めた。

ディサイドの中で焦りが募る…どうか無事でいてくれ、そう願わずにはいられなかった。

不便な体に苛立ちを覚えながら移動する中で、ディサイドはできるだけの穢祓いを行った。

その歩みは決して速いものではなかったが、その足が止まることはなかった。

今はただ、その姿を見たかった。

無意識とは言え自らが生み出した存在…メルティナという名を与え、自分の負担を減らそうと考えてくれた彼女に…その笑顔を向けてくれた彼女に、今は会いたかった。

それから一時間後、元いた場所へ戻ろうと彷徨うディサイドの目の前に人影が。

…それはメルティナであった、だがその姿を見たディサイドの顔は安堵ではなく驚愕に満ちていた。

メルティナは地面に力なく横たわっていたのだ…更には抉られた右の太ももと左肩からは光が漏れ、メルティナを浄化しようと輝いている。

ディサイドは体を引きずりながらも駆け寄り、メルティナの傷付いたを抱き上げる。

幸いにも意識はあるようで、顔を苦痛に歪めながらも目を開きディサイドを見る。


メルティナ「ディサイド…様。」


ディサイド「…すまない、私の責任だ。荒療治になるが、少々我慢してくれ。」


ディサイドは抉られている太ももを鷲掴むと、そのまま発する光ごと患部を引きちぎった。

激痛にメルティナが喘ぐ…悶える気力すらなく叫ぶ彼女の声が、ディサイドに突き刺さる。

次は左肩…同じように光ごと引きちぎり、それ以上の光による浄化は食い止められた。

しかしそれきりメルティナは声を発することなくぐったりとしていた。

ディサイドは、湧き上がる感情を抑え患部に手を当てる。

力を加え、徐々に肉体を復元していく…そうして復元し終わった患部は綺麗に元に戻った。

穢祓いが不十分なディサイドは、顔や体にまだ黒い跡を残しながらメルティナを抱え城へと帰還する。


…。


それから一週間ほど、メルティナは自室のベッドで眠り続けた。

ディサイドはいつ目が覚めるともしれないメルティナを、ずっと見つめていた。

悔いるように、悲しむように、怒るように…。

無言のままに、その表情を変えることなく見守り続けた。

ただただ彼女の目覚めを待って、そこにいた。


メルティナ「…ん。」


そしてついにメルティナはその目を開き意識を取り戻した。

その視線がディサイドを捉える。


メルティナ「ディサイド…様?…わたくし。」


そう小さく呟いたメルティナを見たディサイドは、己の感情のままメルティナを強く抱きしめた。


メルティナ「!どうなされたのですか、ディサイド様。」


ディサイド「すまない、許してくれとは言わない。…だが、今は…今だけはこうさせてくれ。」


メルティナ「…。」


メルティナは思い出す…自分が勇者から逃げる途中追撃をくらい負傷したことを。

勇者の目を眩ませなんとか逃げ切ったものの、そこで力尽きてしまい地面に伏したこと。

そして、薄れゆく意識の中でディサイドによって助けられたこと。

自分はあの場から生き延びることができたのだと、実感を新たにした。


メルティナ「…ディサイド様?」


メルティナを包み込むその体は震えていた。

声を発することはなかったが、その瞳からは涙が零れていた。

それを知ったメルティナは、如何に己が愚かであるかを理解した。

恩を返したい、役に立ちたいと志願しておきながらいざ決戦となると勇者に一撃も浴びせることもできずに敗走。

更にはディサイドに身を庇われ、主の死をただ見届けることしかできなかった。

完全なる足手まといである。


…。


しばらくの後、ディサイドは落ち着きを取り戻しメルティナから離れる。


メルティナ「申し訳ございません、あれだけの啖呵を切っておきながらこの体たらく…。どのような罰でも甘んじてお受けいたします。」


ディサイド「…よい、お前に罪はない。全ては私の責任だ。愛想が尽きたなら、いつでもここを出て行って構わない。」


そう言い残し、ディサイドは部屋を出た。


メルティナ「ディサイド様…。」


締まる扉の音が虚しく響く…一人残されたメルティナが後悔するのに、そう時間はかからなかった。


…。


