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魔女の戴冠  作者: ブラン
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襲撃

 フェイが自分達のドックに戻ったのは、陽が西の空に沈みかかる黄昏時だった。街を照らすオレンジ色の光が遠くに見える。聳え立つトップドックの影が大地に長い影法師を作っていた。陽の光が赤土の大地に照り返るこの時間帯が、この街のもっとも美しい時間帯のひとつだ。


 ドックがあるのは海に浮かぶ小島の群れ、通称――島の森――のひとつだ。見知らぬ者が無数の島々が浮かぶその海域に入り込むと、まるで樹海に迷い混んだかのように脱出を困難にさせた。

 群島へ渡る手段は船が一般的だが、フェイ達は輸送以外ではそれを使用しなかった。不用意に自分達の居場所を外部に知られることを防ぐためだ。そのかわり街の中には直接ドックへと通じる魔法の扉を用意してあり、特殊な魔法陣が刻まれたその扉をくぐると、それに対応した扉へと出ることが出来た。

 

 フェイは、なるべく人目につかない場所に設置してある扉を使ってドックへと戻る事にした。もっとも他の者に見られたとしても、その扉を使用することは出来ない仕組みになっているのだが。

 魔法陣の上に乗ると、フェイの体を青紫の光が包み込んだ。そして次の瞬間には、フェイの目の前に野原が広がっていた。造りかけなのかはたまた壊れているのか判然としない機械達がその片隅に転がっている。もっぱら、ここはティアの機械達の調整場に使われていた。


 古ぼけた工場のような扉を開けて中に入ると、まるで太鼓を叩いた時のような、腹の底に響く鈍い音が聞こえてきた。フェイは特に気にした様子もなく階段を降りて、船のあるフロアへと向かう。そこにはリアの姿があった。Tシャツとホットパンツという動きやすさを重視した服装をしている。一瞬目のやり場に困りそうな格好だ。そのすらりと伸びた手足には汗の粒が浮かんでいた。

 リアは重々しいサンドバッグをその細い体で、軽々と殴ったり蹴ったりしている。その度にサンドバッグは大きく弾き飛ばされた。衝撃音は、彼女の見た目からは想像できないほど力強い。叩く毎に重々しい打撃音が響いた。

 一際力を込めてリアがサンドバックを蹴り飛ばした。三階分の高さから釣り下げられたサンドバッグは、その一撃で大きく弾かれ、天井付近まで持ち上がる。そして大きな孤を描いて再び元へと戻ってきたそれを片手で受け止めて静止させた。その衝撃をも彼女はやすやすと受け止めている。


「よぉ、帰ったか。随分遅かったな。どうだったよ、中央会は」


 リアは手すりに掛けてあったタオルを手に取り、汗をぬぐった。あれだけの激しい打撃を繰り出していたにも関わらず呼吸は平静だ。


「残念ながら、あまり良い話ではなかったな」


 フェイが傍に置いてあったドリンクのボトルをリアに投げて渡した。


「中央会があの子を狙っている。おまけに上の連中もだ」

「それはまた、随分とぶっ飛んだ話になってるな。あのガキになんの価値があるってんだ?」

「さぁな。具体的な理由はわからない。ダラスの奴は上を追い払うためにあの子を捕まえると言っているが、それも怪しいな」

「どうしてだ? 上の連中を排除するのは昔からだろ」

「どうも、腑に落ちない点がある」

「腑に落ちない点?」


 リアはドリンクを口に含みながら、フェイに怪訝な眼差しを向けた。


「ああ。まず、ダラスはシェリルを捕らえて連れて来いと言っているが、その後の処理の方法が不透明だ。シェリルが狙われている理由は知らないと言っているが、だとすれば、処理の方法は自ずと限られる。ダラス自身が上と繋がっている可能性が高い。

 それにもう一つ。ダラスの部下が部屋中の人間を監視していた。シェリルの写真を見せたときの反応――表情や心拍、目線。その機微を魔法で監視していたんだ。何故そうする必要があるのか。それは隠すかもしれないという懸念と見つけ出したいという心理の表れだ。

