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to decide  作者: 村瀬誠
第四章:世界を操る者
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第一話:帰還

アキナ「ねえクレイス、向こうから魔族が!」


クレイス「くっ、こんな時に…っ。」


崩壊した城の方から魔族の軍勢が押し寄せてくるのが見える。

恐らく魔王が予めどこかに待避させておいたのだろう、優に一万を超えるであろう魔族及び魔物たちがクレイスたちに向け進軍してきていた。

魔王と戦う前のクレイスならば、これらに臆することなく立ち向かったであろう。

しかし今は意識を失った負傷者を抱えている…逃走する他選択肢の選びようもない。


クレイス「急ぎこの場を離れるぞ。」


アキナ「やっつけないの!?あたしも加勢するわよ!」


威勢よくそう言い放つアキナであったが、クレイスが静かにそれを諭す。


クレイス「…本来ならばそうしたいが今は無理だ。それにアキナ、お前も薄々気が付いているだろう。魔法が思うように使えないと。」


アキナ「そ、それは…。」


クレイス「魔王城を脱出する際瓦礫などを破壊しながら進んでいったが、魔力変換が著しく非効率になっていた。…魔王の使用していたあの魔法、恐らくは魔力を体内に流し込む作用も働いていたのだろう。私たちの体は今、魔王の魔力によって毒されてしまっている。この状態であれだけの軍勢と戦うのは無理だ、ここは撤退して安全を確保するのが先決だ。」


