第一話:勇者誕生
前章の後書きでも告知しましたが、今回は魔王陣営観点からのお話となります。
魔王ディサイドがどのようにして物語を作り上げていったのか、どのような思いで勇者と対峙していたのか…どうぞご覧下さいませ。
目を開くとそこは別世界だった。
別に眠っていたわけではない、そもそも魔物や魔族は休眠を取る必要がないのだから。
肉体的疲労を回復させるために体を休めることはあるが、それでも目を瞑って横になるということはない。
だからそれは瞬きをした瞬間に訪れた。
目を閉じ開くという日常の中にあるごく自然な動作を区切りに、ディサイドは己の書斎から別世界へと、その身を置いていた。
???「勇者が現れました。」
何もない、自分が立っているはずの地面もないその空間で最初に聞いた声がそれであった。
ディサイド「…そうか。」
それを聞いてディサイドは落胆した。
表情にそれが出ていたかどうかは声の主にも分からない。
ただ、今回も勇者が現れたことに対し、ディサイドは深く落ち込んだ。
先代の勇者がこの世を去って千年以上…仲間に作らせた結界の力によって世界は二分され、互いに干渉し合うことはなかった。
しかし今、事実として勇者は現れた。
目の前の人物の証言によって、それを知った。
これまでに散々手を尽くしてきた…だがただの一度としてその因果を断ち切ることはできなかった。
それでも今回はどこかで手応えを感じていた…千年もの時を経ても尚、勇者が現れることはなかったからだ。
しかしその儚い期待は打ち砕かれ、ディサイドの心は沈む。
そして同時に、仲間が危険にさらされる可能性に危機感を持つ。
ディサイド「名前は。」
???「クレイス・バーミリオット。バーミリオット家の王子にして現国王の息子。年は十八、彼のそばには魔の血が混じった少年が一人。」
ディサイド「…同胞の血を引く少年?」
疑問に思う、確かに人間界に仲間の魔族は潜んでいる。
しかしそのいずれも魔界でその形を取り具現化したもの…混血になるはずもない。
???「十数年前、魔物が人間界に現れました。森にてその姿を現した獣は山菜を採りに来た女性を襲い孕ませました。乱暴に扱われた女性はその行為の最中に息を引き取りこの世を去りました。…しかしその母体から一つの命が這い出てきました。」
ディサイド「それがその少年…ということか。」
ディサイドの僅かに呟いた疑問を聞き取り即座に答えるその人物の顔に、表情はなかった。
いや、表情というよりも生気そのものがなかった。
まるで機械、ボタンを押せば起動するコンピュータのように、彼はただ必要とされるままにそこに存在していた。
こうしてここにいるのも、決して彼の意志ではない。
遣わされてきたのだ、彼を生み出した『何者』かに。
ディサイドは混血の少年に対しなにか思う所があるのか僅かに思考を巡らせたが、小さく頭を振るとそれを頭の片隅に追いやり目の前の彼の方にその視線を向ける。
ディサイド「知らせてくれたことに礼を言う。ここより帰ったら、私もその者の姿を確かめておこう。」
???「…いつまで、その無駄な抵抗を続けるのです?世界は決して変わることはない。…我が主が世界を書き換えない限りは。」
それまで無表情だった彼の顔に変化が訪れたような気がした。
だが、それも見間違いであろう。
『彼』が『怒る』ことなど…ありはしないのだから。
ディサイド「その問いに私が返したのなら、『主』は世界の在り方を変えてくれるのか?」
???「…。」
ディサイド「私はあの世界で、私に出来うる全てを試す。…ただそれだけだ。」
???「そうでしたね。世界を変えることはできても、そこに生きる者たちを変えることは…主にも不可能ですから。」
???「不躾なことを聞きました。今の質問は忘れてください。」
瞼を閉じ、僅かに頭を垂れる。
???「では失礼します。変わらぬ世界の王よ。」
次に瞬きをした時、ディサイドは書斎へと帰っていた。
もう見飽きるほどに見飽きたその部屋で、ディサイドは現実に帰ってきた事実を受け入れ、僅かに襲い来る恐怖を内に追いやり立ち上がる。
そして壁の前に立ち手を沿え力を込める。
扉が開くように壁の一部が横にずれていき、ディサイドは中へと入っていく。
その部屋の中心には、巨大な水鏡が鎮座し暗闇を映していた。
ディサイドは無言のままに火の玉を生み出し明かりとして配置していき、その水鏡の前に立つ。
そして水面に指先を浸すように触れると、波紋と共にそれは映し出された。
中に映っていたのは、クレイス・バーミリオットだった。
早朝の訓練をしているのだろう、そこには鎧を着込んで走っている姿があった。
ディサイドは静かに目を瞑ると、意識を集中させ情報を汲み取っていく。
