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魔女の戴冠  作者: ブラン
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帰国

「どういうことだ、説明しろ。どうしてこんなことになったのだ!」

 

 少し後ろを歩く女騎士に聖騎士アヴリィは強い口調で言った。部下である女騎士とアヴリィの年齢はそう変わらない。しかし、纏っているマナの大きさと、なにより涼やかな蒼い瞳に宿したその力強い意志の光が彼女が聖騎士と言われるだけの存在だということを容易に知らしめていた。

 長い金色の髪を後頭部でゆわい、腰には彼女にしか扱えないと言われる、幅狭の騎士剣が携えられている。


 つい数時間前までアヴリィは隣国で開催されていた国連の会議に出席していた。

 現在リナヴィア魔国に接するアスガルドとルナディアは長く続く戦争状態にあり、両国は疲弊の一途をたどっていた。そこで両国の戦争を平和的に終了させるべく、当事国であるアスガルドとルナディアの代表を含む六カ国で話し合いを行っていたのだ。小国であるこの国もマナ石の輸出という形で戦争に関わっていた。無関係という立場を貫くにわけにはいかなかった。

 そしてその協議の最中、アヴリィの耳にとんでもない情報が入った。自らが命を賭して守るべき主が行方不明になったというのだ。アヴリィは平行線を辿るだけの協議を早々に部下に任せると、その数時間後には自国リナヴィアへと帰国していた。


「我々が外部の任務についている最中、手薄になっている所を狙われました。申し訳ありません」

 アヴリィの背後を足早についてくる女騎士は、くやしそうに唇を噛んだ。

「外部の任務だと? そんな話は聞いていないぞ」

「アヴリィ様が国を出られてすぐ、街の外に魔獣が出たという情報が入り、クリス様の御指示で……」

 アヴリィは苦々しく顔を歪めながら話を聞いている。

「もういい。姫様の捜索はどうなっている」

「現在捜索中です。しかし――」

「しかし、なんだ?」

「まだ何の手がかりもありません。数が十分に出せない状況で……」

「何だと!?」

 何をおいても優先される事項のはずなのに、捜索の人手に十分な数が出せない理由がアヴリィにはわからなかった。

「クリス様の御指示で……」

「どういう事だ?」


 クリスはアヴリィが仕える姫君の実兄であり、現在この国を一時的に治める長であった。自身の妹であり、未来のこの国を導く魔女の捜索に人手を割かないとは考えにくい。何か理由があるはずだ。

 アヴリィは飛空艇から降りたそのままの足で城の一番奥へと向かった。赤を基調とした造りの廊下を通りすぎ、階段を昇る。長く続く廊下の先に大きな扉が見えてきた。

 アヴリィはゆっくりとその扉を押し開いた。


「失礼致します」


 扉の向こうに現れたのはその大きさにふさわしい広さの部屋だった。三十人は座れるであろう大きな長テーブルに豪奢な椅子が備え付けられている。壁一面はガラス張りになっており、眼下に街を望む事が出来るようになっていた。

 その奥で一人の男が外を眺めていた。この国の現最高権力者、クリス・アルファード・バッカス、その人だ。すらりとした長身と銀に煌めく髪、そして鋭い目つきが特徴的だ。他に一人、漆黒の衣装を纏った黒い長髪の女が側にいる。城の者ではない。その女をアヴリィはこの場で何度か見たことがあった。

 クリスがゆっくりと入り口を振り返る。


「一体どういうことですか、クリス様」

 アヴリィは無礼と承知しながらも焦る気持ちを抑えられないでいた。

「騒々しいな、アヴリィ。今戻ったのか? 会議は来週まで続くと聞いていたが」

「あのような会議、何時間続けようとも意味がありません。お互いがお互いに譲ろうとしない。あのレベルの者ではいつまでたっても結論が出ません。

 それより、なぜ騎士団を出して姫様の捜索をなさらないのですか。もっと大勢の人員を投入すべきではないのでしょうか。公表して情報を集めるべきです」

「落ちつけ、アヴリィ。そんなことをしたら国民の不安を煽るだけだろう。ただでさえ隣国の戦争状態で国民は不安を抱いている。そんな時、次期魔女となってこの国を導く者が行方不明となれば、ますますその不安は膨らむだろう。今はまだ国民に知らせる時ではない。