あの処刑場にてクレイスたちは風を浴び、押し潰され、激流に飲まれ、電撃を受け、風の刃で切り刻まれた。

あれは全て単なる魔法攻撃ではなく、魔王の魔力でクレイスたちを侵すためだったのだろう…麻痺毒に似たそれは著しく体内の魔力に干渉していた。


アキナ「…分かったわ。でも、クロはどうするの?」


物言わぬ傀儡と成り果ててしまったクロ…この場に捨て置くことが最善と分かっていても、それができるクレイスではなかった。


クレイス「逃げるだけならば問題ないだろう。…すまないクロ、少々乱暴になってしまうが許してくれ。」


クレイスは再びレットとクロを背負い、アキナはメルティナを背負い追ってが追いつく前に逃走を始めた。

飛行魔法を使い一気に距離を稼ごうとしたが、魔王の魔力に侵された体はクレイスが思っていた以上に自由が利かず、飛行速度は極端に落ちていた。

途中、どこかの物陰にでも身を隠そうかと相談もしたが、かつてクレイスたちが立ち寄った村は既にその姿を消していた。

他に身を隠そうにもここは魔界、環境に適応できなかった植物たちはとうの昔に枯れ果て緑はなく、山の裏手に避難しようとも今のクレイスたちでは確実に追いつかれてしまう。

安全に避難できる場所を模索し続けたが結局身を隠せる場所は見つからず、ついに結界の毒霧の森林が見えてきた。


アキナ「どうするのクレイス、このままじゃ振り切れない。毒霧に突っ込む?」


クレイス「呑気に魔界を探索する状況ではないしな、ここは一旦人間界に戻って父上に報告しよう。…魔界にはまた来れる、その時までしばしの別れだ。」


アキナ「そうね、魔王を倒すことができただけでも十分よ。今はとにかく逃げましょ。」


クレイス「ああ、魔族たちもこの結界の中にまでは入ってこれまい。」


地上に降り、クレイスたちはバリアを展開し毒霧の森林へと足を踏み入れた。

十分ほど歩いたところで、後方に魔族や魔物の気配がないか一度確認するため立ち止まる。


クレイス「…やはり魔族はこの森林にまでは入ってこないようだな、気配を感じない。」


アキナ「念のためもう少し進みましょ。」


クレイス「ああ。」


それから一時間ほどかけ、クレイスたちは森林の中を歩いて行った。


クレイス「ここまでくれば大丈夫だろう、一旦ここに寝かせよう。」


アキナ「ええ、じゃあバリア固定しちゃうわね。」


クレイス「…ああ、頼む。」


アキナ「…クレイス、大丈夫?顔色悪いみたいだけど。」


クレイス「…流石に限界かも知れない。魔王の魔力がよほど受け付けないのだろう、足を踏み出す度にどす黒い何かが体の中を這い回るような不快感が拭えない。」


光の属性を操るクレイスは、この中で誰よりも魔王の魔力に強く侵されていた。

闇の象徴たる魔王の魔力は、その輝きを消そうとクレイスの中で猛威を振るう。


アキナ「あたしも似たような感じだけど、クレイスの方が辛そうよ。早く横になったほうがいいわ。」


クレイス「すまない、あとは頼む…。」


アキナ「ええ、もし追っ手が来ても追っ払ってやるわ。」


クレイス「頼もしいな…。では、少し横になる。」


アキナ「ゆっくり休んで頂戴。」


クレイスはレットとクロをそっと下ろすと自分も横になり目を瞑った。

体に残る拒絶反応故に素直に眠れるか心配であったが杞憂だったようで、すぐに意識は遠くなり眠りに就いた。

アキナもそんなクレイスを横目にメルティナを横たえる。


アキナ「(…いつもなら気を張って自分も起きてるとか言い出すのに。やっぱりきつかったのね…。)」


アキナ「(レットとメルティナもまだ目を覚まさないし、あたしがしっかり見張ってないと。)」


アキナ「(そうだ…何か食べるものでも用意してようかしら。城に潜入した時から何も口にしてないし、クレイスが起きたら一緒に食べましょ。)」


何よりもまずは回復が優先と、アキナはなるべく音を立てないように調理を始めた。


…。


クレイス「(ん、この匂いは…。)」


それから二時間後、程なくしてクレイスは目を覚ました。


アキナ「あ、クレイス起きた?」


クレイス「ああ。…見張り、任せきりにして悪かったな。」


アキナ「別にいいわよ。それよりご飯用意してあるんだけど、食べれそう?」


クレイス「…そういえば腹が減っているな。気が付かなかった。」


気分が優れないとは言え、その体は正直に空腹を訴えていた。


アキナ「良かった、それじゃあ盛るわね。いつも通りのスープだけど、パンも食べる?」


クレイス「一つ貰おう。」


アキナ「はーい。おかわりもあるから、食べれそうなら遠慮なく言ってね。」


…。


クレイス「…やはりアキナの作る食事は旨いな。」


アキナ「どうしたのよ、急に。」


クレイス「いや、ふと思ってな。…ありがとうな、アキナ。私に付いて来てくれて。」


アキナ「な、なによ。褒めても何も出ないわよ。」


クレイス「感謝しているのだ。アキナがいなければ、私は今ここにはいないだろう。」


アキナ「でもあたし、戦闘では何の役にも立たなかったわよ…。」


クレイス「それでも、今こうしてアキナがここにいる…。それだけで私は嬉しいのだ。」


アキナ「クレイス…。」


そこでアキナは気付く。

クレイスの視線がクロに向けられていることに。


クレイス「レットも、自分に出来ることで私たちに道を印してくれた…。」


クレイス「メルティナは…時折暴走することもあるが、その存在が安心感を与えてくれた。」


クレイス「アキナにはいつも頼りっぱなしだった。食事を用意すること然り、皆をまとめる事然り…。」


クレイス「そして、クロも…。」


アキナ「…。」


クレイス「…クロは、常に私と共にいてくれた。王宮に招き入れた私に恩を感じ、私に尽くそうとしてくれた。」


クレイス「今回もそうだ。魔王を絶命させたあの魔術、恐らくあれは使用者の命を捧げることによってその効果を発揮するのだろう。…クロは私の願いを叶えるために、その命を捧げてくれたのだ。」


