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to decide  作者: 村瀬誠
第四章:世界を操る者
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第三話:重なり合う思い

ディサイドは王宮の通路に立っていた。

そこにはそれぞれ黒いカプセルに閉じ込められたクレイスたちの姿があった。

全員眠ったようにその瞳を閉じ脱力している。

ディサイドはその内の一つに目線を送ると、その黒いカプセルの中へ足を踏み入れた。


…。


アキナ「…?…なによ、ここ。」


ディサイド「目が覚めたか、アキナ・フォートよ。」


アキナ「っ…ディサイド!?」


ディサイド「さあ、次は貴様の番だ。その力を存分に振るうがいい。」


アキナ「なんであんたがここにいるのよ!あんたはクロが倒したはずじゃ…。」


ディサイド「我は貴様の問いの答えを持っている。…しかし、それを知ったところで貴様如きに何ができるというのだ。」


アキナ「…どうやら素直に答える気はなさそうね。いいわ、そっちがその気なら力尽くで聞き出すだけよ!」


なぜこんな暗闇の中にいるのか、なぜクレイスたちはこの場にいないのか、そしてなぜ倒したはずのディサイドが目の前にいるのか…。

浮かぶ疑問を全て投げ捨て、アキナは魔装装甲グリンビット・ネイスを展開、双剣スピニード・ベリルを両手で構え特攻する。


アキナ「この前みたいにはいかないんだから!魔法を使う前にケリをつけてやる!」


アキナは身体強化のバフをかけディサイドに斬りかかる。

その場を動こうとしないディサイドに鋭く薙ぎ払われた二本の剣が迫り来る。

しかしその剣撃はディサイドの体を傷つけることはなかった。

無色透明なバリアが甲高い音を立てながらそれを防ぐ、アキナは続け様に何度か斬りつけるがバリアを破ることはできずやむなく距離を取る。


アキナ「…ほんと、反則よね。詠唱もなしに魔法が使えるなんて。そのバリアみたいに見た目に変化がないと、余計にどんな魔法を使ったかも分からないわ。」


ディサイド「気にせずかかってこい。どの道貴様に勝ち目はない、考えるだけ無駄だ。」


アキナ「言ってくれるじゃない。…じゃあ遠慮なくいかせてもらうわよ!」


双剣を素早く鞘に収め、アキナは目の前に手を突き出し詠唱を始める。


アキナ「刃よ、その身を内より切り裂け!バースティング・エッジ・クリーバル!!!」


無数の刃がディサイドを貫いていく。

まるで花が咲くように、肉体の内側から四方に刃が突き出る。


アキナ「…えっ!」


ハリネズミのようになったディサイドは鮮血をまき散らしながら絶命すると思ったが、目の前に起こっているそれは想定の範囲外だった。

ディサイドの体は砂のように崩れ、その体を貫いた刃は乾いた音を立てて地面へ落ちる。

そしてその砂は瞬く間に人の形を成していき、先程変わらぬ様子でディサイドはそこに立っていた。


ディサイド「貴様の魔法が発動する直前に体を構成する物質を全て砂粒へと変えた…。この程度では我を殺すなど到底叶わぬぞ。」


アキナ「だったら、その砂ごと溶かしてあげるわ!」


アキナは再び詠唱を始める。


アキナ「彼のものを溶かし貫くものよ!ペネトレイティット・ラーバス・パリセーダー!!!」


ディサイドを取り囲むように地面から赤い点が八つ光る。

そしてその点からマグマが噴き出しディサイドの体を貫く。

だがマグマはディサイドの体を通過することなく飲み込まれていく。


ディサイド「マグマ程度では我を溶かすことはできんぞ。」


アキナ「単体でダメなら連携で!」


アキナ「水よ逆巻けスパイラル・トレント!凍結よ迸れフリージング・スパウツァー!雷撃よ打ち砕けサンディスストローカー・スマッシュ!」


逆巻く水の渦がディサイドを打ち付け、地面に置いたアキナの手から氷結が迸りその身を凍らせ、そしてその凍った体ごと雷撃で打ち砕く。

異なる三種の魔法がディサイドを襲う。

しかし砕かれたその体は積み木を積み上げるように元に戻っていき、形を取り戻したディサイドは氷を溶かし吸収した。


ディサイド「見事な連携だ、並みの魔族であれば一網打尽に出来たであろう。」


アキナ「…つまり、あんたには効かないってことね。でも、これで終わりじゃないわよ!」


アキナ「土壁よ挟み込めグランドウォール・プレス!風よ渦巻き切り裂けトルネード・カッター!鉄よ塊となりて粉砕せよフォーリング・オブ・マスアイアン!」


