時の魔法士
「とんだ荷物を拾っちまったもんだな」
部屋に入ってきたリアの横顔を蝋燭のぼんやりとした明かりが照らし出す。マナ石を利用した光は使えなかった。マナの揺らぎが外に漏れ出して、まだこの場所にいるということが知られないとも限らないからだ。先刻の暗殺者ですべてという保証はどこにもない。
襲撃の後、死体の処理をリアに任せてフェイ達三人は地下の部屋へと移動していた。もっとも、ティアもシェリルも気を失っていたためにフェイが二人を抱えて連れて行ったのだ。この場所ならば、地上から入るにはひとつのルートしかないため警戒がしやすい。更に、いざとなったら地上へ続く逃走経路も確保されていた。
リアは手にした酒瓶の一つをフェイに投げてよこした。そして乱暴に皿に盛り合わされた料理を立て付けの悪くなったテーブルの上に置くと、側にある木の椅子に跨る。普段あまり使わないせいか、埃が舞い上がった。料理はすっかり冷めてしまっているようだ。
入り口の反対側にあるベッドの上ではまだシェリルとティアが眠りについていた。
「だが、これで狙いははっきりしたな。まさか彼女が時の魔法士だったとはな。世界を構成する十二の属性の中で、最も数が少ない時使いの魔法士。その魔法の核を手に入れたがる連中はいくらでもいる」
マナは世界への干渉の仕方で主に十二の属性に区分される。その中でも時の属性を扱える人間は一際は少ない。先天的にその属性を宿している者はもちろん、後天的にも習得は非常に困難とされていた。故にその存在は魔法士の間だけでなく、一般社会においても重要視されているのだ。
そして生まれながらに宿している属性――「先天属性」として貴重な属性や魔法を持つ者は時としてその生命をも狙われることになる。
先天属性は魔法を扱う上で長所となる属性であり、その属性によってその魔法士の進むべき道がおおよそ決まると言っても過言ではない。他属性を習得することは不可能ではないが、しかし本来得ている属性以外を習得するには、先天属性を習得する以上の困難が待ち受けていた。故に先天属性が何であるかは魔法を扱う者にとっては一番重要視しなければならないものなのだ。
しかし――本来ひとつしか持ちえない先天属性ではあるが、それを後天的に獲得する手段が存在する。それは魔法士の世界では古来より受け継がれた手法――。自身の血肉を生贄として後世へと受け継ぐ秘術。一族の発展のために技を極めた魔法士が命を捧げるのだ。
そして本来、血統の中だけで行われていたその術ではあるが、それを応用し、強制的に他人から先天属性の核を奪い去る者達がいた。そんな過激な魔法士達はそれを自分自身の強さのため、あるいは金儲けのために利用した。魔法士にとって魔法を極める事はごく自然な発想であり、希少な魔法や属性は、とんでもない金額で取引されることも珍しくはないのだ。
「シェリルが魔法士……?」
気だるそうにティアがベッドから身を起こした。顔には不安の表情をのぞかせている。
「ガキは黙って寝てな」
リアは皿から肉を摘まんで頬張った。
「ガキじゃないもん。わたしだって代行屋の一員でしょ? それに、シェリルは私の友達だから……」
思わず口走ってしまった言葉に、ティアはリアから視線を逸らす。そして、そのまま心配そうに隣で眠るシェリルに視線をやった。シェリルはゆっくりと胸を上下させ穏やかに眠っている。
「はっ、友達? 遊びじゃねぇんだぜ」
「わかってるよ……」
しょんぼりと俯くティアにフェイが助け舟を出した。
「構わないさ。ティアはシェリルを守ってくれたしな。ティアにも知っておいてもらわないといけない話だ」
フェイは自分の推察も含めてティアに中央会での話をした。
「さっさと捨てちまおうぜ、こんな荷物。依頼人はとっくにいなくなってんだ。そもそもこいつが依頼人の荷なのかどうかも怪しいけどな。何れにせよ、あたいらがこれをいつまでも持ってるのは何の特にもならない。そうだろ?」
ティアはシェリルの事を荷物扱いするリアの言葉に顔をしかめた。
「ちょっとそんな言い方……。せめて安全な所まで連れて行ってあげられないの?」
「言ったろ、遊びじゃねぇってな。こっちは巻き込まれて命狙われてんだぞ。ただ働きするには高すぎる」