クレイス「ウェロルなる者から学んだという魔術。それは、術式さえ理解していれば誰でも扱うことができるからな。」


アキナ「でも、クロから聞いた中に、あの時使った魔術はなかった…。」


クレイス「その代償を、他の者に背負わせたくなかったのだろう。」


アキナ「…クレイス?」


クレイスはクロの横に座り、その冷たくなった頬に手を添える。


クレイス「…本来ならば、この功績を称えるべきなのだろうな。」


アキナ「…。」


クレイス「自らの命と引き換えに魔王を討ち取ったクロは、紛うことなき英雄だ。」


クレイス「だが、私は思わずにはいられない。…なぜ、クロなのだと。」


奥の手として隠していた五つ目の魔術…その存在を、クロはクレイスたちにすら話すことはなかった。

言えばその魔術の使用を禁じられると分かっていたから。

言ってしまえば、その魔術を仲間の誰かが使ってしまう可能性があったから。

…だからクロは、その魔術をクレイスたちに打ち明けなかった。


クレイス「私が命を落とすならば本望だ、そうすることで魔王を倒すことができるのなら私は喜んでこの命を捧げよう。」


クレイス「仲間が傷つくことも覚悟していた…。敵に殺されたとしても、その思いを引き継ぎ背負っていこうと。」


クレイス「だが、クロよ。これでは…魔王に憎しみを抱けないではないか。これで私たちが無事に帰れなければ、それこそお前のしたことが無駄になってしまう。」


クレイス「人間に敵意を持った魔族はごまんといる、私たちが相手にするべき者はまだ多く残っているのだ。」


クレイス「しかし、それらを討つ気にはなれない。今、私の心は憎しみではなく悲しみに溢れている。」


常に勇者であろうと覚悟を決め、かつての勇者に憧れそれを演じてきたクレイス。

しかし自ら死を選択した仲間を…その犠牲をただの代償としてみることはできなかった。

仲間の死をも背負い突き進んでいくと、そう心に誓ったはずなのに…。

顔を俯けるクレイスの瞳からは、涙が止めどなく溢れる。


クレイス「すまない、クロよ…。私が未熟なばかりに、お前を死なせてしまった。」


クロが死を選ぶことでしか、あの状況は切り抜けられなかった。

犠牲の上に成り立つ勝利…それは初めから覚悟していたことだが、その選択をさせてしまったことに後悔を覚えないはずもない。


アキナ「…。」


アキナは静かにクレイスの横に座り、その体を優しく包み込む。


クレイス「…アキ、ナ?」


アキナ「いいのよクレイス。仲間が死んで悲しくないやつなんかいない。…あたしだって、悔しいもの。」


アキナ「だから今は、今だけは存分に泣きなさい。あたしがそばにいるから。」


クレイスはその身をアキナへ委ね、静かに声を上げる。

溢れる感情が溢れ尽くすまで、その涙が止まることはなかった。


…。


アキナ「…落ち着いた?」


クレイス「すまない、情けないところを見せてしまったな…。」


アキナ「ちょっと可愛かったわよ?」


クレイス「や、やめてくれ。私は仮にも勇者だぞ。」


アキナ「いいじゃない、あたしたちの前でくらい弱気なところ見せても。」


クレイス「仲間の前でこそ気丈でいたいのだ。…私は、皆の前に立ち平和へと導かなければならないのだから。」


アキナ「もう魔王は倒されたんだし、そんなに堅苦しくしなくていいんじゃない?」


クレイス「それとこれとは話が別だ。むしろ魔王が倒された今こそ厳格であらねば、国民に示しが付かない。」


アキナ「ふーん、さっきまで散々あたしの胸で泣いてたのはどこの誰かな~?」


クレイス「うっ…。」