ディサイドは左右に出現した強固な土壁に押し潰され、風の渦によってその土壁ごとその体を持ち上げられる。

その渦の中には風の刃が無数にあり、ディサイドの体を切り裂いていく…そして真上から巨大な鉄の塊が猛スピードで投下され押し潰される。

やがて地面に落ちた鉄の塊は霧散、押し潰されたディサイドはそれでも尚平然と立ち上り…。


ディサイド「…こんなところか。貴様の実力は把握した。…これはほんの礼だ、受け取れ。」


ディサイドがアキナに向け手をかざすと、その掌からマグマが射出された。


アキナ「なめんじゃないわよ!そのくらい防いで…あれ。」


アキナはバリアの展開しようとしたが、なぜかそれができなかった。

マグマは、容赦なくアキナの体を貫いた。

だがアキナは即死することなくその熱に身を焼かれる。

全身がジリジリと焦げ付いていくような感覚、ディサイドが攻撃の手を止めるとアキナはそのまま地面に倒れた。

しかし貫かれたはずの腹に穴は空いておらず、目立った外傷もない。

アキナはただただ混乱するだけだった。


ディサイド「身体にダメージはない…その体は今、貴様の感覚と意識だけしか残っていない。当然、魔法を使うこともできない。…さあ、自らの力をその身で味わえ。」


アキナはディサイドの放った激流に飲み込まれ、その身を凍らされ、雷撃と共に砕かれる。

肉体にダメージがないというのは本当のことのようで、砕かれる痛みはあっても体そのものがバラバラになることはなかった。

ディサイドは容赦なく次の攻撃に移る。

土壁にプレスされたアキナは、その土が弾け飛ぶような強風と共に空を舞い、風の刃によって切り裂かれる。

そして風が止むと同時に鉄の塊が真上から猛スピードで迫り、地面に激突。

地面に叩きつけられたアキナはピクリとも動くことができなかった。

辛うじて意識だけは残っているが、その身に受けた苦痛は計り知れない。


ディサイド「まだ意識は残っているか…。流石、勇者に認められただけのことはある。」


ディサイドは倒れているアキナの首を掴むと、そのまま持ち上げる。


アキナ「あ、…ぅぐ…っ。」


ディサイド「貴様は何故、我を殺そうとする。その意味を…考えたことはあるか。」


アキナ「…そ、そんなの…決まってるじゃない。あんたが…悪の、親玉だからよ…。」


アキナ「それ以上に…なにがあるっていうのよ。」


ディサイド「…貴様はこの場で我に殺される。貴様がどれだけ足掻こうとも、この運命から逃れることはできない。」


アキナ「…なによ、運命って。笑わせないでよ、自分の運命くらい…自分で決めるわ。」


ディサイド「既に世界が定めたことだ、覆りはしない。…例え、我という存在がこの世から消滅したとしてもな。」


アキナ「どういう、ことよ…。」


ディサイド「形を変え、あるいは役者を変えて…この世界は繰り返す。その連鎖を断ち切れるものなど、この世にはいない。」


アキナ「…要は、どうすることもできないって諦めてるだけ、でしょ。案外、たいしたことないわね…あんた。」


ディサイド「我は歯車だ。この世界を循環させるための。…それ以上の意味も、価値も、理由も…ありはしない。」


アキナ「あんたの言葉遊びはもうたくさんだわ…。殺すなら、さっさと殺しなさい。」


ディサイド「…この世に未練はないのか。」


アキナ「そりゃあるわよ。あんたに殺されることもそうだし、家族に会いたいし…他にも色々。」


アキナ「あんたが、殺さないから…頭に浮かぶのよ、そういうのが。」


ディサイド「…勇者クレイスのこともか。」


アキナ「…!」


ディサイド「好いているのだろう、あの者のことを。」


アキナ「…あんたに、関係ないでしょ。」


ディサイド「…愛とは刹那的な感情だ、その思いが永久に続くことはない。だが、それでも人間は求め続ける。自らの欲求を満たすために。」


アキナ「なに、あんた…。誰かを好きになったこと、ないの。」


ディサイド「我がこの世に溢れる人の感情の中で最も疎ましく感じる感情が愛だ。…愛は盲信の最たるものだ、愛は人を根底から変える。」


アキナ「いいじゃない、変わったって。…あたしは、変われてよかったと思ってる。まだ、気持ちも伝えてないけど…でも、あいつといるのは楽しいの。」


アキナ「ご飯を作って、それをあいつが美味しそうに食べると嬉しい。戦いの時、あいつが周りに気を配ってこっちを見てくれると安心する。…あいつと一緒にいられるだけで、あたしは幸せ。」


