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6.探索ギルド

 『魔窟』と呼ばれる地下迷宮への入口は、市内の中心部にほど近い場所にある。

 入口を覆うように、小さな砦が建設され、さらに万一の時代に備えて、水際防衛のための城壁が砦の四方を囲んでいる。

 入口を囲う砦には、今も城砦騎士団の衛兵が配置されていたが、彼らが『魔窟』の中に侵入する事はない。騎士団員に代わって『魔窟』に挑み、貴重な資源を持ち返るのは、探索者の認可を受けた者たちだ。

 探索者たちは、騎士団の下部組織として運営される探索ギルドに登録され、ギルドが探索者の管理を行う。

 探索者には自由に『魔窟』を探索する権利を与えられているが、もちろん最低限のルールはある。人に危害を加えない、他者の妨害をしないなど、常識的で最低限のものがほとんどだが、ギルドが厳格な対応を徹底しているのは、採掘した資源の買い上げである。

 『魔窟』産資源の独占販売こそ、騎士団の財源を支えている。探索者から買い上げた資源を独占することで、買取額の数倍に達するような高額で売りさばくことができるのだから、自由に持ち出されては、取引レートが暴落して経営が破綻する恐れがある。

 魔物の地上侵攻に現実味が薄くなっている昨今では、この砦や城壁は探索者の不正持ち出し防止用だとまことしやかに囁かれていた。

「登録料は無料か」

 翌朝、ジークとフィリンは城壁の近くにあるギルド本部に来ていた。

 登録方法は受付用紙に最低限の必要事項――名前、出身地、戦闘に関する特技など――を記入して、窓口に持って行くだけだった。審査もなく、木版印刷された説明書とナンバーの刻印された鉄片を代わりに渡されて、それで終了だった。

 流れ作業で終わるので、そこそこの人数が押し掛けていたが、ほとんど待つことなく終わった。自前で字の読み書きができない人々は、代筆してもらったり、代読してもらったりする関係で順番待ちができていたが。

 ジークたちは登録が済むとさっさと退出した。初夏の屋内はそれなりに混雑しているせいで暑かったし、何より見た目からして暑苦しい。自衛戦闘が必要なため、登録希望者の多くは屈強な男たちばかりだったからだ。

 二人は少し離れた広場でベンチに腰掛けると、渡された説明書を呼んだ。

「えーっと、出入りする際は対応する入出帳にナンバープレートでスタンプを押す事……ああ、さっき貰ったやつか」

 文字が書けない者が多いため、記帳をスタンプで代用する工夫がされたのだろう。

「入ってから三日以内に出た証明がないと死亡扱いで登録が抹消、っと。出る時に押し忘れないように気を付けないとな」

「どうせすぐに再登録できそうだけど」

「まあ、だろうな」

「登録が要るっていうから、ちょっと緊張してたのに、これ杜撰すぎない?」

 フィリンが呆れたように言いながら、貰ったナンバープレートをぷらぷらと振った。その点に関してはジークも同意しなくてはならない。

「どうせ偽装されるにしても、犯罪歴も調べないなんてな。中は魔物以外にも気を付けた方がいいかもしれない。騎士団やギルドは探索者なんて、働きアリみたいなもんだと思ってるんだろう」

「いくら死んでも替えが利くってことね」

「登録に来てた連中を見る限り、みんな出稼ぎに来てる連中だろうし、死んでもどこからも苦情は出ないからな。連中からすれば、元手を掛けなければ掛けないだけ利鞘が大きくなるし」

「憂鬱になってきた。……で、これからどうするの?」

「とりあえず行ってみるさ」

 大きめのバックパックを背負って立ち上がり、ジークは答えた。バックパックは荷を届けた老商人のところで都合してもらったものだ――リース品だが。フィリンは嫌そうな顔をしながらも、まともな食事のためにバックパックを背負って立ち上がった。

 城壁は周囲の建物の倍ほども高く、目立つだけに迷うようなことはない。壁沿いに歩いて入口に到着すると、入口の傍らには看板が立てられて、そこに貼り紙がしてあった。どうやら主要品目の交換レートを掲示しているらしい。