アキナ「ほら、服だってこんなに汚れちゃってるし。」


クレイス「…。」


アキナ「そんな人にお堅いこと言われても、説得力ないわよね~。」


服を摘み、汚れた箇所を見せつけるアキナ。

未だに意地を張り続けようとするクレイスも、それが無駄だと悟り…。


クレイス「ゆ、許してくれ…。私の負けだ。」


アキナ「別に勝ち負けを決めたいわけじゃないんだけどねー。…ま、このくらいにしておきましょ。」


クレイス「許してくれるのか…?」


アキナ「んー、そうねぇ。…じゃあ、膝枕して。」


クレイス「膝…枕?」


アキナ「そ、膝枕。あたしもそろそろ限界だから休みたいのよ。だから、膝貸してちょーだい。」


クレイスはなぜ突然そんなこと言い出すのかと疑問に思ったが、その答えに瞬時に辿り付き己の察しの悪さを呪う。

アキナはこの時まで休息を一切取っていないのだ。

魔族の軍勢から逃げこの森林に身を置いてから既に半日が経とうとしている。

魔王との戦闘による疲労も溜まっているはずだが、アキナは落ち込むクレイスに疲れを見せることなく振る舞っていた。

誰かいっそのこと罵ってくれとも思ったが…自分が身勝手でいられる時間はもう終わりと己を戒め、その提案を受け入れる。


クレイス「…分かった、その程度ならお安い御用だ。」


アキナ「足が痺れても下ろしちゃダメよ?」


クレイス「アキナが目覚めるまでは、なんとしても耐えよう。」


アキナ「うむ、よろしい。」


…。


クレイス「(…よく眠っているな。)」


あれから程なくしてアキナは眠りに就いた。

クレイスはそんなアキナの顔を見つめていた。


クレイス「(私が回復するまで代わりに皆を守ってくれて、ありがとう。今はゆっくり休んでくれ。)」


クレイス「(…まだ、レットとメルティナは目覚めないか。)」


メルティナは自身の治癒能力が優れているためか、ディサイドから受けたはずの傷は既に感知しており、レットもまた薬草などを用いてこの場でできる限りの処置は施している。

あとは二人が目覚めるのを待つだけである。


クレイス「(体の中にある魔王の魔力をどうにかしなければな…。メルティナならば、どうにかできるかもしれないが。)」


クレイス「(…目覚めを待とう。しかし体を休めたら少し楽にはなったが、今のままここを動くのはやめておいた方がいいだろうな…。)」


クレイス「(まったく、魔王もとんでもないものを残してくれたものだ。死してなお歯向かってくるとは。)」


それから六時間、クレイスは約束通りアキナが目を覚ますまで膝枕を続けるのであった。


アキナ「…ん、クレイス…?」


クレイス「起きたか…気分はどうだ?良く眠れたか?」


アキナ「おかげさまでぐっすりよ。…どのくらい寝てた?」


クレイス「私の足が悲鳴を上げ始めてから随分経ったからな…。かれこれ六時間くらいではないか?」


アキナ「そんなに!?その間、ずっとその姿勢だったの!?」


クレイス「…?何を驚く。アキナが目覚めるまでこのままでいると言ったではないか。」


アキナ「そ、そうだけど。あたしがっつり寝ちゃったみたいだし…。だ、大丈夫なの?」


クレイス「今は足の感覚が全くもって皆無だ。このまま姿勢を崩すのは少々怖いな。」


アキナ「えっと…そーっとよ、そーっと…。」


クレイス「うむ、そーっと…。」


…足を崩したクレイスはそれから一時間ほど声無き声を上げ悶え続けた。

流石のアキナも申し訳ないと感じたらしく、何か出来ることはないかとも思ったが…クレイスに手を貸して足の痺れがどうにかなるものでもないため早く痺れが治るようにと必死に願った。

