第三話:紡ぎゆく物語の結末
時は進み、クレイスたちは六層にも重なる結界を抜け、魔界へと足を踏み入れた。
進軍を開始するクレイスたち、そこで出会ったのは人間界の記録にはない異型の魔物…魔族。
二本の足で立ち、人間の骨格を持つ彼らにクレイスは驚愕する。
警戒しながらもなんとか対話を試み、そしてそこで一部の魔族が虐げられているとの情報を得る。
しかしこれはディサイドによる自演であった。
圧政を敷いていると誤認させることによって自分への怒りを増幅させ、勇者の歩みを速めるためである。
その効果は的中、魔王に対し怒りの感情を覚えたクレイスは打倒魔王の意志を更に固くした。
こうして魔王に関する偽の情報をある程度ばら撒いたところで指示を送りディバルバを投入。
罪なき民衆を虐殺する彼の姿を見たクレイスはこれに食いつき、ディバルバに戦いを挑む。
が、その強さは想像以上で為すすべもなく敗北した。
クレイス、クロ、アキナの三名はそれぞれ別の方角へ飛ばされ、その場にはレットとメルティナが残された。
メルティナ「ご苦労様です、上手くいきましたわね。」
ディバルバ「ふんっ、この程度俺様にとっちゃあ屁でもねぇ。」
メルティナ「ですが剣を折ったのはやりすぎではないですか?あれでは最速でディサイド様の元へ行くことができないではありませんか。」
底冷えするような目付きでディバルバを睨み言葉を突き刺すメルティナ。
だがディバルバはそれを気にする風でもない。
ディバルバ「奴は久々の強者じゃったからのぅ、戦いについ力が入ってしまった。」
顎を撫でながら戦いの余韻に浸るその姿は、どこか満たされているようにも見える。
メルティナ「あなた、自分のしたことが分かっているのですか。同じ結魔でなければこの場で処刑していたところですよ…。」
話を聞くつもりがないディバルバに一層の怒りを覚え、メルティナの目付きは更に鋭くなる。
本気で怒らせるのはまずいと理解しているディバルバは謝罪の言葉を口にする。
ディバルバ「すまんすまん、熱が入ってしまったことは謝る。しかし過ぎてしまったことをいくら喚いても仕方がないだろう。」
メルティナ「…まあ、ある程度は想定していたことです。ここは目を瞑りましょう。しかし困りましたわね、この魔界で武器を新たに入手するとなると厳しいですね。上等なものならば尚更…。」
レット「あの、だったらオレっちが作る…ってのはどうっスか?」
ここでレットが二人の会話に入る。
メルティナ「…作れるのですか?あなたは武具屋でしょう?」
レット「まあ専門は武具っスけど、昔軽く教わったことならあるんスよ。基本は頭に入ってるっスから、多分なんとかなると思うんスけど…ダメっスかね?」
メルティナ「いえ、あなたがそう言うのでしたらお任せ致します。こちらの脳筋と違って信用できますからね、あなたは。」
ディバルバ「なんだと!俺様よりこのチビの方が頼りになるってか!?」
メルティナ「ある意味では信用していますわよ、きっとわたくしたちの思いもよらないとんでもないことを仕出かしてくれると。」
明らかにそれは皮肉であるが、ディバルバは。
ディバルバ「おお、そうか!やはり俺様の方が優れていると理解しているか!がーっはっはっはっ!!!」
レット「…いいんスか、あれで。」
高笑いをするディバルバを横目に、レットはこっそり耳打ちする。
メルティナ「いいのです、調子に乗らせておけばいい仕事をしますから。…力仕事限定ですけれど。」
メルティナ「さて、これからどうするのですかディバルバ。このまま私たちと一緒に行動するのですか?」
ディバルバ「そんな提案をするとはメルティナらしくもない。もし勇者たちに見つかりでもしたらどうするのだ。」
メルティナ「もちろんウェロルの『保険』がかかり次第別行動となりますが、それまで他の人間はディサイド様が隔離されるのですから心配はないでしょう。」
ディバルバ「そうであったな。…しかしせっかくの申し出ではあるが別行動を取らせてもらおう。人間はあまり好かんのでな。」
それまで気にも止めていなかったレットに初めて目線を送る。
その表情から察するに、あまり人間に対しいい印象を持っていないようだが…。
メルティナ「そうですか、ではわたくしたちはこの周辺でウェロルの報告が入るまで待機しておりますので、なにかあれば。」
ディバルバ「うむ、ではな。」
足を踏み出す度に地響きを起こしながら、ディバルバは遠ざかっていく。
その巨体が見えなくなるのには、少々時間を要した。
メルティナ「…気を悪くされましたか?」
ディバルバがいなくなったことを確認したメルティナは、振り向きレットに言う。