それからディサイドはメルティナを避けるようになった。

なるべく接触しないように城の中を慎重に動き、例えすれ違ったとしても軽く目線を送るだけで無言で歩き去る。

メルティナも、そんなディサイドにどう接したらいいか分からず…二人はすれ違いの日々を送った。

そんな中、メルティナは意を決してディサイドの書斎を訪れた…目的はもちろんディサイドとの対談である。


メルティナ「ディサイド様、少々よろしいでしょうか。」


ディサイド「メルティナか…入れ。」


机に向かっていたディサイドはそのままメルティナの方を見ることもなく招き入れた。

それを察したメルティナも、所在がないのか扉の前で立ち尽くしてしまった。


ディサイド「何か用か。」


メルティナ「はい、ディサイド様とお話したく参りました。」


ディサイド「…そうか。」


書物に目を通しながら答えるその姿に、メルティナは挫けそうになりながらも必死に言葉を紡ぎ出す。


メルティナ「ディサイド様、まずは改めて謝罪をさせてください…。わたくしから申し出たにも関わらず、あのような醜態を晒したこと…いくら償いの言葉を並べたところで意味を成さないかもしれませんが、わたくし自身のけじめのためにも言わせてください。…本当に申し訳ありませんでした。」


言葉を吐き出し終わると、メルティナは深く頭を下げた。


ディサイド「…先日も言ったであろう。お前に罪はないと。…むしろ謝罪するべきは私の方だ、勇者があのような危険人物であると知っていたら、お前をあの場になど行かせることはなかった。」


メルティナ「あの勇者は、それほどまでに危険だったのですか?」


ディサイド「勇者の力自体は想定内のものだった…しかし、その生い立ちは非常に悲惨なものであった。魔物に両親を殺され、自身は孤児院に引き取られ…そこでは散々たる生活を送り、独り立ちしたあとも魔物によってことごとく生活を狂わされ続けたらしい。私に恨みを持つのも納得だ。」


メルティナ「しかし、ディサイド様に非はありません。その者の逆恨みではないですか!」


ディサイド「人間から見れば、そんな瑣末なことなど眼中に入らないのだ。魔物の仕業は全て、私がけしかけていると思い込んでいるからな。」


ディサイド「お前が目を覚ました翌日に勇者を殺すべく探し回ったが…見つかったのは、勇者の死体だけであった。」


ディサイド「狂った笑みを浮かべ、自身の剣を心臓に突き刺し果てていた…。奴の生きる意味とは、私を殺すことだったのだろう。」


メルティナ「…人間とは、恐ろしいものですね。」


ディサイド「世界は奴を勇者に仕立て上げるために魔物をけしかけた…私に恨みを持つようにな。」


ディサイド「全ては世界の思惑の内だ…。やはり私に、世界を変える力はないようだ。」


メルティナは何かを言いたそうにしたが、どんな言葉でも今のディサイドには届かないであろうと悟り飲み込む。


ディサイド「そんな私の元にいるのに飽き飽きしたのだろう?止めはせん、お前の人生だ…好きに生きよ。」


メルティナ「いえ!わたくしは別れを言いに来たのではありません!」


ディサイド「…では、何をしに来たのだ?」


メルティナ「…わたくしは、ディサイド様のお役に立ちたいのです。何も知らなかったわたくしを、ディサイドは自ら育ててくれました。…その御恩を、返したいと思ったのです。」


ディサイド「それは感じる必要のない恩だ…私がお前に束縛されることはあっても、その反対はない。お前は自由に生きて良いのだ。」


メルティナ「では…わたくしはディサイド様にとって、不要な存在ということですか?」


ディサイド「そうは言っていない。できることなら見守り続けたいと願っている。」


メルティナ「ならばここを離れても良いなどと仰らないでください!…わたくしも、ディサイド様のお側にいたいのです。」


溢れる感情に、メルティナは涙を流す。


メルティナ「わたくしは、ここでディサイド様と共に暮らす中で様々なことを学びました。考えるということ、疑問を持つということ、感情を抱くということ、それを解放するということ…その全てを、ディサイド様から教えていただきました。」