 つまり、それだけの価値が彼女にあるってことだ。その価値がなんなのかは、俺にはわからないが……」


 フェイはシェリルの顔を思い浮かべてみたが、途中で考えるのをやめた。今ある情報だけではどうやっても先に進むようなことはわからないと判断したからだ。


「それで、そっちはどうだったんだ。依頼人とは連絡が取れたのか?」

「それなんだけどな――」


 その時、リアの答えを遮るようにティアが二階の窓から顔を出した。このドックを含めた建物は岩壁に作られているため、ドックが一階、生活スペースが二階、崖の上の野原に繋がる三階という作りになっている。ティアは大きく手を振りながら、窓から身を乗り出した。


「フェイ、お帰り~。ちょうど今、ご飯ができたところなの~。今度はちゃんとおいしいから期待してねっ。あ、リアはちゃんとシャワー浴びてから来なさいよね!」


 ドックはちょっとした大型の船も入るような広さがあるため、自然とティアの声も大きくなった。ティアの背後にはシェリルの姿がちらちら見え隠れしている。


「まさか、一日中やってたのか?」

「何がそんなに楽しいんだか知らないけどな」

「それは期待できそうだ」


 鉄錆びの匂いの中に食欲をそそる香りが混じっている。フェイはその匂いで自分が空腹だということに気がついた。そう言えば、朝からろくなものを食べていない。唯一食べたのはルアスの店の果実だけだった。


「話は食事の後にしよう。どうやら、今度はまともなものが食べられそうだ」


 フェイは二階へ、リアはシャワー室へそれぞれ向かおうとした――その時。

 突然、部屋の照明が消えた。

 一瞬にして闇が部屋を支配する。陽の光は、わずかに三階の窓から差し込むだけだ。突然の暗転に視覚の対応は間に合わない。フェイとリアはフルに五感を働かせ警戒した。

――ヒュッ。

 空気を切り裂くほんの微かな音。反射的に体を伏せ、二人は物陰に隠れた。直後に何かが金属にぶつかる甲高い音が響いた。そして、その何かは床に落下し、再び金属音を奏でる。十数回それが起こったあと、ドックは再び静寂に包まれた。

 灯りは戻っていない。照明にはマナ石が使われていた。おそらくは、マナの働きを狂わす装置が使われたのだろう。


「フェイ、お前、つけられたのか?」

 リアは隣にいるフェイだけに聞こえるように小声で問いかけた。

「いや、尾行は警戒したからな。他の場所から侵入したんだろう」

 突然の事態にも二人に焦りは見られない。唯一気がかりなのは、二階にいるティア達の事だった。

「ダラスの連中か?」

「さぁな」


 フェイは物陰から外の様子をうかがった。攻撃は室内からではなかった。とするならば、開けっ放しになっているドックの入り口からの攻撃ということになる。水面は穏やかに揺れている。ようやく闇になれた目でもう一度入り口を確認するが、人影は見えない。初撃のタイミングで既に侵入されている可能性は高かった。

 太陽は地平線の彼方に沈み、空は刻々とその暗さを増していった。今宵は新月。空かの明かりも期待できそうにない。


「リア、人数はわかるか?」


 言われて、リアが数秒ほど目を閉じた。その間、一瞬ほんの僅かだけ、リアのマナが空間に広がる。その波紋を読み取ってリアが答えた。


「たぶん五人だな。気配を隠すのがうまい。もしかしたら、もう少し居るかもしれないけどな」

「そうか。俺はティア達のところへ行く。一人で相手出来そうか?」

「一人で? 相手は直前まで気配を悟らせない手誰が少なくとも五人。それに対して、こっちは丸腰だぜ。それを一人でやれって?」

「きついか?」

「何言ってやがる。物足りねぇよ、こんなんじゃ。さっさとガキ共のお守に行ってやんな」

 リアはまるでこの状況を楽しんでいるかのような、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「それじゃ、ミッションスタートだ」