レット「ああ、いや。むしろオレっちの方がお邪魔じゃなかったっスか?」
メルティナ「この場に限って言ってしまえば、ディバルバよりもあなたの方が優先順位としては上です。別に文句を言ったところで報告したりなどはしませんよ。」
レット「や、別に文句とかはないっスよ。…自分、魔界出身っスけど…魔族の中には人間を嫌ってる人もいるってのも理解してるっスから。」
レット「っていうか、こうして話すのって何気に初めてじゃないっスか?しばらくクレっちたちとは離れ離れなんスよね?」
メルティナ「そうですね、ウェロルが魔術を教え次第合流という形になります。」
レット「いやー、それにしてもちょっと驚いたっス。」
メルティナ「なにがですか?」
レット「いつもみんなといる時とまるで態度が違うっスから…もちろん演技だってことは分かってるんスけど。」
メルティナ「当初の予定で言えばあまり飾らずに接するつもりだったのですが、少しアクシデントがありまして。」
レット「アクシデント…っスか。」
メルティナ「クロさんと初めて顔を合わせたとき、なにかに気が付いたような様子だったのですよ。」
レット「え、それって大丈夫なんスか?」
メルティナ「ですので、咄嗟に可愛いもの好きとしてクロさんに抱きついたのです。その場はそれで収まったので、そのまま演技を続けた…という流れですね。クロさんには、溺愛という恐怖を植え付けることによって他を探られないようにする必要がありましたから。」
レット「…。」
さらりと語るメルティナに、レットは言葉を詰まらせた。
本気…例え這いつくばって泥水を啜ることになっても、それがこの物語を進行するにあたって必要なことであればメルティナは躊躇なく行うであろう。
それほどの固い意志と決意を持って、メルティナはここにいる。
そのことを、レットは様々と見せつけられた気がした。
レット「すごいっスね、メルっちは…あっ、メルティナ様は。」
メルティナ「別に構いませんよ、どのように呼んで頂いても。」
レット「どもっス。…えぇっとぉ、じゃあ…メルティナ様で。あ、あと質問なんスけど、これからどうすればいいっスかね。」
メルティナ「特にやらなければならないこともありませんし、自由に行動していいですよ。この村を見失わない程度にぶらつくのもありです。」
レット「それじゃあまずは寝床作りっスかねー。流石にここに来て野宿するってのもあれっスから。」
メルティナ「拠点とする場所は一応決めておいた方がいいでしょうね。あなたが選んでいいですよ。」
レット「え、選ぶって、何をっスか?」
メルティナ「?…ですから、当面の宿にする家ですよ。この村にある家でしたら好きなものを選んでいいですよ、もう魔族はディバルバが全て消したので。」
レット「いやー、でも無断で借りるのはちょっと気が引けるっスねー。」
メルティナ「無断もなにもこれは…まさか、ファウスから聞いていないのですか?」
レット「…?何をっスか?」
メルティナ「この辺り一帯の建築物や魔族は全てディサイド様の魔法によって作られたものですよ?」
レット「え…ええぇぇっ!!!そうだったんスかーっ!!??」
メルティナ「…はぁ、その様子だとファウスからは何も聞いていないようですね。」
レット「や、作戦のことは軽く教えてもらったっスけど…い、今の話は初耳っス。」
メルティナ「あの子も頼りになるようでどこか抜けてますわね…。まあ、そういうことですので家選びはあなたに任せます。わたくしはどこでも構いませんので。」
それからレットは手近にあった二階建ての家に入り、住みやすいよう清掃などを始めた。
メルティナもそれを手伝い、着々と環境を整えていく。
レット「それにしてもすごいっスね。これ全部、魔法で作らてるんスよね…手触りなんかも本物の質感とほぼ同じ、魔力も感じないっスから偽物なんてパッと見じゃ分からないっスよ。」
木で出来たテーブルを触りながら感慨に浸るレット。
メルティナ「当然です、物質を忠実に再現することなどディサイド様にとっては造作もありません。」
レット「オレっちは数えるくらいしか見たことないっスけど、やっぱり魔界の頂点に立つだけあって相当な力を持ってるっスねディサイド様は。魔族すらも作って更に動かすことが出来るなんて、やろうとしてできることじゃないっスよ。しかも、オレっちたちがこれまでに見てきた村以外にも魔族はいるんスよね?もうなんか次元が違いすぎてすごいとしか言えないっスよ。」
メルティナ「あの方だけは、唯一闇の塊と直結していますからね。ほぼ無尽蔵に魔力を使うことが出来るのです。しかしそれを制御するのは並大抵のことではありません、ディサイド様だからこそそれが可能なのです。」
