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もうすぐ日が暮れる。
「あら、アンジェ、元気になったの?」
町を歩いているアンジェに近所の主婦が声をかけた。
「ええ、おかげさまで」
「そうかい、良かったね!そうだ、これを持っておいき。
安かったから沢山買ったんだよ」
そう言って主婦はりんごを三つくれた。
「ありがとう!」
アンジェは喜んでりんごを受け取り礼を言った。
これであの人にパイを作ってあげよう。
そう考えて家路を急ぐ。
今日は久しぶりに外へと出た。
懐かしい空気を感じた。
「ただいま」
家には愛しい夫、リヒトが待っていた。
リヒトはアンジェの姿を見て、急いで近寄ってきた。
大丈夫か?と心配そうに抱き寄せる。
それを嬉しく思いながら、アンジェは答えた。
「大丈夫よ。体はなんともないわ」
ちょっと前までアンジェは寝込んでいた。
だからリヒトは心配しているのだ。
リヒトはあまり話さない、どちらかと言えば無口な方だ。
でもその分態度で示してくれる。
優しい夫なのだ。
「これからご飯を作るね」
そう言ってアンジェがリヒトから離れようとしたときだった。
コンコン、と誰かがドアを叩いた。
アンジェは返事をし、ドアをあける。
そこにはリヒトの友人でアンジェの幼馴染、ブランが立っていた。
アンジェはブランに向かって笑った。
「いらっしゃい。これからご飯なのよ。うちで食べてく?」
ブランはアンジェを見て驚いた顔をしていた。
アンジェは首をかしげた。
「どうしたの?変な顔して」
ブランは何でもない、と首を横に振った。
そうしてリヒトに視線を向ける。
「…話がある」
深刻そうな顔でブランが告げた。
そうしてリヒトを部屋へと連れて行く。
一人取り残されたアンジェは、意味が分からず眉をひそめた。
「どういうことだ?」
ブランはリヒトを問い詰めた。
ブランは俯いて答えた。
「…見たとおりだ」
「だって、アンジェは…!!」
「耐えられなかった!だから…!」
リヒトはそう言うと頭を抱え、うなだれた。
ブランは何も言う事が出来なかった。
「机の上にあるノートを見てくれ」
ブランがそのノートを広げて驚いた顔をした。
「これは…」
ブランはノートに書かれていたものを読んで絶句した。
「俺が密かに研究していたものだ」
リヒトは研究者だ。
この部屋にも研究資料や材料が沢山転がっている。
「しかし、これは神に背く行為なのではないのか?」
「…例えそうだとしても、俺にはアンジェが必要なんだ」
苦痛に歪んだリヒトの顔を、ブランは呆然と見つめた。
そうして目を閉じてため息をついた。
「…分かったよ。この事は誰にも言わない」
言ったところで信じてはくれないだろう。
ブランはそう言うとリヒトを残し、部屋を出て行った。
台所ではアンジェが夕飯を作っている。
「アンジェ、今日は帰るよ」
その後姿にブランは声をかけた。
「え?ゆっくりしていけばいいのに。
ご飯、もうすぐ出来るよ?」
「いや、いい。また来るから」
そう?とアンジェは出て行くブランを見送った。
振り返るとリヒトが立っている。
「何だったの?」
アンジェが聞くとリヒトは、仕事のことだ、とだけ言った。