 二人は同時に物陰から飛び出した。




 リアは物陰から飛び出すと同時に、ドック内の空間を自分のマナで満たした。

ある一定領域を自分のマナで満たす――「固有空間」は術者にとって極めて有利に働く。普段は乱雑な属性を持つ世界のマナ――「オド」を自分の色に染めることによって扱いを容易にし、魔法の威力や精度を高めることが出来るのだ。


 一方で、それは空間を満たすだけの大量のマナを消費するというリスクを伴う。放出したマナを空間内に維持し続けながら戦闘を行うのは、容易な集中力ではかなわない。本来ならば援護があってこそ使う技術なのだが、リアは一人でそれを行った。それだけの経験と自信があったからだ。

 リアが作り出した空間は半径三十メートルに及んだ。その中で自分以外の人間は五人。

 一人が飛び出してきたリアめがけて、何かを投擲した。

 その攻撃を空中に飛び上がって回避する。

 すぐに第二波の攻撃が来た。


一欠片の希望(リトルホープ)


 リアは、凝縮したマナを大気中の水分に乗せ、一瞬のうちに無数の氷の結晶を周囲に作り出した。一欠片の希望は空気中に硬貨一枚程度の氷を生む魔法だ。一つ一つは小さいが、その強度はマナで補強され、鉄にも匹敵する。


 飛来した何かは、リアの作り出した氷の結晶によって弾き返された。落下したそれを空中で掴み取る。細長いナイフ――手に残る感覚だけで、それが何かを推察する。それはいくつもの武器を手に取ってきた彼女だからこそできる芸当だった。

 リアは地面に着地するより早く、そのまま飛んできた方向にそれを投げ返す。ナイフは鈍い音と共に襲撃者の眉間に突き刺さった。


(スローイングダガー? いや――)


 着地したリアは、素早く残りの三人の気配を追った。二人はこちらに向かって突っ込んできている。もう一人はリアを無視して、フェイの方向へと向かっているようだ。暗闇で姿ははっきりしないが、リアの空間内ではその存在をはっきり感じ取る事が出来た。

 このままではフェイの元へ刺客が向かう。リアは即座に更なるマナを空間に注いだ。金属が擦れるような耳をつんざく激しい音が響いた。そして次の瞬間、リアのマナが覆っていた空間は氷の壁で外界と隔てられた。リアのマナで支配されていた水滴を核として、各々が瞬時に結合したのだ。これで、物理的にも空間は遮断された。

 リアは、接近してきた刺客の攻撃を大きく後方に飛んでかわした。


「無視してくなんてつれねぇなぁ。あたしの相手をしてくれよ」

 紙切れのように薄かった氷の膜は、既に十センチ以上の厚さに到達している。並大抵の衝撃ではそれを打ち破ることは出来ない。リアのマナで満たされた彼女だけの空間――固有空間が完全に形成された。

 残りの一人もリアを標的に定めた。




 フェイは後方で広がるリアのマナを感じ取っていた。リアの方は心配には及ばない。それよりも、早くティアの元へ向かわなければならない。代行屋としての仕事は、フェイとリアが実行部隊であり、ティアは完全にバックアップだった。戦闘能力に関しては無に等しい。敵に襲われれば、ひとたまりもないだろう。おそらく、一緒にいるシェリルも同じはずだ。

 焦る気持ちを抑え、周囲の気配を探る。


 フェイには、リアのように空間をマナで満たすような芸当はできない。マナの動きを感じることは出来ても、魔法を使うことはできないのだ。得手不得手の問題ではなく、フェイには、そもそもマナを体外へ放出する行為そのものに問題があった。故にリアのように、マナを広げて敵を察知することもできない。頼りになるのは自分の中にある感覚だけだ。


 暗闇の中で二階へ上がる階段を目指す。今のところ、ティアの悲鳴は聞こえてこない。あるいは悲鳴すら出せないまま命を奪われているのかもしれないが。

 手すりを掴み、階段を駆け上がろうとしたその時、敵の投てきした刃がフェイを襲った。目的地を目の前にした、ささいな心の緩みが反応を僅かに遅らせる。それでも、その刃が直撃しなかったのは、フェイの体に染みついた戦いの経験からだ。