レット「闇の塊…っスか。」
メルティナ「簡単に言ってしまえば世界に溢れる負のエネルギーの集合体ですわね。ディサイド様はそれを意図的に集めていたのですが、あまりに巨大になりすぎたので今は城の地下に格納しているのです。」
メルティナ「その影響か、かつては緑に溢れていたこの魔界もいつしか荒廃しご覧の通りの荒地となったわけです。」
レット「魔界全土が…ってことっスよね。」
メルティナ「ええ、あなたが元いた居住区画を除いて…ですけれど。」
その後も軽い雑談を交えながら作業は日没まで続いた。
レット「やっと終わったっスね。いい加減腹減ったっス…。メルティナ様、そろそろ夕食の支度しようと思うんスけど。」
メルティナ「ああ、わたくしの分は結構ですよ。魔族は食べなくても生きていけるので。」
レット「便利っスよねー、負のエネルギーから栄養を摂取するんスよね?」
メルティナ「正確に言えば栄養ではないですけれど、まあ似たようなものです。…生命力、と言えば分かりやすいですかね。」
メルティナ「まあいくら無尽蔵に吸収できるからといって、無敵という訳でもないですけれどね。回復速度は…個体にもよりますがそれほど速くはないですから、弱個体などは魔法を一発喰らうだけでも霧散してしまいますからね。」
レット「やっぱり、根本からして人間とは違うんスね。…あれ?でもメルティナ様、いつもだと結構な量食べてたっスけどあれも演技っスか?」
メルティナ「そうですわね。食べる必要がないといっても、人間と同じように味覚はありますので味の良し悪しは分かるのですよ。ただ、満腹感というものを感じないのでつい食べ過ぎてしまうのですよ。」
レット「はー、そういうことだったんスね。」
メルティナ「そんなことより、早く支度しなくて良いのですか?」
レット「ああ、そうっスね。えっと、アキナっちからもらった食材は確かここに…。」
それからレットは夕食の支度を始め、簡単な炒め物を作った。
野菜よりも肉の比率が高く、味付けも濃い目なのが如何にも男の作った飯である。
作り終え、食器に盛り付け食べ始めたレットであったが、一人だけ食べていることに居た堪れなさを感じたのかメルティナに一緒に食べないかと提案。
別段断る理由もなかったメルティナは了承し、少量を皿に盛り食べ始めた。
しかし一口食べただけで、
メルティナ「やはりアキナさんの作るご飯の方が美味しいですわね。」
と言われ、レットは苦笑いを浮かべながら目を逸らすしかなかった。
その後はレットが一階、メルティナは二階とそれぞれ別れ各々過ごした。
夜になりレットは就寝したが、二階の明かりは消えることなく翌日を迎えるのであった。
…。
ウェロル「ディバルバと勇者が接触するとしたら今日辺りか…。」
小屋の外に出てどこまでも広がる荒地を眺めるウェロルはその時を待っていた。
自分に与えられた役目は、勇者の仲間の一人に魔術を教えること。
万が一、勇者がディサイドを倒せなかった場合の保険のためである。
一つのことにのめり込みやすいウェロルは現在、魔術についての研究を主に行っている。
来る日も来る日も只管自宅に引き籠もり実験を繰り返している。
外に出ることがあるとするならば、それは術式に必要な材料を確保する時のみであった。
そんな我が道を歩む彼ではあるが、此度の作戦では重要な役どころを任されている。
この日も自宅より持ち込んだ資料や道具を用いて研究を進めており、今は魔術の効果が出るのを待っている状態。
そしてそれは訪れた、大砲でも打ち込まれたかと思うほどの衝撃音と共に。
ウェロルは山を下り音のした方へ向かう。
そこには身を丸めて気絶している小さな少年の姿があった。
ウェロルは臆することなく近付き、その小さな体を抱き上げる。
子供のように軽い少年はウェロルの肩に担がれ運ばれていった。
数日後、目を覚ました少年はその体がボロボロであるとウェロルに告げられ、しばらくの間その小屋で世話になることとなった。
体調が回復したあと、少年はディバルバに…そしてディサイドに抵抗できる力を身に付けたいと、ウェロルに魔術の教えを請う。
それから三日間、ウェロルは少年に魔術の基礎を教え希望の魔術を選ばせる。
その時、目的の魔術が記載されている紙束をあえて除外せずに忍ばせていた。
案の定少年はそれに食いつき、呪文を暗記。
目的を果たしたウェロルは去りゆく少年を見送り、小屋が消滅すると同時に自宅へと帰還した。
その手には、少年から受け取った果実が握られていた。