この水鏡にある水を掬い上げるように、水に触れた指先から情報を頭に流し込む。
全ての情報を取り入れたディサイドは目を開きその目を水面に向ける。
そして今度は王都全体を映し出し、同じようにその指先から情報を取り入れる。
定期的にこれを行うことによって人間界の情勢などを知るのだ。
いつもと違うのは、その確認を行う前に勇者の情報を見た程度だ。
しかしそれは普段ならば決して行うことのない作業。
隠し部屋から書斎に帰ってきたディサイドは直ぐ様ある人物と通信を繋ぐ。
ディサイド「メルティナよ。」
メルティナ『はい、ディサイド様。何かご要件がおありでしょうか。』
ディサイド「勇者が現れた、至急全結魔に召集をかけよ。私も直に向かう。」
メルティナ『!…かしこまりました。』
通話は終わり、ディサイドは何をするでもなく立ち尽くし過去を振り返っていた。
もう二度と、あのような光景は見たくない。
目の前で仲間が死んだ…いや、勇者に殺されていった。
勇者が力を付けるほどに、虐殺される魔物の数も比例して多くなった。
もうたくさんだ、仲間の断末魔を耳にするのは。
苦い過去を思い出し噛み締めることによって、ディサイドはその身を一層引き締める。
そして、『魔王』としての役目を果たすため…歩き出すのであった。
…。
ここは、魔界の中心にある城…魔王城。
その謁見の間には、ディサイドの召集によって集まった魔族たちが玉座に座る主の発言を待っていた。
しかしそこにいるはずの人物が一人、まだ到着していなかった。
彼のことを知っている者ならば納得のいくことで、彼が到着した時に彼に対し憤りを覚えるものはいなかった…彼女以外は。
メルティナ「何をしていたのですかウェロル、遅いですよ。」
ウェロル「これでも十分急いできのだ、許してくれメルティナ。」
メルティナ「この会合がどれほど重要か、あなたは分かっているのですか?」
ファウス「相変わらず、メルティナはディサイド様のこととなると気合の入りようが違うね~。」
スペルア「お前はもう少しメルティナを見習ったらどうだ?髪が跳ねてんぞ。」
ファウス「しょーがないじゃーん、ちょーど仕事終わってゴロゴロしてる時に召集かかったんだもん!」
ディバルバ「それにしても、引き籠もりのウェロルにまで召集がかかるとは…一体何が起こったんじゃ。城の方で何かあったのか?」
ボルデッド「セキュリティニ問題ハナイ。城ノ周リモ万全。」
ディサイド「メルティナ、小言は後だ。会合を始めるぞ。」
メルティナ「…はっ。」
全員が揃ったことを確認したディサイドは静かに立ち上がり、呟くようにポツリと言い放った。
ディサイド「…勇者が現れた。」
その一言に一同は息を呑む。
目を見開き驚きの表情になる者、事実を淡々と受け入れる者、その額に汗を垂らす者…ただならぬ緊張がその場を支配する。
口には出さないが、やはり皆どこかで安心していたのだ。
『もう勇者は現れないのではないか?』…と。
変化がないという変化がそれぞれを日常に没頭させ、実に千年以上の時が流れた。
だがそこに終止符が打たれた、いや正確にはまだそれは打たれていない。
句点を読点にするために、策を講じる…そのための会合なのだから。
スペルア「…予想はしてたけど、ほんとどうにかならないもんなのかねー。…面倒でしょうがない。」
気怠そうにメガネのフレームを指で持ち上げポツリと呟くスペルア。
ディサイド「前任の勇者がこの世を去ってから、実に千年以上の時が流れた。…これまでの観測を元にするならば、此度の勇者は恐らく歴代最強となる。」
ディサイド「我らが同胞の命を守るため、お前たちの力を借りたい。」
ウェロル「…微力ながら、尽力致します。」
ディバルバ「断る道理などないわい。」
ファウス「やってやりますよ、わっちもー!」
スペルア「はぁ…嫌だって言ってもどうにもならないことは分かってるし、やりますよ面倒ですけど。」
ボルデッド「…皆、守ル。」
メルティナ「全てはディサイド様のために…。」
頼もしい仲間の賛同にディサイドは少し心痛めたが…今更恥も外聞もあるまい、仲間を…同胞を救うためだ。
そのための犠牲を自分が払うのなら、それに痛みも、苦しみも、絶望も…感じないのだから。
…。
一週間後、準備を整え再び謁見の間にやってきたメルティナとファウス。
これから人間界へとワープし、作戦に取り掛かる。
ファウスは魔界にある人間居住区画の管理をしており、また人間界からの物資輸入なども担当している。
今回は、人間界に住む魔界の人間に伝令の命を帯び人間界へ赴く。
メルティナはディサイドの側近。
いつも必ず勇者一行に潜入するスパイ役を買って出ている。
本人には、何やら思惑があってのことのようだが…?