アキナ「それが独りよがりなのは、分かってる。…あいつはあたしだけじゃなく、みんなを見てる。」


アキナ「みんなの中に、あたしがいるだけ。特別にはなれない。」


アキナ「…なんで、こんなこと言わせるのよ。」


ディサイド「…。」


アキナ「これじゃあ…後悔しちゃうじゃない。…あいつに、好きだって言えば良かったって。」


アキナ「…夢を、見させないでよ。」


意識しないようにしていた…それが無意識の内に終わらせて欲しかった。

その恋心を掘じ繰り返されるように思い出させられたアキナは涙する。


ディサイド「ならば最初から愛さなければよかったのだ。愛することをしなければ、そのように悲しむこともなかった。」


アキナ「…無茶、言わないでよ。好きな気持ちをコントロールできるほど、器用じゃないのよ…あたしは。」


アキナ「気が付いたら好きだったの、いつの間にか目で追ってるのよ。もっと笑いかけて欲しいって…思うのよ。」


ディサイド「…我には理解できない。」


アキナ「理解できなくていいわ。…この気持ちは、あたしだけのものだもの。あんたなんかに、分かってたまるもんですか。」


ディサイド「…やはり相容れないようだな。」


アキナ「そうね、あたしだってあんたの気持ちなんて分からないし…お互い様よ。」


ディサイドはその右手を鋭い刃に変える。


アキナ「…ようやく、殺す気になったみたいね。」


ディサイド「貴様から得られるものは十分得た…これで終わりだ。」


言葉が終わると共にその刃が心臓を貫く。

アキナは体の芯が熱くなっていくのを感じた。


アキナ「(これで本当に…終わりなのね。…ごめん、クレイス。あたしじゃ手も足も出なかった…。)」


アキナ「(…でも、これで良かったのかも。あんたのこと、好きなままで終われて。)」


アキナ「(大好きよ、クレイス。あたしのご飯、美味しいって言ってくれて…嬉しかった。)」


苦痛を感じることなく絶命したアキナの体を横たえる。

その顔はどこか、微笑んでいるようにも見えた。

北の生まれの少女アキナ・フォート。

家族を養うため王都にやってきたところをクレイスにスカウトされ、共に魔王を倒そうと誓った。

最初は警戒していたが、共に行動していく内にクレイスのその真摯さに気付く。

そして彼に恋をした。

そうして恋を自覚し、その思いを内に秘めた少女の命はここで終わる。

その心は最期まで…彼への想いで溢れていた。


…。


ディサイド「…千年以上の時を経ても、人間が変わることはないようだ。…世界の在り方が変わらないのだから、変わるはずもない…か。」


ディサイド「さて、残るは勇者のみか。」


ディサイドはポツリと呟くと、クレイスが閉じ込められているカプセルに目を向ける。

通路には胸に穴の空いた四人の死体が横たわっていた。

ディサイドはそれに背を向けカプセルに足を踏み入れる。

目の前に広がる暗闇、そこには眠らされているクレイスの姿があった。


…。


クレイス「(…ん。私は、一体…。)」


意識が戻り目を開くクレイス。


ディサイド「目覚めを待っていたぞ、勇者よ。…さあ、我に力を示せ。」


クレイス「!…貴様、ディサイド!!!」


声を聞き、直ぐ様立ち上がり戦闘態勢に入る。

その手に持つ光剣アルティパール・ラスタリスが暗闇の中で光り輝く。


クレイス「私に一体何をした、ディサイド!…仲間は無事であろうな!」


ディサイド「…全て殺した。」


クレイス「…な、に?」


端的返ってきたその返答に、クレイスは頭が白く染まっていくのを感じた。


ディサイド「全員、我がこの手で始末した。…貴様の付き人の少年も、北方の生まれのあの少女も、武具屋のあの青年も、放浪の聖職者も。…皆、我が殺した。」


ディサイド「四人とも、その命を賭して我に挑んできたが…結果は今し方言った通りだ。…そして、最後は貴様だ。勇者クレイスよ。」


クレイス「…。」


クレイスは言葉を失い呆然とした。

ディサイドの放った言葉は、それほどまでに強烈な事実を語っていた。

到底受け入れられるものではなかった。

先程までお互いにその存在をこの目で確かめ合っていた…しかし眠らされている間に、その状況は一変してしまった。

『仲間の死』というその言葉が、頭の中で激しく駆け巡る。


クレイス「…っ。」


感情が爆発する。

湧き上がったその怒りを理解よりもまず先に、体が動いた。

声を発することもなかった。

一瞬の内にディサイドは胴が真っ二つになり地面に倒れる。

目にも止まらぬ速さ。

ディサイドが視界から消え、自身が剣を振りきった時の姿勢であると認識した瞬間、クレイスは自分が攻撃したことを理解した。


ディサイド「流石に速いな…。なるほど、人間というのは極限状態であるならばこれほどの力を出すことができるのか。」


上半身と下半身が切り離されたディサイドの体はスライムのように形を変え、混ざり合い再び人の形へと成った。

しかしそれも束の間、戻ったばかりのその体は縦に直線が入り左右に切り裂かれた。

そして今度はその一撃では終わらなかった、続け様にクレイスは何度も一瞬の内に斬りつけディサイドの体はバラバラになった。

だがそれと同時にディサイドの肉片は黒い灰となって宙を舞う。


ディサイド「体をいくら傷つけたところで意味はない。その外傷によって我という存在が消えるということはないのだからな。」


クレイス「ならばその塵ごと消し去るのみ!」


力強く宣言するクレイスは詠唱を始める。