そしてその果実を小屋にあった資料や道具と共に整理する中、メルティナに報告を入れる。
ウェロル「聞こえているかメルティナ。作戦は成功した、直にクロがそちらへ向かう。」
メルティナ『かしこまりましたわ、報告ありがとうございます。』
ウェロル「これでようやく研究に専念できる。」
メルティナ『あら、それはいつものことではありませんの?』
ウェロル「魔術の他に研究してみたいものが見つかってな。そちらにも着手したいのだ。」
メルティナ『今度はどのような事に興味を惹かれたのですか。』
魔鉱石越しに、呆れているのが伝わる。
ウェロル「うむ、料理だ。」
メルティナ『…料理、ですか。』
意外な答えだったのか言葉を繰り返すメルティナ。
今まではほぼ道楽、無意味と言っても過言ではないものばかりに手を出してきたウェロル。
食事は魔族にとって不必要なものではあるが、このタイミングでそれに興味を持ったということは…。
ウェロル「クロに料理のなんたるかを学んでな。実際に口にしてみたのだが、実に不思議な感触であった。人間が食物を口にすることは知っていたが、まさかこれほどのものだとは思わなんだ。」
メルティナ『なるほど、そういうことですか。まあ好きになさってください。』
ウェロルの答えたものは少々意外ではあったが、そのことについて興味があるわけでもなくメルティナの投げかける言葉はどこか冷めていた。
ウェロル「ああ、好きにやらせてもらうさ。とりあえず、ここにある術式を一通り試したあとだがな。」
机の上に置かれている資料の束は、重ねれば手の平では測れないほどの高さがあった。
メルティナ『ではそろそろ切りますよ。』
ウェロル「ああ、料理の上手いアキナという人間の料理を食べることができないのは残念ではあるが仕方がない。ではな。」
…。
メルティナ「話は聞こえていましたね、そろそろここを出ますわよ。」
レット「はいっス。…今話してたのが、ウェロル様なんスよね。」
メルティナ「そうですけれど…なにか気になることでも?」
レット「いや、そういうわけじゃないんスけど…顔が思い出せないなぁと。」
メルティナ「ああ、ウェロルが自宅を離れることは滅多にないので知らないのも無理はないかと。」
レット「あ、そうなんスか?なんか名前だけ覚えてて変だなとは思ったんスけど。」
レット「…っと、もうここ出なきゃいけないんスよね。いつ頃合流する予定なんスか?」
荷造りを始めたレットは作業をしながらメルティナに今後の予定を聞く。
メルティナ「クレイス王子やアキナさんも解放されているでしょうから時間の問題でしょうね。ひとまずこの村を離れて適当に行動しましょう。」
レット「そんな軽い感じでいいんスか?」
メルティナ「あの三人の機動力があれば、早ければ半日で合流できるでしょう。わたくしたちはこの近辺で彷徨っていたと言えば問題ないでしょう。あ、歩き詰めで疲労困憊なのを演出するために外に出たら地面を転がってください。多少それっぽくはなるでしょう。」
レット「え、それってオレっちだけですか?」
メルティナ「わたくしは魔法でそれっぽくできるので。」
レット「えー、ならオレっちにもその魔法かけてくださいっスよ。」
メルティナ「こういうのはリアルさが大事なのです。さ、荷物をまとめ終わったら行きますわよ。」
レット「うぇー、まじっスか…。」
そうして荷造りを終えた二人は、家で生活していた痕跡を消し村を出て歩き始めた。
しばらくすると、魔力の気配が元いた村に近付いているとメルティナが察知し、合流するべく来た道を戻る。
村に到着した頃には既に他の三人は合流しており、それに合わせるように二人もクレイスたちの元へ駆け寄るのであった。
…。
スペルア「作戦は順調みたいだなぁ…。そっちも変わりない?」
ボルデッド「異常ナシ、今マデ通リ。」
ここはディサイドの書斎の隣の部屋、水鏡のある部屋。
ディサイドの指示通りスペルアはここで勇者たちの動向を監視している。
今回はそこにボルデッドも加わり、軽くお互いの現状を報告し合っているところである。
スペルア「まあ、勇者が来ているという現状が、一番の異常だけどね。ウェロルの保険も無事かかったようだし、あとは勇者の武器をどうするか…。あのバカがへし折らなければスムーズにことが運んだんだけど。」
スペルアもまた、メルティナ同様ディバルバの行いに怒りを感じたらしく、腕組をして舌打ちせんばかりの勢いで悪態を付く。
スペルア「あのレットという人間に任せて本当に大丈夫なのか?一応の知識はあるみたいだが、武器を作ることは専門外だろう。」