ディサイド「では頼むぞ。メルティナ、ファウスよ。」
ファウス「はーい!おっ任せくださーい!」
メルティナ「必ずやご期待に応えてみせます。」
そうして二人は人間界へと送られた。
それぞれの使命を果たすべく。
…。
メルティナ「着きましたわね。…木の匂いがしますね。」
ファウス「メルティナ、大丈夫?人間界来るの久々だよね?」
小高い山の中腹にてレポートされた二人。
そこから王都を一望する。
メルティナ「頂いた地図は頭に入っておりますし、ディサイド様が描いて下さった勇者の人相書きもありますので問題ありません。」
ファウス「結構若いよねー今回の勇者。しかもこの国の王子なんだっけ。」
メルティナ「ええ、現国王バルレイ・バーミリオットの息子クレイス・バーミリオット。…皮肉なものですね、まさか王族から勇者が誕生するとは。」
ファウス「んー、まあ確かに可哀想だとは思うけど仕方ないんじゃないかなぁ?」
メルティナ「別に憂いている訳ではありません。…ただ、ディサイドのことが気掛かりなだけです。」
ファウス「ほんと、メルティナはディサイド様のこと好きだよね!」
メルティナ「この身はとうにディサイド様に捧げております。主を気遣うのは当然です。」
ファウス「はいはい、そーゆーのは散々聞かされたよ。んじゃあ匂い付けてくるからちょっと待っててね。」
そう言うと、ファウスは近くにある木や雑草などに体を擦りつけていく。
その様は動物のそれである。
マーキングを終えたファウスは身震いし、体に付いた葉や草を払う。
メルティナ「では麓まで参りましょうか。」
ファウス「はーい!」
メルティナ「正体がばれ無いよう、くれぐれも注意してくださいね。」
ファウス「大丈夫だよー、耳と尻尾は隠してあるし!」
…。
二手に分かれた二人。
ファウスは仲間の匂いを辿って、とある店の前に立つ。
そして勢いよく扉を開け…。
ファウス「おっす、レット元気にしてるかー!」
レット「うぉ!なんスか!今日は定休日っスよ!…って、ファウス…様?」
ファウス「様付けなんていいよー、ファウスって呼んで。」
中に入るとそこには机に座り帳簿を付けているレットの姿があった。
突然の訪問者に驚くレットであったが、どうやら顔見知りらしくさほど動じてはいなかった。
レット「いやー、結魔の方を呼び捨ては中々ハードル高いっスよ…。」
ファウス「んー、じゃあさん付けで!」
レット「…それなら、まあ。」
レット「っていうかファウスさんがこんな武具屋になんの用っスか?」
ファウス「近々王宮から知らせは届くと思うけど、一応ね。こっちに住んでる仲間にディサイド様から伝言だよ。」
レット「…ディサイド様から?…一体、何事なんスか。」
ファウス「勇者が現れたんだよ。」
レット「…勇者?」
ファウス「そ!だからその仲間に潜り込んでサポートして欲しいんだよ。」
レット「話だけは聞いたことあるっスけど…ほんとにいたんスね、勇者って。」
ファウス「久しぶりの勇者だからねー、ピンと来ないのも無理ないよ。人間なら尚更。…っと、これ人相書きね。ちなみにこれ、ディサイド様のお手製だよ!」
渡されたその人相書きを見てレットは驚きを隠せなかった。
レット「これって…バーミリオット家の王子じゃないっスか!」
ファウス「そ、クレイス・バーミリオット…そいつが今回の勇者だよ。多分仲間集めのために街までやってくると思うから、接触できたらまた教えてね。」
レット「そう上手くいくっスかね…。あ、連絡はどうすればいいっスか?」
ファウス「この粉を外に撒いてくれればいいよ。匂いがしたらすぐ来るからさ。」
透明な袋に密封された茶色い粉を受け取る。
レット「これで分かるんスか?」
ファウス「しばらくは王都をウロウロしてるから大丈夫!匂いも…たまに犬とかに嗅ぎつけられるくらいかな!」
レット「店先に糞でもされたら困るんスけど…。」