「うわっ、凄い。これ少量で金貨一枚だって」

「手に入れるのが難しいかた高いんだろ。とりあえず、今日のところは偵察みたいなもんだし、中に入って適当な物を拾って来よう」

「……そうね、晩ご飯代になるぐらいには」

 二人は城門をくぐった。朝と言うには少し時間帯が遅いせいか、人はまばらだった。案内板に従って奥に進み、砦の中を順路に従って歩いた先で、小部屋に入った。奥の開け放たれた扉の向こうには、砦の中庭が見え、隆起した地面が裂けるようにして抉れている。それが本当の入口なのだろう。

「はい、こっちにスタンプ押してね」

 やる気のない声をかけてきたのは、部屋の隅の机で頬杖をついている男だった。ギルドの職員なのだろう。

 二人は男に言われるまま、登録票代わりのナンバープレートをインクを染み込ませた綿に押しつけて、帳面の欄にスタンプを押した。

「はい、結構。では、気を付けていってらっしゃい」

 まったく心のこもっていない挨拶に送り出されて、ジークたちは『魔窟』へと足を踏み入れた。



 入口から先は、かなりきつい勾配になっていて、張られたガイドロープを頼りに降りることになった。重装備だと、降りるのは厳しそうだった。

 ジークは入口の光が届くうちに、用意していたランタンに火を付けた。照らし出された天井や壁からは、ごつごつとした岩が張り出し、そこから小片が剥離したのか、足元はガレ場になっている。

 近くには誰も居ない。

「ちょっと寒いね」

 不安げに辺りを見回しながら、フィリンが呟いた。

「地下だからな。とりあえず左手伝いに進んでみよう」

 少し先に進むと、二人ほど並んで進めそうな横穴が開いていた。ジークは特に何も考えず、その中に入る。まだ入り口から近いせいなのか、特に何もなかった。コウモリやらトカゲやら、洞窟に生息する動物に何匹か遭遇しただけだった。

 この辺りだけを見ると、『魔窟』はただの天然洞窟に見えるが、聞いた話では自然に形成されたとは考えられないということだった。それというのも、この『魔窟』がはっきりとした階層構造を有しているからだと言う。

 現在確認されているのは、地下十一層までだ。その先があるのかどうかは、だれも知らない。

 地下三層までは探索しやすいため、すでに全容が解明されている。地図も探索ギルドで販売されているのだが、もちろん金欠のジークには手が出なかった。

 とりあえず今日は雰囲気を感じつつ、多少の収入でもあればいいと考えていた。

 低層区画にはろくな資源がないという話だったが、『魔窟』内に自生する固有種の薬草や毒草も買取対象になっている。その辺りを幾らか持って帰れればいいと思っていたのだ。

 しかし、暗闇の中を一時間、二時間と歩き続けると、そんなに甘いものではなかったと思い知らされた。

「なにもないね……」

「そうだな」

 徒労感の滲む声で結論するしかなかった。魔物とやらの姿さえ見ない第一階層には、何もなかった。それはそうだ。もしピクニック気分で歩き回れるような場所に金になる物があったとしたら、とっくの昔に取り尽くされていると考えて然るべきだろう。周囲にだれも居ないのは、この階層には何もないことを知っているからなのだと、今さらになって気付いた。

「下に潜って行かなきゃならないな」

「でも、地図も買えないんじゃ、どうしようもないじゃない……」

「……自分で作るしかないだろ、この際」

 答えながらも、ジークは憂鬱な気分になった。宿代は一週間分しか納めていない。その期限内に自前のマッピングで収入が得られる場所まで潜れるようになる可能性は低そうに思えた。

「なんにしても一度、作戦を練り直した方がいいな。今日はここまでで引き返そう」

「うう……今日も味のしないご飯かぁ……。リサがご飯を作ってくれてた頃が懐かしい……あれが贅沢ってやつだったんだね」

「言うな。ますます気が滅入る」

 二人は死んだ魚のような目で溜息を漏らすと、来た道を引き返した。

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