クレイス「我が手に集いし光よ、その熱をもって全てを消し去れ!ピクノシズライツ・イレージング!!!」


目の前に巨大な光の玉が形成され、その光から光線が放たれる。

その場に舞う灰を全て蒸発させるように、最大出力で次々になぎ払っていく。

光すら飲み込むこの暗闇の空間の中では、極小の灰を見分けることは至難の業。

クレイスは何度も何度も空間を光線でなぎ払う。

憎き魔王を消し去るために…殺された仲間のために。

時間にして一分あまり、クレイスはようやく攻撃を止め光の玉を消した。

何もない空間、そこに自分以外の気配はない。

そしてクレイスは荒い呼吸をしていることに気付く。

感情のみで動いていたクレイスは、僅かに落ち着きを取り戻した。

…その心を凍りつかせるような声を耳にするまでは。


ディサイド「…それで終わりか、勇者よ。」


クレイス「…っ!…な、ぜ…。」


暗闇よりディサイドは姿を現した。


ディサイド「空間に溶け込んでしまえば物質としての性質を失う。そうなれば魔法の影響を受けることはない…ただそれだけのことだ。」


クレイスは目を見開き驚愕する。

…次元が違う。

目の前に立つこの男は、全てを見透かすような瞳を持つ魔族の王は…この世界の頂点に君臨するものだ。

その事実を、クレイスは様々と見せ付けられた。

自分の敵う敵ではない。

怒りに支配されたその感情は、次第に恐怖へと移り変わる。


ディサイド「さあ、貴様の全力を以って我を殺しにかかるのだ。…貴様が我を仕留めることができなければ、人間界が滅ぶぞ。」


クレイス「…っ。」


その言葉にクレイスはハッとする。


ディサイド「では、ここからは我の分身が相手をしよう。猛攻に耐え抜き全ての分身を破壊することができたその時に、また会おう。」


クレイス「なにっ、逃げるのか!」


ディサイドはクレイスの言葉に答えることなく暗闇に姿を消した。

そして入れ替わるかのように無数の分身が現れた。

四方を取り囲まれる…その数はあまりに多く全てを把握することはできない。

生気のない幾多の瞳がクレイスを見つめる。

そしてそれらは無言のままに襲いかかってきた。

飛びかかり斬りつけてくる者、鉛玉を打ち放つ者、地割れを起こす者、燃える矢を放つ者、植物を生やし捕らえようとする者…多種多様な魔法がクレイスを襲う。

クレイスは瞬時に魔少鉱石を取り出しアルティパール・ラスタリスにセット、暗闇の中で一層光を放つその光剣は全てを切り裂く。

迫り来る魔法をなぎ払い、隙を見つけては分身を破壊していく。

休むことなく繰り出される魔法に対処していくが、ここでクレイスは一つの懸念を抱く。

手持ちの魔少鉱石は今使用している物も含めて二つ、分身の数が把握できていない現状戦闘が長引けばいずれ魔力は尽きる。

視界の外からも魔法が放たれてくる…現状ではそれらを捌きつつ分身を一体一体破壊することで精一杯。

果たして魔少鉱石の魔力が尽きた時、今のような混戦を乗り切ることができるのか。

剣を振り回すクレイスは不安を感じずにはいられなかった。

しかし、ここで敗れてしまえば二度とディサイドを倒すことはできない。

なんとしてもこの局面を乗り越えなければと、クレイスは覚悟を決める。

幸い、分身自体の耐久力はそれほど無いようで、剣を一振りしただけでガラスが砕けるように壊れていく。

魔少鉱石なしでも同様に一撃で破壊できるかは不明だが、それを試す暇もなく攻め続けられる。

今、どれほどの分身を破壊したのだろう。

いや、最初から数えている暇などない。

それから三十分もの間、魔少鉱石の魔力が尽きるまでクレイスは戦い続けた。

隙を見つけて二つ目の魔少鉱石をセットし、戦闘を続行する。

たった三十分、しかしクレイスの体は確実に限界が来ていた。

通常ではありえない戦い、敵は全方向から迫り来るため全ての感覚を研ぎ澄まさなければならない。

四方から飛んでくる魔法全てに対処するためには、常に状況を把握し二手三手先を読まなければならず、否が応でも集中力が必要となる。

だがこの時クレイスは集中を放棄し感覚だけに頼っていた。

魔法にある魔力の気配、その温度、速さ、数…分身がいつ魔法を発動するか、そのタイミング、種類、分身の位置…。

自ら思考することをやめ、入ってくる情報を淡々と処理していく。

そして魔法を切り裂いていく…もはや分身を破壊するのは二の次になっていた。

流れ弾で分身が破壊されるのを確認していたため、途中から魔法を処理することを優先したのだ。

しかしこの状況下、ペース配分が出来る訳もなく常に全力を出し続けなければならない。

精神は疲弊し、体にも疲労は加速度的に溜まっていく。

この時既にクレイスは限界を超えていた。

どこかで高みの見物をしているであろう分身ではない本物のディサイドとの戦闘に使える余力など、残っているはずもなかった。

やがて視界が霞んでくる…魔法の衝突による激しい音も、次第に遠のいていく。

朦朧とする意識の中、クレイスはただひたすらに剣を振り続ける。


…。


それから十分が経過し、いよいよクレイスは魔法に対処できなくなってきていた。

足元もおぼつかなくなり…その体には、小さな切り傷や火傷の跡などがいくつも見える。

防御することもできないこの状況、魔法を躱すこともままならなくなっていた。

だが、痛みを感じている暇さえなく攻撃は繰り出される。

最早目も虚ろになりいつ倒れてもおかしくない…今こうしてこの場に立っていられることが不思議なほど。

そしてついにその時はやってくる。


クレイス「…が…っ。」


クレイスの剣をすり抜け氷の矢が右肩を貫く。