ボルデッド「デモ、メルティナガ動カナイ。アノ人間ノ事、信頼シテル。…ソレニ、武具ハ良イ物ヲ作ル…腕ハ確カ。」
スペルア「それでも、確信があるわけでも実績があるわけでもない。…やっぱり全部が全部こっちの思う通りには動かないか。」
スペルア「メルティナやディサイド様に任せるしかないな。まあメルティナはもう下手には動けんだろうから、ディサイド様が主に補完することになるとは思うけど…。」
ボルデッド「…。」
スペルア「どうしたボルデッド。他に気になることでもあるのか?」
ボルデッド「…ディサイド様、今回ノ勇者今マデデ一番強イ言ッテタ。」
スペルア「ああ、なにせ千年以上現れなかったからな。膨大な正のエネルギーが勇者に蓄積されているのだろう。それがどうした?」
ボルデッド「イザト言ウ時守リキレルカ不安。」
スペルア「何だ、そんなことを気にしてたのか?」
ボルデッド「ソンナコトトハ何ダ。オレハ城ト住民ヲディサイド様カラ任サレタ。モシモノ時ハ最後マデ抵抗スル…ダガ、万ガ一トイウコトモアル!」
スペルア「だから、気にすることはないって言ってるだろ?俺たちはあくまでも『保険』だ。俺たちがことに当たらなければならなくなるということは、ディサイド様の手に負えなくなるということだ。そこまでの力を持った勇者に、俺たちが対抗できると思うか?」
ボルデッド「…!ソレ、ハ…。」
スペルア「俺たちは、この物語に一喜一憂することはあってもそれに関わることはない。もし関わることになればそれこそ非常事態だ、すぐにでもここを離れるべきだ。」
ボルデッド「ダガ、ソレデハディサイド様ノ言イ付ケヲ守レナイ…。」
スペルア「はっ、それこそ愚問だ。一万の人間よりも、千の魔族よりも…結魔たる俺たちが生き残らなければならない。人間を失うより、魔族を失うより…俺たちを失うことがどれだけディサイド様の心を痛めるか。」
スペルア「自惚れもある…だが事実の一部を語っていると、俺は思うぞ?お前だって、この魔界に住む者全てとディサイド様の命が天秤にかけられたら後者を選ぶだろう?」
ボルデッド「…。」
その苦々しい沈黙は肯定を意味していた。
しかし忠義に厚いボルデッドはそれを口に出すことを憚った。
それを肯定してしまえば、自分を信頼し住民を任せてくれたディサイドに対する裏切りになるのではないかと、ボルデッドは恐れた。
その様子を感じ取ったのか、スペルアは。
スペルア「…意地の悪い質問だったな。だが俺は間違った事を言っているつもりもないぞ。その万が一の状況の時には、俺は真っ先に住民を見捨てる。人間も魔族も、また新たに増やすことはできる。しかし俺たちの代わりは他の誰にでもできることではない。…新たに結魔を生み出すこともできるだろう、だがそれは繰り返しを示唆させる。『失うために作り出す』…それを当たり前にさせないために俺たちがいるんだ、俺たちがそれをさせてしまっては意味がない。ディサイド様を一人にさせぬよう…これ以上、あの方に悲しみを背負わせないためにも。」
語るその言葉に、微かに哀愁が漂う。
スペルア「まあ今のは俺の見解だ、お前はお前の好きなようにしたらいいさ。ディサイド様のために命を散らすというのも悪くはないと思うぞ。」
ボルデッドは、それ以上口を開くことはなかった。
己の中での葛藤が続いているのだろう。
その後ボルデッドは無言のまま水鏡の部屋を去り、スペルアは一人その場に残った。
メガネ越しに映る、水鏡を見つめながら。
…。
ディバルバ「ちっ、まさか人間如きに遅れを取るとはな。」
スペルア「ほう、負け犬のご帰還のようだ。これは祝福してやらんとな。」
レットの作ったアルティパール・ラスタリスに敗北を期したディバルバ。
魔剣ミスティア・アブソーバーを失った彼は魔王城に帰還後、早々に悪態を付いた。
ディバルバ「てめぇスペルア、喧嘩売ってんのか。」
スペルア「はんっ、魔剣のないお前とだったら対等にやれるぞ。なんなら今から決闘でもするか?負けても、連戦だからという言い訳は通用しねーぞ。」
ディバルバ「おもしれぇじゃねーか!表出やがれ!」
クレイスとの戦闘が不完全燃焼だったディバルバは、感情に任せスペルアの挑発に乗る。
ボルデッド「ヤメロッ!!!」
スペルア「…。」
そこにボルデッドの怒声が響いた。
普段の彼ならば、ここまで怒りを露わにすることはなかったであろう。
止まらない激情に、ボルデッドは更に続ける。
ボルデッド「スペルア、前ニオ前ハオレタチヲ『保険』ダト言ッタ。ナラ作戦ノ途中デ負傷スルヨウナコトハ避ケルベキダ。万ガ一ガ起キタ場合、動ケナクナル。」
ボルデッド「ディバルバ、負ケテ悔シイノハ分カル。スペルアガ生意気ナノモ分カル。デモ八ツ当タリスルナ、結魔トシテノ自覚ヲ忘レルナ。」