そしてようやく足の痺れも治ってきた頃、二人はこれからの方針について話し合う。


クレイス「これからのことだが、もうしばらくはここに留まっていようと思う。」


アキナ「そうね、あたしたちも全然調子良くならないし。」


クレイス「早く二人が目覚めてくれれば良いのだが…。」


レットとメルティナに目線を送るが、目覚める気配は一向にない。


アキナ「…それにしても、この魔王の魔力しつこいわね。いつまで体に残ってるのよ。」


クレイス「多少強引でも構わないから魔力抜きができればいいのだが、レットでないと難しいだろうな。」


アキナ「メルティナの手を借りて浄化しようともしたけど上手くいかなかったわね…。」


クレイス「傷や毒と同じようにはいかないのか、あるいはメルティナの意志がなければそれができないのか…。」


アキナ「でも、凄いわよね。城を抜け出す時はあたしたちと同じく傷だらけだったのに、もう治ってるなんて。」


クレイス「不思議な力だ…。だからこそ、メルティナが仲間になってくれて非常に心強かった。安心して前線に立てたからな。」


アキナ「クレイスは何でもかんでも自分でやろうとしすぎなのよ、もうちょっとあたしたちに任せてもいいんじゃない?」


クレイス「こればかりは性分だな。好奇心に駆られて後先考えずに首を突っ込む…昔からそんな性格だったのだ。」


クレイス「思えば、勇者を目指そうと思った時もそうだったな。」


アキナ「そういえば聞いたことなかったわね。ねえ教えてよ、なんで勇者を目指そうと思ったの?」


今までにその話題が出なかったのが不思議なほどだった。

別段隠そうとしていたわけでもないため、クレイスは自分が勇者に憧れたきっかけを語りだす。


クレイス「幼き頃、パスティーユという私の叔父の屋敷に訪れることが幾度かあった。」


クレイス「その時、退屈していた私は叔父上に案内され書斎に招かれた。」


クレイス「そこには多くの書物があり、ここにあるものなら好きなだけ読んでいいと言われたのだ。」


クレイス「その中に、勇者に関する逸話が書かれた本があったんだ。…それが、私が勇者に興味を持ったきっかけだった。」


クレイス「その本に書かれていた話は空想の物語だったのだが、私はその勇姿にすっかり魅入られてしまってな…叔父上に、もっと勇者に関する本はないかと尋ねたのだ。」


クレイス「すると叔父上は喜んで私を屋敷の書庫へ案内してくれた。」


クレイス「そこには勇者に関する書物が山のように眠っていた。」


クレイス「私は興奮を抑えられず、手近にある本を手当たり次第に読みあさっていった。」


クレイス「…だが、そのことを知った父上は、急遽予定を切り上げ私を王宮へと強引に連れ戻したのだ。」


クレイス「それ以降私が叔父上の屋敷に行くことは禁じられてしまったのだが、一族の会合などで叔父上が王宮に招かれた時などに叔父上が勇者に関する本をいくつか持ってきてくれてな。」


クレイス「父上に隠れてそれを読むのが習慣となっていた。」


クレイス「…長くなってしまったが、要は勇者という存在に憧れを抱いたのだ。」


クレイス「民を苦しめる魔物を駆逐し、その長たる魔王を成敗する…。」


クレイス「正義のため悪に立ち向かう。…幼き私は、勇者の魅力に取りつかれてしまったわけだ。」


アキナ「へえ、そんなことがあったのね。今その人はどうしてるの?」


クレイス「…使用人に毒を盛られて亡くなってしまった。あれほど人の良い叔父上が、使用人に不満を抱かせるとは考え難いが…。結局使用人は、何故叔父上を殺害したかを明かすことなく処刑された。」


アキナ「ごめんなさい、まさか亡くなってるなんて…。」


クレイス「いいのだ、叔父上の志は私が受け継いでいる。叔父上亡き後、叔父上が所有していた書物の大半を私がこっそり拝借してな。」


アキナ「それって国王に内緒でってことでしょ?…なんでそんな。」


クレイス「…父上は、私が勇者に憧れることをあまり快く思っていないのだ。」


クレイス「『勇者に関することは、いずれ私から話す。その時が来るまでお前は勇者とは関わるな。』…と言っていた。」


クレイス「私が勇者として魔王に挑みたいと言った時も反対されてしまったな。」


アキナ「…それでよく勇者になれたわね。」


クレイス「最初は、言うだけ言ってしまって王宮を抜け出し、勝手に仲間を集めて魔界を目指そうと思っていたのだがな。」


クレイス「父上と話す内に、考えを改めてな。…私はディーゼロッテ王国の王子だ、その立場を一時の感情で放棄してしまったら国民はどう思うだろう。誰も、そんな勇者についていこうとは思わないだろう。」


クレイス「更に父上からは王宮内の者を仲間にすることは禁じられていたからな。国民は、私という存在は知っているがその人柄までは分からないだろう…。身分を証明するということで相手の信頼を得る…父上は、そこまで考えて私によく考えよと言ってくれたのだ。」