 それに、必要なだけの捜索なら出している。仮に誘拐ならば、相手からの要求もあろう。それがあってからでも十分に間に合う。闇雲に動いたところで意味はあるまい。もしこの事が外部に知られれば、それを利用しようとする者が現れる事も考えられるのだ。詳細な情報を得ていない今、慌ててこれを公表することは事態を悪化させるだけだ。アスガルド、ルナディア両国の密偵も国内に入り込んでいると聞く。余計な動きは避けるべきだろう」

「そんな、しかし……。クリス様は姫様の身が御心配ではないのですか?」

 クリスの言い分は確かに正しい。しかし、アヴリィはどうにも納得できなかった。

「私とて妹の身を案じている。だが、その一人のためにすべてを投げ売ることはできない。私はこの国を導かなくてはならないのだ」


 自分がこれだけ心配な気持ちになっているというのに――兄であるクリスは本当にそれ以上に妹の事を想っているのだろうか。そんな気持ちが溢れてきた。

 しかし、これ以上そんなことを口にしたところで何の意味もないことは、アヴリィ自身重々にわかっていた。クリスの言うことも間違いではない事も理解できる。いや、むしろ国の指導者としては最善の選択なのかもしれない。けれど、兄としての判断はどうだろうか――。

 アヴリィにはもはや冷静な判断を下す自信はなかった。今はただ、主のことで頭がいっぱいだった。

 アヴリィは唇を噛みしめ、踵を返した。


「どこへ行く、アヴリィ?」

「私が姫様の捜索に出ます。それならば何の問題もないでしょう。私の使命は姫様を守ることです。こうなったのも私の責任、私が必ず姫様を見つけ出します」

「それは、許可できんな」

 部屋を出ようとしたアヴリィの足が止まった。振り返ってクリスを鋭い眼差しで見つめる。

「どうしてでしょうか?」

「誘拐の主犯と思われる人物がエイミーだからだ」

 アヴリィは一瞬、クリスが何を言っているのか理解できなかった。

 エイミーはアヴリィが最も信頼を置いている騎士の一人だ。国を留守にする間もエイミーにすべての事を任せていた。そのエイミーが自分の主を誘拐したなどと、とても信じられることではない。

「そんな、何かの間違いではありませんか。彼女は誠実で実直、信頼のおける騎士の一人です。そんなことをするはずはありません」

 アヴリィは断定するように言った。いくら犯人だと言われても簡単に納得など出来るはずもない。たとえそれがこの国の最高権力者の言葉だとしても。

「だが、事実エイミーはあの日の夜、事件の後に姿を消した。奴に怪我を負わされた者もいる。元老院はこう疑っているのだ。お前とエイミーが共謀してシェリル誘拐を企てたのではないか、とな。だからお前が城の外に出ることは叶わぬし、監視も付くことになるだろう」

 気持ちが高ぶるアヴリィに対して、クリスは落ち着いた声音で言い聞かせるように言った。

「そんな……。私が姫様の誘拐に加担していると本気で仰っているのですか!? 一体何のために? 姫様を誘拐する理由がどこにありましょうか」

「妹は行く行くはこの国を魔女として導く存在だ。その価値は誰にだって等しく存在する。心配するな。お前が無実だと私も信じている。しばらくは自室で待機しているといい。

 もし仮にエイミーが主犯だとすれば、危害を加えることもないだろう。それに、すべての港には既に監視がつけてある。この国から出ることはできまい。捜索に関しても騎士団の代わりに「教会」が街に目を光らせている。お前が出なくとも時期に見つかるだろう」

 

 教会とはかつて世界を繁栄に導いた魔女――即ち、特別な魔法を使う魔法士を信仰の対象とする集まりの通称だ。魔女が国のトップたるこの国との関係は浅からぬものがある。


「ちょうどそのことで彼女と話をしていたところだ。彼女はこの地域を担当するウィッチ・ヒルダだ」

「どうも、初めまして――ではないですね、アヴリィ様。姫様の捜索は私達にお任せください。必ず見つけ出してみせます」

 黒服の女が恭しく頭を垂れた。

「……わかり……ました」


 悔しさのあまり噛みしめた唇から血が滲んだ。どんなに言い繕ったところで、自身の潔白を証明するには、犯人を捕まえ、姫を取り戻す以外にないことはわかっている。エイミーが城から姿を消したとすれば、疑われるのも致し方ないのかもしれない。エイミーは騎士団の副団長であり、自分は団長なのだ。責任は自分にもある。

 だが、何より自分が留守にしたことで、姫が誘拐されたという自責の念がアヴリィを苦しめていた。

 アヴリィはクリスに頭を下げると部屋を後にした。



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