メルティナ「何もなかった空っぽのわたくしに、ディサイドは『生』を与えてくださった。」


メルティナ「それをどうか、否定なさならないでください。…ディサイド様に見捨てられてしまっては、わたくしに生きる意味等ありません。」


袖を強く握り締め肩を震わせる…子が親にすがるかのようにその体は小さく見えた。


ディサイド「メルティナ…。」


思いを吐露したメルティナにディサイドは初めて振り返り…そして己を恥じた。

なぜ気が付かなかったのだろう…ここで自分がメルティナを見捨ててしまったら、彼女は頼る者がおらず独りきりになってしまう。

孤独の虚しさを誰よりも理解していたはずの自分が、それをメルティナに強いようとしていたことに…彼女の言葉でようやく気付くことができた。


ディサイド「っ…ああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!」


唇を噛み締めたディサイドは吼えると力の限り机を叩いた。

メルティナは驚きのあまり固まり呼吸をすることすらも忘れてしまいそうになっていた。

そしてディサイドは俯いたまま立ち上がりメルティナへと近付きその体を抱きしめる。


メルティナ「…ディサイド様?」


きょとんとしたままされるがままになるメルティナ。

自身が目覚めた時のことがふと頭をよぎる。


ディサイド「すまなかったメルティナ。…理解しているつもりで、私が一番それに疎かった。お前の為を思うようで、私は私自身のことしか考えていなかった。許しを請うのは私の方だ…本当に、すまない。」


メルティナ「そんな、ディサイド様が謝罪なさることなど一つもありません。…全てはわたくしのわがままです。」


ディサイド「私はそんなお前のわがままを叶える義務がある…いや、違うな。それでは今までと何ら変わり無い。…そうだな。」


ディサイド「これからは、互いに意見を言い合おう。それぞれが思うままに言葉を交わそう。…押し付けでも構わない、相手を傷つけても構わない。本心を言葉に出すことで、互いを認め合っていこう。…どうだ?」