体勢を崩したクレイスにトドメを刺すように、地面から黒く細い棘が何十本と体を貫く。

剣が手から離れ音を立てて地面に落ちる。

クレイスの動きは完全に封じられ…それを見た分身たちは、なぜか一斉に攻撃をやめその場に立ち尽くす。


ディサイド「…四十五分か。これまでの中で最長だな。」


そして分身たちは次々に消えて行き、暗闇から本物のディサイドが現れる。


クレイス「っ…ディ、サイ…ド。」


クレイスはその名を呟く、己の倒すべき憎き敵。


ディサイド「これで検証は終わりだ、よくぞここまで耐えた勇者クレイスよ。貴様は歴代の勇者の中でトップの実力の持ち主だ。」


暗闇の中に拍手の音が静かに広がる。

その虚ろな目に、ディサイドの姿が写る。


ディサイド「これで、貴様の勇者としての役目は終わった。…これはほんの礼だ、本来ならば貴様が知ることはない世界の真実を語ってやろう。」


そう言ってディサイドは語り始める…この世界の物語を。


ディサイド「貴様は、我々魔族や魔物がどのようにして誕生しているか考えたことはあるか。」


ディサイド「…人間の『負』の感情が具現化したもの…それが我ら魔のものだ。」


クレイス「なにを…言って…。」


ディサイド「我々は闇より生まれる…。この闇は、貴様ら人間が感じた『負』の感情で構成されている。」


ディサイド「人間が悲しみ、怒り、嘆き、嫉妬し、憎しむことによって…それらは『負』のエネルギーとなり世界に蓄積されていく。」


ディサイド「元々人間は『正』と『負』の両方の感情を持つ…それらは本来、人間の中にあり続けるものであった。」


ディサイド「しかしこの世界では違った。…人間の感じる『負』の感情は流れだし、大地を穢すことによって『魔物』という存在を生み出した。」


ディサイド「『魔物』は『負』の感情が密になり具現化したもの…。そこに理性はなくただただ本能をむき出しにする。」


ディサイド「それゆえ魔物は獣の形をしているのだ。…人間をただ傷つける、そのためだけに。」


ディサイド「そして当然その中に、我もいた。…他とは違い、圧倒的な力を持っていたがな。」


ディサイド「魔物と人間が争う中、我だけが生き残り続けることができた…。その中で我は、人間を真似た。」


ディサイド「人の形となり、言葉を覚え、魔物たちを従えるようになっていった。」


ディサイド「…そして月日が経ち、『勇者』を名乗る者が我の前に現れた。」


ディサイド「我は勇者に殺され絶命した。人間はこれで世界が救われたと歓喜した。」


ディサイド「だが『我』という存在が消えることはなかった…我はそれより百年の時をかけ再生した。」


ディサイド「なぜそこにいるのか、初めは理解できなかった…。しかしそんなことはどうでもよかった。」


ディサイド「…人間を殺すことが出来るのなら、そのような些細なことは問題ではなかったからだ。」


ディサイド「生前の力や記憶は失っていたが、『感情』は失っていなかった。」


ディサイド「そうして我は再び殺戮を繰り返していった。」


ディサイド「その度に『勇者』が現れ、我は殺された。」


ディサイド「ある時、我は人間を観察するために人間のふりをして人間界に紛れ込んだ。」


ディサイド「そして数百年の時が経ち、魔物は極端にその数を減らした。」


ディサイド「従える者がいないただの獣を狩ることなど、人間にとっては造作もない。」


ディサイド「しかしそうして静観を続ける内に、人間は同士打ちを始めた。…『魔物』という、人間の天敵がいなくなったためだ。」


ディサイド「共倒れになっていく人間の姿を見るのは快感であった。…そして、人間が数を減らすのと比例し魔物は再びその数を増やしていった。」


ディサイド「圧倒的な数の敵を前にした人間は、その猛攻に対抗できるはずもなく簡単に追い詰められていった。」


ディサイド「…だが、そこにまた『勇者』が現れた。」


ディサイド「次々と魔物を駆逐していく勇者…我は危機感を覚え勇者に立ち向かい、そして敗れた。」


ディサイド「この時より人間は我を『魔王』と名付け、それを倒した英雄を『勇者』と呼ぶようになっていた。」


ディサイド「度重なる敗北により我は辺境の地に身を潜め、力を蓄えようと世界から『負』のエネルギーをかき集めた。」


ディサイド「そうして出来上がったのが…『闇』の塊であった。」


ディサイド「初めは石ころ程度の大きさではあったが、エネルギーを蓄積する内にそれは巨大になっていった。」


ディサイド「どこかでそのことを嗅ぎつけたのだろう…『勇者』が現れ我を殺した。」


ディサイド「そして勝利の余韻に浸っている勇者を、『我』は後ろから刺し殺した。」


ディサイド「その時勇者が背を向けていた『闇』の塊から、我は抜け出て再び地上に立っていたのだ。」


ディサイド「しかし生前ほどの力はなく、勇者を殺したあとは逃げるようにしてその地を離れた。」


ディサイド「しばらくして人間の話を盗み聞いたところ、勇者は『魔王と相打ちになり死亡した』と噂されていた。」


ディサイド「…『負』のエネルギーを集め一つに纏める内に、我は世界のエネルギーの強弱を感じることができるようになっていた。」


ディサイド「そのことを自覚したときは衝撃を受けた…圧倒的に劣勢だと思っていた『負』のエネルギーは、『正』のエネルギーとほぼ同等にあった。」


ディサイド「人間が『負』の感情を垂れ流すことによって『負』のエネルギーが大きくなり『魔物』が生まる…そして魔王を打ち倒そうとする『勇者』が現れ人々の希望となって『我』を殺す。」


