1
虹色幻想「紅と涙」とリンクしていますが、単品でも楽しめます。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
台所で洗い物をしていた紅子は裕一を見た。
その視線で裕一は立ち上がり、玄関へと向かう。
そうしてドアの先に懐かしい顔を見つけた。
「やっほぉ、元気してた?良かった、住所変わってなくて」
右手を上げて微笑んでいる女、彼女は裕一の同級生だった。
「どうした?急に」
久しぶりに会う友人に嬉しくなった。
立ち話もなんだから、と部屋へと招き入れる。
「実はこっちで働くことになってね。
久しぶりに会いに来てみたんだよ」
彼女、前田遥は笑って言った。
そうして気付いた。
部屋に誰かいることに。
遥は裕一を見上げた。
「紅、客だ」
そう言うと裕一は遥を見て笑った。
「俺の奥さん」
「ええええええ!」
思わず驚き、悲鳴を上げる。
まさか、結婚しているとは思ってもいなかった。
はじめまして、と紅子は頭を下げた。
若く、可愛らしい奥さんだ。
思いっきり動揺して、ろくに挨拶が出来なかった。
「じゃあ、行ってくるね。
遅くなりそうだったら電話する」
ごゆっくり、と遥に言うと紅子は家を出て行った。
「そんなに意外か?」
裕一は遥を見て眉をひそめた。
「うん、思いっきり意外。
ちゃんと養えてるの?」
酷い言い方だな、と裕一は苦笑した。
本当に驚いた。
裕一なら、まだ独身だと思っていたのに。
何だか少し悔しかった。
「幸せなんだね」
裕一の顔を見れば分かる。
長いつきあいだ。
遥と裕一は高校から一緒だった。
つきあっていた時もあった。
だから裕一のことはよく分かる。
今、裕一は幸せだということが。
遥はため息をついた。
本当は教えたいことがあった。
きっと驚くだろうから。
でも黙っていよう。
当日に驚けばいいんだ。
首をかしげている裕一を見て、遥はニヤリと笑った。
新学期には新任の教師の紹介がある。
紅子は体育館で舞台に立つ新任教師をみていた。
「産休の化学の先生の変わりに、前田遥先生が来られました」
「前田遥です。二年三組の副担となります。
よろしくお願いします」
そう言って遥はお辞儀をした。
あ、と紅子は思った。
この前、家に遊びに来た人だった。
しかも紅子は二年三組だ。
「ヤバイ」
「何がヤバイの?」
思わず口に出していた独り言に友人の琴子が反応した。
何でもないよ、と慌てて否定して、紅子は視線を遥に戻した。
この事を裕一は知っているのだろうか?
「おい、何故言わなかった?」
裕一も今日は初めて知ったのだった。
「驚かせようと思って。驚いた?」
遥が舌をペロリと出して言った。
驚いたに決まっている!と裕一は眉をひそめた。
しかも遥は二年三組の副担任だという。
紅子がいるクラスだ。
遥には話しておいた方がいいだろう。
「遥、話があるんだ」
「何?」
遥は真剣な顔の裕一を見返した。
こんな顔をするときは、大事な話だと分かった。
「前田先生。クラスに行きますよ」
二年三組の担任の小川先生が遥を呼んだ。
「ごめんね、また後で」
遥が裕一に告げると、裕一は不満そうに頷いた。
よっぽど話したかったんだな、と裕一の顔を見て分かった。
一体何の話なのだろう?
遥はすごく気になった。
教室で生徒に紹介されていた時だった。
ふと目に留まった女子生徒がいた。
あれ?見たことがある?
遥が見つめていると生徒も気付いたようだ。
軽くお辞儀をした。
その仕草で分かった。
裕一の奥さんだ!と。
あ~なるほどね、裕一はこの事を言いたかったわけだ。
遥は一人納得して頷いた。
「前田先生?」
そんな遥を見て小川先生が不審な目を向けた。
「すいません、何でもないですよ」
慌てて答える。
小川先生は何事もなかったようにホームルームを終わらせた。
遥が教室を出て行こうとすると、名前を呼ばれた。
振り向くと、件の生徒が立っている。
何か言いたそうだ。
「少しお話しましょうか?」
遥がそう言うと紅子はホッとしたようだった。
二人は化学準備室へと向かった。
「ここなら平気でしょう?」
遥の問いかけに紅子は頷いた。
「裕ちゃんのお友達ですよね?
紅子といいます。
まさか、先生だなんて、驚きました」
そう言って紅子は微笑んだ。
本当に可愛らしい子だと遥は思った。
「私も驚いたわ。
まさか裕一が生徒と結婚しているなんてね~」
「あの!このことは…」
「分かっているわ。
秘密なんでしょう?」
はい、と紅子は頷いた。
「このネタで裕一をからかったら楽しそうだわ」
遥はそう言ってくすくすと笑った。