アキナ「そっか。…いい国王ね。」


クレイス「ああ。…多少の犠牲は出てしまったが、こうして魔王を倒すこともできた。少しは親孝行になるといいが。」


アキナ「そこは『国民のため!』じゃないのね。」


クレイス「それもある。元は、国民が魔物の驚異に怯えることなく過ごせる平和な国作りの為だからな。」


そんな勇者に憧れたきっかけを話し終わっても尚、クレイスは語ることをやめなかった。

話題はなんでも良かったのだ…胸に感じる痛みを紛らわすためならば。

アキナも、そんなどこか余裕のないクレイスを見てそれを察し、積極的に話題を提供した。

そうして二人は何もすることのできない時間を過ごしていく…己の無力さを、心の奥底で感じながら。


…。


翌朝、目を覚ました二人は、まだ体調が回復していないことに落胆していた。

体内に残る魔王の魔力は未だ抜けきらず、その身に感じる不快感は拭えなかった。


アキナ「朝ご飯は昨日のスープの残りだけど、いい?」


クレイス「ああ、構わない。」


アキナ「パンはどうする?」


クレイス「二つ貰おうか。」


アキナ「はーい。…体はこんなでも、お腹は空くのね。」


クレイス「食べられる時に食べておくのが一番だ。いざという時に動けない。」


アキナが鍋に火をかけると、次第に食欲をそそるいい匂いが立ち上り鼻腔をくすぐる。

それによってクレイスたちの体は更に空腹を訴える。

そんな人間の本能とも言える欲求を刺激された者が…もう二人ほどいた。


レット「…っ!…あれ、ここどこっスか?」


メルティナ「う~ん…。」


クレイス「…レット?」


アキナ「メルティナ?目を覚ましたの!?」


レット「あれ、クレっちとアキナっちじゃないっスか。」


メルティナ「…確かわたくしたちは、魔王と…。」


アキナ「…良かった。あ、どこか痛むところとかない?具合は?」


メルティナ「はい、わたくしはなんともありませんが。」


レット「オレっちもなんともないっスね!なんか体中から臭う薬草の臭いのを除けばっスけど!」


意識を取り戻したばかりではあったが、二人の顔色を見るにあまり心配はなさそうだった。


メルティナ「あら、クロさんはまだお目覚めになっていないのですね。」


未だ横たわったままのクロの方を見てメルティナが呟く。

ただ眠っているだけ…そう捉えるのがこの場合の正しい反応なのだろう。

…しかし、この時に限って言えばそれは全くの見当外れであることを、クレイスとアキナは知っていた。


クレイス「…そのことについてだが。」


レット「?なにかあったんスか?」


アキナ「…話すと長くなるから、ご飯のあとにしましょ。もうちょっとで朝食の準備、出来るから。」


クレイス「そうだな…。」


目を覚ました二人を加え朝食を食べたあと、クレイスとアキナはこれまでの経緯を二人へ説明した。

レットとメルティナが気絶したあとクロが魔術を使い魔王を倒したこと、それによりクロが絶命したこと、戦闘の際に魔王の魔力を体内に取り込んでしまったこと、そのせいでここ毒霧の森林に留まっていること。

その全てを説明し終わるには、いくらかの時間を要した。


…。


レット「オレっちたちが気絶してる間に、いろんなことがあったんスね…。」


クレイス「ああ。」


メルティナ「クロさんは、わたくしたちに希望を見せてくれたのですね。」


アキナ「…意外と平気そうね。あれだけクロのこと可愛がってたのに。もっと取り乱すかと思ったわ。」


メルティナ「悲しいことは事実ですが、クロさんならば…とも思ったのです。わたくしたちはクロさんの分も含めて、これからのことを考えなければならないのです。」


クレイス「そうだな。…差し当たってメルティナに聞きたいのだが、この魔王の魔力を何とかすることはできないか?方法がなければ、レットに魔力抜きをしてもらおうと思うのだが。」