ディバルバ「お、おう。すまねぇボルデッド。ついかっとなっちまった。」
いつもと様子の違うボルデッドの言葉に、ディバルバは水をかけられたように大人しくなる。
スペルア「別に戦うつもりはなかったさ。ただちょっとそこのアホをからかってみただけだ。」
ボルデッド「…ナンデソンナ挑発スル。」
尚もボルデッドの追求は続く。
スペルア「別に意味はないさ。…まあ、強いて言うなら不甲斐ないと思ったからだな。それと、それに対する恐怖だ。」
ボルデッド「ドウイウコトダ…?」
スペルア「今までに結魔を実力で退けた勇者たちはいた…。そう、『たち』だ。勇者の力とは何も一人だけのものじゃない。互いにフォローし合い、数で補うことでその力は更に強くなる。…だが今回はどうだ、新たな武器を手に入れただけであっさりとディバルバを打ち負かした。それも、一人でだ。あのまま戦闘が続いていれば確実に消されていただろうな。それはお前も感じただろう、ディバルバ。」
ディバルバ「…認めたくはねぇが、勝つビジョンが見えなかったのは確かだ。」
スペルア「つまりはそういうことさ。我ら誇り高き結魔がたかだか勇者一人に敗走せざる負えないことに対し不甲斐なさを感じると同時に…それほどまでに勇者が強力ということに恐怖の感じたのさ。」
スペルア「もしかしたら、お前の言う『万が一』が起きた時、俺たちは抗うこともできずに消されるかもな。」
ボルデッド「…。」
スペルア「(誤魔化すためになんとなく反論してみたが、思いの外的を射ていたようだな。まあこいつは怒らせると面倒だからこれでいいか。)」
スペルア「(しかしああは言ってみたものの、その程度ならディサイド様が対処するだろうな…。)」
スペルア「(さて、これで伏線は張り終えた。いよいよクライマックスだな。…せいぜい頑張れよ勇者よ、この世の礎となるために。)」
…。
その後、クレイスたちはディサイドの作り上げた偽の城に突入する。
慎重に内部を進み、その禍々しい扉を開く。
そこに現れたのは魔王ディサイド本人。
勇者との戦闘のため、城以外の建築物や魔族は全て取り除き本番に臨む。
そこで繰り広げられる激闘。
絶体絶命のクレイスたちを嘲笑うがごとく、ディサイドの力が猛威を振るう。
最早これまでかと思われた時、クロが呪文を唱える。
自らの生命活動と引き換えにディサイドの身は滅んでいく。
そしてそれに合わせるように城を崩壊させる。
クレイスたちを人間界へ追いやるためだ。
打倒魔王以外に、魔界について調べるべきだと発言していたクレイス。
それを阻止するべく、追い打ちをかけるように大量の魔族を生み出しクレイスたちに向かって進軍させる。
戦闘によって負傷しているクレイスたちは仲間の体を担ぎその大群から逃げるため東へと向かう。
魔族の追跡を振り切ることができないまま、クレイスたちは毒霧の森林に突入する。
そしてそこで一時撤退を決意し、人間界へと帰還…王宮へと帰ってきたクレイスたちは王都を凱旋する。
英雄として祭り上げられたクレイスたち、しかし彼らに休まる時はなかった。
魔王を倒した英雄…勇者としての名声は瞬く間に広がり、各地から謁見を求めるものが王宮へと押し寄せた。
その対応に追われる日々、そして数週間後バルレイの計らいによってクレイスたちはひと時の休息を得る。
同時にこれは、クレイスたちの日常の終わりを意味していた。
日が沈み王宮内は静寂に包まれる…クレイスたちの部屋に忍び寄る黒い影。
その影に襲撃されたクレイスは部屋を飛び出し仲間の安否を確認する。
同じく部屋から出てきた仲間と共に敵を一掃。
しかしそこに新たなる影が…。
そう、ディサイドである。
形勢は逆転、それぞれカプセルに閉じ込められた仲間は次々とディサイドの手によってその命を散らせていった。
そんな中、ディサイドはある人物二人と対峙していた…メルティナとレットである。
レット「あの、もしかしてそれって…。」
ディサイド「これか?お前たちの死体だ。」
メルティナ「身代わりです、これがあればわたくしたちの死を偽装できますから。」
ディサイドが抱えているもの…それは精巧に作られたレットとメルティナの体であった。
外見、質量、感触…本物と言われても疑うものはいないほどそれは精密に作られていた。
しっかりと、心臓部分に穴が空いている…ディサイドが手を下したという証拠として。
ディサイドはその二人の体を床に横たえクレイスへと視線を向ける。
メルティナ「いってらっしゃいませ、ディサイド様。ご武運を。」
