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4.旅は道連れ

 ガタゴト、ギシギシと馬車は規則的な音を立てながら、ゆっくりと街道を進んでいる。うららかな春の日差しと、草原をそよぐ風が心地良い。延々と街道が続いていたが、見渡す限り、他に人工的な痕跡を見出すことはできなかった。

 ジークは御者台で手綱を取りながら、欠伸を噛み殺していた。

 今のジークは、フィリンから「落ち武者」だの「賊っぽい」だのと言われた、ボロボロの装備ではなかった。荷物の中から装備を調達して、真新しいチェインメイルと革鎧、それに厚手の外套を羽織っている。

 盗んだと言えばそうなのだが、その辺は手間賃で相殺だろうとジークは考えていた。彼がいなかったら、荷馬車が丸ごと届かなかったのだから、事業主も納得するだろう。

 大雑把に断ち切られていた髪も、リサがハサミで丁寧に切ってくれたおかげで、やさぐれた印象がなくなっていた。頭が軽くなったし、髪が目に入ることもなくなったので、ジークは気に入っていたが、あまりにもリサが「可愛くなりました」と力説するのには閉口した。個人的には可愛いと言われても嬉しくない。

「それにしても、あんまり景色が変わらないな。どれぐらい進んだのか、よく分からん」

「地図の縮尺も当てになりませんし、到着までの日数計算もできませんね」

 覇気のない様子で呟いたジークの言葉に、隣に座っていたリサが応じた。彼女の手にしている地図は、隊商の残したものだった。

 大樹海を出てから、二十日ほどが経っていた。地図からようやく周辺の地理と目的地が判明したので、今は件のテウスに向かっている最中だったが、実際にはあまり進んでいない。

 さすがに二台の馬車は面倒が見切れないので、荷物の入れ替えをして一台に纏めたのだが、不要な物を近隣の村に引き取ってもらっていたりしたので、その手間に思ったより時間を取られていた。

 もちろん勿体ないというばかりではなく、路銀を確保するという、ちゃんとした理由もあった。商人の遺体から血塗れの財布を失敬する気にはなれなかったからだ。

 ちなみにジークの髪を切るためのハサミも、その際の取引で入手した物だった。

 ジークはリサもその辺の村に置いていくつもりでいた。良家の令嬢に農村の暮らしは辛いかもしれないが、物同然の奴隷よりはいいだろうと思ったし、彼女なら嫁の貰い手には困らないだろうと、単純に考えていたからだ。

 だが、リサはジークに付いて行くと譲らなかった。

「善意で荷物を届けても、最も値の張る商品がなくなっていては、ジーク様にご迷惑がかかりますから」

 そんな事は気にしなくていいと言ったのだが、リサは折れない。すると彼女自身が望まない場所に置き去りにするのも無責任だという気がして、ジークもあまり強いことは言えなかった。問題はテウスに付いた際に、彼女をどう扱うか、だが……。

「どうぞ、ジーク様」

 そんなジークの悩みをよそに、リサはバスケットから取りだしたサンドウィッチを差し出した。今朝、出発前に朝食の残りで作っていた弁当だ。

「ああ、悪い」

 受け取ったサンドウィッチは、毎日、ほとんど代わり映えのしない具だったが、味付けだけは細やかに変えられていた。詰み込まれている香辛料を組み合わせたり、野営の折に集めたハーブを用いたりと、食材に限りのある中で、手間暇を賭けたリサの努力の成果だった。

 ただ、食べる側の舌は上等とは言えなかった。何しろ死なないのをいいことに、毒入りだろうが何だろうが、調理もせずに丸かじりしてきた男である。複雑な味に舌が慣れていない。美味い不味いは分かっても、何がどう味覚に影響しているのか理解できない。