メルティナ「…素晴らしいと思います。」


ディサイド「お前は、私に何を望む?私にしてやれることならばいくらでも叶えてやろう。」


メルティナ「では…ずっと、ディサイド様のお側に居させてください。…あなた様のことを、お慕いしております。」


微笑むメルティナ、その細められた目からひと雫の涙が流れる。


ディサイド「承知した…私も、力の限りお前を守ると約束しよう。例え勇者が攻め入ってこようと、人間が魔物を殲滅しようと…お前だけは私の手で守ってみせる。」


メルティナ「光栄です。わたくしも、ディサイド様に仇なすものからお守りいたします。」


真に心から思う願いを口にした二人、互いの存在を強く確かめ合いながら身を委ねる。

…こうして、孤独の王であったディサイドは新たなる仲間、メルティナの存在を胸に刻みつけ覚悟を新たにする。

もう決して、彼女を一人にはしないと…心に誓いながら。


…。


メルティナ「ディサイド様、少々よろしいでしょうか。」


ディサイド「ん…どうしたメルティナ。」


あの和解した日から数日が過ぎ、ディサイドとメルティナは以前にも増して会話を行うようになっていた。

互いに本音をぶつけ合う…そう誓ってから、より互いを知ることとなった。

しかしそれでも全ての思いを気軽に口に出せるわけではない…この日のメルティナはある覚悟を決めて、ディサイドの書斎へと訪れた。


メルティナ「その…ですね、お願いがありまして参りました。」


ディサイド「ほう、申してみよ。」


メルティナ「今日一日を、わたくしと共に人間界で過ごしませんか?」


それは、デートのお誘いであった。


…。


メルティナ「やはり人間の住む街は違いますね。」


ディサイド「ああ、人間たちは自分たちの住む建物を自ら作り出すことができる。魔物にそのような知恵はないからな。」


ディサイド「それで、買い物に付き合って欲しいとのことだが、目当ての店はどこにあるのだ?」


メルティナ「そうですわね…まずは、手近な本屋に行きましょうか。」


メルティナは時折、ディサイドを許可を得て人間界へと訪れていた。

そこに住む人間の文化、情報、流行…それらを観察し知ることによってディサイドの役に立とうと…そう思ったからである。

道なりに沿って並ぶ露天商を横目に、メルティナはディサイドを引き連れ路地に入る。

人気のないその道なりを進むと、そこには一軒の本屋が。

個人営業なのだろう、小さな佇まいのその店の扉を開き中へ入る。


メルティナ「ごめんください。」


爺さん「おお、いらっしゃい。また来てくれたのかね。…ゆっくりしていっておくれ。」


奥のレジに座る爺さんが手に持っていた新聞から目を外し二人を歓迎する。


ディサイド「ここへは何度か訪れたことがあるのか?」


メルティナ「はい、静かな雰囲気が素敵なので近くを通る際には必ず。」


爺さん「ほほ、おだてても何も出はせんぞ。」


メルティナ「いいえ、わたくしがこう言えば、あなた様はきっと素敵なものをお出しになってくれます。…いつもの、お願いできますか?」


爺さん「おお、こりゃ一本取られたのぅ。そう言われてしまっては、わしのとっておきを出さなければな。…どれ、少し待っておれ。」


奥の部屋へと姿を消した爺さんは、手にいくつかの本を持って戻ってきた。


爺さん「ほれ、最近だとこんなもんかの。」


最初にここへ訪れた時、メルティナはどういったものが良いか、その善し悪しが分からず立ち往生してた。

その様子を見た爺さんは助け舟を出し、おすすめの本を選んで持ってきてくれたのだ。

それ以来ここを訪れた際は必ず、一冊だけ爺さんおすすめの本を購入している。

並べられた本を眺めるメルティナに爺さんは。


爺さん「しかし今日は随分と早いのぅ。なにか急ぎの用でもあるのかね?」


メルティナ「いえ、そういうわけではないのですが…。」


目を盗むようにしてディサイドの方を見る。

それで察したのか爺さんは顎をさすりながら…。


爺さん「なるほどのぅ…。…上手くいくといいの。」


メルティナ「そ、そのようなことは…っ。」


爺さん「誤魔化さなくともよい、中々に頼りがいがありそうではないか。わしは応援するぞ。」


ディサイド「なんの話をしているのだ?」


メルティナ「い、いえ!ディサイドはお気になさらず!…あの、店主。ではこちらをいただけないでしょうか。」


示したその本の表紙には、星を眺める少年の絵が描かれていた。


爺さん「うむ、この本は星の美しさを鮮明に語っておる本じゃ。わしも目を通したが、まるでその情景が目に浮かぶようじゃったよ。」


メルティナ「まあ、それは素敵ですね。ディサイド様も、何かご購入なさいますか?」


ディサイド「そうだな…では、これをもらおうか。」


手に持ったそれにはデフォルメされた仁王立ちの怪獣と騎士の絵が描かれていた。

しかしその本を選んだのは予想外だったのか、爺さんは眉をひそめて。


爺さん「その本はやめておいた方がよい。作者の傲慢さが垣間見える駄作じゃ…。毎回そこのお嬢さんに選んでもらう時のハズレとして今回はそれを仕込んでおったが、別なものを選びなされ。他は全て、わしのお墨付きじゃ。」


ディサイド「よい、傲慢を表すということはその者の本心が見えるということだ。私はこの本の作者の本心を見てみたい。」


爺さん「ふーむ、そこまで言うのならわしも止めはせん。まあ、別な本が読みたくなったらまたここに来なさい。」


メルティナ「はい、ありがとうございます。」


こうして二人はそれぞれ本を買い店を出た。

それからは、服を見たり食事をしたり路上で行われたパフォーマンスを見たりと一日を満喫した。


…。


深夜を迎える頃、メルティナはディサイドの書斎を訪れていた。


メルティナ「ディサイド様、よろしいでしょうか。」


ディサイド「メルティナか。入って良いぞ。」


メルティナは扉を開き中に入った。

そしてディサイドの手に、今日購入した本があることに気付く。

本から顔を上げ、ディサイドが問う。


ディサイド「どうしたのだ。」


メルティナ「読書中とは知らず申し訳ありません。本日のお礼を申しあげたくて…。本日は誠にありがとうございました。」


ディサイド「礼など良い、私も中々に堪能した。またお前と共に見て回りたいものだ。」


メルティナ「!はいっ、是非!」


ディサイド「ところで、話は変わるのだが…。」


メルティナ「なんでしょうか?」


ディサイド「あの場の流れで私も書物を購入したが…字が読めないことに先程気が付いてな。メルティナに読み聞かせを申し入れたいと思っていたのだが…。」


メルティナ「…ええ、構いませんよ。その代わり…といってなんですが、わたくしからもお願いが。」


ディサイド「…?」


下を向き、恥ずかしそうにおねだりするメルティナ…その内容は。


…。


ディサイド「これで良いのか?」


メルティナ「はい、十分にございます。」


メルティナはベッドの上でディサイドの膝の上に乗り、本を抱えていた。

ディサイドはそれを見ることはできなかったが、メルティナの頬は赤く染まっていた。

それを悟られないよう、メルティナは平常心を装い読み聞かせを始めた。

そしてその透き通るような心地の良い声は朝まで続き、最後までその本を読み上げるのであった。

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