メルティナ「はい、わたくしにお任せいただければ。毒と同じように吸い出すことができます。」


アキナ「凄いわねあんた…。もう何でもありね。」


メルティナ「わたくしにもよく分かっていないのですけれどね、この力は。…ですが、皆様のお役に立てるならばなんでもいいと思っております。」


クレイス「ではメルティナ、頼む。全員となると、少々大変かもしれないが…。」


メルティナ「今まであまりお役に立てていないので、この程度何とでも致します!」


クレイス「心強いな。」


張り切るメルティナはクレイスたちの手を順々に取っていき、魔王の魔力を自らの体内へと取り込んでいく。

意識を集中させ体内に残る魔王の魔力を全て取り込んでいくため、一人一人にかかる時間もそれなりのものとなった。

しかしメルティナが触れているだけでも体に感じる不快感が薄れていくことを実感できるほど…クレイスたちは改めてメルティナの存在に感謝するのであった。


メルティナ「これで全員…ですわね。」


クレイス「ご苦労であった。…本当に、メルティナがいてくれて助かった。」


メルティナ「いえいえ、わたくしにもお役立てできることがあって嬉しく思います。」


アキナ「えっと、その魔力って外に出さなきゃいけないのよね?」


メルティナ「はい。…本来であればそのような見苦しい姿をお見せするのは非常に心苦しく思うのですが、そうも言っていられませんからね。」


クレイス「いや、私たちが背を向けている間に処理をすれば問題なかろう。」


アキナ「そうね。何だったら目隠しと防音の魔法かけてもいいし。」


メルティナ「お気遣い感謝します。…では、申し訳ありませんがそのようにご配慮いただけますと…。」


レット「仲間に遠慮なんて必要ないっスよ。誰だって秘密にしたいことくらいあるっスから。」


アキナ「あんたが言っても説得力ないけどね。」


レット「ちょっ、何言ってんっスか!オレっちにだって秘密くらいあるっスからね!?」


アキナ「はいはい、いいから後ろ向く!」


おざなりなその対応に納得のいかないレットであったが、ここはメルティナが優先されるべきとぐっと堪え背を向ける。

クレイスが目隠しと防音の魔法を三人にかけ、メルティナが魔力を排出し終わるのを待った。


…。


レット「で、これから王宮に帰るんスよね?」


クレイス「ああ、帰ってクロの葬儀もしてやりたいしな。」


メルティナ「魔界探索はまた日を改めて、ということですね。」


クレイス「メルティナのおかげで体調も万全に近い。今の状態であれば魔界を探索することもできるが、クロの亡骸を放置したままというのは気が引ける。」


アキナ「一番厄介な魔王はいなくなったんだし、一度王宮に戻ってからでも十分よ。」


こうしてクレイスたちは王宮へ帰還するべく毒霧の森林を歩き始めた。

物言わなくなったクロが背中からずり落ちないよう慎重に。

今自分たちがその仲間によって生かされていることを、その身に感じながら…。


…。


そうして毒霧の森林を進むこと約一ヶ月…魔界を訪れるため結界を越えてきた時よりもその歩みは緩やかだったため、未だ視界は白一色だった。


アキナ「ここら辺で一息入れましょ。みんなお腹すいたわよね。」


レット「賛成っス。…来る時もそうだったスけど、ここが一番面倒な結界っスねー。」


クレイス「砂嵐は地面の中を通ってきたがほぼ直線だったからな。」


メルティナ「氷山の時も、道なりは多少入り組んでいましたが魔法で飛んでいけましたしね。」


アキナ「他の三つに関しては、ホントに真っ直ぐ飛んでるだけで良かったしね。」


レット「…今思ったんスけど、砂嵐の時みたいに地面を潜っていけばよかったんじゃないっスか?」


ひょっとして自分たちは体力と時間を無駄に消費していたのではないか…?

そんな今更取り返しの付かないようなことを口にするレットであったが、クレイスはそれを否定する。


クレイス「いや、この大木の根がどの程度深く根ざしているか分からない…それにどの道地上に出なければそこが魔界かも分からないままだっただろう。」


アキナ「それにこれだけ木が密集してるのにどうやって地中へ潜るつもりよ。木を焼いても再生したの、忘れたわけじゃないでしょ?」


レット「あー、そういえばそうっスね~…。…あれ、もしかして分かってなかったのってオレっちだけっスか?」


アキナ「多分そうじゃない?メルティナは何か気になることがあったら聞いてきそうだし。」


レット「…そ、そうなんスか?」


半ばそれを否定して欲しくてメルティナに尋ねるが…。


メルティナ「魔法に関しては不得手であるため、それが可能であるか多少疑問には思いましたが…クレイス王子が何も手を打たないということはそういうことなのではないかと薄々…。」