「今日のもうまいな」

 と、曖昧な表現が精一杯だったが、リサは本当に嬉しそうに「ありがとうございます」と答える。

 そんな彼女の笑顔を見て、ジークは微かに胸の痛みを覚えた。おそらく、こんな些細で日常的なことが、リサにとっての幸せなのだろう。頭では分かっても、ジークには実感することができない。そのことにジークは痛みを覚えていた。かつて、自分もあんな風に笑ったことがあったのだろうか。誰かと過ごし、誰かと笑い合ったのだろうか。

「どうかなさいましたか、ジーク様?」

「……いや、リサは料理がうまいんだな、って改めて感心してただけだ」

「ありがとうございます。まだありますから、たくさん召し上がってくださいね」

「あ、ジークだけずるい。あたしも食べる」

 そこへ後ろの荷台から垂れ幕を上げて顔を覗かせたのは、フィリンだった。

「はい、どうぞ。ちゃんとフィリンさんの分もありますから」

 差し出されたバスケットから、両手にひとつずつサンドウィッチを掴み出したフィリンを、ジークが何とも言えない表情で見ていた。その視線に気付いたエルフの少女は、

「あげないからね」

 と、サンドウィッチを頬張る。細身のわりに食い意地の張ったエルフに、ジークは少しだけ呆れた。

「……そうじゃなくて、いつまで付いて来るつもりなんだ? そもそも、なんで付いて来てるのか分からん」

「そう言えばそうですね。フィリンさんまでテウスに行く理由はない気がします」

 今さらになって二人に言われて、満面の笑みで昼食を味わっていたフィリンはたじろいだ。

「うー」

 樹海の外まで案内するだけのはずが、野盗退治に加勢することになり、墓作りを手伝って、ついでに荷物の整理まで付き合ったのは、流れとして誰も疑問に思わなかったのだが、こうしてテウスへの旅路に同行する理由はない。

「それはほら、あれよ。ジークは白竜様を探しに行くんでしょ? 白竜様は森の守護神でもあったわけだし、森に暮らしてるエルフとして、ちょっとは協力してあげようかなって」

「その話、ぜんぜん信じてなかったよな、おまえ」

「ソンナコトナイヨー?」

「あ、もしかして……ジーク様を好きになってしまって、離れがたいとか」

 名推理を閃いたとでも言いたげな表情のリサに対し、他の二人は声を揃えて「ないない」と否定した。

「って、なんであんたまで否定すんのよ!?」

「は? だって、おまえは愛だの恋だの言うタマじゃないだろ」

「ちょっとそれどういう意味!?」

「なるほど、これは少し怪しいですね」

「何をどう見ても怪しくなんかない! こいつの事なんかどうでもいいんだから! ほら、人間の街とか見てみたいじゃない?」

 顔を真っ赤にしたフィリンが早口に言い終えると、ジークが溜め息交じりに指摘した。

「それが本音か」

「ぐっ……。い、いいじゃない、別に」

「悪いとは言ってない。嘘臭い理由よりはよっぽどいい。でも、黙って出て来て良かったのか?」

「まあ、五十年くらいならだれも気にしないでしょ」

「いや、長いだろ、気にしろよ。エルフの社会ってのは、どうなってんだ」

「他の氏族は知らないけど、あたしたち『梢の氏族』は成人したら一人で暮らすから、だれとも会わないで何年も暮らすっていうのも珍しくないのよ」

 それにしても、とジークは思ったが、不毛な議論はやめておいた。それよりも気になる事が他にある。

「おまえ、成人してたのか?」

「ハア? なに言ってんの? どこからどう見たって大人でしょ?」

 さも当然というように答えたフィリンの姿を、ジークは改めて観察したが、疑問しか湧かなかった。

 鮮やかな金髪をかき上げて、本人は色っぽくポーズを決めているつもりのようだが、色気づいて来て背伸びしている年頃の少女にしか見えなかった。顔の作りも幼かったし、それにも増して肉付きの薄い身体は凹凸がない。性格の面でも落ち着きはないし、大雑把だしと、非常に子供っぽい。

