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魔女の戴冠  作者: ブラン
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早朝

 アンダードックの朝は早い。空が明るくなるにつれて、歓楽街としての夜の姿から市場としての昼の姿へとその街並みを変える。アンダードックへは海と陸、双方からの品が集まり多種多様な品々が所狭しと市になって並んでいた。その雑多さはとどまる所を知らず、中には禁制品もちらほらと混じっているほどだ。この街にいる誰一人としてその全容を把握しているものはいないだろう。そして物の流れに伴い、多くの国や地域から人々がこの街に流れ、ここでは亜人達の姿を見ることも珍しくはなかった。

 フェイ達はごった返す人の波の中をハイドックへ上がるリフトを目指して歩いていた。地平線から姿を出したばかりの太陽の光が、台地の影に隠れながらも空を朝焼けに彩っていく。肌に触れる風はまだ少しひんやりとしていた。


「わぁ、凄い。あれは一体何なのですか?」


 目を輝かせながら、シェリルは露店に並べられる品々に夢中になっていた。

 一晩経ち、シェリルはすっかり体力的には元気を取り戻したようだ。しかし、精神的には未だ不安定でティアには心を開くものの、やはりまだフェイやリアとはうまく接していなかった。

 だが、街に出るとその表情は一変した。まるで遊園施設に出かけた子供のように目を輝かせ、はしゃぎ出したのだ。見たことのない品を露店で見かける度にいちいち店主に質問を投げかけている。その顔からは年相応の女の子の表情がうかがえた。

 リアは最初の頃はすぐに立ち止まるシェリルに文句をつけていたが、いくら注意しても聞かないので、諦めてフェイ達の少し前を行き、警戒にあたることにした。フェイとティアは半ばシェリルに振り回されるように露店街を移動していった。


「それはティギーストーンだ。マナ石の一種だな。その色の石はこの街の近くでしか取れない珍しい品だ。ペンダントになっているのを一つ買うといい」


 特別急ぐ必要がなかった事もあり、フェイはシェリルの行動に対して何も言わなかった。むしろ、それを好意的に見守っているようでもあった。しかし、周囲への警戒には僅かの隙も見せない。どこからかシェリルを狙って暗殺者やダラスの刺客が現れないとも限らないのだ。念のため、シェリルには顔がわからないよう教会の者が巡礼の際に纏う地味なローブを着せ、フードで顔を隠している。街中にも同じような格好をしている人間はよく見かけるため、それなりのカモフラージュにはなっていた。しかし、それで見つからないという保証はどこにもない。ちなみに、ティアもいつものツナギ姿ではなく、私服に変わっていた。少し地味である。


「これがティギーストーンなのですね。儀式やお祝い事に使われる石ですよね。この色の属性は風でしょうか。私、初めて見ました。世界の四分の一のマナ石をこの国が産出しているのですよね。本当に凄い――」


 シェリルは感動した様子で、まじまじとマナ石を見詰めている。なにがそんなに面白いのかわからない様子でティアはその姿を背後から見守っていた。

 アルカザスは世界有数のマナ石の発掘現場だ。その起源はこの国の誕生まで遡る。

 強大な魔の力には、その力に引き寄せられ魔獣が集まる性質がある。だから、千数百年前もの昔、人々はアルカザスの地にマナ石が大量にあることを知りながらも入り込むことができなかった。その時、この土地を切り開いたのが、この国の初代魔女である魔女シャリアロッテだった。彼女は卓越な魔法技術により魔獣を滅ぼし、ここに国を切り開いたのであった。


 以後この国は魔女が治める国として魔法とマナ石の恩恵の元に発展してきた。現在戦争中であるアスガルドとナブディアから戦争用のマナ石を輸出するように圧力もかかっているが、どちらかに偏って加担するわけでもなく、公正に粛々と取引を行っている。

 しかし、ここ最近になって、その取引上限量を上回って他国にマナ石が流れている。そんな情報をフェイはルアスから聞いていた。


「へぇ、シェリルはよく知ってるんだね」

 感心した様子でシェリルの隣からティアが顔をのぞかせた。シェリルの博識ぶりにフェイは疑念を抱きつつ問いかける。

「街のことについてはあまり知らない様子なのに、マナ石関係については随分詳しいんだな。将来魔工学者にでもなるつもりだったのか?」

「いえ……そういうわけではないのですが。自分の国のことですから……。それに私が知っているのは、本の中での知識に過ぎないのです。こうやって本物を見る機会はそれほど多くはありませんでした。ましてや、触れる時が来るなんて考えてもいませんでした」

 マナ石を見つめながら語る彼女はどこか寂しげだった。フェイは代金を支払い終えると、リアとの距離を確認した。

「さぁ、もうじきハイドックへ続くリフトだ」

 言われてシェリルが見上げると、眼前にはそそり立つような壁が一面に広がっていた。近づくと改めてその高さを実感する。アンダードックは台地を丸ごと削った場所にあるため、ハイドックに上るためには、この百数十メートルはある壁を上がらなければならなかった。露店にばかり目を奪われていたシェリルは、目をまるくしてそれを見上げていた。

「これを登るのですか? 大変そうですね」

 本気でそんなことを言うものだから、思わずティアは笑ってしまった。きょとんとした顔で小首をかしげるシェリル。

「大丈夫よ、シェリル。ちゃんと登るためのリフトがついてるんだから。あっちにはロープウェイだって走ってるのよ」

 明るくなった空の中、鳥たちの影の中に混じり一際大きな塊が空を移動しているのが見える。

「わぁ、あれがそうなのですね。私、初めて見ました」

「初めて? アンダーでは毎日見るような光景だけどな。ロープウェイはハイの人間だってよく利用すると思うが」

「え、えっと……私あまり外に出たことがなくて。その……体があまり強くないのです」

 シェリルは慌てたようにそう答えた。

「――そうか、まぁ上の連中じゃ、わざわざこっちに来る必要もないか」


 リフトのある場所の手前は広場になっていた。ハイドックへ入るために審査を受ける人々が待ち時間を潰せるようになっているのだ。ハイドックからアンダードックへ降りるにはそれほど厳しい審査はないが、その逆では持ち物や移動する目的など、それなりに厳しい審査が待っている。これが物理的に隔てられた両者を更に隔てる要因だった。

 広場には、それを囲むように食べ物の露店が数多く並んでいた。リアもそこで三人が来るのを退屈そうに待っている。

 涼しげな朝の澄んだ空気に混じって、食欲をそそる匂いが漂ってくる。


 ぐぅ……

 

 雑踏のざわめきをすり抜けるように腹の虫が鳴いた。シェリルは恥ずかしそうに顔を伏せている。

「ちょっと先の様子を見てくる。待ち伏せがないとも限らないからな。警戒しすぎて困るってこともないだろ」

「ちょ、おい、どうすんだよ、こいつらは!」

 慌てながらリアが言った。フェイはそれを見て微笑を浮かべながら、

「リア、お前が面倒みてやってくれ。そうだな、食事でもしているといい。腹が減ってはなんとやらだろ。けど、くれぐれも警戒は怠るなよ」

「えぇ、あたいが面倒見るのかよ……」

 対してリアは心底嫌な表情でシェリルを見た。リアにとってシェリルは生理的に受け付けられない存在だった。なるべくなら関わりなど持ちたくないというのが本音である。

「ティアも一緒にいるだろ。すぐ戻るさ、そんなに嫌な顔をするなよ」

 あきれ顔でフェイはリアを二人のもとへとやった。そして、自分は一人ハイドックへと上がるリフトへと向かっていった。


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