 わずかに頬をかすめた刃は、背後の壁にぶつかり初撃の時と同じ金属音を奏でた。振り返ったフェイの目の前の暗闇にさらに暗い闇が浮かび上がっていた。

 フェイは背後の敵に向きなおり、拳を握った。

 

 交戦は一瞬。間合いのやりとりはなく、お互いの手の探り合いもない。出会った瞬間戦いは始まり、そして終わっていた。

 お互いが一瞬足を止めた次の瞬間には、フェイは敵の背後へ移動していた。敵の目には、消えたようにしか見えなかったに違いない。敵の背後に回ったフェイは、素手で頸椎を砕き相手を絶命させた。それは、ほとんど刹那のうちに行われ、背後に回ったフェイの存在さえも気づけないほどに迅速だった。フェイは崩れ落ちる敵をその場に残し、素早く階段を駆け上った。


「無事か、ティア」


 扉を開けると、僅かに動く影があった。ティアだ。鉄の棒を構えて、シェリルを守るようにして部屋の隅に立っていた。恐怖で足が震えている。戦いはてんでダメだが、敵が来たことがわかるくらいには鍛えられていた。

 フェイは、ほっと胸を撫で下ろして息を吐いた。


(俺はなんでこんなに安心してるんだ?)


 ティアの後ろに隠れるシェリルに目をやる。どうやら、あまり事態が飲み込めていない様子で、ただ怯えているだけだのようだ。

 程なくして明かりが戻った。テーブルには、たくさんの料理が並べられている。どれも色とりどりで普段なら食欲をそそられただろう。しかし、今はそれどころではない。二人の無事を確認したフェイは、再びドックへ戻るべく踵を返した。

 

 ドックには潮の香りに混じって、よく嗅ぎなれた匂いが漂っている。以前に比べると最近この匂いを嗅ぐことも少なくなっていた。嫌な映像が一瞬フェイの脳裏に浮かんだ。匂いに結びついた過去の記憶が否が応にも頭に蘇ってくる。

 かぶりを振ってその映像を振り払う。フェイは階段を飛び降りて、リアの元へと向かった。近づくと匂いが強くなった。――血の匂いが。


「ガキ共は無事だったかい?」

「ああ」


 リアは手にした武器を投げ捨てた。床には、十本以上も同じ武器が転がっている。先端が尖った黒いナイフのような形状をしている。その傍らには四つの死体が転がっていた。余計な外傷はない。急所を一撃のもとに貫かれていた。床にじわりと流れ出る血は、まだ少しずつその範囲を広げている。

 リアはカウンターに向かうと、酒を棚から一つ取り出した。


「何か情報は聞き出せたか?」


 酒瓶を手に取ったリアは、一口それを呷った。


「いんや、何も。こいつら一応プロの暗殺者だ。手がかりなんて何も残しちゃいない。一応体に聞いてみたけど、結局自分で死にやがったよ。そうだな、唯一わかるのはその武器だな」


 リアが指示した武器は、長さ三十センチばかりの鉄のナイフだった。


「それはクナイって武器だ。東の島国を発端とする暗殺者がよく使う武器だ。このあたりだと隣のアスガルドの暗殺者なんかが使ってる。あそこの連中は徹底してるからな。まぁ、素性がわからないようにしてるのは、どこの暗殺者も一緒だけどな」


 床に倒れている暗殺者は皆一様に、全身黒ずくめだった。わずかに露出しているのは、双眸だけである。フェイはしゃがみ込むと、覆面を外した。そこにあったのは、素性がわからないようにすべての特徴を削ぎ落とした顔。眉毛やひげはもちろん、鼻先や頬骨まで削り取られている。おそらく状況によっては他人に成りすますための偽装を施すのだろう。まるで儀式に使うような奇妙な仮面を見ている気分だった。どこの誰だかとても判断はつかない。