メルティナのその言葉に頷くと、ディサイドはクレイスが閉じ込められているカプセルへ足を踏み入れ中へと消えた。
メルティナ「では、念の為気配と姿を消す魔法をかけておきましょう。人払いが済んでいるとは言え、見つかったら一大事です。」
レット「…これで、終わるんスよね。」
メルティナ「後悔しているのですか?」
レット「そうじゃないっスけど、なんか…よく分かんないっス。」
メルティナ「なにがですか?」
レット「これってきっと、必要なことなんスよね。それは分かってるっス。…でも。」
メルティナ「…あなたの気持ちも、分からないではないです。ですが、気に病んでも仕方のないことです。わたくしたちはこれからも生き続けます。しかしあなたがこれを経験することは、もう二度とないでしょう。」
レット「そう…っスよね。…そうなんスよね。」
どこかやりきれない…延々と続くこの鼬ごっこ。
それに、果たして意味はあるのか。
レットの頭に、数え切れない程の疑問が浮かび…そしてそれを意識の外へ追いやっていく。
そうしなければ、潰れてしまうから。
自らの選択を、後悔してしまうから。
…。
バルレイ「お手を煩わせて申し訳ない、あれだけ自信に豪語しておきながらこの体たらく…。どのような処罰でも受ける所存です。」
クレイスたちを殺し終えたディサイドはレットとメルティナを連れバルレイの書斎へと赴いていた。
既に、一度捕まった暗殺部隊から話は聞いていたのであろう、開口一番バルレイは謝罪の言葉を口にした。
ディサイド「それほどに自らを責めるな。物語は無事完結した、あとはこの物語を『正しい形』で継承していくのだ。それは貴様にしか成し得ない。」
ディサイドの言う『正しい形』とは、事実を語るものではない…真実を捻じ曲げ、上書きし、塗り替えることで勇者の勇姿を国民に刻み付けるためである。
バルレイ「はい、お任せ下さい。」
ディサイド「では私は魔界へと帰る。…行くぞメルティナ、レット。」
バルレイに背を向け歩き出すディサイドに二人が続く。
見送るバルレイはいつまでも頭を下げていた。
その書斎の扉が閉まっても、その頭が上がることはなかった。
その心に深く…深く、息子の死を刻みつけながら。
…。
メルティナ「ディサイド様、どうされたのですかこのようなところで。」
ディサイド「…メルティナか。」
魔界へと帰還し、その日の内に宴が催された。
普段は食べ物も飲み物も口にしない彼らであったが、宴に参加した一部の人間に勧められ結魔たちも酒と料理を口にした。
特にウェロルはここぞとばかりに料理を貪り味覚を刺激した。
ここで分かったことだが、魔族であったとしても無限に食べることが出来るわけではないらしい。
軽く千人前の量を食したウェロルであったが、ついには吐き気を催し会場の外へと消えていった。
そしてその後、彼が会場に再び現れることはなかったという。
そんな宴も次第に人間から脱落していき、一部のはしゃいでいた魔族が潰れていき、静かに飲み食いするものだけが残っていった。
ディサイドはそんな彼らの目を盗むようにしてテラスへと来ていた。
しばらくは酔っ払ったファウスに絡まれていたメルティナであったが、それを振り切り同じくテラスへと向かい主人の元へ駆け寄る。
真っ赤に染まった空に浮かぶ白い月を眺めながら、ディサイドは宴の感想を聞く。
ディサイド「メルティナよ、今宵の宴…満足のいくものであったか?」
メルティナ「はい、もちろんでございます。」
即答するメルティナ。
その言葉に偽りはない。
ディサイド「…そうか、ならば良かった。」
なにか思う事があるのか、ディサイドの視線は月から手元の手すりへと移る。
メルティナ「…ディサイド様?」
それに違和感を感じたのか身を案じるように主に呼びかけるメルティナ。
ディサイド「なあメルティナよ、私は今…ここに存在しているな?…ここにいる私は、私に見えるか?」
メルティナ「…申し訳ありません、わたくしにはその質問の意図を把握することはできないようです。しかし単純に問いに答えるのであれば、肯定します。ディサイド様は確かにわたくしの目の前に存在し、その目に映るのはディサイド様その人です。」
ディサイド「それは、世界がそう認識させているだけなのではないか?」
メルティナ「…っ。」
地の底から響くような、心を凍てつかせるその声にメルティナはたじろぐ。
突き刺すようなその目は、視線だけで相手を射殺すことができるのではないか…なぜかメルティナに頭にそんな疑問が浮かぶ。
言葉を発することもできず萎縮しきったメルティナからディサイドは視線を逸らし、また月を見上げる。
