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新しいクラスになれてきた頃だった。
紅子は一人の男子から告白をされた。
去年同じクラスだった加藤真だった。
話をしたことはあるが、そんなに仲良くはなかった。
クラスメイトの一人として認識していた。
紅子が呼び出されたのは体育館の舞台下だった。
そんなところへ一人で行くのは嫌だったので、友人の琴子を連れて行った。
真はそれを不快には思わなかったようだった。
「ごめんなさい」
紅子は断りの返事をした。
紅子には夫がいるのだ。
「どうして?
付き合っている人でもいるの?」
真はしつこく聞いてくる。
はじめは曖昧に答えを濁していた紅子だったが、あまりにもしつこいので思わずそうだと答えてしまった。
真はその答えを聞くと黙ってしまった。
「どうして嘘をつくの?
そんなに僕が嫌なの?」
え?という言葉を言うと、真はダンッと床を踏んだ。
そうして紅子を突き飛ばす。
慌てた琴子は紅子の袖をつかんでいた。
そうして紅子と琴子は、突然現れた壁の穴に吸い込まれてしまった。
「僕は本当に君のことが好きなんだ。
だから君が本当のことを言ってくれるまでここから出すつもりはないよ」
真はそう言うと、また床を踏んだ。
カチッという音がして扉が閉まる。
紅子は何が起こったのか分からず、とっさに行動が出来なかった。
そうして二人は暗闇に閉じ込められたのだった。
二人を閉じ込めた真は体育館を後にした。
一時間ほど閉じ込めておけば、本当の気持ちを話してくれるだろう。
そう思っていた。
そうしてきっと紅子は自分との交際を承諾する、そう考えていた。
閉じ込められた紅子と琴子は二人寄り添って座っていた。
まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。
「ごめんね、琴子」
紅子は申し訳なくて琴子に謝った。
「紅子のせいじゃないよ」
琴子は首を横に振ったようだった。
「こんな部屋が舞台下にあるなんてね」
まったく、どうすればいいのだろう。
大人しいと思っていた真にこんなことをされるとは。
紅子は携帯を取り出した。
圏外だった。
せめて携帯がつながれば、裕一に助けてもらえるのに。
ああ、どうすればいいのだろうか?
紅子は携帯を持って立ち上がるとウロウロし始めた。
せめて電波が一本でも立ってくれないか、と。
もうすぐ閉じ込められて一時間が経過しようとしている。
裕一が心配しているだろうな、と紅子は思った。
「紅子。本当につきあっている人がいるの?」
暗闇から琴子の声が聞こえた。
「…いるよ。好きな人。
一生に一度の百年の恋をしているよ。
他の人じゃ駄目なの。
だから断ったのに!」
なんだかムカムカしてきた。
ここから出たら、ただじゃおかないんだから!
紅子はそう決意した。
「ねぇ、今度その人紹介してよ。
紅子の好きな人、知りたいな」
「…うん、いいよ。ここから出られたらね」
紅子がそう言って一歩前に出たときだった、電波が一本立ったのは。
紅子は急いで電話をかけた。
真が紅子と琴子を閉じ込めた部屋は、演劇部が使う舞台下の倉庫だった。
演劇部の友達が話していた。
足元にあるスイッチで、荷物を持ったままでもドアが開くようになっているのだと。
真はちょうど良いと思い、その倉庫を使った。
二人を閉じ込めてそろそろ一時間になる。
真は体育館に向かった。
「あら、まだ残っていたの?早く帰りなさい」
突然声をかけられて真はビクリとした。
振り返ると前田先生だった。
「体育館に忘れ物をしたので取りに来たのです」
何でもない風を装って答える。
そう、と遥は頷いた。
真が急いでその場を後にしようとした時だった。
裕一が遥を見つけて近寄ってきた。
「いたのか?」
「いいえ。まだよ」
そうか、と裕一が答えた。
二人は紅子を探していた。
鞄が教室に置き去りになっていたのだ。
携帯もつながらない。
きっと紅子はまだ学校にいるはずだった。
ピリリ、と携帯のなる音が聞こえた。
裕一は携帯を急いで取り出し、画面を確認すると電話に出た。
「今どこにいる?
は?なんでそんなところにいるんだ?
ああ、分かった。待っていろ、今行く」
裕一は携帯を切ると真を見つめた。
「加藤、お前も一緒に来るんだ」
「ちょっと、どこへ行くの?」
話が分からない遥は裕一に抗議した。
裕一は体育館を指差して告げた。
「加藤に案内してもらおう。
加藤が全てを知っているのだから」
どうして知っているのだ。
加藤は不思議に思い、恐ろしくなった。
まさか教師に見つかるとは思ってみなかった。
真は裕一に促され、体育館の舞台下へと向かう。
「さあ、扉を開けろ」
仕方なしに真は床のボタンを踏んだ。
壁に穴があき、小さな部屋が現れた。
そこには紅子と琴子がいた。
「加藤君!一体何を考えているの!
私だけならともかく、琴子まで巻き込んでこんな事、許されると思っているの?!」
紅子はそう言うと真の背中を蹴り飛ばした。
そうとう頭にきていたようだ。
そんな暴挙に出るとは思っていなかった真は、呆然としてしまった。
まだ足りない、と蹴りの姿勢に出た紅子を、裕一が慌てて止める。
「遥、危ないから加藤を体育館の外へ連れて行ってくれ!」
遥は頷いて真を促す。
もつれた足取りで真は遥と共に体育館を後にした。
「こんなことして、どうするつもりだったの?」
遥の問いかけに我に返った真は答えた。
「好きなのに、拒絶するから、閉じ込めれば考えを変えるかと思って」
なんて短絡的思考なのだろう。
遥は呆れた。
「それじゃあ、蹴られても仕方ないわね」
実際に見事な蹴りだった、と遥は思った。
真はうなだれた。
好きな子から蹴りをくらったショックが大きいのだろう。
「百年の恋もいっぺんで冷めるわね」
くすくすと遥は笑った。
「いいえ!ますます好きになりました!」
あんな切れの良い蹴りは初めてだ!そう真は叫んだ。
「…」
遥は真から一歩退いた。
最近の若い子の考えが分からないわ。
一方、裕一に押さえつけられた紅子はまだ怒っていた。
「ムカツク~!」
そう言って地団駄を踏む。
落ち着け、という裕一の言葉も届かないほどだ。
「紅子、落ち着いて」
琴子の一言で紅子は怒りを静めた。
「本当にごめんね。琴子!」
平気だよ、と琴子は笑った。
「それより西崎先生がどうしてここに?」
琴子が不審な目で裕一を見る。
裕一が視線をそらした。
「あー、私の好きな人なんだ」
さらりと紅子は答える。
お前!と裕一が慌てた。
「内緒にしてね。
卒業までは秘密の関係なんだから」
琴子は驚いた顔をしたが、笑って頷いた。
「なるほどね、加藤君じゃ駄目な訳だ。
年上が好みだったのか」
そういう事です、と紅子も笑った。
「…お前、あんまりノコノコついて行くなよ。
危ないんだから。
それに蹴りは止めろ。女だろうが」
好きだと告白してくれた相手に何て無体な…
裕一は二人の傍でため息をついた。
心配かけてごめんね、と紅子は謝った。
気をつけろよ、と裕一は紅子の頭を優しく撫でたのだった。