ファウス「んー、でもいい匂いがするとか変な匂いがするとかじゃないから大丈夫だと思うよ。」
レット「まあ、なんにしても了解っス。」
ファウス「ほいじゃあ頼むねー!」
バタバタと慌ただしく店を出ていくファウス。
一人残されたレットは、先程渡された袋を見つめながら思う。
レット「(勇者…スか。実感わかないっスけど、まあ出来るだけのことはしてみるっスか。)」
…。
それから一週間後。
ファウスは再びクラウディ武具屋を訪れていた。
ファウス「掴みは上々…ってところかな?」
レット「そうっスね、これで王子様のお眼鏡に適う代物が作れれば…っスけど。」
ファウス「まあそこは、君の腕次第ってところだねー。…そういえば、あそこの場所取りって時間かかるんじゃなかったっけ?どうやったの?」
レット「別に難しいことはしてないっスよ?ただ地主にちょこっと上乗せして渡しただけっス。…まあおかげで今はすっからかんっスけど…。」
ファウス「なるほどねぇ…ん、そういうことなら、その分はこっちで補填しておくよ。」
レット「え、いいんスか?」
ファウス「軍事的な扱いになるからね、必要経費としてこっちから出しておくよ。」
レット「まだ仲間になる前の段階っスけど…。」
ファウス「いいのいいの、接触できただけでも儲けもんだからねこっちは。常に動向を監視してるとは言え、外側からだけじゃ分からないこともあるからねー。」
レット「オレっちが役に立つとは思えないっスけどね。」
ファウス「んーん、そんなことないよ。君が仲間になって、無事生き残ることができればそれでも十分!」
レット「それもそれで大変そうっスけどね。」
ファウス「まーあの王子さん正義感強いみたいだから、君がピンチの時は助けてくれると思うよ。それに、魔界まで来られればこっちでもフォローできるし。」
ファウス「ま!なんにしてこれからだよね!王子様のご希望のものをこれから作るんでしょ?」
レット「そうっスね。それが期待通りの性能なら仲間にしてくれるって言ってたっス。」
ファウス「じゃーこれを、君に渡しておくね。」
魔鉱石を一つ取り出しレットに渡す。
レット「…これはなんなんスか?」
ファウス「通信機だね。肌に直接触れた状態で使うんだ。通話と録音ができて、それをしたい相手を思い浮かべれば繋がるよ。」
レット「便利なもんスねー…。」
ファウス「ちなみに、これはディサイド様のお手製だよ!」
レット「…すごいっスねー、ほんと。オレっちも一回でいいからこういうの作ってみたいもんスよ。」
ファウス「こういうことはディサイド様しかできないからねー。んじゃまとりあえず、結果が出たら報告してね。」
レット「了解っス。」
ファウス「あと他に、なにかいるものとかある?こっちでもできる限り用意するけど。」
レット「とりあえずは自力で何とかしてみるっス。…ああ、でも。」
ファウス「ん?どした?」
レット「いや、今から多分これにかかりきりなると思うっスから、今入ってる注文どうするっスかね…。」
ファウス「あー、そっか。同時進行は難しいかー。」
レット「とりあえず納期を遅らせることはできるっスけど…。」
ファウス「勇者の仲間になったらそもそも人間界を離れなくちゃだしねー。…レットは確か、人間界に来て五年くらいだっけ?」
レット「二十の時にこっちに来たっスから、五年とちょっとっスね。」
ファウス「どう?勇者の仲間になるならないは別にして魔界に帰ってくるのは。そうするんだったら、こっちでいろいろ手配しとくけど。」
レット「…そうっスね。久々にみんなの顔も見たいっスから。…お願いしてもいいっスか。」
ファウス「まっかせといて!それじゃあ顧客のリスト見せてくれる?」
レット「取ってくるっス。」
部屋にある金庫から数枚の紙を取り出す。
そこには人物の名前、注文履歴などが書かれている。
それをファウスに渡しながら。
レット「ファウスさんが交渉するんスか?」