リアの言うことはもっともだ。フェイ達の稼業は代行屋、慈善事業でやっているわけではないし、正義なんていうものを振りかざすつもりなど毛頭ない。自分たちの利益を考えそれに基づいて行動する。人買いをやるつもりはないが、だからと言って律儀に家まで送り届けてやるのは、彼らの仕事のうちではなかった。ましてやそんな義理などあるはずもない。ただ巻き込まれただけなのだ。
しかし、そうとわかっていてもティアは食い下がらずにはいられなかった。矛盾していることに気づいていても気持ちが嘘をつけなかった。
こういう時、どうするかを決めるのはフェイの役目だ。そして、それが最良の判断であると二人は信用していた。二人の視線が自然とフェイに集まる。
「シェリルをすぐに手放すわけにはいかない。リアの言う通り、既に俺達は命を狙われていると見て間違いないだろう。はいどうぞ、とシェリルを差し出したところで、こちらが手を出してしまっている以上、簡単に俺達を見逃してくれるとも思えない。時の魔法士の存在を知っている、それ自体に価値があることだからな。
仮にダラスに渡したところで結果は同じだろう。俺の考えじゃ、依頼人はさっきの暗殺者ではなく、ダラスにやられたと思っている。ダラスがなぜ中央会を招集したのか。それは代行屋を探していたからだ。シェリルがあの木箱に入っていることをダラスが知っていたとすれば、どこに流れたのかを探るのは難しいことじゃない。そうすれば、最初に行きつくのは依頼人の所だ。
シェリルが生きたまま木箱に入っていたことからも、あの荷を動かしてる人物とこの暗殺者を動かしてる人物は別だと俺は考える。そして、どちらも彼女以外の人間は殺しても構わない、むしろ殺すべきだと考えているだろう。
つまり、俺達がシェリルを手放すのは切り札を捨てることに等しいってことだ。だから、どのみち狙われるのなら、今は彼女を傍に置いておいたほうがいい」
フェイの判断にティアの表情は明るくなった。一方のリアは特に反論はしなかったが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「それにダラスみたいな野蛮な男にいたいけな少女を引き渡すのは気が引けるしな」
「そんで、何かあてはあるのかよ? 待ってるだけじゃ、ただ爆弾を抱えてるのと一緒だぜ? いずれ爆発してこっちの身に降りかかる」
「あるさ、彼女を探してるもう一つの組織がな」
「もうひとつ? ――騎士団か。それじゃ、騎士団の所に連れていくのかよ?」
「今は、無理だろうな。仮に俺達がシェリルを連れていったところで、騎士団は俺達を誘拐犯として捕らえるだけだろう」
「じゃ、どうすんだよ」
苛立たしげに言うリア。
「交渉出来る奴に出会える機会を待つしかないな。俺達はかなり不利な立場にいる。うかつな事をすれば、その時点でゲームオーバーかもしれない。
だから、これからハイドックへ向かおうと思う。アンダーにいたらダラスや捜索中の騎士団に見つかる可能性がある。それに暗殺者だってまだ俺達を追っているだろうしな。ハイドックに行けば、怪しい連中はそう簡単にはうろつけないはずだ。それに、あそこに行けば俺達の顔が割れている可能性も低い」
「これから向かうの?」
不安げな声色でティアが言った。暗殺者による襲撃はティアに相応の精神的不安をもたらしているようだった。
「いや、出発は明日の朝にしよう。夜の方が街を速やかに移動できるが、逆にアンダーからハイへの通行の警備は厳しくなっている。それに――」
フェイはティアの隣に眠るシェリルに視線を向けた。こころなしかシェリルを見つめる目が穏やかになる。
「シェリルがこんな状態だしな。マナを使い果たしただけだとすれば、一晩眠れば動けるようになるだろう。だから、ティア、お前も今日はもう眠るといい。見張りは俺とリアでやっておく」
「うん、わかった」
ティアは布団に潜り込んだ。緊張が解けたせいか、すぐに眠りに落ちて行った。
――夜も深まり、ティアとシェリルは安らかな寝息を立てている。
「なぁ、フェイ。誰なんだろな、こいつを狙ってる奴らってのは」
「…………」
「フェイ?」
ぼうと蝋燭の火を見つめるフェイの顔をリアが覗きこむ。
「どうかしたのか?」
「――いや、別に、なんでもない」
フェイはじっとシェリルの寝顔を見つめていた。