ディサイド「この世で、一体どれだけの者が世界を正しく認識できているのだろう。…それは恐らくほんのひと握りの者だけだ。」
ディサイド「私は、そのひと握りの内の一人だと自惚れているが…それすらも、もしかしたら世界がそう認識させているだけなのかもしれない。」
ディサイド「ならば自分という存在を確立させることなど不可能なのではないか?いくら他人から認識されようとも、己で肯定しようとも…世界がそれを認識させないものとして扱えば、その者は消える。」
メルティナ「憤りを…感じているのですね。世界に対しても…自らに対しても。」
絞り出した声には、震えがあった。
先程突き付けられた恐怖が抜けきらず、また同時に目の前の主に対し恐怖を覚えたからだ。
ディサイド「…先程はすまなかった、悪戯に感情を出すべきではなかったな。」
メルティナ「いえっ、そのようなことは決して!…あなた様は、あまりに多くのことを抱えています。古きを共にする結魔のわたくし共も、それを共有したく思います。」
ディサイド「お前のような仲間を持って、私は嬉しく思う。…だが、それだけでは私の気がすまない。なにか償いをさせてはくれないか。」
メルティナ「そんな、我々はどんなことがあろうともディサイド様に付き従います。償いなど不要です!…しかし、もしディサイド様がお許しになられるのでしたら…このメルティナ、褒美を賜りたく存じます。」
ディサイド「…それは、例の『アレ』のことか?」
メルティナ「はい…『アレ』にございます。」
ディサイド「しかしお前は口にした瞬間襲って来るではないか。」
メルティナ「そこをなんとか!このメルティナ、ディサイド様の血が欲しゅうございます。」
そう、メルティナは欲しているもの…それはディサイドの血である。
しかしサキュバスのメルティナはディサイドの血を飲むと興奮、発情しその欲望を抑えられなくなる。
その極上の味を知ってしまったために、メルティナはこれまでに何度もディサイドに血を飲ませてくれとせがんだことがある。
だが飲ませたあとの苦労を知っているディサイドはそれを拒否し、その強い意志の前にメルティナは折れるしかなかった。
それでもめげずに、メルティナは血を飲む機会を伺い…そしてついにその方法を思いついた。
それは、ディサイドが物語を作る上で最も重要視する存在…勇者の仲間である。
勇者の仲間として潜り込んだ者には最大級の褒美が与えられるはず、これをメルティナは狙ったのだ。
そしてこれまでに幾度となくそれを成し得、褒美を獲得してきた。
今回もそれに習ってこうしてディサイドに頼み込んでいるのである。
潤んだ瞳で訴えるメルティナに、ついにディサイドは折れ。
ディサイド「…分かった。お前の好きなようにするがいい。」
メルティナ「!では、早速準備をしてまいります!」
そう言って足早にディサイドの書斎へと向かうメルティナ。
その足取りはどこか浮き足立っていた。
ディサイドはため息を一つつくと空を見渡す。
ディサイド「(勇者の出現を止めることは叶わなかった。しかし、それを遅らせることはできた。)」
ディサイド「(二つの世界を完全に断つことは不可能…ならば次はそれを想定した上で更に対策を練らねば。)」
ディサイド「(だが、ひとまずは安息を得た。これで再び日常が訪れる。)」
ディサイド「(…日常を取り戻すための戦い、しかしその日常もまた戦いの前触れでしかない。)」
ディサイド「(願わくば、その日常が永久に続くよう…。)」
しばらく空を見上げていたディサイドは踵を返し書斎へと向かう。
恐らくベッドの上で自分を待ち焦がれているであろうメルティナの姿を思い浮かべながら。
…。
こうして二つの世界の争いは幕を閉じ終わりを迎えるのであった。
それぞれに日常を取り戻しながら。
人間界は、勇者たちの死を悲しみそして崇めた。
クレイスたちの死は魔王による呪いによるものと王宮が触れ回り、それを疑うものは誰一人としておらずそのことを受け入れた。
魔王討伐よりたったの数週間、喜びに満ち溢れていた王都の住民も勇者の死を聞く内にその心を沈ませあっという間に歓喜の声は姿を消した。
クレイスたちの葬儀には多くの人間が集まり、その柩にしがみつく者は後を絶たなかったという。
そうして英雄を失った住民は、また日常へと戻っていく。
自らが生きる日常へと、戻っていく。
その胸に、英雄たちの姿を刻みつけて。
これにて勇者クレイスと魔王ディサイドの物語は完結です。
そして以降の五章、六章ですが、六話分を丸々使ってディサイドと各結魔の出会いの物語を載せていきたいと思いますので、ご興味のある方は是非ご覧下さいませ。