ファウス「うんにゃ?そういうのに慣れてる知り合いに頼むよ。わっちが行ってもいいけどそういう奴のやつに頼んだ方がスムーズに行くし…それに、『こっち』の人間とはあまり絡みたくないんだ。」
レット「え?」
ファウス「あ、仲間は別だよ?…ただ、やっぱり『匂い』が合わないんだよね。」
レット「意外っスね、ファウスさんなら誰とでも仲良く出来そうっスけど。」
ファウス「それとこれとは、また話が別だよー。…まあ感覚的なことだから説明しにくいんだけどね。」
ファウス「…っと、結構話しちゃったね。これから行かなきゃいけないところまだあるから、今日はこの辺で!」
ガタッ!っと胡座を掻いて座っていた椅子から乱暴に降り、レットから貰った書類を折りたたんで懐にしまう。
レット「まだ寄るところがあるんスか?」
壁に掛けてある時計は夜の十二時をとうに回っていた。
ファウス「まだここらに住んでる人達全員に会ってないからね。夜にしか活動しない奴もいるし。」
と、腰に手を当て当然のごとく言い放つ。
レット「まあ事情が事情っスからしょうがないっスけど、倒れない程度には休んでくださいっスね?」
レットの言葉にファウスは胸を張って答える。
ファウス「大丈夫だって!そこいらの魔族よりはよっぽど丈夫だよ!…それに、わっちの心配よりレットは自分のことに集中しなくちゃダメだよ?勇者の仲間になれるかどうかは、君の腕次第なんだから。」
レット「…分かってるっスよ。最高の武具を作ってやるっス。」
レットの心に、静かな炎が燃える。
ファウス「うむ!期待してるかんね!」
そうしてファウスは夜の街へと消えていった。
一人工房で自分の手を見つめるレット。
遺志を確かめ拳を握ると、気合の入った面持ちで作業に取り掛かる。
夜が明け、小鳥がさえずりを始めるその時までレットは一人、図面と向き合っていた。
…。
そして四ヶ月後、無事試練を乗り越えクレイスの仲間となったレット。
報告を入れたその翌日に、ファウスはクラウディ武具屋に再び顔を見せた。
ファウス「いやー、幸先いいのか悪いのか…よく分かんないねー。」
レット「なにかあったんスか?」
喜ぶでもない、かと言って困っているというわけでもない…なんとも微妙な表情のファウス。
ファウス「いやね、レットが勇者の仲間になったことは素直に嬉しいんだよ。…ただ他のメンツの進捗が芳しくなくてね。」
ファウス「何人か接触を試みてはいるんだけど、うまくいってないみたいなんだ。」
レット「それじゃあ最悪、スパイはオレっち一人だけってことになりそうっスね。」
ファウス「ああ、人間のスパイはレットだけかもしれないけど、もう一人メルティナが入るからそこは心配しなくていいよ。」
レット「メルティナ様って、あのサキュバスの…。」
ファウス「そ、いっつもディサイド様の隣にいる結魔だね。」
レット「メルティナ様には、なにか勝算ってあるんスか?…まあオレっちなんかよりずっと頼りになりそうっスけど。」
ファウス「勝算っていうか…とりあえず何が何でもメルティナは仲間になるよ。どんな手を使ってもね。それがディサイド様の役に立つなら手段は選ばない。」
ファウス「まあレットはこれからまそーしょーぞく…だっけ?それ作るのに専念しなよ。勇者から頼まれたんだよね?」
レット「ええ、…それに細工とか仕掛けた方がいいっスかね?」
ファウス「いや、下手に事故を起こす方が寄り道になっちゃうからしなくていいよ。レットが仲間になったのも、あくまで物語をスムーズに進めるためだから。全力で勇者を支援する形でいいと思うよ。何かあった時はこっちで指示出したりフォローしたりするから。」
レット「了解っス。」
ファウス「それじゃあまた何かあったら遠慮なく呼んでねーっ!」
そう言って店を立ち去るファウス。
残されたレットはクレイスの要望に応えるべく頭の中で設計図を練り始める。