ディサイド「そうすることによって『負』のエネルギーを浄化していき、『正』のエネルギーとのバランスを取る。」


ディサイド「…だが、次第にそのサイクルは形を変えていった。」


ディサイド「魔王を倒すことによって損失する『負』のエネルギーよりも、それによって人間が感じる幸福の『正』のエネルギーの量が勝っていったのだ。」


ディサイド「そうなっていくと、次第に人間は人間同士で殺し合うようになっていった。」


ディサイド「増えすぎた『正』のエネルギーを減らし、『負』のエネルギーを回復させようと…まるでそれが、世界の在り方であるように。」


ディサイド「そこで試しに我は再び現れた『勇者』を殺してみた…我が勇者に殺されたあとに。」


ディサイド「すると人間は、その数を極端に減らすことはなかったのだ。魔王が内包する『負』のエネルギーと、勇者が内包する『正』のエネルギーは…同等であったのだ。」


ディサイド「そしてその時より、『勇者』が誕生する年数はその数を伸ばしていった。」


ディサイド「それから月日を経たある時、我は勇者を殺すところを当時国を治めていた国王に目撃された。」


ディサイド「『殺されたはずの魔王が蘇り勇者を殺す』…その異様な光景に国王は恐れ戦き、そして我にひれ伏したのだ。」


ディサイド「以降、勇者を殺害するのは人間の役目となった。当時の国王は、よほど我を恐れたと見える。」


ディサイド「特殊な暗殺部隊を用いて、魔王を討伐したあとの勇者並びにその仲間を内密に処分するよう…国王は王宮に仕える者に言い渡した。」


ディサイド「そこには当然、国王の子孫もあった。…そしてその習慣は代々に渡り受け継がれていった。」


ディサイド「『勇者』が現れた際には必ず国王に会い、その旨を伝えなければならない。…国王は新たな規律を作った。」


ディサイド「そして魔王を倒した勇者を手厚くもてなし殺害する…。民衆には事実を伝えず、その者たちを英雄に祭り上げた。」


ディサイド「時に暗殺にしくじる事もあったが、その時は我がその役目を担った。」


ディサイド「こうして循環の流れを少し変え、二つのエネルギーは均衡を保っていった。」


ディサイド「だが、次第に我は耐えられなくなっていた…同胞が殺されることに。」


ディサイド「目の前で散りゆく仲間たち…しかしそれを駆逐する勇者に敵うことはなく、我は殺される。」


ディサイド「いつしか我は、生前の記憶も引き継げるようになっていた…。我が初めてこの世に誕生したことも、その全てを今は振り返ることができる。」


ディサイド「悲しみに暮れたある時、我は国王と会い提案を申し入れた…『勇者が現れても、決して出陣させるな』と。」


ディサイド「我は魔物たちに、人間を傷つけてはならないと命じ…その旨を国王に伝えた。」


ディサイド「国王は快く引き受けくれた…勇者が名乗りを上げても、国を出ることを禁じた。…しかし。」


ディサイド「『勇者』は国を飛び出し、我を見つけ出し殺した。国王の命令に背いて…。」


ディサイド「国王は、その者を英雄として祭り上げた。…当然であろう、民衆の前でその者を罰すれば反感を買う。」


ディサイド「復活した我の目の前で、国王は自害した…償いをするために。」


ディサイド「我が止める間もなく…国王は自らの心臓を剣で貫いた。」


ディサイド「…それから我は、勇者と共存するべく模索した。」


ディサイド「勇者と話し合い停戦協定を結ぼうとしたが、無駄だった。ならばと思い隙を突いて拘束し地下牢に閉じ込めたが脱獄し、結局は我は殺された。」


ディサイド「どれほど策を練ろうとも、実行しようとも…ただの一つとして成功するものはなかった。『勇者』は、いかなる状況下においても…『魔王』を倒す、根本にあるものは変わらなかった。」


ディサイド「…そこで我は考えた。『我が殺されるまでの間に同胞が消されるのであれば、まず最初に我を殺させればよいのではないか?』とな。」


ディサイド「そしてそれは見事に成功した。名乗りを上げた勇者に真っ先に切り捨てられることによって、同胞たちの命は助かった。」


ディサイド「しかしそこで予期せぬことが起こった…王宮が口封じのため勇者の『仲間』も暗殺したことにより、『負』のエネルギーが『正』のエネルギーよりも巨大になってしまったのだ。」