「……人それぞれだしな」

 ジークは直接的な表現を避けたが、後ろからフィリンに殴られた。

「なんとなくムカついたんだけど?」

「おい、なんとなくで拳骨で殴る奴があるか。まったく……それよりもリサ、テウスについて続きを聞きたいんだが」

「はい。えっと、どこまでお話ししましたっけ?」

「街の概要ぐらいまでか」

 ジークはこれまでに聞いたことを頭の中で反芻した。

 テウスは五百年ほど前に建設された、大陸の中部に位置する大都市らしい。現在の交易の中心地であり、今ではすべての主要街道がテウスに接続するように整備されている。交易の中継点として、街が急速に発展することは珍しくないのだが、テウスの場合は中継点ではなく、商人たちはテウスの特産品を目当てに集まって来るのだと言う。

 リサはテウスの主力商品は稀少な鉱物だと説明した。だが、鉱山都市というわけでもないと言う。

「テウス産の資源は、すべて市内にある『魔窟(まくつ)』と呼ばれる地下迷宮から産出される……って辺りまでだな。その『魔窟』ってのが何なのかまでは聞いてない」

「では、『魔窟』についてお話しますね。ただし、わたしも聞き知った程度ですので、あまり詳しくはないのですが」

 前置きをしてから、リサは説明を始めた。

「そもそも『魔窟』と呼ばれるようになったのは、迷宮から魔物が湧いて出るからだそうです。魔物は地上では見ることのない強靭な生命力を秘めた生物で、古の王が神々の軍勢に対抗するために禁忌の術で作り上げた生物兵器とも言われています」

「なるほどな、そんな物騒な場所で採掘するとなると、武具が大量に必要になるわけか」

「その古の王って、あの神話で地上を支配してたっていう……」

 サンドウィッチを平らげたフィリンが興味津津といった様子で割って入った。ジークがうなずく。

「王は滅びたが、王に味方した邪神は滅ぼすことができずに、冥界に封じられた……だったか? その話がマジだとして、もしかして『魔窟』は冥界ってとこに通じてるのかもな。その時に殲滅しきれなかった魔物とやらが、邪神といっしょくたに封印されてたとしてもおかしくはないな」

「あるいは『魔窟』そのものが冥界ではないかという話もあるようですが、なにぶん神話の時代の話ですから、確かめる余地もないそうです」

「そりゃそうだ。邪神とかってのも眉唾ものだしな。シーリアに聞けば分かるかもしれないが。どちらにせよ分からないのは、貴重な資源があるにしたって、そんな物騒な場所の真上に都市を作ったことだ」

「そう思われるのも無理はありませんが、実際は逆です」

「逆?」

「テウスは資源を採掘するために作られた都市ではなく、都市を築いてから『魔窟』に資源が眠っていることが判明したのです」

 ジークとフィリンはますます分からない、と言うように顔を見合わせた。

「本来のテウスは都市ですらなく、『魔窟』から地上に魔物が溢れ出て来ないよう管理するための砦があっただけだそうです」

「そうなのか。でも、警戒するってことは、過去にそういう事態があったのか?」

「はい。五百年ほど前に一度だけあって、その時にはかなりの被害を受けたそうです。幾つもの国が滅びたとか」

「そりゃすごい。しかし、交易が発展してるってことは、今は安全なのか?」

「そのように聞いていますが」

 応じたリサは、それ以上の事は知らないようで、口調は曖昧だった。フィリンが気楽に口を挟む。

「まあ、行ってみれば分かるんじゃない?」

「おまえはアレだよな、人生が楽しそうでいいよな」

「なにそれ、バカにしてんの?」

「いいや、心から羨ましく思うよ。俺みたいに思慮深いと、なかなか心配の種が尽きないから――冗談だよ、そんな目で見るな」

 フィリンどころかリサからも生温い目で見られて、ジークは前言を撤回した。

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