物を作ることが純粋に好きなレットは、次第にそれにのめり込んでいった。
…。
それから二ヶ月と半月が経ったある日、メルティナは光学迷彩の魔法を使い姿を消し、クレイスの動向を伺っていた。
メルティナ「(ファウスの報告によると、勇者の仲間となったのは二人。あの隣にいる子も合わせれば三人…。見たところ戦闘要員は十分のようだけれどまだ仲間を探しているということは、サポート役を探している可能性が高い。仲間探しを初めて約半年…そろそろじれてくる頃合。…仕掛けるとしたらここかしらね。)」
チャラ、っと魔鉱石を三つ取り出す。
クレイスの方に目を向けると、串焼き屋の前で注文をしているようだった。
メルティナ「(少し強引かもしれないけれど、王子の性格を鑑みるに確実に食いつくはず…。)」
メルティナ「行きなさい。」
魔力を込めた魔鉱石は僅かに発光し、ローブを身に纏った男三人が現れた。
男たちは無言のままクレイスの元へ駆け出す。
メルティナ「(さて、これで上手くいけばいいのだけれど…。)」
クレイスが串焼きを受け取ろうとしたその瞬間、男たちはそれを強奪し逃走する。
案の定クレイスはそれを追いかけるために走り出す。
そしてそれを見たメルティナも移動を始めるのであった。
…。
その夜、王宮のとある一室、ベッドに腰掛けるメルティナは一つの魔鉱石を手に持っていた。
メルティナ「ファウス、聞こえますか。」
ファウス『あいよー、どうしたー?』
メルティナ「無事勇者の仲間に加わりました。その報告を。」
ファウス『おー、さっすがメルティナ。』
メルティナ「それで、明日メンバー全員で顔合わせをするようです。レットという人間に伝えておいてくれます?」
ファウス『また急な話だなー。ん、了解。伝えとくよ。それじゃあメルティナ、頑張ってね。』
メルティナ「ええ、ディサイド様のためですから。」
ふとディサイドの顔が浮かび、通信を切ったメルティナは窓に近付き遠くを見る。
その心に一層の忠誠を誓い、メルティナは静かに夜を過ごすのであった。
…。
一方、メルティナからの報告を受けたファウスはまだ明かりの付いている工房に足を踏み入れる。
そこには工具を片手に持つ作業服のレットがいた。
ファウス「ありゃ、邪魔しちゃったかな?」
レット「ああ、大丈夫っスよ。キリのいいところまで進めたかっただけっスから。」
工具を置き、商談用のテーブルの椅子に腰掛けるレット。
ファウスも対面の椅子に座る。
レット「それで、どうしたんスか?こんな夜中に。…なにかあったんスか?」
ファウス「ちょっと伝えることがあってね。あと、進捗の方も順調かどうか確認しとこーかなって。」
レット「魔装装束の方は順調っスよ。採算度外視して好きなもの作るなんて滅多にできるもんじゃないっスから、楽しんでやってるっスよ。…それで、伝えたいことってなんスか?」
ファウス「今日メルティナが勇者の仲間になったんだけど。なんか王子様が顔合わせをしたいみたいで…多分明日の朝には王宮から連絡が来ると思うんだけど、こっちからも一応ね。」
レット「随分急っスね…。」
ファウス「まあこれでメンバーは揃ったみたいだし…王子様としても、これから旅を共にする仲間同士友好を深めたいんじゃないかなー。」
レット「その時に、こっそりメルティナ様に挨拶とかした方がいいっスかね…。」
疑問を呟き手を顎に当てるレット。
ファウス「いや、意図的に二人きりにならない方がいいね。どこで誰が見てるか分からないし、万が一バレたら大事だから。…あと、間違いなくメルティナに殺されるね。ディサイド様のこととなると完璧を求めるからメルティナは。ま、普通に初対面ってことで接すればいいよ。」
レット「りょ、了解っス。」
過激な発言に少し肝を冷やすレット。
ファウス「ん!それじゃあわっちはこれで!」
元気よく店を出ていくファウス。
明日はいよいよメンバーの顔合わせ。
旅たちの日は、近い。