ディサイド「魔物たちの気性は次第に荒くなり、制止する我の言葉を振り切りついには人間を襲い始めた。」


ディサイド「勇者たちとの戦闘を回避しようとする中で、魔物はその数を増やしていた。…我にそのもの達を止めることはできなかった。」


ディサイド「人間の半数が、魔物によって駆逐された。『負』のエネルギーが爆発的に大きくなること感じた我は…同胞を殺していった。」


ディサイド「魔物の数が両手で数えられるまで減ると、世界は落ち着きを取り戻した。」


ディサイド「我は国王に会い謝罪しようと王宮を訪れたが…国王は、すぐさま我にひれ伏しこう言った。」


ディサイド「『どうかお怒りをお鎮めください、我々はあなた様に忠誠を誓う身…要求は全て飲みます、ですから我々に慈悲をお与えください。』…と。」


ディサイド「国王が、王子が、姫が、大臣が、役人が、兵士が、使用人が…赤子を抱いた婦人までもが、泣き喚く我が子を床に置き頭を下げた。…我はいつしか『神』として、恐れられていた。」


ディサイド「我は言葉を発することができなかった…。しばらくの静寂ののち『国を再建させよ』とだけ言い残し、我は王宮を去った。」


ディサイド「手を差し伸べることすら叶わなかった我は、この失態を取り戻そうと策を練った。」


ディサイド「そして我の中にある『負』のエネルギー、それを増幅させればとの考えに行き付き実行した。」


ディサイド「結果、それは失敗であった。『負』のエネルギーを増幅させた我は暴走し、どす黒い感情を抑えることができなかった。」


ディサイド「すぐさま『負』のエネルギーを吐き出し正常に戻ったが、我は途方に暮れた。これ以上の策はなかったのだ。」


ディサイド「ならばと思い、我は勇者に殺される『寸前』に『負』のエネルギーを増幅させた。…結果は、語らずとも分かるであろう。」


ディサイド「あの城にて、クロが呪文を唱え我を死に追いやる瞬間…我は『負』のエネルギーを取り込み灰へと消えた。…体が黒く染まったのは『負』のエネルギーを取り込んだ副作用のようなものだ。」


ディサイド「この作戦は功を奏し、以降は目立ったトラブルもなく我と勇者の殺し合いは続いた。」


ディサイド「その頃から我は城を構えるようになり魔物たちを住まわせた。…だが、このまま数が増え前回の二の舞となるやもしれん。そこで我は『魔』の『者』を作った。」


ディサイド「『魔族』はその時より誕生した。我と同じ人の形をしたその者たちは配下となり、我の命令に従った。」


ディサイド「管理体制は着々と整い…魔物も、そして魔族もその数を増やしていった。」


ディサイド「喜びを感じると共に、我は恐れを抱いた。一歩間違えればかつてのように同胞を失う…自らの手で、殺めなければならなくなる。そうならない保証はない、と。」


ディサイド「故に、筋道を描いた。…『勇者』が現れ『魔王』を倒すまでの道のりを、演出したのだ。」


ディサイド「我が新たに現れる勇者に抗うことはできない…ならばそれを軸に物語を作り上げれば良い。人間界と魔界、双方の世界が平和であるように…その犠牲は少なくていい。」


ディサイド「貴様らが魔界で出会った魔族、魔物…その大半が、我の作り物だ。貴様らがディバルバによって散り散りになった時に起きた出来事も、物語を円滑に進めるため。」


ディサイド「ディバルバとウェロル、この二人は我に忠誠を誓う結魔…ディバルバが勇者から仲間を引き離し、その仲間にウェロルが魔術を与える。…そしてその魔術を与えられた者が我を殺す。」


ディサイド「今回もスムーズにことが進んだ、貴様の付き人のクロは貴様に大層懐いていたからな…この役どころを任せる役者としてはうってつけであった。」


ディサイド「…これが、貴様が見ていた世界の真実だ。」


ディサイド「貴様があの時、城で相対した時…我の言葉を聞き入れ大人しく引き下がっていれば、このようなことにはならなかった。」


ディサイド「…いや、例え引き下がったとしてもそれは策があってのことだろうな。再び対面することに変わりはなかったであろう。」


クレイス「…。」


到底信じられるものではなかった。

絶対悪と信じていた魔王が世界を操っていた。

しかも魔王という存在が消えることはない…過去に勇者が自分と同じことをしたが、それは魔王も同じであった。

『勇者』は魔王を倒し、『魔王』は蘇る…そんな鼬ごっこのような出来事がこの世界では繰り返されていた。


クレイス「…貴様の言葉など、信じられるものか。」


話を聞く内に多少なりとも回復したクレイスはディサイドを睨みつける。


ディサイド「…。」


クレイス「最初に出会った時も、そうだった…。貴様は、自分に都合のいいことしか口にはしていない。」


クレイス「今の話もそうだ。…貴様の言葉が事実だとするならば…真にこの世界を救っているのは、貴様ではないか。」


クレイス「そのようなこと…あるはずがない。貴様がこの世に存在する限り、争いは無くならない。貴様が消えれば、世界は平和になる。」


クレイス「…だが、なぜだ。なぜ今の話を聞いて、私は納得しているのだ。」


クレイス「まるで、それが事実であるように。…それが、世界の真理であるように。」


怒りの表情が、困惑に変わる。


ディサイド「…我は事実しか口にはしない。しかし貴様が否定するのも無理はない。魔王に憤り剣を振るう…それが勇者の役目であるからな。それを阻害しかねない思想や情報は拒絶される…それが世界の理であるように。」