「この国にはいないタイプの暗殺者だ。調べたって、きっと無駄だぜ」

「アスガルドと言えば、今ナブディアと戦争中の国だな。もしそうだとすれば、あの娘は何かアスガルドと関係する重要な人物ってことか?」

「さぁな、もしかしたら別の組織かもしれない。決めつけるのは早計だぜ」

 リアはボトルを直接口につけて酒を飲んだ。


「ひっ!」


 息を飲むような悲鳴が背後から聞こえた。ティアとシェリルが部屋から出てきたのだ。

 シェリルは、あらぬ方向に首が曲がった死体を目にして、口元を押さえて視線を背けた。ティアはシェリルに死体が見えないようにやさしく抱きしめた。


「ティア、その子を部屋に連れて行ってやってくれ」

「う、うん。わかった」


 流石のティアも顔が硬直している。こういう場面に出くわすのは初めてではないにしろ、フェイやリアのように平然とはしていられないのだろう。それでも、ティアはシェリルを気遣いながら一階にある自室へと向かっていった。


「こいつらと繋がっているのは、ダラスじゃないだろうな」

「どういうことだ?」


 リアはカウンタ―にボトルを置くと、フェイに向きなおった。


「ダラスがシェリルを狙っているのは間違いない。だが、まだ俺達の所にいるということまでは知らないはずだ。知らないからこそ、中央会を招集したんだ。それに、ダラスはシェリルを生きたまま連れて来いと言っていた。だとすれば、暗殺者を仕向けるのはおかしいだろ?」

「確かにな、暗殺者は殺すのだけが目的だからな。いちいち生かして連れてくるほど器用じゃない。そういや最初の襲撃だって、その辺の加減はなかったな。だが、だとすれば誰なんだよ、こいつらを仕向けたのは」

「……わからない。もしかしたら、ダラスなんかよりも厄介な相手かもしれないな。俺達は状況がだいぶ掴めていない。あの子が狙われる理由すら知らないんだからな」

 フェイは覆面で男の顔を隠すとゆっくりと立ち上がった。


「そういえば、依頼人とは連絡が取れたのか。もしかしたら、何か知っているのかもしれない」

 フェイは先ほど聞きそびれた質問を繰り返した。

「いや、念のため妖楼草を飛空艇に移し変えた後に連絡を入れてみたんだけどよ、それがどうも連絡がつかなかったんだ。けど、こりゃ答えは簡単だな。こいつらに殺されたんだろうよ。あたいらの所にやってくるくらいだから、あっちの方はとっくにバレテたんだ」

「確かにその可能性は高いな。こいつらがどうやってここを突き止めたのかはわからないが――」

 現状ではわからないことが多すぎる。一体誰と誰が何のために彼女を狙ってきているのか、さっぱりわからない。

 考えこむようにフェイが下を向いた、その時だった。


「きゃあっっ!!」


 今度は死体に驚いたような悲鳴ではない。叫びの悲鳴だった。フェイとリアは同時に走り出した。一階の入り口の扉を開け放ち、廊下を進む。


「一番奥だ」

 リアがマナの力で場所を特定した。一番奥はティアの部屋だ。

 勢いよく扉を開いた先では、奇妙な光景が広がっていた。二人は、思わず入ることを躊躇った。素早く状況を把握したリアが、部屋に入る寸でのところでフェイを引きとめた。


「これは……」

「固有空間だ」


 二人の目の前には三人の人間がいた。

 一人は襲ってきた暗殺者と同じ格好の人物、もう一人は悲鳴を上げたシェリル、そして最も不思議なのは、空中で静止しているティアだ。弾き飛ばされたかのような姿勢で空中に浮いている。暗殺者も武器を手にしたままの姿勢で動きを止めていた。


――まるでそこだけ時が止まったかのように。


 その中で唯一動きがあったのはシェリルだった。ペンダントを中心に淡い光が彼女を包みこんでいた。息を飲む二人の前でシェリルがよろよろとよろめいて倒れ込んだ。

 次の瞬間、静止していた空間が動き出した。

 浮いていたティアが、そのままの姿勢で宙を舞い、武器を構えた男はバランスを崩し、よろめいた。

 シェリルが床に崩れるのと同時に固有空間もなくなっていた。フェイはティアを抱きとめ、リアは体当たりするように体ごと暗殺者を壁に叩きつけると、そのまま武器を奪い去り、心臓に突き立てた。

 フェイは疲れたように大きく息を吐いた。


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