アキナ「ほらね。…あんたってあんな装束作れるくらい頭良いのに馬鹿ね。」


レット「う、うっさいっスよ!たまたまっ、ちょーっと疑問に思っただけっスからぁ!」


アキナ「ほんとにぃ~?…別に隠さなくったっていいのよ。馬鹿が自覚出来るだけただの馬鹿よりマシよ?」


レット「それ、なんのフォローにもなってないっスよ…。」


こうしてレットが醜態を晒したところでアキナの調理が終わり食事となった。

食休めとしてその後軽く雑談を挟んでいたが、アキナがふとその違和感に気付く。


クロ「…っ。」


アキナ「…?」


クレイス「どうした、アキナ?」


アキナ「…ねえ、今クロ動かなかった?」


レット「そんなわけないじゃないっスか。散々みんなで確かめたんスよ?そういう冗談は良くないと思うっス。」


アキナ「冗談なんかじゃないわよ!今、確かに…。」


クレイス「…クロ?」


クロ「…お、はよう。」


そのあまりの衝撃的な出来事にクレイスたちの思考は止まる。

力なく横たわっていたクロが…魔術の代償と引き換えにその命を捧げ死んだと思っていたクロが。

突如むくりと起き上がり、その眠そうな眼を擦りながら…。


クロ「…おなか、すいた。」


そう、呟いたのだった。


…。


アキナ「お腹いっぱいになった?」


クロ「…うん。」


クレイス「さてクロ、説明してもらえるか?」


一体何がどうなっているのか、現状を把握できていないクレイスたちであったが…ひとまずクロの空腹が満たされるのを待ち、改めてクロに尋ねる。


クロ「…ん、はなす。」


クロ「…あのまじゅつは、つかうとしようしゃのせいめいかつどうをいちじてきにていしさせる。」


クレイス「それが、代償なのか…?」


クロは静かに頷く。


クロ「…じしんのすべてをささげることによって、たいしょうとなるもののいのちをうばう。」


クロ「…うぇろるのほんに、そうかいてあった。」


レット「要は、仮死状態だった…ってことっスよね?」


クロ「…かんたんにいえば?」


クレイス「…クロよ、なぜこのことを黙っていた。」


クロ「…。」


クレイス「戦場では一瞬の隙を晒すことで命の危機となる。…まして無防備な状態の相手を逃す馬鹿などいない。」


クレイス「それに私たちがお前の体を置き去りにして人間界へと帰還してしまったらどうするつもりだったのだ!魔族から上手く逃げ続けることができたとしても食料はいずれ尽きる…。そうなってしまってはただ餓死を待つばかりではないか。」


クロ「…レイにおしえたら、きっとだれかがつかうまえにつかったとおもうから。」


クロ「…だれにも、つかってほしくなかったから。」


アキナ「…クロ、あんた。」


レット「ま、まあまあいいじゃないっスか!結果的にクロっちは無事だったんスから!」


メルティナ「そうですわね、こうしてまたクロさんと言葉を交わすことができるのですから。」


アキナ「クレイスも、そんなに怒らないであげて。」


クレイス「…。」


クロ「…レイ、ごめんね。」


クレイス「…私は、ただ。」


クロ「…レイ。」


クレイス「…。」


クロ「…ごめんなさい。…そして、ありがとう。」


クレイス「…馬鹿者が…っ。」


クロ「…あっ。…レイ?」


クロが感謝の言葉を口にした瞬間、クレイスはクロを強く抱きしめる。

枯れたはずの涙は、再びその瞳からこぼれ落ちた。


…。


それから五人は、人間界に戻るべく結界の中を進んでいった。

毒霧の森林、泥沼、溶岩、雷雨、氷山、砂嵐。

魔王が倒された今でも、結界の効力は続いている。

それは魔族の驚異がまだ去っていないからか、あるいは…別の『なにか』から隔離しておくためか。

なんにせよ、未だ先代勇者の残した結界はその効力を失うことはない。

…それが何を意味しているのか。

この時、クレイスは疑問にすら思ってはいなかった。

だが、その真実は意外な人物から教えられることとなる。

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