クレイス「貴様が言っていた盲信の勇者とは、こういうことなのだな…。…都合のいいことを信じていたのは、私の方だったか…。」


そして困惑から悲しみへと、変わっていく…。


ディサイド「貴様がこの世に生を受けた瞬間、世界は貴様を選んだ。どのような道を進んだとしても、貴様はその手に剣を持ち我を殺さんとして立ち上がったであろう。」


クレイス「そして今、私はこうして貴様の前にいる…。…貴様に殺されるために。」


ディサイド「そう、ここで我が貴様を殺すことによってこの物語は終わりを迎える。…命を賭して魔王を倒した稀代の英雄、勇者クレイス・バーミリオットとして…後世に伝えられる。」


クレイス「…私が死ねば、世界は救われるのだな?」


ディサイド「救われはしない、永遠に。…だが、今を生きる者たちを救うことはできる。」


クレイス「ならば答えは一つだ。…私を殺せ、魔王ディサイドよ。」


ディサイド「…。」


クレイス「私の命で国民を救えるのなら喜んで差し出そう…。元よりその覚悟は出来ていた。」


クレイス「父上には申し訳ないことした。…私は、とんだ親不孝ものだ。」


ディサイド「最期に言い残すことはあるか。」


クレイス「…山ほどあるさ、とてもこの場では言い切ることはできない。だが強いて言うとするならば…ディサイドよ。」


ディサイド「なんだ。」


クレイス「真実を聞かせてくれて感謝する。何も知らないままに終わるより、今の方が遥かに清々しい。…それと。」


クレイス「これからも、世界を導いてくれ。そして、私の跡を継ぐ者が現れたら…出来ることなら同じように世界の真実を教えてやってくれ。」


ディサイド「…約束はできん。この先、世界が崩壊しないとも限らない。」


クレイス「…そうさせないために、貴様がいるのだろう。」


ディサイド「…。」


クレイス「仲間を思い守りたいと思うのは…ディサイド、貴様も同じであろう。…ならばそうあり続けるのだ、それが私の最期の願いだ。」


ディサイド「…分かった。」


短い言葉と共に、ディサイドはその右手を刃に変える。

それを見てクレイスは微笑む。


クレイス「…ようやく、民のために死ねる。こんなに幸せなことはない。」


その顔は、『死』を迎える者としては…あまりに穏やかであった。


ディサイド「クレイス・バーミリオットよ、貴様は最期まで勇者で在り続けた。…貴様の思い、私が引き継ごう。…さらばだ。」


黒き刃が心臓を貫く。

吸い込まれるように、なんの抵抗もなく突き刺さる。

瞼は次第に重くなり意識が遠のく…視界が闇へと染まっていく。

薄れゆく意識の中、クレイスは今までに出会った人々の顔を思い浮かべる。

その人々に感謝しながら、その人々の幸せを願いながら…。

残酷な運命を背負わされたクレイス・バーミリオット。

若き英雄の命はここで散りゆく。

希望と共に、絶望と共に…。

その死に顔はどこまでも美しく、慈愛に満ち溢れていた…。


…。


暗闇が晴れ、そこに立っているのはディサイドただ一人であった。

クレイスの亡骸を見つめるディサイド、その背後から伸びる影が二つ。


ディサイド「此度の物語は幕を下ろした。…ご苦労であったな、レット・クラウディ…そしてメルティナ・バランマーよ。」


レット「それはこっちのセリフっスよ、ディサイド様。オレっちたちは、自分に出来ることをしたまでっスから。」


メルティナ「レットの言う通りです。一番尽力なさったのは、他ならぬディサイド様でございます。」


ディサイド「いや、お前たちの働きがなければこの物語は最後まで紡ぐことはできなかったであろう。」


メルティナ「勿体無きお言葉。…これから城へお戻りになられますか。」


ディサイド「最後に国王の元へ行き挨拶をしてくる。お前たちは先に帰還して構わないぞ。」


メルティナ「いえ、身の程を弁えず申し上げるならば…ディサイド様と同行したく存じます。」


レット「オレっちも折角なんで一緒してもいいっスか。…当面の間、人間界とはお別れっスから。」


ディサイド「では付いて来い。…帰ったら、宴を催すぞ。」


レット「うっはー!めっちゃ楽しみっス!」


メルティナ「わたくしも少々、羽を伸ばしましょうかね。」


和気藹々と歩き出す三人。

…この時を以って、勇者クレイスの物語は幕を閉じる。

静かに、仲間と共に眠りにつく。

後に伝わる勇者クレイスの英雄譚…そこに描かれる勇姿は正に、勇者と呼ぶに相応しいものであった。

ここまでの閲覧、誠にありがとうございます。

主人公クレイスが魔王ディサイドに殺されてしまいましたが、まだ物語は続きます。

次章…というか次回は、「episode reverse」と題しまして、これまでの戦いの裏で何があったのか補足的な形で魔王側の話を載せようと思いますので、よろしければそちらもご覧いただけますと幸いです。


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